2017/04/23

「高い城の男 シーズン2(吹替版)」を観る

先週に引き続き「高い城の男 シーズン2」を吹替版で一気に観た。世界観を引き継いでシーズン2の内容は原作にないオリジナル。物語はアメリカを二分する日本とドイツの水面下の争いが主軸となる。

シーズン1は物語が淡々と進んで行ったが、シーズン2はその駆け引きが実に面白い。二国間だけでなく、レジスタンス、そして後に控える「高い城の男」。しかも原作のような戦後ifで無く、戦後SFである事に気付く。フィリップ・K・ディック原作であるから、その位の飛躍はあっていいし、そうで無いと彼らの言動に説得力が出ない。個人的に許容範囲だ。

登場人物だけでなく、映像の力を知っているヒトラーだからこそ恐れる「高い城の男」の持つフィルム。さらにタガミ大臣の”見る時代”は一つの可能性であり、我々の住む現世もその一つ。そう考えると、直近の世界情勢のタラレバがあるとすれば、どんな世界が待っているだろうと思う。

本作の世界描写は本当によくできている。ただVFXに舌を巻くも、挿入される現実のフィルムに本物の持つ恐ろしさを強くする。その上で登場人物たちが魅力的に描かれた群像劇だ。一見ヒールと思われるスミス大将やキド警部でさえ、同情してしまう程。そして単なるナチスの工作員と思われたジョーに意外な事実が突きつけられる。

物語は終局まで突っ走る。特に最終2エピソードのテンションが凄い。シーズン1に魅了された人なら、間違いなくシーズン2は面白いだろう。全10エピソードを速攻で見終えた事がその証明であるから。

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2017/04/16

前田有一著「それが映画をダメにする」を読む

前田有一著「それが映画をダメにする」を読んだ。前田氏の「超映画批評」を偶然ネットで見つけたのは10年前くらいか、それ以来同サイトを読ませてもらっている。

基本的に氏と映画に対する考え、嗜好が似ているため、とても参考になる。これまで氏のオススメ映画で最近なら「パッセンジャー」「ハードコア」、ひと昔なら「バンテージ・ポイント」とその恩恵を受けた。そしてその数も多い。「ハードコア」に至ってはオススメマークだけを見て劇場へ行った程。

そんな前田氏が出版したのが「それが映画をダメにする」である。

我々がブログで書くような感情に赴く”感想"と違い、サイト「超映画批評」での作品に対する分析は冷静で的確だ。その上で本著はタイトル「それが映画をダメにする」にあるように、その作品と映画界が抱える問題を氏の視点で指摘する。

映画はその歴史から成熟産業と思われがちだが、時代の変遷に翻弄され、今尚変化を求められる。器用に対応するハリウッド(必ずしも全てではない)。だが邦画界はそうと言い難い。今なら「同じような恋愛ものが大量生産されている」と先日塚本監督が自虐していたが、問題点は多い。

本著でも邦画作品がいくつか採り上げられているが、各々の事情は内幕を知る氏だからこそ。単なる批判ではなく、それに対する回答でもある。またYahooニュースにもなった「進撃の巨人」に関する騒動にも触れている。炎上の連鎖を生んだ同作。ただ基本的に作品の質こそ問われるべきであり、その中での批評の重要性を挙げている。

個人的に日本国内における3Dに対する見解も同意だ。質の悪い3Dを見せられる程、ツライものはない。ここぞという時は劇場を選んで観てきたが、基本的に2D鑑賞だ。シネコン化で昔に比べれば映画館の質は向上したが、画質は館ごとのバラツキが大きい。特に施設規模に依存する3Dは顕著だ。

質は目に見えた品質だけでなく脚本、演技、コストパフォーマンス、製作背景とその意図に及ぶ。それらを総合しての映画。その問題提起として本著は読み進める度に興味深かった。映画の見方を深堀りしたい方にオススメの映画本だ。

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2017/04/08

新型「Amazon Fire Stick」を導入する

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テレ東ロス対策の一貫として「Amazon Fire Stick」を導入した。アメリカでは一昨年秋に新型に発売が切り替わったが、日本では一年以上待たされた形。ただ先の個人的な理由と今春の日本発売とタイミングが重なり、新型「Fire Stick」を手にいれる事になった。

リモコンの絵がエンボス加工された箱が珍しい。中身、パッケージの構成は本体、HDMI延長ケーブル、電源ケーブル、リモコン。HDMI延長ケーブルは接続時の干渉を避けるためのもので、長さは僅か。本体とケーブルを合体させていく過程はまるでオモチャのよう。あとは本体をテレビのHDMI端子に繋ぐだけ。新型になり、リモコンは標準仕様で音声入力に対応するようになった。

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「Fire Stick」の挿したテレビ入力を選ぶとセットアップ状態に入っている。既にユーザーアカウントはAmazonが出荷時に行なっており、そのままWiFiの設定を行う。AOSSによる選択肢は無いようで、手元のWiFiルータを選びパスワードを入力した。そのままガイダンスが流れる中、「Fire Stick」は最終設定に入る。繋いでから10分程で終わり呆気ない。

プライム会員になる前提であったため、試し期間を兼ね元トップ・ギアトリオによる「グランドツアー」を再生してみた。「おすすめ」では字幕版だけしか選べなかったので、リモコンを使って音声検索。字幕版と共に吹替版も現れた。認識率は高い。膨大な数のコンテンツに対し音声検索は必須だろう。後はリモコンで選択するだけ。UIもキビキビ動いてまもなく再生開始。

Amazonの肝入りで始まった「グランドツアー」。さすがはお金が掛かっているとあって画質がいい。内容は別の機会で触れるが、元トップ・ギアトリオの今後に期待。

続けてアニメに映画とつまみ食いしていって気がついたのは、コンテンツ毎の画質差、音声レベルの差が大きい事。特にコンテンツを変えるたびに音声を上げ下げしなければならない。不便さを感じるし、過大な音量で流れる恐れがある。画質は映画であればパッケージソフトに準じているが、テレビ番組となると玉石混交。アナログ地上波時代のものは見られれば良しのレベル。

まとめ。これまで放送はその場で見るもの、録画して残すものといった考え方だった。だが配信を使った視聴システムはその概念を変える。シリーズものを見たい時は時間を問わず、続けて見る事ができる。新型「Fire Stick」はコンパクトな本体ながら、動作に不満はない。特に音声検索は有用だ(パソコン等からウォッチリストへ追加する方法もあり)。旧型がバーゲンされている事があるが、あえて選ぶ余地はない。とりあえずどんな作品に出会えるか、コンテンツ探しに勤しみたい。

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2017/04/01

「パッセンジャー」を観る

今日は映画の日という事で「ハードコア」に続いて2本目、レイトショーでジェニファー・ローレンス、クリス・プラット共演の「パッセンジャー」を観てきた。

未来、過剰な人口に移住地を目指す宇宙船アヴァロン。5000人の乗客たちは120年後の到着の途上にあった。だが30年後、アヴァロンは小惑星衝突をきっかけに異常を来たす。しかもその影響で技術者ジムの冬眠ポッドが開いてしまう。孤独を余儀無くされるジム。一年後、彼は大きな決断を下すのだった。

二人の主演から判るように、その後の展開は推して知るべし。そもそも原題は複数を示す「PASSENGERS」である。若いカップルには甘ーいSFアドベンチャーかもしれない。だがジムとオーロラの心中を察すると、そこに至る苦悩は映画「エイリアン」の恐怖よりも奥深い。実はSFの皮を被った二人劇。何処か哲学的でオーロラに対するジムの葛藤は、家庭を持つ男女にとって人生を映したかのよう。そんな中、彼らを諭すようなセリフも心に響く。

この作品の描くSF、世界観、美術が素晴らしい。ダークなSFでなく、何処と無く明るさを感じるところがいい。その最たるがCMにも登場するバーテンダーの存在。彼の醸すユーモアが序盤、ジムの心を支えている。それだけでなく船内、設備、食事とデザインが洗練されている。

そこに現れるオーロラを演じるのがジェニファー・ローレンス。

女性にとってクリス・プラットも注目だろうが、それ以上に男子にとってジェニファーは堪らない。間違いなくジム同様に間違いを起こすだろう。彼女の演じる個性がオーロラをより輝かせている。その後の展開がオーロラをどのように変えていくか。そんな中での終劇、彼女のモノローグが感動的。観る前はビデオでもと思ったが、期待を大きく超える良質なSF作品だった。

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「ハードコア」を観る

今日は映画の日。仕事帰りに「ハードコア」を観てきた。事前情報なし、某サイトのオススメマークだけが頼り。しかもタイトル「ハードコア」に対し勝手に何とも言えないイヤラシさを感じる。ただ実際はパルクールよろしくの近未来アクション作であった。

突然目覚めたヘンリーは妻と称するエステルの手術で復活を果たす。しかし突然二人をエイカンが率いる謎の集団が襲う。孤立したヘンリーはジミーの助けを受け、エステルの囚われたエイカンのアジトを目指す。

ここで何を書いてもネタバレになってしまう。ポスターしかり、サイトの作品紹介もしかり、深読みすると原題「Hardcore...」さえもネタバレではと思う程。ただそのタイトルが出るオープニングがテーマ曲と共にすこぶるカッコいい。ここだけで自分にとっては二重丸。

「第9地区」のシャールト・コプリーが製作・出演しているあたり、内容が只者でない事は伝わる。B級感プンプン。しかもアクション描写が凄まじい。大迫力、大爆発、ハイスピードなアクションは制約の少ないであろう舞台、ロシアによる点が大きい。最後までこれでもかのアクションが続き画面揺れ必至。ただし画面酔いの酷い人にはつらいかも。

本作は基本的に男性向けの映画。美女エステルによる動機付けから始まり、観る側は必ずヘンリーへの感情移入を強いられる。それがこの作品のキモだ。R-15+のため、残酷描写もあり。男性の喜ぶ描写も少しだけあり。心に残る映画ではないが、アクション映画好き、ゲーム好き、ハマる人にはたまらない。できるだけ情報は入れずに観る事をオススメしたい。

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2017/03/26

映画「テラフォーマーズ」を観る

今朝はWOWOWで撮ってあった映画「テラフォーマーズ」をながら見で観た。昨年公開も酷評の嵐に見舞われた本作。その期待?に違わぬ出来に納得した。

原作はKindle無料時に1巻だけ読み、世界観は既知。面白さと相反し実写化は相当なハードル。この映画を観て、これってアニメ向けの素材と痛感した次第だ。ダメなところを挙げていったら指の数が足らなくなるほど。もちろん虫になってもその数は足らない。

まず何故特殊メイクにこだわるのか。バグズ変身後は質感の乏しさに溢れる。これがヒーロー番組なら許されるだろうが、あくまで巨額を投じた大作。毎度、顔のアップを見ていたら、とても耐えられなかった。もう少し何とかならなかったのか。敵も質感的にゴキブリに見えないし。

あと池田秀一によるナレーションがいただけない。聞き取り難いというか、ナレーションを務める番組「おぎやはぎの愛車遍歴」ではそんな事ないのだけど。その上で説明に頼った世界観作り。中身もスカスカ。物語も読んでいた1巻の内容をなぞっただけで緩急もない。その終わりは映画オリジナルのようで続編を匂わせるが、この出来では?が付く。

一方でCGチームの頑張りは評価したい。この映画は三池崇史監督の映画ではなく、そのほとんどがCGチームの努力により作られた映画だと判る。失敗させた監督の罪は大きい。三池監督らしさは愚連隊、ヤクザ臭のプンプンするキャスティングぐらいだろう。そもそもこれまで三池監督の作品を面白いと思った事は無いけども。

本作は観なくてもいい映画、二度と観る事はあるまい。早々に消してしまった。

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2017/03/25

「山田孝之のカンヌ映画祭」を観終える

昨夜録画しておいた「山田孝之のカンヌ映画祭」の最終回を観終えた。感想は内容に触れざる得ないので気になる方は飛ばして下さい。


オブジェの爆発と主演芦田愛菜の決断によって映画「穢の森(けがれのもり)」の製作中断を余儀なくされる。製作チームも解散し、目的を失った山田は故郷鹿児島を訪れた。母校、実家、そして父親と対面する。去来する想いにある決断をする山田だった。

前回、山田にクビを言い渡された山下監督がダッシュした瞬間、妙な雰囲気が立ち込めた。その後の出来事はギャグ的。フィクション、モキュメンタリーたる落とし方と言えるだろう。今考えれば「穢の森」自体、本当に作りたかったものか。カンヌという目標に肩肘を張り、河瀬直美監督との出会いで触発されたものの、少なからず自分を見失った感はあった。

そんな彼は故郷で自己回帰し、やりたいものが作りたかったものと再起。山田の父は結構な自由人であり、好きに生きてきた人と語られる。そうした父との会話で奮起する山田。結局は今回の「カンヌ映画祭」も前作「東京都北区赤羽」同様、山田孝之の自分探しの旅だったのだ。

さて山下監督、芦田愛菜を再招聘して作ったのが「映画 山田孝之3D」。しかも最終回のエンディングからもカンヌへ出品するようだ。めでたし、めでたし。

でもね、終わってから思うんですよ。前回までの異様なテンションが何だったのか。しかも結果撮りたいのが、何処か某宗教団体を思わせるポスターの3D映画。カンヌ自体、3D映画は既にギャスパー・ノエが出品しているし初ではない。ただゲーム好きとして知られる山田が撮りたいのが、3D映画だったというオチは好意的に見れば分からなくもない。

山田のカンヌへの志と映画作りが一致していたかは解らない。ただシリーズ中、河瀬監督の説く「作りたい映画が偶然カンヌに選ばれた」ことからそこに至ったのだろう。山田にとって「穢の森」は振り上げた拳だったのかと。

「東京都北区赤羽」「カンヌ映画祭」を通し、人間山田孝之の面白さに惹かれた。「映画 山田孝之3D」はその三部作のトリを受け持つ山田ワールドの集大成なのかもしれない。

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2017/03/11

映画「野火」上映会 塚本晋也監督 登壇! トーク&サイン会へ行く

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今日は盟友N氏を誘い、富士市交流プラザで行われた映画「野火」上映会 塚本晋也監督 登壇! トーク&サイン会へ行ってきた。偶然、2ヶ月前の告知をTwitterで見てチケットを購入している。

主催はFuji映画館復活プロジェクト。そう、今富士市には映画館が一軒も無い。かつて駅前のデパート、富士パピーがあった頃、最上階が映画館だった(と思う)。沼津市で上映されない映画を遠征して観たものだ。メジャー作品ながらやはり沼津で上映されなかった「マトリックス・リローデッド」やシャマランの「サイン」はこちらで観た。いずれも評価が微妙な作品ではあったが、N氏とそんな事を思い出しながらロビーで談笑して開場を待った。

上映される映画「野火」は1959年、市川崑監督による映画化もされた作品。ただし今回はリメイクでなく、塚本監督が学生時代に読んだ原作に感銘を受け、その時から温めていた企画で2015年に映画化した。戦争世代の激減と風化、社会風潮に危惧し、強く内面に迫った市川版と異なり、本作は監督が原作に触発された、映画を通した戦場の追体験を目指しているという。

会場は200インチ強と思われるリアプロジェクション、音響はPAでの上映。画質はややプア、音響が勝った感じだが、自主上映のためにやむを得ないところ。フロントの音響だけでかなりの臨場感を出すのはホールの特性が活かされていたと思う。作品に込められた戦場のカオスを痛感できた。

第二次大戦末期、フィリピンに派兵された田村は残された部隊に居た。肺炎を患い、分隊と野戦病院を行き来するも居場所を失う田村。やがて部隊は襲撃を受け路頭に迷い、飢餓、孤独と焦燥が襲う。戦場の極限状態は心身共に田村を始めとする兵隊たちを追い込んで行くのだった。

とにかく凄まじい作品。色彩に圧倒されるも、それこそいつも(今も)変わらないもの、戦場との落差を物語る。そして同時に原作者大岡昇平が体験したであろう、モラル無き戦場の異常さが描かれていく。

なかでも見所は夜襲を受ける場面。このシーン、とても低予算とは思えない出来。ここでの衝撃は「プライベート・ライアン」のオープニングに双璧、画面から伝わる兵士たちの心痛は「硫黄島からの手紙」に並ぶ。人が形を変える瞬間、この追体験こそ塚本監督が意図するものだろう。

トークショーで明かされるが、フィリピンが舞台ながらも自主制作、低予算のために本場はスタッフ6人(実質4人)での撮影、あとは沖縄と群馬に近い埼玉の山奥という映画という魔術による一体感。自主制作映画出身の塚本監督らしい手腕が光る。冒頭でユーモアに感じるカットも、実は少人数撮影の名残と知る。

監督が実感したという戦争経験者の激減。映画化以前、取材したフィリピン出兵者が映画完成を待たずに逝かれている事からも判る。彼らとのエピソードや真摯に答える塚本監督の姿に感激した。トークショー後にパンフレットへサインをもらい、映画共々良い時間を過ごさせてもらいました。本作は監督自身の思いだけでなく、戦後世代である我々へのメッセージに溢れた映画でした。

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2017/03/04

「第89回アカデミー賞授賞式」を観る

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月曜日に行われた「第89回アカデミー賞授賞式」をWOWOWによる字幕付き全長版で観た。今までなら翌日朝からすぐに観始めるのだが、年初から異動してから朝が早くて時間が取れない。週末にまとめて観る事になった。加えて今回の最優秀作品賞発表での出来事はYahooニュースに載ってしまってネタバレ。ただ切り取られたニュースよりも、改めて冷静にその過程を追うと興味深かった。

盛り上がる「ラ・ラ・ランド」のスタッフ、キャストは壇上に集合、一人一人熱いコメントが繰り広げられる。そんな中、間も無くインカムを付けたスタッフが確認に近づき、後ろで説明している様子。これを受け、「ラ・ラ・ランド」のプロデューサーは事態を冷静に受け止め「ムーンライト」と書かれた紙を見せたのだ。こんな発表、東京スポーツ映画賞ならたけしお得意のボケに終わりそうだが、世界最高峰のオスカーとなると冗談では済まない。ただ受賞後のスピーチや記者会見に互いをリスペクトする両作スタッフが感動的であった。

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司会はコメディアンのジミー・キンメル。途中、交流のあるマット・デイモンを弄りつつ進行。ジミーだけでなく番組進行上のアナウンスまでも、主演男優賞のプレゼンターであるマットを弄る始末。あのリアクションを見ると事前打ち合わせ無しだったのかも。ただその直後、盟友ベン・アフレックの弟、ケイシーの名が呼ばれて帳消し。またケイシーのスピーチもなかなか味があって良かった。

今年のテーマは「影響力」だったそうで、セス・ローゲンが選んだのが「バック・トゥ・ザ・フューチャー」。間も無く会場ドルビー・シアターの壇上にはデロリアンが。しかも車から降りてきたのが、自動紐結び機能付のNIKEを履いたセスとマイケル・J・フォックス。興奮のセスにマイケルの冷静なスピーチ。そしてプレゼンターへというのが今年の演出の一つだった。

またハリウッドバックステージツアーをダシにファン軍団が授賞式と知らずに乱入。エマ・ストーン、ライアン・ゴスリングにメリル・ストリープのいい人っぷり。デンゼル・ワシントンに至っては新婚黒人夫婦の立会人としてセルフィーに収まる始末。そのやり取りも可笑しかった。

さてここ数年作品賞候補が増え、今年は9作という多さながら小粒。下馬評は「ラ・ラ・ランド」一色。しかしながら監督賞、主演女優賞等、6部門を受賞まで。ただ個人的にデイミアン・チャゼル監督の最年少受賞は興味深い。実際、色彩溢れた流麗な音楽映画を作る手腕は素晴らしかったからだ。

もちろん授賞式で紹介された映像から、最優秀作品賞の「ムーンライト」に復活メル・ギブソン監督の「ハクソー・リッジ」、そしてケイシー・アフレック主演、マット・デイモン製作の「マンチェスター・バイ・ザ・シー」は是非観てみたいと思わせた。

授賞式中、プレゼンターや受賞者からのトランプ大統領、政治へのコメントが注目されたが、”過大評価”なメリル・ストリープを弄るジミー・キンメルもあくまで最小限に留め、むしろ大統領のアカウントへリツイートする可笑しさがあった。これにリプライするようならトランプも面白い奴なのに。

やっぱり最優秀外国語映画賞のイラン人アスガー・ファルハディ監督の欠席による抗議のように静かなる対応の方が強い。ただハリウッドの政治への影響力の限界も言われるが、別にいいんじゃないだろうか。ハリウッドが戦う姿は一種の伝統なのだから。それに視聴率低調と言われるが、やっぱり毎年アカデミー賞授賞式は面白い。ギャラでいけば、授賞式は充分にハリウッド大作なのだから。

<追伸>
WOWOWで放送された本国版のエンドロール、そのBGMが布袋寅泰の「新仁義なき戦いのテーマ」(BATTLE WITHOUT HONOR OR HUMANITY)だった。「キル・ビル」や「トランスフォーマー」でも使われた楽曲だが、何となく日本人として嬉しくなった。

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2017/02/26

「ラ・ラ・ランド」を観る

今日は一人でデイミアン・チャゼル監督作品「ラ・ラ・ランド」を観てきた。前作「セッション」を大絶賛した身として本作の鑑賞は欠かせない。そして中身はハリウッドの王道を行くミュージカル映画であり音楽映画であった。

ニアは女優の卵、バイトの傍でオーディション突破に励む。そんな彼女が店の前でセバスチャンの弾くピアノ演奏に心を掴まれる。二人の距離が近づくのは時間の問題だった。ニアは女優を、セバスチャンはジャズの道を目指しつつ関係を深めていく。

長回しによる冒頭のハイウェイ、高架のシーンから圧巻。出演者の衣服、車に至るまで色彩設計も含めて緻密に計算されている。ジャズバーのシーンでは「セッション」と同じ茶系を踏襲も、それ以外では色彩豊かで観ているだけで楽しい。これ程に色が溢れている映画は「ディック・トレイシー」以来でないか。これを100%以上で上映できる映画館は国内でも数少ないだろう。加えてシネマスコープ、テクニカラーとかつてのハリウッド大作を思わせる演出である。

音楽再生においてもそれを強く感じる。「セッション」同様、ジャズクラブのシーンが心地いい。それだけでなくミュージカルシークエンスでもメリハリがあり、なかなかの包囲感。そういえば劇中、「サラウンド」のウンチクがあったが、監督もそういった点でオタクなのかもしれない。

物語は王道の上を行く王道であり、監督なりの映画へのオマージュに溢れている。アメリカン・ドリームに恋愛、そして音楽。ハリウッドでもここまで音楽を撮れる映画監督はいない。また緊迫感溢れた「セッション」と異なるベクトルながら、音楽映画という軸はブレていない。映画としての好みなら明らかに前作だが、エンドロールではこの映画の音楽に聴き惚れてしまった。同様に計算されたダンスシーンも素晴らしい。

問題を強いて挙げれば、日本人にとってミュージカル映画は大きな壁であるが、加えて字幕(を読む事)がその楽しさをスポイルする。やはり本作は「ラ・ラ・ランド」でなく、「LA LA LAND」なんだね。慣れた映画ファンなら一瞬読みつつ画面に没入できるが、普通の人ならそうはいかない。本作での楽曲、歌詞の意味は物語に沿っているため、画面から楽しんだ方がいいだろう。語学の壁のない人なら本作をより楽しめる。

映画としてはライアン・ゴスリングとエマ・ストーンによる映画。オスカー候補も納得できる。ちなみにあのJ.K.シモンズでさえ添え物扱いとなった。歌とダンスに演奏と二人への感情移入がカギであり、ラストシーンで見つめ合う表情が堪らない。「セッション」同様、今回の作品でもラストシーンにしてやられた。

若き才能デイミアン・チャゼル監督はやっぱり天才だった。近々サントラもスコア集、歌曲集共に買ってしまうだろう。明日のアカデミー賞授賞式が楽しみだ。

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