2017/05/21

「エクス・マキナ」を観る

Amazonプライムビデオで「エクス・マキナ」を観た。昨日の「メッセージ」と同じく、去年から非常に気になっていた作品。まずポスターワークに一目惚れ。だが小品ゆえに近場の映画館では上映されなかった。ちなみに本作は昨年のアカデミー賞で「マッドマックス 怒りのデス・ロード」を抑え、最優秀視覚効果賞を受賞している。

IT企業に働くケイレブは社内抽選に当たり、社長ネイサンの自宅に招待された。ネイサンは大統領でも会えないほどの著名人。そんな彼がケイレブを迎えたのには理由があった。それこそAI知能へのテストを行う事。疑問を持ちつつテストに同意するケイレブの前に現れたのは、女性型ロボットのエヴァ(AVA)だった。

「メッセージ」と同様、大人向けの静かなるSF作品。日本なら「世にも奇妙な物語」にありそうな話。全編ほぼ会話劇であり、時に哲学的。一見、退屈に思えるかもしれない。だが戸惑うケイレブ、ネイサンの思惑、進化するエヴァとの探り合い等に考えを巡らせつつ、オスカー級のビジュアルに圧倒され、間も無くそんな事は気にならなくなる。

キモとなるビジュアル。日本ではリメイク版「キカイダー」が未だメタルスーツを推し出す中、こちらは現実の中に溶け込むCGスーツ。 ヒロインたるエヴァはアリシア・ヴィキャンデルの美しさと相まって、ケイレブ同様に我々も惹き込まれる。その時点で本作は大成功、後半に至るシークエンスに嵌められていく。

本作は「ウエスト・ワールド」「アイ,ロボット」と並ぶAIの進化と未来への警鐘を描くと共に、「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」のような未来的哲学も感じる。福音か、終末論か。終劇に至るプロットはその行く末に思わず夢想してしまう。それがSF作品の醍醐味であり、本作は興味深い一本となった。

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2017/05/20

「メッセージ」を観る

今日は前から気になっていた「メッセージ」を観た。最近、母船デザインの元ネタが"ばかうけ”で有名となった作品でもある(監督を巻き込み作られた嘘ネタ)。今年秋公開の「ブレードランナー」続編を監督するドゥニ・ヴィルヌーヴが手掛けた初SF作。観終わるとその体を表す原作タイトル名ではストレート過ぎ、原題は意味深過ぎ、邦題がその中間でオーソドックスな印象。

ある日、全世界の都市に12隻の巨大な宇宙船が降り立った。コンタクトを試みる人類。米国はモンタナに飛来した宇宙船に対し、言語学者のルイーズ、数学者のイアンを向かわせる。そして彼らの前に現れたのは2頭の未知生物だった。

本作は観る人を選ぶ。ひと捻りあるSF好きならマッチすると思う。ただ「インデペンデンス・デイ」のような大味なSF好きには向かない。

前半1時間は人類の困惑と共に淡々と物語が進んでいく。これまで「未知との遭遇」に始まって「コンタクト」「アビス」「インターステラー」等、宇宙や未知生物との関わりを描いたものがあるが、本作はその中でもエンターテイメント性が極力排除された感がある。異文化との接触を未知生物、国際間という二つの側面から描いているのも面白い。

ただその一方で、パーソナルな部分への切り込みは本作が最も強いかもしれない。またそれがクライマックスでのキモとなっている。その展開が如何にもSF的で、挿入されるルイーズのエピソードの数々が、パズルのピースがピタッとハマるが如く納得させられる。ただあくまでSF的な発想であり、それについて来れるかもカギだろう。人によっては「???」って事もありうる。

個人的には本作を観て良かった。ルイーズの運命に我が人生の見方を考えさせられ、SFの奥深さを感じさせる作品である。

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2017/05/06

WOWOW「リーサル・ウェポン Season1」第1話を観る

WOWOWで録ってあった「リーサル・ウェポン Season1」第1話を観た。メル・ギブソン主演の大ヒットアクションシリーズ「リーサル・ウェポン」のドラマ版。原案、第1作脚本のシェーン・ブラックもドラマ版の脚本に名を連ねる。オープニングタイトル、スタッフ名のフォントもオリジナルを踏襲、ファン心を刺激する。 ただドラマ版の製作総指揮がマックGと判るのにさほど時間は掛からなかった。

マックGというと、ド派手アクションと懐かしドラマをミックスするフィルムメーカー。かつて映画版「チャーリーズ・エンジェル」2作をヒットに導いたが、その中身はプアだった。また「ターミネーター4」もあまりに正攻法で撮ったため、普通のSFアクション映画に終わってしまった。この人の手腕は未だ推し測り難い。

第1話だけで恐縮だが、結論を言うと映画版のカタルシスはない。演者が違う事、テレビドラマゆえの希釈さはやむを得ない。アクションもそれなりにアップデート。シェーン・ブラックの脚本ゆえ、短時間の第1話ながらリッグスのキレぶり、家庭第一のマータフと一様の韻は踏んでいる。

ただそれよりも許せない事。このドラマ版は「リーサル・ウェポン」の魅力を読み違えている点が一つ、それは音楽だ。リッグス、マータフの個性、友情はブルースなんだよ。「リーサル・ウェポン」を今風の軽いビートで語って欲しくない。まるで気の抜けた炭酸ジュースのようだ。

映画版の音楽は最強コラボだった。あのエリック・クラプトンに名サックス奏者のデイヴィッド・サンボーン、そして90年代アクション映画に欠かせなかったマイケル・ケイメン(故人)の3人によるもの。リッグスとマータフの軽妙な掛け合いにクラプトンとサンボーンの巧みな演奏が絡み、壮絶アクションをケイメンのスコアが支える。このコラボを実現したのは、映画版の監督リチャード・ドナーのセンスもあると思う。そんなセンスがこのドラマ版には皆無。やはり劣化コピーを繰り返すマックGなのだなぁと。

ただ第1話で見限るか、もう1話位様子を見たい。ただシーズンを通して音楽の嗜好が変わる事は無さそう。今のところ録り残す事はあるまい。

日本語吹替版として面白い試みは、映画版でリッグスの声を充てていた磯部勉氏が、このドラマ版でマータフを演じる事。吹替ファンとしてこの点が少し妙味に感じた事は触れておきたい。

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2017/04/23

「高い城の男 シーズン2(吹替版)」を観る

先週に引き続き「高い城の男 シーズン2」を吹替版で一気に観た。世界観を引き継いでシーズン2の内容は原作にないオリジナル。物語はアメリカを二分する日本とドイツの水面下の争いが主軸となる。

シーズン1は物語が淡々と進んで行ったが、シーズン2はその駆け引きが実に面白い。二国間だけでなく、レジスタンス、そして後に控える「高い城の男」。しかも原作のような戦後ifで無く、戦後SFである事に気付く。フィリップ・K・ディック原作であるから、その位の飛躍はあっていいし、そうで無いと彼らの言動に説得力が出ない。個人的に許容範囲だ。

登場人物だけでなく、映像の力を知っているヒトラーだからこそ恐れる「高い城の男」の持つフィルム。さらにタガミ大臣の”見る時代”は一つの可能性であり、我々の住む現世もその一つ。そう考えると、直近の世界情勢のタラレバがあるとすれば、どんな世界が待っているだろうと思う。

本作の世界描写は本当によくできている。ただVFXに舌を巻くも、挿入される現実のフィルムに本物の持つ恐ろしさを強くする。その上で登場人物たちが魅力的に描かれた群像劇だ。一見ヒールと思われるスミス大将やキド警部でさえ、同情してしまう程。そして単なるナチスの工作員と思われたジョーに意外な事実が突きつけられる。

物語は終局まで突っ走る。特に最終2エピソードのテンションが凄い。シーズン1に魅了された人なら、間違いなくシーズン2は面白いだろう。全10エピソードを速攻で見終えた事がその証明であるから。

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2017/04/16

前田有一著「それが映画をダメにする」を読む

前田有一著「それが映画をダメにする」を読んだ。前田氏の「超映画批評」を偶然ネットで見つけたのは10年前くらいか、それ以来同サイトを読ませてもらっている。

基本的に氏と映画に対する考え、嗜好が似ているため、とても参考になる。これまで氏のオススメ映画で最近なら「パッセンジャー」「ハードコア」、ひと昔なら「バンテージ・ポイント」とその恩恵を受けた。そしてその数も多い。「ハードコア」に至ってはオススメマークだけを見て劇場へ行った程。

そんな前田氏が出版したのが「それが映画をダメにする」である。

我々がブログで書くような感情に赴く”感想"と違い、サイト「超映画批評」での作品に対する分析は冷静で的確だ。その上で本著はタイトル「それが映画をダメにする」にあるように、その作品と映画界が抱える問題を氏の視点で指摘する。

映画はその歴史から成熟産業と思われがちだが、時代の変遷に翻弄され、今尚変化を求められる。器用に対応するハリウッド(必ずしも全てではない)。だが邦画界はそうと言い難い。今なら「同じような恋愛ものが大量生産されている」と先日塚本監督が自虐していたが、問題点は多い。

本著でも邦画作品がいくつか採り上げられているが、各々の事情は内幕を知る氏だからこそ。単なる批判ではなく、それに対する回答でもある。またYahooニュースにもなった「進撃の巨人」に関する騒動にも触れている。炎上の連鎖を生んだ同作。ただ基本的に作品の質こそ問われるべきであり、その中での批評の重要性を挙げている。

個人的に日本国内における3Dに対する見解も同意だ。質の悪い3Dを見せられる程、ツライものはない。ここぞという時は劇場を選んで観てきたが、基本的に2D鑑賞だ。シネコン化で昔に比べれば映画館の質は向上したが、画質は館ごとのバラツキが大きい。特に施設規模に依存する3Dは顕著だ。

質は目に見えた品質だけでなく脚本、演技、コストパフォーマンス、製作背景とその意図に及ぶ。それらを総合しての映画。その問題提起として本著は読み進める度に興味深かった。映画の見方を深堀りしたい方にオススメの映画本だ。

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2017/04/08

新型「Amazon Fire Stick」を導入する

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テレ東ロス対策の一貫として「Amazon Fire Stick」を導入した。アメリカでは一昨年秋に新型に発売が切り替わったが、日本では一年以上待たされた形。ただ先の個人的な理由と今春の日本発売とタイミングが重なり、新型「Fire Stick」を手にいれる事になった。

リモコンの絵がエンボス加工された箱が珍しい。中身、パッケージの構成は本体、HDMI延長ケーブル、電源ケーブル、リモコン。HDMI延長ケーブルは接続時の干渉を避けるためのもので、長さは僅か。本体とケーブルを合体させていく過程はまるでオモチャのよう。あとは本体をテレビのHDMI端子に繋ぐだけ。新型になり、リモコンは標準仕様で音声入力に対応するようになった。

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「Fire Stick」の挿したテレビ入力を選ぶとセットアップ状態に入っている。既にユーザーアカウントはAmazonが出荷時に行なっており、そのままWiFiの設定を行う。AOSSによる選択肢は無いようで、手元のWiFiルータを選びパスワードを入力した。そのままガイダンスが流れる中、「Fire Stick」は最終設定に入る。繋いでから10分程で終わり呆気ない。

プライム会員になる前提であったため、試し期間を兼ね元トップ・ギアトリオによる「グランドツアー」を再生してみた。「おすすめ」では字幕版だけしか選べなかったので、リモコンを使って音声検索。字幕版と共に吹替版も現れた。認識率は高い。膨大な数のコンテンツに対し音声検索は必須だろう。後はリモコンで選択するだけ。UIもキビキビ動いてまもなく再生開始。

Amazonの肝入りで始まった「グランドツアー」。さすがはお金が掛かっているとあって画質がいい。内容は別の機会で触れるが、元トップ・ギアトリオの今後に期待。

続けてアニメに映画とつまみ食いしていって気がついたのは、コンテンツ毎の画質差、音声レベルの差が大きい事。特にコンテンツを変えるたびに音声を上げ下げしなければならない。不便さを感じるし、過大な音量で流れる恐れがある。画質は映画であればパッケージソフトに準じているが、テレビ番組となると玉石混交。アナログ地上波時代のものは見られれば良しのレベル。

まとめ。これまで放送はその場で見るもの、録画して残すものといった考え方だった。だが配信を使った視聴システムはその概念を変える。シリーズものを見たい時は時間を問わず、続けて見る事ができる。新型「Fire Stick」はコンパクトな本体ながら、動作に不満はない。特に音声検索は有用だ(パソコン等からウォッチリストへ追加する方法もあり)。旧型がバーゲンされている事があるが、あえて選ぶ余地はない。とりあえずどんな作品に出会えるか、コンテンツ探しに勤しみたい。

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2017/04/01

「パッセンジャー」を観る

今日は映画の日という事で「ハードコア」に続いて2本目、レイトショーでジェニファー・ローレンス、クリス・プラット共演の「パッセンジャー」を観てきた。

未来、過剰な人口に移住地を目指す宇宙船アヴァロン。5000人の乗客たちは120年後の到着の途上にあった。だが30年後、アヴァロンは小惑星衝突をきっかけに異常を来たす。しかもその影響で技術者ジムの冬眠ポッドが開いてしまう。孤独を余儀無くされるジム。一年後、彼は大きな決断を下すのだった。

二人の主演から判るように、その後の展開は推して知るべし。そもそも原題は複数を示す「PASSENGERS」である。若いカップルには甘ーいSFアドベンチャーかもしれない。だがジムとオーロラの心中を察すると、そこに至る苦悩は映画「エイリアン」の恐怖よりも奥深い。実はSFの皮を被った二人劇。何処か哲学的でオーロラに対するジムの葛藤は、家庭を持つ男女にとって人生を映したかのよう。そんな中、彼らを諭すようなセリフも心に響く。

この作品の描くSF、世界観、美術が素晴らしい。ダークなSFでなく、何処と無く明るさを感じるところがいい。その最たるがCMにも登場するバーテンダーの存在。彼の醸すユーモアが序盤、ジムの心を支えている。それだけでなく船内、設備、食事とデザインが洗練されている。

そこに現れるオーロラを演じるのがジェニファー・ローレンス。

女性にとってクリス・プラットも注目だろうが、それ以上に男子にとってジェニファーは堪らない。間違いなくジム同様に間違いを起こすだろう。彼女の演じる個性がオーロラをより輝かせている。その後の展開がオーロラをどのように変えていくか。そんな中での終劇、彼女のモノローグが感動的。観る前はビデオでもと思ったが、期待を大きく超える良質なSF作品だった。

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「ハードコア」を観る

今日は映画の日。仕事帰りに「ハードコア」を観てきた。事前情報なし、某サイトのオススメマークだけが頼り。しかもタイトル「ハードコア」に対し勝手に何とも言えないイヤラシさを感じる。ただ実際はパルクールよろしくの近未来アクション作であった。

突然目覚めたヘンリーは妻と称するエステルの手術で復活を果たす。しかし突然二人をエイカンが率いる謎の集団が襲う。孤立したヘンリーはジミーの助けを受け、エステルの囚われたエイカンのアジトを目指す。

ここで何を書いてもネタバレになってしまう。ポスターしかり、サイトの作品紹介もしかり、深読みすると原題「Hardcore...」さえもネタバレではと思う程。ただそのタイトルが出るオープニングがテーマ曲と共にすこぶるカッコいい。ここだけで自分にとっては二重丸。

「第9地区」のシャールト・コプリーが製作・出演しているあたり、内容が只者でない事は伝わる。B級感プンプン。しかもアクション描写が凄まじい。大迫力、大爆発、ハイスピードなアクションは制約の少ないであろう舞台、ロシアによる点が大きい。最後までこれでもかのアクションが続き画面揺れ必至。ただし画面酔いの酷い人にはつらいかも。

本作は基本的に男性向けの映画。美女エステルによる動機付けから始まり、観る側は必ずヘンリーへの感情移入を強いられる。それがこの作品のキモだ。R-15+のため、残酷描写もあり。男性の喜ぶ描写も少しだけあり。心に残る映画ではないが、アクション映画好き、ゲーム好き、ハマる人にはたまらない。できるだけ情報は入れずに観る事をオススメしたい。

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2017/03/26

映画「テラフォーマーズ」を観る

今朝はWOWOWで撮ってあった映画「テラフォーマーズ」をながら見で観た。昨年公開も酷評の嵐に見舞われた本作。その期待?に違わぬ出来に納得した。

原作はKindle無料時に1巻だけ読み、世界観は既知。面白さと相反し実写化は相当なハードル。この映画を観て、これってアニメ向けの素材と痛感した次第だ。ダメなところを挙げていったら指の数が足らなくなるほど。もちろん虫になってもその数は足らない。

まず何故特殊メイクにこだわるのか。バグズ変身後は質感の乏しさに溢れる。これがヒーロー番組なら許されるだろうが、あくまで巨額を投じた大作。毎度、顔のアップを見ていたら、とても耐えられなかった。もう少し何とかならなかったのか。敵も質感的にゴキブリに見えないし。

あと池田秀一によるナレーションがいただけない。聞き取り難いというか、ナレーションを務める番組「おぎやはぎの愛車遍歴」ではそんな事ないのだけど。その上で説明に頼った世界観作り。中身もスカスカ。物語も読んでいた1巻の内容をなぞっただけで緩急もない。その終わりは映画オリジナルのようで続編を匂わせるが、この出来では?が付く。

一方でCGチームの頑張りは評価したい。この映画は三池崇史監督の映画ではなく、そのほとんどがCGチームの努力により作られた映画だと判る。失敗させた監督の罪は大きい。三池監督らしさは愚連隊、ヤクザ臭のプンプンするキャスティングぐらいだろう。そもそもこれまで三池監督の作品を面白いと思った事は無いけども。

本作は観なくてもいい映画、二度と観る事はあるまい。早々に消してしまった。

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2017/03/25

「山田孝之のカンヌ映画祭」を観終える

昨夜録画しておいた「山田孝之のカンヌ映画祭」の最終回を観終えた。感想は内容に触れざる得ないので気になる方は飛ばして下さい。


オブジェの爆発と主演芦田愛菜の決断によって映画「穢の森(けがれのもり)」の製作中断を余儀なくされる。製作チームも解散し、目的を失った山田は故郷鹿児島を訪れた。母校、実家、そして父親と対面する。去来する想いにある決断をする山田だった。

前回、山田にクビを言い渡された山下監督がダッシュした瞬間、妙な雰囲気が立ち込めた。その後の出来事はギャグ的。フィクション、モキュメンタリーたる落とし方と言えるだろう。今考えれば「穢の森」自体、本当に作りたかったものか。カンヌという目標に肩肘を張り、河瀬直美監督との出会いで触発されたものの、少なからず自分を見失った感はあった。

そんな彼は故郷で自己回帰し、やりたいものが作りたかったものと再起。山田の父は結構な自由人であり、好きに生きてきた人と語られる。そうした父との会話で奮起する山田。結局は今回の「カンヌ映画祭」も前作「東京都北区赤羽」同様、山田孝之の自分探しの旅だったのだ。

さて山下監督、芦田愛菜を再招聘して作ったのが「映画 山田孝之3D」。しかも最終回のエンディングからもカンヌへ出品するようだ。めでたし、めでたし。

でもね、終わってから思うんですよ。前回までの異様なテンションが何だったのか。しかも結果撮りたいのが、何処か某宗教団体を思わせるポスターの3D映画。カンヌ自体、3D映画は既にギャスパー・ノエが出品しているし初ではない。ただゲーム好きとして知られる山田が撮りたいのが、3D映画だったというオチは好意的に見れば分からなくもない。

山田のカンヌへの志と映画作りが一致していたかは解らない。ただシリーズ中、河瀬監督の説く「作りたい映画が偶然カンヌに選ばれた」ことからそこに至ったのだろう。山田にとって「穢の森」は振り上げた拳だったのかと。

「東京都北区赤羽」「カンヌ映画祭」を通し、人間山田孝之の面白さに惹かれた。「映画 山田孝之3D」はその三部作のトリを受け持つ山田ワールドの集大成なのかもしれない。

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