2017/08/16

「疑惑のチャンピオン」を観る

今日はWOWOWで録ってあった「疑惑のチャンピオン」を観た。ツール・ド・フランスを7連覇、だがのちに薬物使用が発覚、永久追放されたランス・アームストロングの人生。彼を告発したサンデー・タイムズ、デヴィッド・ウォルシュの原作を元に描かれる実話。

アメリカ人ランスはトップアスリートとして頂点を極めようとしていた。だが彼をガンが襲う。奇跡的復活したランスはツール・ド・フランスに挑戦、優勝を手にした。しかしそこには巧妙に仕組まれたプログラムが存在。その背景の下、彼は7連覇を達成する。やがて彼に疑惑の目が注がれるが、名実共に頂点を極めたランスにとって怖いものはなかった。

アスリート=性善説、しかし本作で描かれる姿にそんな欠片もない。勝つため、その手段として薬物プログラムを導入する。彼がガンから復帰した前年、多数のドーピング違反が発覚。だがミケーレ・フェラーリという全てを知り尽くした医者によって、ランスとThe Programは切っても切れない関係となり、ランスは絶対的地位に上り詰めた。

物語の描き方は冷静な視点でドライだ。同情を誘う事もなく、また突き放す事もない。彼はガンからの生還者という以外、同情と感情移入のしどころはない。その後の彼をみれば、よりその意を強める。

ランスはモラルに駆られる事もなく、ドーピングを続けるのも当然という表情。だがこれは的を得ている。続けて観たドキュメンタリー「ランス・アームストロング ツール・ド・フランス7冠の真実」でも、彼は”慣習""当然の手段"と告白していた。

本編中、記者会見でのランスの目が印象的。嘘は目に現れる。ランスはドキュメンタリーで険が取れた姿を見せるが、目に安堵が感じられた。これは実際の映像を対比できるドキュメンタリーの方が上。

一方、本作ではその巧妙な血液ドーピングの中身が描かれている。こればかりはドキュメンタリーが及ばない領域だ。そのディティールも配役共々ドキュメンタリーと比して再現度が高くよくできている。そして人間の欲がある限り、この手の出来事は起こり続けるだろうなぁ。

170816

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2017/08/12

「スパイダーマン:ホームカミング」を観る

今日はMCU最新作「スパイダーマン:ホームカミング」を観てきた。かつてソニーグループの屋台骨を支えた「スパイダーマン」もアベンジャーズ仕様にリブート。「アイアンマン」ことトニー・スタークのサポートを受け、「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」から繋がる物語となっている。

トニー・スタークからリクルートを受けたピーターは研修扱い、街の治安を守る立場にいた。そんな中、ATM強盗に遭遇したスパイダーマンだったが、強盗の持つ強力な武器に打ちのめされる。だがその武器こそトゥームスが8年前のNY決戦の残骸から産んだものだった。ピーターは友人のネッドと共にトゥームスの武器密売に迫っていく。

サム・ライミ版「スパイダーマン」(あくまで1と2に限る)が大人の鑑賞にも耐えうる、ヒーロー映画の傑作と言っていい出来だった。しかし本作はそう言い難い。

「シビル・ウォー」から繋がっているせいか、ありがちなヒーロー誕生エピソードはバッサリカット。そもそもソニーとして二度目のリブートだし割り切っている。それなりの脳内補完が必要だろう。

物語に感じるのは子供っぽさ。エピソードの積み上げもピーターに対し感情移入し難く、ヒーローとしての成長を感じさせない。そもそもキャストの若返りにその意を強める。MCU、チーム・アベンジャーズの中で位置付けとして、子供向けに敷居を下げたのかもしれないが、大いなる力には大いなる責任が伴う...それが「スパイダーマン」の持ち味だっただけに残念。

またピーターの成長を見守るべきトニー・スタークも、ガジェットを与えただけで物語上あまり機能していなかった。トニー自体、ドライなヒーローであるが、本作ではそうした新局面を現すには至らない。

悪役を元バットマン(DCコミック)で主演作「バードマン」がオスカーを獲ったマイケル・キートンに演じさせたのは何処か意味ありげ。だがこれまでの「スパイダーマン」が悪役にも感情移入を誘うのに対し、本作では描写が浅くマイケルの起用も活きていない。

子供向けの割に133分の上映時間は酷。大人でも退屈でやや睡魔に襲われた程。大いなる期待はせず、ノリで観るのが正解なのかも。

170812

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2017/07/22

「マンチェスター・バイ・ザ・シー」を観る

今日はケイシー・アフレック主演「マンチェスター・バイ・ザ・シー」を観てきた。今年のアカデミー賞でケイシーが主演男優賞、ケネス・ロナーガン監督が脚本賞を受賞した作品。Amazonが本作を製作、またベン&ケイシーのアフレック兄弟の盟友でもあるマット・デイモンが製作に参加している。

ボストンで便利屋に勤めるリー。客とのやり取りは不器用だが、仕事は堅実。そんな彼のもとに兄ジョーが倒れたと連絡が届く。リーはかつて住んでいた、兄のいるマンチェスターに車を走らせるのだった。

兄ジョー、ジョーの息子パトリックとの関わり。そしてリー自身、そのような経緯に至った過去が徐々に語られていく。器用に生きるパトリックにとってはまるで寅さんのようなリーだが、淡々と描かれ、笑いを誘うような作品ではない。むしろリーは不器用過ぎて歯がゆいほど。ただそこに至る大きな理由がのちに明かされる。

本作を観て、まさにリーはアカデミー賞授賞式でのケイシーそのもの。監督は明らかにケイシーを充てて脚本を書いたであろうと想像する。そこに生まれる共感は本作で感じ取れる。またありがちな成功や再生を描くのではなく、僅かな成長だからこそ心から共感できた。世の中を器用に生きられる人にこの作品の良さはけっして伝わるまい。

物語はマンチェスターの海に始まり、同じ海で終わる。地味なエピソードの積み上げと全体的に厳しい季節感が伝わる映像で楽天的な作品で無いが、二人が海に繰り出す姿、エンディングに温かさを感じた。

170722


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2017/07/15

「劇場版ポケットモンスター キミにきめた!」を観る

今日は子供の付き添いで「劇場版ポケットモンスター キミにきめた!」を観てきた。朝一回目の回で満席。ムビチケで席を取っていたので間際でも入れたが、会員ポイントは別途一般窓口に並んで付け直してくださいって。シネマサンシャインさん、もう少しやり様があるんじゃないかと。長い行列を横目に諦めたけれど。

ポケモンの知識は「ポケモンGO」程度のもの。物語はそれなりに理解。007、スターウォーズしかり。シリーズものは困った時こそ原点回帰、エピソードゼロへ。サトシとピカチュウ最初の出会い、仲間との交流にその後、最強ポケモンホウオウが待っている展開となる。

劇場版という事で大画面を意識した演出。ただ最近のテレビシリーズの演出も派手となってそう大差は感じない。

脚本(一部脚本として)クレジットには故・首藤剛志の名。そもそもポケモン初期は首藤氏の手によるもの。かつてのアニメファンにとって、首藤氏といえば葦プロを支えた名脚本家だ。本作のタイトルといい、今も続く決めゼリフ、エッセンスは彼の手腕が大きいのだと思う。

映画としてはあくまで子供向けで友情と勇気がテーマ。奇をてらった「妖怪ウォッチ」と対局にある。少年少女の心を失った大人を楽しませるのは本分じゃない。「ポケモンGO」のおかげで知ってるポケモンのオンパレード、最後まで眠らずに終わったが、子供の付き添いが理由のイチゲンさんにはつらい。ただそうした子供向けのオーソドックスさこそがポケモン映画の強み。20作目は伊達じゃないといったところなのだろう。

170715

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2017/07/09

「激走!5000キロ」を観る

先月はスカパーが2千円分タダという事で一ヶ月だけスターチャンネルを契約していた。そんな中放送されたのが「激走!5000キロ」。子供の頃の記憶に残る一作だ。

荻昌弘さん解説の「月曜ロードショー」が懐かしい。この「月曜ロードショー」でショーン・コネリーの「007は二度死ぬ」ピーター・フォンダの「悪魔の追跡」と共に定期的に放送されていたのが、この「激走!5000キロ」。

だが前述の二作と違い、当時のスターは出ていない。でものちの名優は出ていた。例えばフェラーリデイトナを駆るイタリア男はラウル・ジュリアだ。彼の名を高めたのは「アダムス・ファミリー」だが、亡くなるまで名バイプレイヤーだった。もう一人はゲイリー・ビジー。本作では若かりし彼の姿が見られる。のちの悪役、トラブルメーカーぶりが想像できない。ちなみに今回見直すまで二人の存在に気がつかなかった。

主役はマイケル・サラザン。ウィキペディアを見ても、人に言える代表作が挙がらない。だが「激走!5000キロ」は充分に代表作の価値がある。だが本作、真の主役は車たちだ。主人公の乗るコブラ、前述のフェラーリデイトナ、カマロにベンツ、ポルシェ。ロールスロイスに至ってはB級作品ながら本物が傷だらけに扱われる。ちなみに1976年の作品。B級なんて言葉がつかなかった時代だ。

物語はそんな車たちで、ニューヨークからロサンゼルスのロングビーチまで競争するレース。ただ大真面目な作品ではなくコメディー。同じノリの映画「キャノンボール」の遥か昔。中でも幼少期の記憶に残っていたのがバイクの男のエピソード。セリフなくトラブルに巻き込まれて広告板にジャンプし激突。そこが可笑しく悲しい。

スターチャンネルでは字幕版が放送されたが、残念ながら吹替版は無かった。DVDも出ているが、吹替はない。こういう作品こそ吹替ありき。マイケル・サラザンの顔をみると安原義人さんの声が浮かぶものね。こういうのを記録より、記憶に残る作品というのだと思う。そしてスターチャンネルにはWOWOWと違ったセンスを感じるんだよね。

170709

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2017/06/25

「ハクソー・リッジ」を観る

今日はメル・ギブソン監督作品「ハクソー・リッジ」を観てきた。やはりメル・ギブソンといえば「リーサル・ウェポン」シリーズとなるが、監督作ではオスカーを獲った「ブレイブハート」のようなテーマが重い作品を手掛けている。

第二次大戦中、デズモンドは出征する友人たちを黙ってみておられず、自ら兵役を選んだ。だが良心的兵役拒否者(CO)であるために衛生兵として戦地へ向おうとする。しかし訓練する上官たちは決して彼の事をよく思わなかった。そして軍事裁判ののち、デズモンドは出兵。沖縄で日本軍と対峙するのだった。

戦地で銃を持たず、衛生兵として戦ったデズモンド・ドス氏を描いた実話。ただ戦ったのではない。また敵に刃を向ける事もない。彼は信念の下、激戦の中で多くの負傷した兵士を手当の末に助け出すのだ。戦争映画として異色である。

監督の言う建前は、デズモンドが宗教上の理由で銃を持たないようであるが、実は途中挿入される父とのエピソードにこそ真実、監督の本音が隠されている。狂気の戦場下でまともな判断ができないのも真実。戦場秘話というオブラートを被せて(冷静になった時に)、人は銃を向けられるのかと問う。

デズモンドを演じたアンドリュー・ガーフィールド。本作や「沈黙 -サイレンス-」といい、決してメジャー会社製作でない映画への出演は、彼の姿勢を映すものだろう。これからも注目したい。

またキャスティングもいい。サム・ワーシントン、ヴィンス・ヴォーン、そしてエージェント・スミスことヒューゴ・ウィーヴィング。また部隊の面々の存在感も見逃せない。

アメリカ人から見る沖縄戦であるため、少なからず日本兵の描かれ方に物足りなさがある。そうであっても本作の戦場の凄まじさに目を覆う。そして今想う事。道理が通らない世界。それでもデズモンドの父のように身を以て子を守り、正しい事を訴えていたい。

170625

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2017/06/23

「22年目の告白-私が殺人犯です-」を観る

今日は藤原竜也、伊藤英明共演の「22年目の告白-私が殺人犯です-」を仕事帰り、レイトショーで観てきた。韓国映画のリメイクだが、オリジナルは未見。何処までオリジナルが踏襲されているかは判らない。

1995年、東京で4件の連続殺人事件が発生。その事件を追っていた牧村刑事は、先輩刑事と共に第5の事件に巻き込まれてしまう。そして22年。時効が成立した連続殺人事件に対し、その犯人と名乗る男、曾根崎が現れた。そしてその告白本と共に世間を席巻。だが牧村を始め、5つの事件の被害者たちは怒りをあらわにするも、曽根崎の前では何もできなかった…

キモとなる物語の構図はネタバレになるために触れない。とにかくキャスティングが素晴らしい。ヒーロー、ヒール共に演じられる藤原竜也を配役し、前半の劇場型(激情型)演出と後半における心情的な演じ分けに唸らされる。特に前半は藤原の独壇場だ。

その上で敵対する牧村を演じる伊藤英明も負けていない。22年の苦悩を若手時代から現在までを絶妙に演じる。観客は牧村に感情移入し、かつ惹きつけられる。これまで熱血系のキャラクターを演じてきた面目躍如。そして物語は第3幕以降、大きな転換を迎える。

本作は22年の月日をテンポ良く見せつつ、5つの事件の被害者たちの立場を無駄なく織り込み、物語は終局を迎える。劇場型のようで実は登場人物が整理されており、また伏線の回収も巧い。ただ本作は題材が殺人なのでそれらしい辛い描写も多く、誰もに薦められないのが残念。しかしながらサスペンスとして一級品であり、それ系が好きな人にオススメしたい。

170623


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2017/06/16

「わたしは、ダニエル・ブレイク」を観る

今日は仕事帰りに「わたしは、ダニエル・ブレイク」を観てきた。007:ジェームズ・ボンド=ダニエル・クレイグではないおじさんが主人公。社会派ケン・ローチ監督による昨年のカンヌ映画祭、パルムドールを受賞した作品である。

心臓に病を持ち仕事に就く事が出来ないダニエル。国へ援助を求めるも、システム化された手続きの前に為す術も無かった。そんな中、同じく援助を求めるシングルマザーのケイティーと出会う。意気投合した彼らは交流を深めていくが、その一方で生活は行き詰まるばかりだった。そして二人に起こる出来事とは...

英国版「グラン・トリノ」と言うべき、頑固親父の戦う姿。ただイーストウッドのような格好良さでなく、笑いとユーモアで魅せる。子供達とのコミュニケーションが木工というのも、大工で身を立てたダニエルらしい。

そんな彼もシステムの前では情報弱者であり、パソコンの操作もおぼつかない。役人の対応はシステマティックで先のダニエルの姿と対照的。ただ中には彼への理解者も現れるが、システム=上司に飲み込まれている。何とも言えない歯がゆさにダニエルの叫びが心に響く。国民のためと国の生むシステムは何とも偽善である。

社会構造の生むジレンマに怒りを覚えつつ、我が国に置き換えてみてもその憤りは変わらないだろう。支える大半の国民は格差ばかりで恩恵を受ける事は少ない。権力を盾に忖度と詭弁を放つ宰相がいる限り。

閑話休題。そうした権力の上の人間は映画の中に現れないが、本作はそうした彼らへ(を)訴えている事に等しい。微笑ましい日常のエピソードの一方で追い詰められていくダニエル。そしてエンディングに訪れる出来事。その余韻に考えさせられる一編であった。

170617

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2017/06/03

「LOGAN/ローガン」を観る

ヒュー・ジャックマン主演によるウルヴァリン最終作「LOGAN/ローガン」を観てきた。

マーベル・シネマティック・ユニバースでスピンオフの先駆けとなったウルヴァリン単独作。前二作同様に「X-MEN」シリーズとの接点を持ちながら、独自の世界観で描かれている。ある意味、「X-MEN」のパラレルワールドと考える事もできる。

不死身の体に陰りが見えたローガン、老いのために超能力が制御できなくなったチャールズ。そんな二人の前に謎の少女が現れる。本作は彼らを執拗に追う者からの逃走劇であり、三人によるロードムービー。

時代は2024年、ミュータントは衰退。ローガンは運転手兼用心棒稼業で暮らす。帰宅した彼はチャールズを看る日々。そんな設定だけでこれまでと一線を画す事が判る。物語も然り、残酷描写も多い。これまでのシリーズ、ウルヴァリンの一刀両断さえ、ライトな表現だったと気づく。リアル描写だからこそ、生死を分かつ姿が際立つ事になる。

そんな本作でウルヴァリン/ローガンの物語は終局へ向かう。その手法は劇中で示されたようにズバリ西部劇だ。ロードムービーである事に加え、ローガンの悲壮感とマッチする。アバンタイトルも含めて往年のアクション映画を思わせる。ヒュー・ジャックマン自身、若きイーストウッドに似た風貌を持つために違和感はない。やがて少女との関係にローガンにある感情が芽生える。

惜しまれるのは、観ていて導入部、前半がタルかった感じがした事。だがローラが登場し、キレッキレのアクションを魅せると目が覚めた。やがてローラとローガンの出生が重なり、二人の関係性が深まっていく。その時ローガンは単なるヒーローではない。他作に比して人間的だ。その姿こそ監督が描きたかった点ではないか。

もう一つ残念な点はヒューがローガン/ウルヴァリン役を降りる事。2000年からはや17年。全シリーズを通して同一キャラを演じたのは彼だけだ。ブライアン・シンガー監督と共にウルヴァリン像を作り上げた功績は大きい。本シリーズのファンとして、その集大成たる本作を味わう事ができた。

170603



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2017/05/21

「エクス・マキナ」を観る

Amazonプライムビデオで「エクス・マキナ」を観た。昨日の「メッセージ」と同じく、去年から非常に気になっていた作品。まずポスターワークに一目惚れ。だが小品ゆえに近場の映画館では上映されなかった。ちなみに本作は昨年のアカデミー賞で「マッドマックス 怒りのデス・ロード」を抑え、最優秀視覚効果賞を受賞している。

IT企業に働くケイレブは社内抽選に当たり、社長ネイサンの自宅に招待された。ネイサンは大統領でも会えないほどの著名人。そんな彼がケイレブを迎えたのには理由があった。それこそAI知能へのテストを行う事。疑問を持ちつつテストに同意するケイレブの前に現れたのは、女性型ロボットのエヴァ(AVA)だった。

「メッセージ」と同様、大人向けの静かなるSF作品。日本なら「世にも奇妙な物語」にありそうな話。全編ほぼ会話劇であり、時に哲学的。一見、退屈に思えるかもしれない。だが戸惑うケイレブ、ネイサンの思惑、進化するエヴァとの探り合い等に考えを巡らせつつ、オスカー級のビジュアルに圧倒され、間も無くそんな事は気にならなくなる。

キモとなるビジュアル。日本ではリメイク版「キカイダー」が未だメタルスーツを推し出す中、こちらは現実の中に溶け込むCGスーツ。 ヒロインたるエヴァはアリシア・ヴィキャンデルの美しさと相まって、ケイレブ同様に我々も惹き込まれる。その時点で本作は大成功、後半に至るシークエンスに嵌められていく。

本作は「ウエスト・ワールド」「アイ,ロボット」と並ぶAIの進化と未来への警鐘を描くと共に、「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」のような未来的哲学も感じる。福音か、終末論か。終劇に至るプロットはその行く末に思わず夢想してしまう。それがSF作品の醍醐味であり、本作は興味深い一本となった。

170521

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