2024/06/16

「志村けんは正しい」母の介護のため、実家住まいに戻る(番外編1)

今日は番外編。父母とジェネレーションギャップはあるが、それ以上に困る事がある。話が通じないのだ。特に父。通じないというか中身が聴こえていない。だから話を振った時の第一声は「はぁーっ!」(「はぁ」は”は”と”へ”の中間)。それが物忘れ症状の無い父だから非常に困る。

ミライスピーカーのCMじゃないが、耳の聴き取り難さは高齢になる程高くなる。かくいう自分も加齢で聴き取り難いなぁと実感する事が多くなってきた。さらに30近く年上の父であるから、父本人の状況は想像に難くない。そんな父のリアクションは志村けんのひとみばあさんそのものだと気づいた。

改めて志村けんさんの観察力に驚かされる。笑いに重要な要素は共感。番組を観ていた当時はそんな事微塵も感じなかったけど、笑いの背景で高齢者に対するイメージが働いていた。ただ過去、所詮は対岸の火事。それが今、リアルに目の前で展開されている。

そんな話を妻に話したところ、笑いのツボに嵌ったようだ。妻のご両親は若くして亡くなったのでこの話は未経験。しかも(俺の記憶では確かひょうきん族でなく)ドリフ派だったのでどうにも可笑しかったらしい。改めて志村けんさんの影響力に驚かされる。

「人生は喜劇」とはチャップリン(いやシェイクスピアかも)の言葉だが、言い得て妙。「笑い」は全ての出来事を克服できないけど、克服のカギになり得るとは思っている。その気概だけは忘れないようにしたいなぁ。

240616_01

| | コメント (0)

2024/06/12

母の介護のため、実家住まいに戻る(その2):台所対策

実家暮らしに戻ってから最初の一ヶ月注力したのは日常生活の改善。自室があるとはいえ、身ひとつで戻ってきたために何も環境が整っていない。ただそれ以前に両親の住む家が半世紀以上とあまりに古く、食住のレベルは遥か、妻のマンションの比にない。特に酷いのは台所。

父は水道、電気工事の資格があるので自分でせっせと買い足し変更してきた。だが水回り、調理環境は雑然と自己流。さらにグリルと換気フードは設置後ノーメンテ。そこで水切りカゴ、スポンジ、洗剤置きと再構築から始まった。Amazonの履歴は台所グッズが並び、人生で毎日100均に通ったのは初めて。

台所はシンプル化を進め、まな板など場所をとるものは立てて置くようにスペース確保を狙った。100均グッズは採寸してみていけるものを買ったが、現実失敗も多い。打率6割かなぁ。なお無駄なスポンジ、たわしは捨てて置き場を集約。それでも母が捨てないので、目を離した隙に黙って処分する。

おかげで個人的に使い勝手は良くなったが、両親は同じ使い方をできない。何せ昭和初期生まれの彼らは自己流。酷い時は調理に使用済の菜箸をそのまま水切りカゴに置く始末。とにかく慣れてもらうのには時間が掛かる。特に母は症状のせいか難しい面はある。

240612_01 240612_02

残るは汚れ落とし。換気フードは半日掛で手強かった。フードを大まかに分解、ネットの情報を参考に重曹水のスプレーのラップ巻きを繰り返し丁寧に油汚れを処理していく。それなりには綺麗になった。ただシミ状の冷蔵庫の汚れだけは何をやっても落ち無かった。数十年の蓄積ゆえ妥協は必要。

父は「やる事がないから」と台所での調理はお任せの中。これで多少、気分良く料理してもらえればいいなと思う。

240612_03 240612_04



| | コメント (0)

2024/05/06

母の介護(その1):介護の始まりと実家住まい再び

実は一ヶ月前から母の介護のために実家住まいとなった。以前母が眼科に通院の際、道に迷ったという話、同居する父の感じた違和感から、俺が同行して母にある病院の物忘れ外来を受診させた。冒頭、説明を受けた年相応と言われるCT画像が生々しい。さらに長谷川式と呼ばれる評価方法で9点の結果。アルツハイマー症、重症だと診断された。

俺はといえば結婚後は妻のマンションに住居を移し、世間で言われるマスオさん状態だった。あれから15余年の間、実家は朝晩寄って出勤するのがパターン。だからほぼ毎日両親と会っていたし、状況もわかっていたつもり。その中で両親の老いは感じていたが、まさかそこまで進んでいたとは…

生活拠点を実家に戻して数週間、通院や様々な手続きのために一緒に行動すると、母の老いに留まらない変化を知る事になる。耳が遠いのは判っていたが、テレビの文字(奄美大島とか)を読めなくなったり、時計を読む時に苦労したり。ちょっと前なら難なくこなした事ができなくなっていた。

物忘れ外来の後、様々な病院で受診の際、俺が実家で介護すると話すと異口同音に「それがいい」と声掛けられた。ウイークデイ日中は父に任せて仕事へ行き、週末に数時間妻のマンションへ戻る事があるが、それ以外は実家で過ごす。毎日仕事帰りにスーパーで買い物が通例となった。

進学した子供の事は妻に任せ、両親の事に専念も父と手分けしてやる事だらけ。自分の部屋に戻ると唖然、無法地帯。こりゃ片付けもしなければならない。むしろこれを機にオレ自身の終活を始めなければと。

Kaigo_rourou_hard

| | コメント (0)