2022/08/17

「プレデター:ザ・プレイ」を観る

ディズニープラスで「プレデター:ザ・プレイ」を観た。「プレデター」シリーズ最新作で配信のみのリリース(原題にはプレデターとは書かれて無い)。舞台を18世紀初頭のアメリカを舞台にコマンチ族の少女ナルとプレデターの戦いを描く。

映画「プレデター」シリーズは所詮ハンデキャップマッチ。ただでさえ高い身体能力に光学迷彩、オーバーテクノロジーを有した武器で勝てるはずはない。これまで現代に未来、謎の惑星等と時間と場所を変えながら、狩人プレデターと人間は戦ってきた。

今回はネイティブアメリカンのナルが主人公。冒頭、石を研ぐ姿からすれば圧倒的劣勢。だが斧を自由に操り、知的に獲物を追う彼女が活路を開き、兄と共にプレデターを仕留めていく。そこに至る多くの犠牲はかなり刺激の強いスプラッター描写。R15+はやむ無し。

銃器等飛び道具が使えない分、アクションは中々魅せる。とにかく隠れ、走って逃げるしかないのだ。生き物を扱った食物連鎖を意識させるシーンが挿入され、人間にはプレデターとその意を強くさせる。巨大な熊、素早いライオンであろうとプレデターの前に敵ではない。

1時間40分の作品ではあるが、もう少しコンパクトでも良かったかも。入植者たちとのエピソードは外せないだろうが、やや長い。ただ本作が新たなプレデターの魅力を拓いた点を評価。これならあのSF時代劇「座頭市vsプレデター」も夢じゃないのでは。

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2022/08/16

MARVEL「Ms.マーベル」を観る

ディズニープラスでマーベルの最新配信シリーズ「Ms.マーベル」(全6話)を日本語吹替で観終わった。MCUの一つであり、最終話にはあのヒーローが登場。エジプト神話の「ムーンナイト」に続き、今回はパキスタンを舞台とした物語が展開される。女子高生カマラが曾祖母から受け継いだバックルから力を得てヒーローとして目覚めていく。

パキスタン系アメリカ人の主人公にエキゾチックさとポップさが身上のストーリーテリング。物語前半にシリアスさは無く、スーパーパワーに翻弄される同じ高校生ピーター・パーカー=スパイダーマンに近い。学校が舞台だし、友達とワイワイ。どちらかといえば如何にもEテレの夕方に放送しそうなドラマっぽく、日本語吹替がよく似合う。

だが中盤バックルの秘密からパキスタンに物語が移ると、1947年のインド独立における混乱、曾祖母アイシャに辿り着く事になる。このようなシリアスのコントラストがMCUらしい。カマラの成長と共に母や祖母との関係性、家族の繋がりを意識させ、この作品のいいところだと思う。

ヴィラン的な扱いはバックルを狙う集団なのだが、ヴィランというには悲しい。故郷に帰りたい一途な思い、ただそれだけ。一方でカマラたちを追い詰めるダメージ・コントロール局こそがヴィランだが、女性捜査官は何故執拗に追い詰めるのか、背景を説明する事が無くイマイチ。ただその過剰ぶりが市民の反感に火をつける。

皆「マーベル、マーベル」と言うがその言葉に意味があったのかと納得。最近アベンジャーズの続編がアナウンスされ、当然彼らフェーズ4のキャラクターが登場する事になる。ここまで風呂敷を広げたケヴィン・ファイギが今後どう料理するのか。まだまだテレビに映画とMCUは終わらない。(個人的には映画だけで語り尽くして欲しいけど)

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2022/08/15

「オビ=ワン・ケノービ」を観る

ディズニープラスで「オビ=ワン・ケノービ」(全6話)を観た。「スターウォーズ」エピソード3と4の間を埋めるスピンオフドラマ。スピンオフとはいえ、正史の重要人物オビ=ワンが主人公。何かしらのエピソードが期待されたが、終わってみると観なくても良かったかなぁが正直な感想。

そもそもエピソード3以後のルークとレイアはそれぞれ秘密裏に保護されていく流れ。それがこの作品のために二人を交えたストーリー展開となり、危機が迫りオビ=ワンが助けるというもの。本作のレイアたちは10才。ご都合主義、子供じみた展開は明らかにディズニーの罪。シリアスだったエピソード3までとは水と油。

そしてもう一つの軸がオビ=ワン対ベイダー。初めて目の当たりにする弟子アナキンに圧倒されるオビ=ワン。最終話、かつての力を呼び起こすオビ=ワンの前でベイダーは...正直、これは観たくなかった。このままエピソード4で対峙する両者の展開をみれば、あえて本作でダメ押しは必要無かったように思う。

全体的に物語が薄く、ルーカス謹製のものと肌触りが違う。これもショーランナーの違いか。せっかくのサードシスターの立ち位置も使い方も中途半端。もう1シーズン作るつもりなのだろうか。確かにユアン・マクレガーがアレック・ギネスの年になるまで10年以上残されているが、そもそもユアンがオレより年下だったとは驚いた。

エターナルズ」のキンゴことクメイル・ナンジアニが出演。ディズニーらしくエピソード7以降同様、ポリコレ対策が垣間見える。遠い遠い昔のお話、「スターウォーズ」なんだからそこまでしなくてもと思うけれど。アジア系の尋問官フィフス・ブラザーの顔を見るとつい「宇宙からのメッセージ」を観たくなった。

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2022/08/11

「星の子」を観る

今日はAmazonプライムビデオで映画「星の子」を観た。芦田愛菜主演、2020年公開の日本映画。あるきっかけで宗教に没入した夫婦、その娘ちひろの姿を描く。再燃している某宗教団体の件もあり、興味を持って観始めた。これがなかなか面白い。

まずこの映画は直接、それら宗教を糾弾するような作品ではない。主人公ちひろや両親も幸せそうだ。友達に何を言われてもめげないちひろ。しかしじわじわと不穏な空気が漂い始める。幼少期の恵まれた住まいは今や安アパートに。食事もままならなくなっていく。

ただ一つクサビのように刺さるのが、岡田将生演じる教師の南が直接ちひろを非難するシーン。好きな人と信じるものの間で揺らぐちひろ=芦田愛菜の感情表現が圧巻。これをきっかけにちひろは迷い始める。そして団体の研修に参加したちひろが両親の前で出す答えとは....まるで彼らを案じるポスターと同じ3ショットが印象的。流れ星を見る姿にこの映画のテーマが集約されている。

ちひろの物語はシリアスに一方の永瀬正敏、原田知世演じる両親は没入するからこそまるでコントのように滑稽に映る。「イカゲーム」の先を行く緑のジャージ。カッパと揶揄されるのも当然。二人の真面目な表情(=ほぼノーメイクになりきり具合)が凄い。大友康平演じる叔父との対峙に宗教(まがい)の闇を見る。

集団心理に身近にいるメンターチックな誘導者。そんな黒木華と高良健吾が不気味。ちひろが幼少期から接し、黒木演じる昇子が問うセリフは意味深。そして高良演じる海路が見た目共々怖い。生きる要、食を握る事こそ支配の始まりかもと。それにあの焼きそば、何喰わされてるか判らんし。

この映画を冷静に観れているうちなら大丈夫。他人事に思えず、家族を含めて思い当たるのなら何かのきっかけになればよい。取返しがつくうちなのなら....

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2022/07/31

「ムーンフォール」を観る

Mr.デザスタームービーことローランド・エメリッヒ監督作品「ムーンフォール」をAmazonプライムビデオで観た。プライム会員なら追加料金は無し。全米で劇場公開も日本ではこの配信のみ。エメリッヒ監督らしくSF考証等どこ吹く風、ケレン味たっぷりな大スペクタクルは健在。劇場なら勢いもあってイケるが、テレビで観ると覚めて見てしまう。

2011年3人の宇宙飛行士は衛星修理のミッション中、突然の大事故に見舞われる。生き残った船長のブライアンは責任を問われ解雇された。その10年後、陰謀論者のハウスマンは月軌道の異変を察知、NASAに伝えるも門前払いされてしまう。NASAが気づいた時、世界に月の異変はSNSから拡散されていた。

月が軌道を外れ引力変動に伴う異変が地球を襲う。ここまでなら天文学に人知の及ばないSFとして受け入れられる。だがこの作品はそれに留まらない設定を用意した。その描写は既視感たっぷり。まんまウォシャウスキー姉妹やジェームズ・キャメロンの創作を想起。さらにゼメキスの「コンタクト」みたいなところもあって、正直ごった煮状態だ。

だからといって全く面白くならない。エメリッヒ作品、真面目に観るのはバカバカしい。どのように収束させていくか見届けたくなるが、それもエメリッヒ自身の作品の使いまわし。カミカゼ精神、そこそこの犠牲で地球と人命を救う。並行して地上でブライアンの子供がアクション部分を担うが、時間稼ぎでしかない。ハル・ベリーの変わらぬ貫禄と美しさだけが印象に残った。

追伸.
月が軌道を外れる話なら、同じ設定ながら70年代のSFテレビシリーズ「スペース1999」(ただしシーズン1に限る)を観たほうがいいし、遥かに面白い。

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2022/07/29

「アルピニスト」を観る

マーク・アンドレ・ルクレールを追ったドキュメンタリー映画「アルピニスト」を観てきた。マークは彗星の如く登場した絶壁、氷壁を登る若きクライマー。有名クライマーに絶賛される彼だが、その素顔は目立つ事を嫌い、ただ難関たる絶壁を目指す。そして次なる標的はパタゴニアのトーレ・エガーだったのだが...

この映画を観るきっかけはラジオビバリー昼ズにゲスト出演した片岡鶴太郎が、最近観た映画で推していた事だ。しかも映画のオチまで言う始末。だがそれを知っていても映画が進む程に食い入るように観ていた。マークの生きざまに自分の人生とは何かと考えさせられる。

五輪競技で注目されるスポーツクライミング。一方で危険と隣り合わせ、自然と戦うクライマーの姿がある。時に人は豆粒。大自然はスクリーンに映える反面、そこに潜む恐ろしさまで伝える。これは映画館でなければ伝わるまい。もちろんマークを捉えた映像を収めるカメラマンも凄い。

序盤はマークの母親のインタビューやトレーニングを通し、彼の人となりを紹介。冒険に関する本を通して興味を深め、いつしか山を登るようになるマーク。様々な過程を経てたどり着いた境地。身体能力に限らない、常に難敵を目指すメンタリティーにも圧倒される。また母親の語る神への感謝は自然の神秘性と重なり興味深い。

製作者は常に危険と達成感が同居する二律背反な関係を紐解こうとマークに迫る。だがマークはたった一人で登るフリーソロが身上。だから難関を制覇した時、そこに自撮りしたマーク本人の姿しかない。登頂制覇した者だけが得られる到達感、その一端は理解できた気がする。そして鶴太郎ありがとう、この映画を観て良かったと。

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2022/07/24

「リコリス・ピザ」を観る

今日はポール・トーマス・アンダーソン監督作品「リコリス・ピザ」を観てきた。これまでもクセの強いPTA(ポール・トーマス・アンダーソンの略)作品だが、本作のヒロインはいたって普通25才の女性。だがカレシは15才の子役(主人公のようで実はそうでもないゲイリー)。そしてその出会いを発端に彼女の人生は大きく変わっていく。

時代背景は中盤以降で明らかになっていく70年代。画作りは退色気味、カメラに映りこむもの全てが70年代で観る者をタイムトリップさせる。物語は年の差があって今風に言えばツンデレなアラナ、ゲイリーの二人を追いつつも意外と平坦な作り。

だが社会的な胎動(のちのMe TooやLGBT)を感じるエピソードが加わり、平凡の中の輝きを教えてくれる。劇場効果もあって最後まで退屈無く観られるのがPTA監督作品なのだろう。女性映画の趣きもあり、力強く生きていくアラナ。エンドロールで知るところ、アラナ・ハイムの一家総出で演じてる。家族間の気まずさも距離感も自然な訳だ。

アラナとゲイリーに絡む人々が面白い。中でもブラッドリー・クーパー演じるジョン・ピーターズはズバリあの本人。クレージーさはウィキ通り。のちに盟友ピーター・グーバーと共にソニーピクチャーズを傾かせた御人。この映画は70年代を駆け抜ける「フォレスト・ガンプ」的要素もある。

なお最後まで観てもピザは出てこない。タイトルの意味も不明、ウィキを見て判明。タイトルに意味を持ち込むより、その時代を懐かしむ趣向のほうがあるのかな。今のSNS時代に対し、何処か郷愁をおぼえてしまう作品である。

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2022/07/23

「ブレードランナーファイナルカット/4Kマスター版」を観る

今日は午前十時の映画祭で「ブレードランナーファイナルカット/4Kマスター版」を観てきた。オリジナル版公開は1982年。リドリー・スコット監督の手でいくつかのバージョンが生まれたが、今回のものは2007年公開のファイナルカット4Kリマスター版。どのバージョンだろうがいいものはいい。

酸性雨にネオン、スモーク、もちろん自転車?(ブラックレイン)とリドリー・スコットらしい様式美。この作品以降、未来を語るSF映画は判で押したようにディストピア。公開当時の過小評価も時代が追いつき、フィリップ・K・ディック原作は次々と映画化。だが明るいSF、未来描写は「バック・トゥ・ザ・フューチャー2」位しか記憶にない。

SFで語るハードボイルド、そして人生観。本作以前、ここまで言及したSFはあるまい。特にクライマックス。死に逝くレプリカント、ロイの僅かなセリフとその行動に知ってはいてもルドガー・ハウアーの名演に感極まる。雨と涙が入り混じるデッカード(ハリソン・フォードも若い!)の表情も印象深い。レイチェルとの逃避行の始まりにヴァンゲリスのエンドタイトルはやはり名曲。劇場で聴けて嬉しい。

4Kリマスターながら高解像度は期待できないが、80年代映画特有の程よい銀塩感は伝わる。何より大画面で観る本作のディテール、世界観はデザインしたシド・ミード、具体化したダグラス・トランブルらの特撮チームの賜物。飛び交うスピナーやタイレル本社の外観に圧倒された。

ファイナルカットで目立っていたのはSEの練り直し。スピナーの操縦や街中で僅かながら日本語のナレーションも聞こえてくる。文化の混沌もこの作品のテーマ。80年代、この作品による予見は全世界的に現実のものとなる。続編もそれなりに面白かったが、改めて本作一作で語るに充分と再認識させられた。

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2022/07/17

「炎のデス・ポリス」を観る

今日は盟友N氏とジェラルド・バトラー主演最新作「炎のデス・ポリス」を観てきた。B級感ありありと一ヶ月前からN氏と鑑賞を約束していたため、あえてクチコミを見ずに参戦。鬼が出るか蛇が出るか。終わった瞬間、N氏に対し「何だこりゃ!?」と思わず口にしてしまった。

人身保護を狙い警官に暴行したテディ。それを追うかのように警察署に現れた謎の男ボブ、テディを捕らえた愛銃ブラックホークを手にするヴァレリーら3人を軸に、閉鎖的な警察署の中で物語が進む犯罪サスペンス。

冒頭で思わせぶりに「Magnum Force」(ラロ・シフリン作、ダーティハリー2のテーマ)が流れ、これはやってくれそうと勝手な期待感を膨らませる。銃に関するウンチクとダーティハリー風の音楽が続き、きっとこれはパロディかオマージュ、風刺の何かだと決め撃ち。だがその思惑は見事に崩されていく。

アクション?サスペンス?と勘ぐりつつ物語を見つめるが、腹の探り合いばかりで何も起きずに進む。そして第3の男が現れた時、銃やマシンガンをぶっ放す描写はあれど、展開的に淡々としたまま。そして突然訪れたクライマックスの後は呆然。前述の「何だこりゃ!?」に繋がっていく。

強いて挙げれば、西部劇を思わせる善悪の対比、全ての警察官が善と限らないという風刺かと勝手に思ってはいるが、正直この映画の言いたい事は今も解らない。アクション映画ならではの爽快感は無く、サスペンスらしい物語の捻りもない。むしろ不満だけが募る今年No.1の駄作。

地上波でやるならテレ東深夜。決して午後ローで放送されるレベルでない。きっと配給会社はかつてのファミコン抱き合わせ商法と同じく、他の上映権を買わされる代償にこの作品を買わされたのではないか。「ジェラルド・バトラーだからきっと!」と最後まで何かを期待したのがバカだった。

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Hola

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2022/07/10

「マタンゴ」を観る

今日は日本映画専門チャンネルで録ってあった「マタンゴ」を観た。1963年公開の日本映画。「ゴジラ」の本多猪四郎監督、円谷英二特技監督によるSF作品。ヨットで無人島に漂流した若者たち。食料無きこの島に生息するキノコ。そして同じ島に居た難破船の貯蔵庫に「Matango」の文字。危険と知りつつキノコを口にする若者の体に異変が現れ始める。

東宝特撮クラシックともいうべき作品ながら今回初見。元気が出るテレビの「湘南マタンゴ娘」が記憶に残るが、こちらはあくまでシリアス。映画「エイリアン」にも相通じるサバイバル要素。マタンゴ最終形(デザインはあの小松崎茂先生)の立ち姿に時代を感じるが、次々と理性を失っていく若者たちの悲哀、心理的恐怖こそこの映画の真骨頂と言えよう。

全編元祖東宝特撮ヒロインの水野久美のエキゾチックな妖艶さに見惚れる。その存在が物語上のアクセントでもあり、彼女が演じる麻美がクラブで唄うフレーズ「水が溜まった石畳...」が耳に残る。クライマックス、キノコに囲まれ派手なメイクで嘲笑する麻美が怖い。

黒澤作品のご常連、土屋嘉男に小泉博(クイズグランプリ)と当時の東宝映画の俳優陣登場も嬉しい。そして語り部村井助教授=久保明の運命。そんな冒頭と最後を飾る特撮の美しさ。これは現代日本の怪談なのだなぁ。是非M・ナイト・シャマラン監督にハリウッドリメイクして欲しい(ウソ)。

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