2018/04/20

「レディ・プレイヤー1」を観る

今夜はスティーヴン・スピルバーグ監督最新作「レディ・プレイヤー1」を観てきた。原作者アーネスト・クラインが共同脚本を手掛け、ポップカルチャーとVRワールドを最新VFXで描く。

2045年、オアシスと呼ばれる巨大VRワールドが席巻。オアシスの開発者ハリデーは3つの試煉を勝ち抜いた者に自らの遺産を授けるとしていた。だが未だ一つ目の鍵を手に入れた者はいない。そんな中、一人狼のウェイドはアルテミスというアバターと出会う。そしてウェイドは第一の鍵攻略のキッカケを掴むのだった。

世界観に関する期待に対し、実際に観た感想は微妙。意図的に現実世界との差を出そうとしているのか。登場するアバターの質感はまるで映画版「ファイナルファンタジー」。特撮にアニメのオールスター、どんなにカオスな世界観が繰り出されても、没入できない自分がいる。

その理由。PPGにしろ、FPSにしろ、この手のゲームってものに興味がないからだ。PS2時代、そんな自分を克服しようとドラクエやFFを買った事があるが、序盤でサジを投げている。元々謎解きが苦手。テレビゲームならシンプルなルーティンを繰り返す、ファミスタやダビスタの方がいい。

閑話休題。他に何がダメだったかといえば、VRでのカオスな部分が噛み合わないところ。元の世界観の違う同士のコラボの難しさ。例えばクライマックスでの総力戦。物量と描写で圧倒しようにも、カオスによる化学反応が起きてくれない。だから醒めてしまう。敵ボスが無双する中、日本人として大きな見せ場は訪れるのだが、期待は予告編を超えなかった。

音楽も80’sポップスを扱うが、効果は小さい。アラン・シルベストリのスコアもBTTFのアレンジは聴きどころだが、そこだけ。映像のカオスが噛み合わない理由に、コラボするスコアのアレンジに問題がある(そんなシーンも少なかったし)。こういう時は中途半端にアレンジで無くオリジナルスコアを使うべき。個人的には金田のバイクを出すなら、そのシーンだけでも芸能山城組で観たかった。

ちなみに描かれるポップカルチャーは年齢的にジャスト。セリフに出てくる、コアな映画ファンしか知らないであろう、バカルー・バンザイやビル&テッドも観ている。だがジャストミートしない。小説なら読み手の想像力で補えるが、この映画では主人公(アバター)の醸す熱さの無さと相まって心に伝わらず。

冒険というスピルバーグ亭の暖簾も今では通用しない。映画の小ネタもあり、飽きはしなかったが、最後まで興味を取り戻す事はなかった。原作はよりオタク度の高いカオスと聞く。それにどうせシルベストリの音楽なら監督がゼメキスだったらという思うが如何なものか...面白ければ次はIMAXと期待していたが、その必要はなくなった。

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2018/04/07

「レッド・スパロー」を観る

今夜はジェニファー・ローレンス主演の「レッド・スパロー」を観て来た。「ハンガー・ゲーム」シリーズのフランシス・ローレンスがメガホンをとるこの作品。鑑賞前、作品の出来に大きな不安を抱きつつも、ジェニファーのセクシー描写が観たくて馳せ参じた次第。

ロシア国立バレー団のバレリーナであるドミニカは舞台中、脚に大怪我されられてしまう。退団を余儀なくされた彼女。叔父であるエゴロフは彼女の母を養う代償として、第4学校と呼ばれるスパイ養成所へスカウトする。頭角を現わすドミニカに命ぜられたのは、アメリカとの内通者の名を探る事。そのため彼女はCIA捜査官ナッシュに接近するのだった。

本作に対する不安は何のその。まさにスパイ小説の王道を往くような作品だった。ロケーションもロシア、オーストリア、ハンガリー、ロンドンとこちらも王道。派手さよりクールさが溢れる映像に加え、目を覆う程の残酷描写もあり。そして第4学校における教育の下、ドミニカは自らの能力を活かしていく。

ジェニファーと共に前半を引っ張るのがシャーロット・ランプリング。第4学校でのエピソードは大きな見どころだ。冷酷さ溢れる理論はターゲットに対する心理操作術に納得も、実は(大半が男性である)観客こそ操作されている事に気づかされる。ドミニカ=ジェニファー・ローレンスの魅力と体当たりの演技に、作品はワンランク上がった印象。

確かに彼女は図抜けた美女では無いが、本当にスクリーンで映える。特にナチュラルメイクでの表情に魅了された。これまでジェニファーを撮ってきた、監督の面目躍如である。

また胡散臭さ満点のジェレミー・アイアンズ、プーチン似のエゴロフ叔父さん(マティアス・スーナールツ)とこちらも確信犯的なキャスティング。

女を武器にする事が前時代的とか、最近のスパイはもっとハイテクでは?とか思うところもあるが、やはりこの作品の良さはとにかくオーソドックスな事。ラストにおける仕掛けは何と無く読めてしまったが、本作はあまり深読みせずに観ているほうがより楽しめるだろう。

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2018/03/31

「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」を観る

今夜はスティーヴン・スピルバーグ最新作「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」を観てきた。メリル・ストリープ、トム・ハンクス共演の史実ドラマ。ベトナム戦争下のアメリカで、国防総省の機密文書を巡る新聞社と政府の抗争、報道の自由を描く。

「15時17分、パリ行き」に続く劇場鑑賞で、こちらも史実物。前半から眠気が来たのは、6連勤のためか、映画のせいかは不明。ただ前半は新聞社サイドの描写が淡々としていたのは事実。大きく動くのは中盤。ベンを中心に記事を作り上げる記者サイド、発行判断を迫られる社主キャサリンと物語は進んでいく。

手堅い演技陣に囲まれているが、やはりストリープとハンクスに目がいく。彼らはカメレオンというより、役を自分に引き寄せるタイプ。そして緩急見事に我々を惹きつける。だからこそここぞというセリフが響いてくる。

二人以外ではブルース・グリーンウッドが見事。かつて「13デイズ」でケネディを演じたが、彼の演技も70年代という時代性を含め、よく似合っている。そして今回の演技、存在感と力強かった。

スピルバーグは「ブリッジ・オブ・スパイ」同様、物語で魅せようとオーソドックスな演出。彼らしからぬ長めに回したショット等も披露する。問題は物語に惹かれるか否か。まず機密文書が如何に記事となっていくかという点に、史実以上にスリリングな点は無い。むしろあっさりしている。

時代を背景にした彼らの決断と戦いこそが本作のテーマ。どの国にも似た戦いはある。我が国でも文書改ざんが取り沙汰されているが、ここまでドラマチックに物語が成立するだろうか。最高権力のための忖度って、随分と情けない話じゃないか。さて「モリトモ・ペーパーズ」の結末は如何に。

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2018/03/25

「THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦 ディレクターズカット」を観る

今日はWOWOWで録ってあった「THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦 ディレクターズカット」を観た。OVA、劇場版と観てきたが、今回は実写版。冒頭、レインボーブリッジが攻撃を受けるシチュエーション。OVA「二課の長い一日」をリメイクした劇場版第二作の実写化の側面もあり、パラレルでもあり、続編でもある作品となっている。

まず実写版シリーズを一話も観ていません。だからその集大成たる劇場版鑑賞で不向きと思われる点はキャラに対する思い入れ。だって後藤田さんは後藤さんで無いし、特車二課の面々についても同じ。唯一人、シバシゲオ班長がオリジナルと繋がりを持つが、榊さんほどの存在感を示すわけでもない。ただシバさんはいい意味でシバさんのままでしたけど。

なお高島礼子演じる高畑警部が、かつての南雲さんや松井刑事を掛け合わせたキャラなのかなと。なおこの劇場版の中で南雲さんも後藤さんも存在しています。そこが続編の味付けとなっている理由です。

さてこの作品を観て、リアルって何だと思わせた。本作は紛れもない実写版であるが、「まるでシミュレーション」と感嘆させた「パトレイバー2 the Movie」に勝てないのだ。画と役者の持つ緊張感は悪くないが、アニメにおける表現力(演出)と凄みに遠く及ばない。また改めて声の演技、アニメ版パトレイバーのキャスト陣の素晴らしさも痛感した。

中でもがっかりさせたのはアクションシーン。同じ屋内の銃撃戦でも「24」に比べると見せ方が下手。何で怪我はしないのかとか、余計な事ばかり気にしてしまう。ただラストの都内を巡るバトルは中々。「パトレイバー2 the Movie」を彷彿させるシーンも多い。それでも緊張感が足らない点は否めない。

物語のシリアスな部分を後藤田こと筧さんがほぼ一人で担う。アニメ版から残ったのは組織との戦い。警察方の部分はそれでもよかった。物足らないのが、クーデター側の描き方だ。柘植の影はあってもその意思、そして実行犯の灰原に存在感と物足りなさばかりを感じる。やはり「パトレイバー2 the Movie」は偉大だ。

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2018/03/12

「第90回アカデミー賞授賞式」を観る

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WOWOWで録ってあった第90回アカデミー賞授賞式を観た。3時間を超える全長、字幕版の放送。司会は昨年と同じジミー・キンメル。オープニング、作品賞発表での失態を早々にジョークで皮肉る。加えてコメントの最も短かった受賞者にジェットスキーをプレゼントする趣向。現れたジェットスキーの横にはヘレン・ミレンが立つというこれもオスカーならでは。ちなみに作品賞のプレゼンターは昨年のリベンジ、「俺たちに明日はない」公開51周年のフェイ・ダナウェイとウォーレン・ベイティだった。

なお昨年の授賞式同様、ファンを巻き込んだドッキリ企画も登場。こういうノリは日本の授賞式では.あり得ませんな。でも観ていて楽しい。

会場全体の一体感はまさに年に一度、ハリウッドの祭り。作品賞、主演賞、助演賞に限らず旧作を繋いだ短編が印象的。こればかりでなく終始、映画ファンを楽しませようとする心意気が嬉しい。この一年亡くなった功労者を平等に悼むのも同様。これも安易なインタビューや賞レース予想を聞かされる日本の授賞式とは一線を画する。

今年のパフォーマンスは歌曲賞が中心。受賞は「リメンバー・ミー」だったが、個人的には「グレーテスト・ショーマン」の楽曲パフォーマンスが大迫力で素晴らしかった。

授賞式で目立っていたのは先のセクハラ問題、多様化への対応だろう。主演女優賞のフランシス・マクドーマンドの受賞スピーチにもあるように女性の台頭、平等を改めて訴えていた。そんな中プレゼンターのジェーン・フォンダとヘレン・ミレンのやり取りが面白かった。女性二人のプレゼンターは彼女たちに限らず、数組登場。ある意味、今年は変化点なのだろう。

昨年、一昨年とメキシコ勢の受賞があったが、今年も監督賞がギレルモ・デル・トロが受賞。そして作品賞も彼の作品と単なるハリウッドメイド、アメリカ発に拘らない時代となった。またまさに作品賞「シェイプ・オブ・ウォーター」は多様化の最たるものである。

作品賞「シェイプ・オブ・ウォーター」は良い作品だが、従来の指標なら「スリー・ビルボード」や未見の「ゲット・アウト」だろうと思う。ただデル・トロ監督の映画作りの拘り、クオリティ、そして世界の最たるハリウッド発、多様化の末での新たな指標による選出と思う。

最後にメイクアップ賞受賞の辻一弘さんおめでとうございます。ゲイリー・オールドマンに「君でないと役を引き受けない」と言わしめ、ゲイリーも主演男優賞を受賞。是非「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」も観たいですね。

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2018/03/11

「15時17分、パリ行き」を観る

今夜はクリント・イーストウッド監督最新作「15時17分、パリ行き」を観てきた。

2015年に発生したタリス銃乱射事件を描く”実験作"。なぜ、”実験作”なのか。それは主人公3人を当事者に演じさせたからだ。イーストウッドは過去の監督作「アメリカン・スナイパー」「ハドソン川の奇跡」と史実物を作ってきている。しかしこれまでは俳優あっての作品。果たして吉と出たか。

かつて北野武とイーストウッド作品の共通性を述べた事がある。本作は例えるならイーストウッド版の「その男、凶暴につき」だ。ただ別に我妻刑事が出てくる訳ではない。作品の描く日常の中の狂気が「その男、凶暴につき」と重なるのだ。

銃を構えるテロリストに、凍りついたように変貌する車内。飛び掛かるストーンたち。その後の出来事はまさにそれ。この部分をイーストウッドは作りたかったのかと勝手に思う。眠気が飛ぶ程とここでの描写は凄い。これぞ本人たちに演じさせる、イーストウッドの凄み、87歳の創作意欲に感嘆する。

ただ反面、俳優でない者を使うデメリットも感じる。子役が演じる導入部、主人公3人が冷遇された時代、彼らの葛藤が描かれていく。人生の動機として重要な位置付けとなる構成だ。そして若者となり、人のためになろうと軍人を目指すストーンたち。ここからは本人たちが演じるのだが、本作のきっかけとなるヨーロッパ滞在が何とも退屈。事実から逸脱できず、派手な演出も出来ない。

正直、ローマのエピソードでは睡魔に襲われた。

それでもこの作品は94分と短い。もし少しでも10分、いや5分でも短かったら大傑作になったかもしれない。ただイーストウッドの真意、それが日常の中の狂気だとしたら、その対比のために残したのかも。本作を英雄礼賛と思うなかれ。そして我々の身近に同様の危険、勇気が求められる瞬間に出会う、そんな問題提起とも思えるのだ。

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2018/03/10

「ブラックパンサー」を観る

今夜はMCU (マーベル・シネマティック・ユニバース)の最新作「ブラックパンサー」を観てきた。「シビル・ウォー」で鮮烈デビューしたブラックパンサーの単独作。アンジェラ・バセット、ルピタ・ニョンゴ、フォレスト・ウィティカーらオスカー俳優を従え、チャドウィック・ボーズマンが主演する。

アフリカに位置する小国ワカンダ。途上国として知られていたが、実は超科学技術で繁栄した国だった。そしてその中心にはヴィブラニウムと呼ばれる鉱石の存在。だがある組織にヴィブラニウムが奪われてしまう。国外に情報が奪われる事を恐れた新国王ティ・チャラは、ブラックパンサーとしてその組織を追う事になった。

本作は「シビル・ウォー」で語られなかったブラックパンサー・エピソードゼロ。まるでワカンダの国威発揚作品と言ったらいいか。何故、ブラックパンサーが強いのかという点は本作のイントロダクションの3分でほぼ語られてしまい、話を繋ぐ動機はヴィブラニウムと国王争いに移されてしまう。

特にほぼ全編となる国王争いのくだりは食傷気味。アフリカの民族問題を反映させたクライマックスも、アクション重視のマーベルにしてはCG頼り。Xウイングばりの空中戦も要らない。ちなみにそんなワカンダの超科学技術はトニー・スタークを不要にさせる程である。

そして気になったのは韓国でのカーチェイスシーン。既視感たっぷりと思い出したのは「キングスマン:ゴールデン・サークル」の冒頭に似ていたからだ。そして追い駆けっこする車はトヨタの四駆にレクサスの組み合わせ。そりゃヒュンダイじゃ役不足でしょと納得。

この内容で2時間15分は長い。個人的に気になったのはアンディ・サーキスの出ていた過去作「アベンジャーズ」のエピソードって何だっけ?という事だけ。結局、思い出せなかった。たぶん「アベンジャーズ」のファンなら観て損はないが、この作品を観なくても「アベンジャーズ」次作への影響は全くないだろう。

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2018/03/01

「シェイプ・オブ・ウォーター」を観る

3月1日は映画の日。今夜はギレルモ・デル・トロ監督作品「シェイプ・オブ・ウォーター」を観てきた。

60年代のアメリカ。幼い頃声帯を傷つけられ声を失ったイライザ。彼女は研究施設で清掃業に従事していた。そんな中、研究のために捕らえられた魚人と遭遇する。そしてイライザと魚人の秘めた交流が始まったのだった。

この作品はマイノリティー同士の関わりを描いたファンタジー。イライザはもちろん、仲のいい隣人のジャイルズといい、一見普通の生活をしている同僚のゼルダでさえそんな立場といえる。むしろ社会的立場のあるストリックランドが最も凶気。そんな中、イライザは魚人に対し心身共に解き放つ。

「パンズ・ラビリンス」程のゴシックの濃さは無いが、60年代の時代背景と美術設定は見どころ。印象的なビジュアル。他作と同様のデル・トロ監督のクリーチャーへの拘り、イライザと魚人の交流、特にタイトルの通りの水を使った表現が美しい。

日本版はレートを下げるためか編集が施されている。オリジナルから編集があったとされる点は、たぶんイライザの日常におけるあるシーンの事だろう。カットが短く観ていて説明不足と感じていた。

推測するに彼女はマイノリティーであるが、性的な嗜好はそうではない、皆同じと言いたかったのではないか。そうでないと魚人との交流、その後の描写に唐突さを感じてしまう。また対照的な存在、ストリックランドのシーンも同じ。これでは中途半端感でいっぱいだ。監督の伝えたかった完全版での表現が気になる。

しかしながらこの異形のファンタジーの持ち味は捨て難い。またオスカー候補とはいえ、観る人を選ぶ。「パンズ・ラビリンス」でデル・トロの感性に惹かれた人なら、興味深い一編となるだろう。

追伸.本作の字幕は黄色。本編でのイライザの原語セリフ(手話)の字幕に合わせたためだが、劇場のピントの甘さと合わせ読み難かった。

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2018/02/04

「スリー・ビルボード」を観る

今日は今年のオスカー作品賞候補の一つ、「スリー・ビルボード」を観てきた。「ファーゴ」でオスカーを受賞したベテラン、フランシス・マクドーマンドが主演。ウディ・ハレルソン、サム・ロックウェル、個性派ピーター・ディンクレイジらが顔を揃える。

原題「THREE BILLBOARDS OUTSIDE EBBING, MISSOURI」。舞台はミズーリ州の田舎町エビング。ミルドレッドはその外れ、道沿いにある広告掲示板と契約する。その目的とは7ヶ月前に強姦殺害された娘に関するものであった。だが片田舎ゆえ、彼女の行動は物議を醸していく。

初見、サスペンスと思しき内容だが、実際は事件に翻弄される人々を描いた群像劇である。ゆえに単純に結果を求める作品では無い。その点で玄人向きな作品。引き起こされるエピソードによる人々の変化が見どころ。

盤石なフランシス・マクドーマンド、味のあるハレルソン。だが中でもサム・ロックウェル演じるディクソンの動向、特に後半における変化が興味深い。そしてミルドレッド、ウィロビー、ディクソンの顛末、エンディングのセリフが何とも想像力を誘う。

また片田舎という舞台背景に人間関係の特殊性も描かれる。ツイン・ピークスにも通じた趣き。加えて家族間の問題、南部における人種の爪痕等、現代アメリカの抱える悩みが垣間見えてくる。

もし本作にテーマを与えるなら後悔と意地かと思う。ミルドレッド、ウィロビー、ディクソン立場は違えど、彼らはそのテーマに沿い行動に移している。やがて三人の起こす化学反応が各々の行動を変えていく。派手さは無いが、心理面まで丁寧に描かれた佳作だ。

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2018/01/13

「キングスマン:ゴールデン・サークル」を観る

今夜は盟友N氏と今年劇場一本目「キングスマン:ゴールデン・サークル」を観て来た。前作のヒットを受けてのシリーズ第2弾。マシュー・ヴォーン印のキレッキレでポップな英国スパイが米国スパイと共闘し、巨大麻薬組織と戦う。

突然、集団に襲撃を受けるエグジー。脱出に成功するもキングスマンの情報が漏洩、本部共々破壊されてしまう。その主犯こそ世界的な麻薬組織ゴールデンサークルだった。まもなくリーダーのポピーは世界を恐怖に陥れる計画を実行する。難を逃れたエグジーたちはアメリカのスパイ組織ステイトマンに助けを乞う。

前作がスパイ誕生、紳士作りの「マイ・フェア・レディ」的なアプローチだったが、本作はがっぷり四つの「007」のオマージュが感じられる。冒頭に続くアクション、巨大な敵基地、そして雪山。前作同様に様々なガジェットも登場する。ただそれらがポップに彩られるのが「キングスマン」流。優れた続編は前作の韻を踏んだパロディでもある。

ロックでポップな音楽の使い方もいい。あの有名セレブが物語に絡んで登場。豪華キャストが霞むほどなかなか魅せてくれる。クライマックスシーンでは彼の曲が最高のBGMとなる。

欠点を挙げれば、心に残るような物語で無い事、やや長尺過ぎかな位(その点も007っぽいが)。でもグロい描写とドラッグが無ければ、週刊少年ジャンプのような映画なのに。

冒頭のカースタントもVFX処理が多く、全体のアクションはそこが持ち味ではあるが、ただシリーズとして飽き頃。物語としても店仕舞い感がある。「キック・アス」で注目され、「X-MEN」シリーズに新風を吹き込んだマシュー・ヴォーン。次のステージに期待したい。

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