2009/09/13

「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」を観る

 都市部での公開からはや2ヶ月。やっと我が街の映画館にも「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」がやってきた。夏休みシーズン、多くの子供向け作品にほとんどのスクリーンを取られていたが、それも落ち着き、地方部の映画館でやっと公開になったようだ。この間、何度も遠征を考えたが、さすがに妻とまだ小さい子供を残して行く事はできなかった。しかしやっとこの機会に恵まれ、本作を観る事ができて感謝、しかもその出来が良い。

 テレビシリーズの「アスカ来日」から「男の戦い」までを再構築。ただ物語は一見同じ韻を踏んでいるようで、味わいは異なる。まず一つは、新キャラのメガネっ子マリ登場が公言されていた事に加え、サードインパクト、人類補完計画に至るシナリオへの変化。そしてもう一つが、シンジら主要キャラの進む心理的道程である。特にテレビシリーズにあった遠回しな葛藤、旧劇場版のように気恥ずかしくなるシーンはない。その成長はストレートで気持ちよく、その分クライマックスで観る者の心を震わせる。

 そして感じるのは昭和の匂いかもしれない。"手料理"をキーワードに心を通わせ、指先に心境を窺わせる演出が心憎い。しかもレイやアスカ、ゲンドウまでも旧世紀版(世間的に旧シリーズをこう呼ぶらしい)と異なる側面を見せる。基本的に同じメッセージを伝えようとしてはいるが、その饒舌さ、濃密度は対峙する使徒との戦いと相まって、映画らしいカタルシスに溢れている。また音楽はおなじみ鷺巣詩郎によるスコアだけでなく、随所に昭和を感じさせるものも多く、そこに心は「ポカポカ」させられる。

 もちろんエヴァらしく謎解きたる側面も持つが、旧世紀版同様にそれは真意であるまい。あくまで主人公(と観客、そして製作者)の心の葛藤、成長こそがエヴァなのだから。ただ本作の終盤登場した、渚カヲルが駆るMark.06、真のエヴァンゲリオンの存在はいまだ謎ばかり(本編最後のカヲルによる映画「マトリックス」的なセリフもね)。新劇場版による更なる新展開、それがいよいよ次作「Quickening」で明らかとなるのだ。

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P.S.
 映画館に着くと個人的に耳覚えのある曲、映画「太陽を盗んだ男」「YAMASHITA」が流れていた。何故かと思ったら、今回のエヴァで使われていて二度驚いた。エヴァの世界の日常に流れるワンシーン、でも曲はノーカット。ただエンドロールではノークレジットだった(「破」のサントラには入っているようです)。ただそういえば、スタッフの一人である樋口真嗣氏が、「太陽を盗んだ男」の特典DVDに出ていたしね。

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2009/09/05

「96時間」を観る

 今夜は盟友N氏に誘われ、リュック・ベッソン製作・脚本の「96時間」を観てきた。熟年のリーアム・ニーソンを迎えたアクション作。原題は「Taken」で、「取り返す」って事なのだが、何となく隠語を含んだような意味深なタイトルである。元工作員だった主人公が、実生活では離婚し、娘を奪われた中、本当にパリで娘が誘拐され、自ら『取り返し』に向かう姿が描かれる。そのタイムリミットが『96時間』。だが映画自体は約90分とコンパクトであり、ラストまで一気に駆け抜ける。

 監督の持ち味か、あるいはリュック・ベッソンの(共同)脚本の良さか、観る側は全くダレる事が無い。その所以、このオヤジさんはやたら強いのだ。スティーブン・セガールを彷彿とさせるマーシャルアーツの達人ぶり、超人ぶり、一撃必殺。何故そんなに強いのか、なんて説明は物語序盤で一目瞭然。あとはタイムリミットの『96時間』が、そんな疑問を吹き飛ばす。愛娘を奪われ、助け出す動機に、理由や説明は要らない。もしボクが自分の家族を奪われ、助け出さねばならない機会を得た時、その超人ぶりは是非とも欲しいものだ。

 この作品を観ていて、チャールズ・ブロンソンの復讐劇「狼よさらば」、「DEATH WISH」シリーズを思い出させる。奪還劇と復讐劇の違いはあれど、漂う懐かしさ、作品の醸す雰囲気に似た物を感じる。映画ファンは"悩む"オヤジさんに弱い。例え非情であろうとも、主人公に感情移入せざる得ない。そこに現代的なアレンジを加えた面白さはベッソン印。カラオケマシンは説明書を熟読してから購入する頑固さだけに、ハイテクを使いこなす姿も納得。カルフォルニアからパリ、犯人を追い詰める道程に無駄は無い。

 理屈抜き、いや理屈を考えさせないテンポも身上。もちろんフィジカル面だけでなく、迫力あるカーアクション等、見所も多い。ヨーロッパを上手く使った「ボーン」シリーズと同様、パリのロケーションも興味深く映る。「ダークマン」以来のアクションと思うが、温和なリーアム・ニーソンの怒りが爆発。同じオヤジもの、「ダイ・ハード」のようなシリーズ化も期待できるかも。その位、この作品は出来がいい。

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2009/08/23

ブエナビスタの進む道

 凱旋門賞を目指し、G2札幌記念に出走したブエナビスタが2着敗れた。勝ったヤマニンキングリーはローカルとはいえ、古馬重賞で連対を重ねてきた馬。休み明けに加え、マイナス20キロではあったが、内枠と積極的な位置取りで結果に結びつけた。一方、ブエナビスタは今までの最後方待機から、中段を進む位置取り。小回り札幌コースの形状からすれば、当然の騎乗。上がり35秒1も上々。だが勝ち馬とのクビ差は簡単に縮まるものではない。

 シンボリルドルフ、ディープインパクトといった最強馬でさえ、古馬との緒戦で勝てるほど甘くはなかった。今回のケースと異なり、G1戦だった事、また臨戦過程等で違いはあれど、少なくとも古馬から斤量2キロの恩恵は受けており、そこに見えない壁があった事は否定できない。今回のブエナビスタ、斤量52キロを裸同然と取る意見もあったろうが、彼女にとってそれ以上に未知の要素は数多くあった。

 きゅう舎サイドはそれを越えられると判断し、今回の出走に踏み切ったはず。ただ「負けてなお強し」の内容では満足せず、凱旋門賞断念となったようだ。今回の判断はしばらくの間、競馬ファンで賛否両論となるだろう。名を棄てて実を取る、次走は秋華賞との事。しかし凱旋門賞へ進む事も、パスして秋華賞へ行く事も、どちらもブエナビスタにとって高いハードルだ。

 凱旋門賞は言うまでもなく古馬との世界最強馬決定戦。対して秋華賞のほうが圧倒的に容易く思える。しかし今回の敗戦は秋華賞への課題を露呈した。京都内回り、小回りコースへの適性、脚質の限界、また同世代が相手となれば、当然斤量の恩恵はない。最大のライバルはレッドディザイアだが、オークスのレースぶりをみれば、逆転は甘くない。きっと今回のブエナビスタを見て、レッドディザイア陣営も同じ事を感じ取ったのではないか。

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2009/08/20

ペンタックスFA35mm F2.0を使ってみる

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 キットレンズに制約は少なくなく、特に室内撮影では明るさ不足という敵がいる。子供を撮影する際、むやみに照明を使っても不自然だし、できるだけ自然光で撮ってあげたい。そんな欲求を満たすには交換レンズへ、すなわちレンズ地獄へ踏み入れるしかない。元々、交換レンズへの興味、特に短焦点レンズに対する憧れがあった。そこでコストパフォーマンスの高いペンタックスFA35mm F2.0を買ってみた。

 画角の35mmは、被写体との距離に基づいて選定した。K-mはAPS-Cのため、画角は1.5倍となるため、52.5mm。キットレンズの標準ズームを付け、実際に子供に近づき、画角の当たりをつけた。ただしペンタックスは35mm純正短焦点レンズとして、DAシリーズ、FAシリーズを持っている。前者はデジタルカメラ専用、後者はフィルムカメラを含めた交換レンズだが、価格は僅かながらFAの方が安い。両者にF値の違いはあるが、むしろ設計上の性格付けが気になる。一般的にDAシリーズはデジタルカメラに特化、スペックに現れない描写力に重きを置いているとされる。ただ子供の撮影には質感や雰囲気を大事にしたい。そうした点でもFAシリーズの方が最適だった。

 実際、F2.0の威力は室内撮影に表れた。やや暗めの部屋でも、ISO調整と相まって十分に撮れるようになる。キットレンズで気になったノイズ感も、だいぶ改善された気がする。また赤ちゃん向けにやや露光補正をプラスすれば、雰囲気のある写真に仕上げる事ができる。F値開放でのボケの感じもいい。そうして撮った写真は記録でなく、作品の側面を備える。やはり交換レンズはデジイチ購入の欲求を満たしてくれるようだ。しかし俗に言うレンズ地獄に足を踏み入れた瞬間でもあった。

 短焦点レンズは描写力の反面、画角には撮る者のフットワークが要求される。すなわち被写体の表情を狙うのに加えて、如何に上手くフレーミングするかが問われる事になる。その点、FA35mm F2.0を常用するようになってからは、そんな試行錯誤が続いている。しかしながら一眼、カメラは楽しい。実は(交換レンズは)レンズ地獄でなく、カメラ天国の入口なのかもしれないなぁ。

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2009/08/01

「ターミネーター4」を観る

 今夜は盟友N氏を誘い、「ターミネーター4」を観てきた。夏休みの劇場は子供向け作品ばかりで、正直今日観るならこの作品しかなかった。以前、このT4に対する不安を漏らした事があるが、映画の日で千円なら後悔しないはずと思った次第。しかし幕があがってからも、マックGに対する不安は晴れなかった。そして本作でターミネーターの居る未来、ついにパンドラの箱は開かれた。だが今観終えた後の感想は、意外にしっかりできていた作品となっていた事だ。

 まずこの作品に沿って、ジョン・コナーはリーダーの道を辿っていく。母サラの遺した予言を背景に終戦に導く存在。だがその予言を揺るがす者が現れる。本作のキーマンであるマーカスだ。個人的にネタバレしていたために、キャラ的な驚きは無かったが、演じるサム・ワーシントンが中々魅せてくれる。むしろジョンを喰って、ジョン以上に主役といっていい。原題は「Terminator Salvation」、彼はSalvation(救済)の意味する部分を一身に受ける。

 もちろんこの作品の興味は既に描かれた運命、その先あるいは過去の出来事とのリンク。おなじみT-800は、ターミネーターの進化の一つとして登場する。T-800以外にもビジュアルで魅せるアイテムが数々登場、迫力のあるシーンが展開される。そして何よりもジョンの父、カイルがジョンの目の前に現れる事。もう一つのSalvation、ジョンは彼を救う事ができるのか。これら物語を軸にクライマックスへ、ジョン、マーカス、カイルの運命は交錯していく。確かに、確かに物語は良くできている。

 しかしこの作品最大の運命こそ、第一作や第二作T2と比較される事だろう。つい粗探しして観てしまったほど。そんな中で惜しまれるのは、提供されている様々なプロットを活かしきれていないところ、人物相関があっさりしているところ等(配給元を意識して、VAIO Uにソニーのロゴがアップになるのもどうしたものか)。また救済は解るが、シリーズとして運命という最大のテーマにメスが入っていない。ジョンは本当にマーカスを知らなかったのか?最終的にはタイムパラドックスというどつぼにハマってしまう。

 ただおバカ映画監督、改めマックGに対する不安は少なからず晴れた気がする。ついレクターシリーズ三作目「レッド・ドラゴン」を観終えた後と同じ気持ちになった。ブレット・ラトナーに対する不安、意外に上手く撮れていた事等。あれも脚本、名演、音楽に助けられていた気がする。奇しくも音楽は本作と同じ、ダニー・エルフマンだったりして。興行も大成功と言い難い中、果たして予定通り三部作のままか、次作で完結をみるか、今はマックGの運命に最も興味があったりして...

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2009/07/25

やっと、お台場ガンダム詣で

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 妻子を連れてあのお台場、ガンダム詣でへ行って来ました。25日早朝2時半起き、妻の綿密な計画の下、1才になったばかりの息子を起こさず車へ移動。午前4時出発。車が動いてから、さすがに息子も起きてしまったが、寝ぼけて黙っていた様子。休日ETCで混んだ東名、首都高、湾岸線を経て、午前6時にはお台場潮風公園へ着く事ができた。いつもながらカーナビいらず、地図を持った妻のナビのほうが完璧だ。

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 隣接する駐車場から階段を上がると、見えました。30年前から脳みそにインプットされた身長18メートル、あの白い機体。第一話「ガンダム、大地に立つ」...それが今、目の前で現実のものになっている。デカイと思ってはいたが、想像力は1分の1スケールに敵わない。このガンダムが収納される母艦ホワイトベースがあったらと、その大きさに思いやられる。

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 そして目の前のガンダムに近づけば近づく程、その姿に圧倒された。遠くではアニメを彷彿とさせるスリムなガンダム。一方、真下から見た時、まるで戦隊シリーズの巨大ロボットを思わせる。こんなガンダムは見た事がない。その場所、その場所、距離に応じて、このガンダムは顔を変えていく。何処から見ても完璧なデザイン、ポージング。拝む代わりにトータル300枚弱の写真を撮っていた。1年半前、奈良の大仏を撮った時と同じ枚数、いや同じ感動だったかもしれない。

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 早朝、まばらだった観客数も、イベント開始の午前10時には大きな人だかり。その頃ボクは1/144潮風公園限定ガンプラの超長い行列に参戦、お陰様で買う事ができた。買ったばかりの1/100マスターグレードがあるため、作るのは当分先。いや、もしかしたら、作らぬままコレクション行きか。なおオフィシャルショップではイベント用のポスターも売られており、そちらもゲットした。

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 クライマックスは1時間に一度のイベント。本編冒頭に流れるBGM「長い眠り」と共に、首を左右に振り、天を仰ぐガンダム。5分のイベントであったが、僅かながら動くガンダムを見られる感動。1979年の放送開始時、ボクは普通にダイターン3の後番組を観始めた小学生。まさか30年経って、ここまで捉えて離さない存在になるとは。やはりファーストガンダムは永遠のトリコロールヒーローなのだ。

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2009/07/05

ふとっちょ☆カウボーイ、沼津に来たる

 七月、沼津の夏は仲見世の七夕祭りで始まる。そんな中、「あらびき団」でお馴染み、あのふとっちょ☆カウボーイがやって来た。実は前日の土曜日、街を散策していたところ、その情報を入手。妻子を連れて、仲見世名店街の中央特設ステージにて30分前から待機していた。そこには少々お粗末なレッドカーペット。彼の居るであろう控え室を探してみたが、そんなものは最初から無く、開始時間直前、遠くから歩道を歩いて彼はやって来たのだった。

 前座のコンビ、パプア(昨年M-1グランプリ11位?)のつかみから始まり、ふとっちょ☆カウボーイが登場。

「パーン!パン、パーン!」

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のっけからテンション高く、カメラを構える人たちの前に向かって、両手の二挺拳銃(もちろん素手)を連射。さすがプロ!お客様の前では弾切れはない。

「僕の事、レッドカーペットやホワイトカーペットで観た事ある人いますか?」

かなり手が挙がっている。さすがはあらびき団出身者!

「エンタの神様で観た事ある人いますか?」

しーん...

「僕、出たことありませーん」

大爆笑!それなら当然だ。

 そのまま観客を巻き込み、ひとネタ終えて、ふとっちょ☆カウボーイのステージは終演。
最後にパプアと共に「パン、パーン!」。

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ステージを終えたふとっちょ☆カウボーイはファンに取り込まれ、サインや写真に嫌な顔をせず、常に笑顔で応えていた。よく言われる営業のひとコマだが、何とも微笑ましい。そのまま尾行していくと、駅前ビル近くの交差点の横断歩道を超え、まもなく彼はマネージャーと共に駐車場へ消えていった。その手にはファンからもらったであろうのっぽパン(沼津名物!)の姿が。

次の営業への道中、きっとのっぽパンを食べているんだろうなぁ。
ふとっちょ☆カウボーイよ、キミは本当にいいヤツだ!

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2009/06/29

「マイケル・ジャクソン」という時代

 中学時代、レコード店の片隅で、あるレーザーディスクのデモが流れていた事を思い出す。見るもの全てが新鮮で、一時間のビデオを何度も何度も立ち見した。流れていた映像は、マイケル・ジャクソンの「スリラー」だった。当時、アメリカではMTVが始まった頃。そこで驚かされたのは「ビリー・ジーン」のライブアクト。誰が名付けたかムーンウォーク。猫も杓子も、出来ようが出来まいが、足を後に引きずって真似をした。

 ちょうど身近なところでは、レコードレンタルの登場と重なる。思春期、音楽の興味は邦楽から洋楽へ変わった頃でもある。もちろん借りたレコードにも「スリラー」はあった。また借りるばかりでなく、シングルの「スリラー」も買った。ただのシングルではなく、12インチシングル。30センチのLPサイズをEPの45回転で走らせる。当時ダンス系とくれば、全て12インチシングルでリリースされていた。

 90年代、CDが爆発的に普及した頃、マイケルはクインシー・ジョーンズと共同プロデュースによる集大成「BAD」をリリース。当時、CDは3,200円だった。プロモ公開も一大行事。第一弾プロモの監督は、前作のジョン・ランディスからマーティン・スコセッシ。ニューヨークの地下鉄を貸し切っての撮影。マイケルのダンスもさることながら、まだ無名だったウェズリー・スナイプスが印象的だった。今観てもクオリティの高い一篇である。

 社会人になって嗜好の違いから、マイケルの音楽と疎遠になった。この間、漏れ聞こえてくるのはゴシップばかり。そしてレコード、レーザーディスクは世の中から消え、今や音楽はCDから楽曲のダウンロード販売に移り変わろうとしている。先週末のニュースもそんな中の出来事だった。その時、年下の妻にこんな事を言われた。

「マイケル・ジャクソンって黒人なんだって!」

時は流れ、一つの時代は終わった。


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2009/06/15

「超合金の男 -村上克司伝-」を読む

 アニメや特撮番組制作者と玩具メーカーの関係は切っても切れない。富野由愁季氏が、作品製作における両者の軋轢を吐露していたが、それを知って以来、何処かしら、玩具メーカーに対して偏見を持っていた。実際そのように世に出た玩具は少なくなく、現在一人歩きしたガンダムシリーズ等例に漏れず、そこには玩具メーカーの圧力が見えてくる。しかし両者の関係に軋轢でなく、むしろクリエイティブな相乗効果を生み、エポックメイキングな玩具を提供してきた時代もあった。その中心に居たのが、本著の主人公、村上克司氏である。

 バンダイの人気玩具の代名詞、超合金。常に革新的なアプローチの影に村上氏があった。デザインの裏には子供を喜ばせる仕掛け、テレビ画面と玩具を結びつける驚きに溢れている。デザイン重視となれば、変形や遊びに目を瞑るところ。彼にそんな考えは無く、デザイン上成立している事は手元の玩具で実現させる。そんなコンセプトに基づき、番組の企画段階から参画。ただスタッフロールに乗る事も無く、知る人ぞ知る存在であった。「勇者ライディーン」「超電磁ロボコンバトラーV」「ゴールドライタン」「六神合体ゴッドマーズ」等合体、変形、コンビネーション、どれもが革新的な遊びを提供してきた。

 それだけでなくその手腕、デザイナーとしての目線が素晴らしい。特に「宇宙刑事ギャバン」のコンセプトイメージは、当時衰退期にあった東映特撮ヒーローの息をふき返らせる。メタリックヒーロー、デザイン、演出と斬新な作品開拓に一役買った。その渦中での村上氏の言葉、「俺がギャバンだ!」には唸らされる。この本では、同様にそれぞれの作品とエピソードで繋ぎ、村上氏の姿に迫っている。それだけでなく、玩具、アニメ、特撮好きにはたまらないエピソードでいっぱいだ。

 冒頭、玩具メーカーに対する偏見を述べたが、本書でそれを一蹴する熱意と常にクリエイティブである村上氏に圧倒された。もっとも今もマーチャンダイジングありきの戦略は絶えない。しかしその玩具に子供たちの姿が見えた時、村上氏、あるいは村上イズムの継承者たちによるものなのだろう。玩具は遊びを追求する、あるいは遊びを提供するものでなければならないのだ。幼少期、「勇者ライディーン」の超合金を手にした日の事は忘れない...彼の玩具、超合金に育てられた子供たちに捧げられた本である。


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2009/06/12

「スター・トレック」を観る

 今夜は盟友N氏に誘われ、「スター・トレック」を観てきた。最初は明日から始まる「ターミネーター4」とどちらかと天秤に掛けられていたが、迷わず「スター・トレック」を選んだ次第。理由は「T4」には大きな不安がある事(監督とか、監督とか、監督とか。結局、監督の事じゃん!)。それよりも活き若返る「スター・トレック」に興味があったからだ。そこにはシリーズ史上、最も熱い「スター・トレック」が展開されていた。ホント、とにかく熱いのだ。

 ヒットメーカー、J・J・エイブラムスの再構築した本作は、まさに「スター・トレック」ビギンズである。感情をむき出しにする若き指揮官候補カーク。対照的、冷静に物事を判断、遂行するスポック。この二者の対比、のちに友情を交わす二人の若き日の姿。カークの熱さが、そんな"若き"スポックをも動かす。そこが"ビギンズ"と呼びたくなる所以だ。圧倒的VFXも凄いが、何よりもこの熱さには代え難い。冒頭から観客を物語に引き込む動因となっている。

 それと同時にオリジナルシリーズのファンを取り込む仕掛けも嬉しい。おなじみの面々が若返って登場する点にも興味はあるが、中盤「こう来たか!」と驚かされる展開が用意されている。なお"若き"スポックを演じるのは、テレビ「HEROES」のサイラー役、ザカリー・クイント。元々キャラが濃い彼(「HEROES」ではヒゲも濃かったが)が、誰もが知るこのキャラクターを、全く違和感なく演じている。その姿、レナード・ニモイに劣らず。彼なら、オリジナルシリーズのファンも納得するのではないか。

 物心ついた頃に観たテレビ「スター・トレック」は、パッチパチのコスチュームのウイリアム・シャトナーが指揮官席に座り、ゆるーい展開で進む宇宙冒険ドラマだった。矢島正明さんが声を充てたカークは今も耳に残る。対してクリス・パインの演じるカークは、それを叩き壊すかのような熱さ、それが魅力的なのである。公開前、その出来から続編始動の噂は出ていたが、これなら現実味を帯び、是非観てみたいと思わせる。本作は夏向き大画面向き、劇場で観て欲しい作品である。

P.S.
 終演、オリジナルテレビシリーズのテーマがフィーチャーされ、ファンの心をくすぐる。ただできれば、願わくば、御大ジェリー・ゴールドスミスの手掛けた劇場版テーマも、そこに絡めてくれれば100点満点だったのになぁ...と思うのは贅沢かもね。

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2009/06/07

名馬の条件

 安田記念のウオッカは圧巻だった。抜群の手応えで向かった府中の直線。だが目の前は壁ができ、判断を迫られる鞍上武豊。そして行き場を失い首を上げるウオッカ。万事休すと思われた瞬間、僅かな間隙をぬって伸びてきた。結果、2着のディープスカイに3/4馬身差をつけて優勝。安田記念連覇に初の10億円牝馬誕生の瞬間でもあった。さすがはダービー馬、天皇賞を勝った馬は伊達じゃない。

 それから遡る事14年前、同じ府中の直線、全く同じように進路を絶たれた馬がいた。それが二才時(当時呼称三才)のエアグルーヴ。オープン戦のいちょうステークスで、致命的ともいえる不利を受けたものの、きっちり1馬身差をつけ勝った。のちにオークス、二千メートル戦となった秋の天皇賞を牝馬で初めて制する事となる。奇しくも手綱をとったのは武豊。少々の不利では負けない、それが女傑の条件なのかもしれない。

 致命的な不利で思い出されるのが、2000年の有馬記念。年内古馬長距離GI(及び出走重賞)完全制覇のかかったテイエムオペラオー。直線の短い中山で進路を阻まれ、悲鳴に近い絶叫の中、壁をこじ開け、着差こそ僅かハナ差だったが、永遠のライバル、メイショウドトウを退けて勝っている。着差やタイムではなく、勝ち続ける事もトップホースに要求された条件なのだ。

 その点、今回の安田記念、ウオッカの2着に敗れたディープスカイは少々だらしない。昨秋の天皇賞以降勝ち星から遠ざかり、春シーズン叩き2戦目に打倒ウオッカを目指したものの、敗戦に陣営はあくまで目標は宝塚と一言。だが正直、安田でのパフォーマンス、走破タイムも平凡。宝塚記念の出走馬はまだ決まっていないが、天皇賞組、その他の重賞組等、けっして侮れないメンバーだ。果たしてディープスカイは「目標は宝塚」を結実できるのだろうか。

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2009/05/31

2009年ダービー生観戦記

 朝、地デジテレビのdボタンを押すと、東京の降水確率20%だった。「これなら天気はもってくれるはず」と思ったものの、その希望は午後になって打ち砕かれた。良馬場、好時計で走った皐月賞組を上位にとっていた予想は、白紙に戻さざる得ない。とは言うもの、簡単にはいかない。直前の芝レースむらさき賞の上がり38秒2、若干でも外から差し脚が決まる馬場を望みに、皐月賞上位組ボックスを中心。さらに皐月賞惨敗で買う事を止めていたロジユニヴァースを、馬体重回復から追加...とそこまでは良かった。

 レースはマイルカップを勝ったジョーカプチーノの果敢な逃げ。外から早々二番手につけたリーチザクラウンがつける。横山典ロジユニヴァースはそれを見た三番手。アンライバルドら皐月賞上位組は中段待機。悪化した馬場、前半ハイラップで進むジョーカプチーノの逃げは、明らかに自殺行為。武豊リーチの位置こそ本来踏むべきラップ。先頭とリーチの位置取り差は徐々に広がり、このレースの主導権は武豊に握られた。

 最後の直線に入ると、ジョーカプチーノは簡単に交わされ、リーチ先頭と思いきや、ロジユニヴァースが内からすり抜け引き離す。後からは何も来ない4馬身差、2分33秒7とまるでヨーロッパ競馬のような勝ち時計。全ての馬が上がり40秒前後にとどまり、序盤の位置取りで決まったダービーであった。生観戦、ウイニングチケットの勝ったダービーから16年。ここまで極悪馬場のダービーは観た事が無い。速い馬アンライバルドら皐月賞上位組の運は尽き、今年は格言通り、運の強い馬が勝った。

 歓声に包まれ、1コーナーをウイニングランする横山とロジユニヴァース。鞍上は信頼に応えたベテラン、やっと届いたダービージョッキーの座。ファンの前で帽子を取り、静かに頭を下げる横山典弘。当然、彼の勝利を喜ばない競馬ファンはいない。リーチを外したため、馬券は当たらなかったが、嬉しい瞬間に立ち会えてよかったと思う。今年のダービー、間違いなく主演は横山典、助演はもちろん武豊だろう。

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2009/05/21

「スラムドッグ$ミリオネア」を観る

 今年の米アカデミー作品賞、ダニー・ボイル監督「スラムドッグ$ミリオネア」を観てきた。オスカー作品ながら、誰一人ハリウッド俳優は出ていない。登場人物は全てインド人であり、物語の前半、多くの部分で英語字幕が現われる。一見、外国語映画賞の対象となってもおかしくないが、青年となった主人公たちは英語のセリフが中心となるため、割合として外国語映画の規定に引っ掛からないのだろう。

 物語は主人公ジャマールを軸に、貧困から悪の道に手を染める兄サリーム、同じ貧困の中育った少女ラティカの運命が描かれる。全世界で放送される「クイズ$ミリオネア」はその糸口の一つであり、重要なのは彼らが育った過酷な環境、半生にある。それはインドの辿った歴史でもある。そこに善を通して生きるジャマール、相反するサリームが重なり、ある意味、インド版の「フォレスト・ガンプ」的な面もある。ただ時にユーモアを交えるも、本作のほうがシリアスな作品だ。

 「クイズ$ミリオネア」のホスト(日本のみのもんた並みに曲者!)、構成は各国独自であるが、番組ルールは共通。もちろんこの作品中、番組テーマやジングルまで同じなのである。それゆえ舞台がインドながらも、物語のとっつき易さを生んでいる。だが個人的には問題を解き続けるよりも、その後に待っていた運命に感動した。やはりこの作品は人間ドラマである。またここで描かれる兄弟関係にも心に来るものがある。この感情は「ラ・バンバ」以来かもしれない。

 舞台はインドながら、映像はスタイリッシュ。それこそダニー・ボイルの真骨頂であり、構図の一つ一つも印象的。もちろん音楽の使い方も上手い。エンドロールに用意されたボリウッド映画らしい演出も憎い。音楽は「ムトゥ・踊るマハラジャ」のA.R. ラフマーン。日本では「インドの小○哲哉」とプロモートされた時期があったが、今となっては随分失礼な話。ちなみに彼は本作で最優秀作曲賞、歌曲賞をW受賞している。本作は物語、画作り、音楽と三拍子揃った傑作だ。

P.S.
 もし本作が外国語映画賞の対象だったら、「おくりびと」と争っていたかもしれない。しかし日本人として「おくりびと」の与えてくれる感慨は、けっして「スラムドッグ$ミリオネア」に勝るとも劣らない。だがこの二作を並べ、評価する事自体、意味の無いものではある。

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ペンタックスk-mを買ってみた

 春先、長崎ハウステンボスで行なわれた、妻の弟の結婚式に出席。この際、手持ちのキャノンPowershotS2iSが活躍...したかに思えたが、様々なシーンでコンデジの限界を味わされた。狙いたいシーンでピンボケ、またはシャッターのタイミングがずれ、いくつかの決定的瞬間を逃した事が大きい。この結婚式に限らず、息子の成長を撮影する中、特にそれを痛感してきた。今しか撮れない瞬間のため、今こそ替え時なのかもしれない。その意を強くしたのは、長崎から帰ってそんなに時間を要さなかった。

 実はボクのPowershotS2iS、去年の終わりにCCD故障で入院している。それがあってなかなか次の一手といかなかった。だが仕事で交流のある業者さんに「k-mいいですよ」と話をしてもらう機会があった。ただその時はPowershotからの流れもあり、「やっぱ一眼はキャノンでしょ」とアウトオブ眼中。ただ長崎帰りを前後して、もらったパンフにはkissX2、Fの他にK-mも含まれていた。ちなみに先の業者さんの影響で、オペルアストラを買った事も付け加えておく。

 ただ一眼に関しては素人。キャノンは幅広く人気は高いものの、使いこなせない恐れもあった。むしろk-mにはそんな敷居の高さはなく、ボディの小ささ、そして何よりレンズキットでも価格の安さが光っていた。これなら失敗してもいいだろうとも。とはいえ、ダブルズームキットで6万円の投資。ただk-mの利点はバッテリが単三電池。S2iSからの資産、エネループを受け継けるのは大きなメリット。お決まりの液晶保護フィルム、レンズプロテクター、除湿保管ケースもあわせて購入している。

 桜の季節に間に合わせ、使い始めて約二ヶ月。コンデジとは違う世界を満喫している。Powershotに比べ、けっして軽くは無いが、持ち出し易さは大事。これは一眼ながらのk-mの利点である。やはりカメラは撮ってナンボだからだ。ただ、まだまだ使いこなしているとは言い難い。そこで愛読しているのが「デジタル一眼」上達講座という新書。オーソドックスだが、ビギナーたる自分に丁度いい。何度も読み返して、次の撮影に反映させる。

「いい写真だ」

そう呟く日が多くなった気がする。

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2009/05/03

波乱の天皇賞・春

 忌野清志郎が亡くなった。日本ロック界の影響は言うまでも無く、その先見性と破天荒な姿が消える事が寂しい。個人的に、いや競馬ファンとして彼の曲「競馬場で会いましょう」は傑作だと思う。清志郎と競馬のミスマッチ感覚を通り越し、独特の世界観に溢れていた。シンプルな曲調は競馬ファンの琴線に触れる。この曲がリリースされた頃、タイマーズとしての活動時期(再結成)と重なるが、何処か郷愁を誘う味わいがあり、両者は似た雰囲気を持っている。今も競馬ファンはこの曲を愛している...合掌。

 そんな週末、春の天皇賞が行なわれた。かつては序盤は淡々と、後半は熱くなる杉本アナの実況が重なり、多くの名勝負を生んできた。メジロマックイーンやテイエムオペラオー、最近ではディープインパクトがこの天皇盾を制している。だが、そんな最強古馬決定戦の趣きがあったのはひと昔前の事。特にここ数年、同じ長距離戦であるクラシックの菊花賞と共に、やや格が落ちた感は否めない。そう思う競馬ファンは少なくないはずだ。

 人気のGIウィナー二頭、アサクサキングスとスクリーンヒーローは、直線見せ場も無いまま、馬群に飲み込まれていった。アサクサは昨年三着だったが、やはり前走のタフな競馬が相当応えたのではないか。スクリーンヒーローは同じ理由も当てはまるが一方、父の活躍距離からすると、今回の三二〇〇メートルはやや長かったかもしれない。また今年のように混戦と言われる年ほど、春天は活きのいい四才馬が活躍するものだが、出走馬自体二頭と物足りなく、勝ち馬の影を踏む事すらできなかった。

 勝ったのはマイネルキッツ。メイショウサムソンと同じ世代、六才馬である。父チーフベアハート、その産駒をみてみると、春天の距離は不向きに思える。しかし本職ステイヤー不在の中、前走日経賞二着の実力から何かしらの可能性はあった。でも勝ち切るイメージまでは至らず。経済コースを通り、アルナスラインを抑えて勝った姿に驚きを隠せなかった。買った馬券は日経賞組、アルナスラインからの馬連数点、アルナス=マイネルからの三連複数点。当然、そのヒモにドリームジャーニーは押さえていた。春天スタートから3分14秒後、買った馬券は勝った馬券になった。本当に久しぶりのロングショット。何を隠そう、そんな自らの姿にこそ一番驚きを隠せなかった。

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2009/05/01

イーストウッド主演最終作?「グラン・トリノ」を観る

 今日は映画の日。盟友N氏と時間を合わせ、クリント・イーストウッド主演(出演)最終作とさせる「グラン・トリノ」を観てきた。朴訥(ぼくとつ)として、時に毒を言い放つ姿にこれまでの主演作が重なるが、そんな彼も今年で79才。「目には目を...」を体現してきたアンチヒーローも年齢には勝てない。しかしただそれを描く事は本作の真意でない。また彼の監督作を観れば、描かれる人生観と懐の深さは伺い知れよう。そんな例に洩れず「グラン・トリノ」もイーストウッドらしさに溢れた作品となった。

 隣人は異人種が当たり前となった街に、妻の死から心が孤独となった男。そこから生まれるコミュニティー、変化がこの作品の鍵となる。イーストウッドの毒を楽しむもよし、師弟関係や友情を楽しむもよし。物語はシンプルだが、深読みしていけば想う事は多い。ただ主人公の言動やケジメをそのまま受け止めては、この作品を楽しむ事ができない。むしろ不快感だけを持つだろう。そこに遺こしたものが大事なのだが、それはひと言で言い表せない。

 例えばエンディング、主人公の手を離れたグラン・トリノが駆け抜けるシーンは特別だ。友情の証でもあるし、新たなコミュニティーへの象徴のようにも取れる。タイトルの「グラン・トリノ」とは、今やビンテージカーとなったフォードの車。無骨で不器用、洗練さとは無関係。そんな「グラン・トリノ」と主人公は同義の存在にある。最後、何処か清々しい気持になるのは、そんな関係が成り立っているからなのだろう。物語の経過から変わらないもの、変わるべきもの、そのコントラストがこの作品の面白さだと思う。

 この作品を楽しむもう一つの要素、それは製作者イーストウッドの姿勢だ。人種差別的な描写もあるが、それは"媚びない"姿勢の表れでもある。むしろ現実のアメリカなのだろう。 そして主人公とイタリア系散髪店主のやり取りをみれば、イーストウッドの考えは十分に伝わる。真摯な姿勢、大人の余裕、「グラン・トリノ」はそんな映画人クリント・イーストウッド、集大成のような作品である。

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2009/04/13

「おくりびと」を観る

 個人的、しばらく日月休みが繰り返される中、妻と息子に暇をもらい、「おくりびと」を観てきた。ご存知、今年の米アカデミー最優秀外国語映画賞を受賞した作品だ。公開当初に観る機会を逃して消沈していたところ、半年経って凱旋上映のチャンスに恵まれた。今やDVDもレンタル、発売されているが、劇場で観たい、そして期待に応える作品であった。

 リストラに遭ったチェロ奏者が、故郷に帰り、納棺師という職業に出会う。そんな中の出来事を描いた物語である。ただ物語に目新しさはない。人物相関、ストーリー展開は想定内で進み、そこに逸脱は一切無い。なのにこの作品の惹き込む力は凄い。脚本、演技、演出、音楽、全てが噛み合い、相乗効果を生んでいるようだ。そして死と対峙しながら、笑いのスパイスを効かせる。これもオーソドックスな日本映画のスタイルといえるだろう。

 助演の山崎務の存在感は言うに及ばず。観ていて思ったのは、彼のフィルモグラフィーが投影された感が強い事。かつての伊丹映画を彷彿とさせるシーンも少なくない。この作品における、食に対する姿勢は明らかにそれだし、故・伊丹監督の第一作が「お葬式」だったのも単なる偶然か。人間の欲に対する姿勢、そのストレートさ加減も何故か似ている。職業に悩む主人公が妻に溺れようする様を観ていて、ある種の興奮を与える。

 驚いたのはそんな相手、妻役の広末涼子の事。彼女の演技は一見、通り一辺倒に思える。しかしそのシーンの受身だけでなく、物語に沿って2008年、今を生きる妻を演じている。この作品が10年前を描いたものであるなら、彼女は明らかにミスキャストとなるだろう。今という時代を映す、しかも映画で成立できる、数少ない女優さんかもしれない。彼女に時代物は似合わない。

 企画から立ち上げた、主演の本木雅弘にも敬服する。その視点もさることながら、本作のシリアスとユーモアを見事にバランスさせた一人でもある。おめでとうアカデミー賞!。脚本の小山薫堂は、さすがあの「カノッサの屈辱」を手掛けた才人。オーソドックスながら、脚本におけるディティールの細かさが素晴らしい。彼が仕掛けた唯一隠し味となる配役、笹野高史の存在も見逃せない。これには正直参った。本当に参った。

 タイトル通り、死と対峙する悲しい題材ではあるが、常に何処か温かい。観て損なし、是非劇場で観て欲しい。

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2009/02/27

「ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト」を観る

 今夜は盟友N氏の誘いを受け、「ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト」を観てきた。劇場の窓口でタイトルがおぼつかない程、スコセッシの撮ったストーンズの映画という程度の事前知識。しかしマーティン・スコセッシといえば、ザ・バンドの「ラスト・ワルツ」等、音楽映画でも才能を発揮する監督である。ストーンズとのコラボレーションは如何に、そんな気持で観始めた。

 冗談なのか、冒頭のストーンズとスコセッシのやり取りが可笑しい。プロとして観客のためにステージを組み立てるストーンズ、一方最高のステージを撮ろうとするスコセッシ。ただそれは単なるつかみであり、ステージが始まればあくまで主役はストーンズだ(とはいえ、出たがりのスコセッシはラストにも登場する)。メンバーを追うカメラ割り、編集等、スコセッシの面目躍如。さらに過去のインタビューを織り交ぜ、ストーンズの道程に迫る。

 デビュー以降、40年間ストーンズはとにかくブレないのだ。多少の紆余曲折はあったが、ストーンズは走り続けるならぬ、転がり続ける。進化ではなく、経験を味方にしたロックのスタンダードを演奏し続けている。今のストーンズは同期のビートルズも到達し得なかったある意味、神の領域に居るのかもしれない。静と動を兼ね備えたミックのパフォーマンス、味のあるキースとロニーのギター(相変わらずのキースのスモーカーぶりはご愛嬌)、マイペースなチャーリーのドラムワーク。四人の化学反応は"老若男女"を問わず魅了する。

 2006年に行われたビーコン・シアターのライブを収めたこの作品。観客にゲストは多岐に渡り、前述の"老若男女を魅了"を裏付ける。個人的には開演前に現れたあの夫妻の登場はタイムリーであり、政治とロック産業の結びつきを見た気がする。ストーンズはロック産業の成功者でもある。そしてイギリスのロックバンドというより、ワールドスタンダードというのが正しいかも。後半にかけての名曲による畳み掛けで、興奮は頂点に達する。

 とにかくマイペース、ブレないストーンズ。だがこの作品を通して感じる、彼らのプロ意識に感服するばかりだ。何処かの国のブレてばかり、自分可愛しの政治家たちに、ストーンズの爪の垢を煎じて飲ませたいぐらい。不況で冴えない世の中、今夜はアラカン(アラウンド還暦)のストーンズたちに、とてつもない元気をもらった気がする。最高だよ!ザ・ローリング・ストーンズ。本作は音楽映画の傑作だ。

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2009/01/24

「007/慰めの報酬」を観る

 今夜は沼津のジェフリー・ライトこと盟友N氏と「007/慰めの報酬」を観てきた。本作は前作「カジノ・ロワイヤル」の明確な続編で、何の説明も無くスタートするので注意が必要だ。本作だけの一見さんはお断り、前作の"復讐"ならぬ"復習"は絶対に必要となる。もちろんクラシック・ボンドへのオマージュも散りばめられている。ただ本作はジェイソン・ボンドの復讐劇ととるか、いやこれはボンドの卒業旅行と考えるべきかもしれない。前作の向う見ずな諜報員から、確かに成長を感じ取る事ができる。

 しかし前半は連続するアクションに、物語を追い掛けるのが精一杯。個人的に本作のアクションの魅せ方がいただけないのだ。例えばアクションのモブシーンのラップ。画的な面白さで奇をてらった印象だけ。また冒頭のカーチェイスも大画面を生かした感じがせず、衝撃と轟音のうちに終わっていく。アクションシーン全般、撮影と編集が噛み合っていないと言ったらいいのか。また盟友N氏は「何処かで観た事がある」と言っていたが、やはり「ボーン」シリーズを意識し過ぎたのか。前作「カジノ・ロワイヤル」のストレートなアクションシーンが素晴らしかっただけに残念である。

 さらに前半における心理描写が足らないため、ボンドの想いが観客に届くのに時間を要する。本作だけでは感情移入がし難い。前作を観た上で...としたのだろうが、ボンドは宿敵を追い詰めるのに必死。しかし本当はその動機の中で得たものがこの作品のテーマ。本作のボンドガール、カミーユを鏡としたボンドの成長、そして"卒業"を感じさせるラストシーンがいい形なだけに、とても勿体無い気がする。本作はアクションだけでなく物語的にも、前作が上げたハードルに苦しまされる事になった。

 だが本当の問題は次作以降の展開だろう(本来は本作がそうなるべきだったかも)。本作の後、ウォッカ・マティーニをたしなむ粋なボンドへと繋がるはずなのだが、それでは単にクラシック・ボンドへと回帰するだけ。果たしてアルバート・ブロッコリの子孫達の目指すボンドは、そして今や新ボンドシリーズのブレーンたる、ポール・ハギスはどんな物語を用意するか。James Bond will return、ジェームズ・ボンドは(スクリーンへ)戻ってくる...

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2009/01/03

2008年個人的な重大ニュース

 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。昨年はいろいろあって、更新が滞っていましたが、今年も同様ぼちぼち続けてみたいと思います。何も変わらんのかい?(自分へツッコミ)

さて、今年は一発目は昨年の重大ニュースを挙げてみたいと思います。

1.誕生
 重大ニュース、一番手に挙げるのは当然です。これを一位にしないなんて、いつか息子に恨まれるでしょう。それにしても可愛い。可愛すぎる。時にまりもっこり似の笑顔がまぶしい。今や親バカならぬバカ親なっているのは、それはいうまでもありません。日々の成長に喜び。育児は大変ですが、毎日楽しいですなぁ。もちろん無事に出産を終えた妻に感謝、感謝です。

2.BootCamp
 インテルiMacを購入。マックユーザーなら当たり前かもしれませんが、BootCampでWindowsを入れました。DSP版を買う余裕はなく、手元のXPアップグレード版、Win2000を使い、インストール。あまり使っていなかった外付けCDドライブが役に立ちました。妻用にXP、ボク向けにMacの使い分け。Macはボクのビデオ編集が主。妻はペンタブレットを使いこなしています。

3.車検
 昨年前半、原油高に悩まされ、愛車アストラを手放そうかと思った矢先。スイス出張を経て決心、アストラの車検を通した。その後、未曾有(みぞうゆう!)の金融危機が訪れ、原油相場に波及。今やリッター100円台。アストラの喰うハイオクも値ごろ感が出てきた。仕事帰りはあえてバイパスを経由し、走りを楽しんでいます。しかしながらエコ通勤を志した頃が懐かしい。

4.ハイビジョンビデオカメラ
 息子誕生を前にキャノンHF10を購入。絵の鮮度、解像度に驚愕、フォーマットの違いを痛感した。ただそれよりも生まれたこの子はハイビジョン世代、その事自体にも驚く。白黒、カラーを経験した自分にとって、この子達の歩む未来って一体どうなっちゃうんでしょうか。いや、それよりもせっかく撮った映像の記録媒体が欲しい今日この頃。やっぱブルーレイですかねぇ。

5.映画
 去年劇場で観た映画は7本と激減。子供が生まれた今年ゆえやむを得ないところ。そんな中の目玉は「ダークナイト」。スケール感、ストーリー、そしてキャラクター。ティム・バートン版とは異なるハードな展開、リアル感漂い精神的に襲ってくる圧巻のジョーカー。勧善懲悪に留まらない深み、大人向けエンターテイメントとしても素晴らしい。ヒース・レジャーに合掌。もう一度、大画面のホームシアターで楽しみたい傑作です。

6.TVドラマ
 昨年もドラマに秀作が多かった。「鹿男あをによし」「おせん」「風のガーデン」等々が挙げられる。中でも破天荒なテーマながら、鹿が主人公の「鹿男あをによし」を推したい。名目上の主人公小川(玉木宏)、そして神の使いである鹿(声は山寺宏一)。とにかくこの鹿がいい。彼こそ影の主役。綾瀬はるかの天然ぶり、児玉清のブチキレ感、イトちゃんこと多部未華子の存在感。「マイ鹿です、先生」は名セリフ。放送当時、京都と奈良へ旅行した程のハマりようだった。さらに傑作サントラだった事も記しておきたい。

7.天皇賞・秋
 昨年のベストレースを競馬ファンに問うたら、ほぼ100%、秋の天皇賞と答えるだろう。ダイワスカーレットが自ら作るハイペース。ウォッカとダイワのし烈な叩き合い。勝ったウォッカは僅か2cm差の決着。3着には3才ダービー馬のディープスカイが入着。レースのレベルもこの年随一。のちに有馬記念を制するダイワと共に古馬戦線を盛り上げた。とはいえ、この二頭の直接対決はこの天皇賞のみ。筆頭はこの年GI二勝のウォッカだが、意外と年度代表馬選びは難航しそうだ。

8.風呂
2008年最大の出費は風呂のリフォームだった。きっかけは子供の誕生だが、風呂も釜も傷んでおり、いつ直すかが鍵となっていた。INAXのショールームで見積もりし、昨年末に工事。築年数の古い我が家だが、お風呂場だけは別世界。お湯は指定温度で管理させ、しかも湯量まで自動調整される。子供を風呂に入れるのも楽になったし、何より入浴時間が長くなった。もはや世間で自動風呂は当たり前らしいが、文明開化の鐘が鳴る出来事だった。

9.メイド喫茶
 昨年の馬組合、忘年会は浅草で待ち合わせた。浅草寺を観光、一次会に突入と思いきや、ある男、T吉の欲望のままに秋葉原へ行く事になった。その目的とはメイド喫茶。だが暮れの秋葉原は大混雑。しかもどのメイド喫茶も満杯状態。だがT吉は自ら探し、数軒回ったところで、開店直後の店を発見した。こちらは6名で6対6、一列に並んだメイド嬢は圧巻。間もなく、T吉の欲望は満たされた。怪訝な言葉とは裏腹、上機嫌だった奴が再び店を訪れる可能性は高い。

10.コミュニケーション
 この夏十年ぶり、スイスへ出張。異文化、日本語無き世界はいい。それだけでなくスイスからの受け入れ、さらに別にカナダからのエンジニアと仕事があったり、中学英語を屈指したコミュニケーション。寿司屋や居酒屋でのノミニケーション。教えた日本語は数知れず。傑作は「ナマチュウ、イッパイクダサイ」。英語は仕事における数少ないアドバンテージ。NOVA破綻にもめげず、今年は果たしてどんな展開が待っている事やら。

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2008/12/03

「デス・レース」を観る

 今夜は沼津のジェイソン・ステイサムこと、盟友N氏と「デス・レース」を観てきた。「デス・レース」といえば、過激な内容ながらも、何処かチープで滑稽な車が爆走する「デス・レース2000年」のリメイク。そんなオリジナルは、年末年始深夜テレビの映画劇場でよく放送された作品だ。ロジャー・コーマン印のカルト作、「ロッキー」以前、無名のスタローンが出演した作品としても有名。ボクにとってこのオリジナルは、初めて購入した海外DVD(リージョン1)であり、字幕無しで観ている。今回、この作品を選んだのも、そんな簡単な経緯だ。

 だが今回のリメイクは暴力、車、暴走はそのままに、一部キャラクターの名前を借りて、全く別の物語となっている。その割り切りは重要である持ち味は失ったものの、ハリウッドメジャー向きにモデルチェンジが図られた。カーアクションは大迫力、腹に響く銃撃音と爆破が盛り上げる。さらにポール・WS・アンダーソンは、ゲーム臭プンプンの演出を加えスピーディーに展開。レースシーン中は我々観客に一切の思考を許さない。

 ただ思考を許さないというより、物語に中身が無いのだ。とって付けたような復讐劇はあるものの、クラッシュとスピード感が身上の映画。CG処理を極力減らしたガチンコのカーアクションが続く。この迫力、家庭で見るにはもったいない。そもそもこの映画、家庭で見るのには不向き。ファミリー向きではなく、漢(おとこ)の映画。マッチョなステイサムはそのために選ばれた。PG-12は妥当なところだろう。

 個人的にはキャストの中に海外ドラマ「NIP/TUCK」のエスコバルが登場し興奮。刑務所内という舞台背景で、全身ホンモノの刺青が花を添えるならぬ、迫力を加えている。ただ一般向けにはステイサム頼みなのは否めない。それ以外のキャストはB級、映像と音響はA級、そしてカーアクションが全ての映画。内容はどうあれ、ホームシアター向きの迫力ある映画かもしれない。できればデイヴィッド・キャラダインがカメオ出演していれば、点数が上がったのになぁ...

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2008/08/28

オペルのある国

 現在スイス現地時間、28日午前6時。仕事でスイスに来てます。まずドイツ、フランクフルト経由でジュネーブ入り。今はスイスの都市ローザンヌで装置の出荷検査に立ち会っています。スイスのネット環境、ホテルではWi-FiでLANが可能ですが、クレジット決済で30分約500円と高額。もちろん長くなればそれなりに安くはなるのですが、仕方なく必要最低限の接続と確認に留めています。今回のブログもローザンヌのホテルからのもの。ネット世界に国境はあまり無いようです。

 さてヨーロッパ入りして嬉しかったのが、オペル車の多さ。圧巻は降り立ったフランクフルト国際空港。何処もかしこもオペルだらけ。ドイツだから当然なのですが、あまりの驚きに手も付かず、写真を収める事ができませんでした。しかしドイツから飛行機で一時間、ローザンヌでも我がアストラはいうまでもなく、新旧、日本未発売モデルのコルサ等々が走っており、その数、枚挙暇がありません。ちょっと大げさだけど、まるで石を投げればオペルに当たる勢いでした。

 ご存知の通り、オペルは昨年春に日本市場から撤退。輸入車ゆえのハンデに加え、日本GMの戦略の不味さが引き金となり、現在に至りました。ただ本場ヨーロッパでオペルを見ると、大衆車である事がはっきり判ります。傷が付こうが、痛もうが乗り続ける。車は道具、そんな考えも伝わってきます。ちなみにスイスでの仕事の初日、来たタクシーはグリーンのGアストラでした。これも嬉しかった。

 来月は最初の車検となる三年目。実は我がアストラを手放すつもりで悩んでいました。決め手は毎月右肩上がりのガソリン代。しかもハイオクです。したがって通勤には妻の軽、ダイハツタントで既に二ヶ月過ごしてきました。でもたまにアストラに乗ると、ドイツ車らしいステアの重さ、余裕のアクセルワークが堪らないのです。そんな中、妻の声も後押しして、とりあえずもう一年乗ってみようと思っています。さらにトドメは今回のスイス滞在。やっぱオペルのある国はいいね。

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2008/08/20

「インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国」を観る

 今日は久々に妻と映画へ出掛けた。劇場公開開始に妻の出産が重なったため、正直間に合うかなぁと思っていたが、さすがは夏の大作。しっかりとロングランしてくれていた。ただ困った事に、劇場はポニョやポケモンの子供用の編成。しかも近場の映画館はレイトショーばかり。辛うじてできたばかりのシネプラザサントムーン、昼間の字幕版上映を見つけいざ鑑賞となった。

 大人のエンターテイメント、ポスト007を目指して作られた第一作「レイダース/失われたアーク」。元祖ローラーコースタームービー、第二作「魔宮の伝説」。そして元祖007、ショーンコネリーを迎えた「最後の聖戦」。時代を先駆けた夢のルーカス=スピルバーグのタッグ。それぞれの作品に思い入れはあるが、頭の中身を空っぽにして楽しめるシリーズだ。これまで四作目製作の噂は何度もあったが、まさか19年ぶりになって復活するとは、正直驚いた。

 物語は考古学とオカルトが題材となっているが、今回はそれを大きく推し進めたもの。ちょっとやり過ぎ感は否めないが、よく考えてみればスピルバーグ印。こんな展開があってもおかしくない。それに物語をとやかく言う作品でもない。またアクションは劇場向き、テレビサイズでは物足らないだろう。個人的にそのノリは「魔宮の伝説」的。インディ、マリオン、マットと人物構図も似ている。もちろんゲテモノ描写も健在。軍隊蟻襲撃のシーンを観た妻は「もう観たくない」と嘆く程だった。

 最近のハリソン・フォードに一時の勢いは無くなったが、本作では水を得た魚。ジャケットにあの帽子を被れば、ニヤッとジョーク、腕っぷしの強いインディがそこに居る。シリーズでの登場人物はマリオン位しか登場しない。父ヘンリー、故デンホルム・エリオットのマーカスが違った形で登場するが、嬉しくもある反面、少々悲しい。初登場のマットは謎を含んでいるが、インディとは何となくそうなんだろうなぁと感じる、実際そういう関係でしたけど。

 この作品を観た後、家族、大団円とその方向性は「リーサルウェポン」の四作目とダブる気がした。いずれにせよ今度こそ本当に終わりなんだなぁと。

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2008/08/09

「ダークナイト」を観る

 盟友N氏と共に新生バットマンの二作目、「ダークナイト」を観てきた。前作は劇場でも観たが、先週のうちにDVDで復習は済ませている。リアル路線の強いクリストファー・ノーランによるバットマンだが、この「ダークナイト」はより色濃く、しかも迫力に満ちた一作。キャスト、スタッフ共に全てを出し尽くしたかのような二時間半。その世界感、物語、画面に釘付けとなった。

 本作は好敵手ジョーカーの登場、善と悪の対極が見どころだが、バートン版バットマンの一作目とは全く趣向が違う。圧巻のジョーカーも、ニコルソンのような漫画的なジョーカーではない。その狂気は中盤から緻密にバットマンたちを追い詰める。対極の敵、善の遂行と限界に悩むブルース・ウェイン=バットマン。バットマンからジョーカーへの主客逆転の瞬間、その存在感が凄い。その瞬間、ヒース・レジャーはニコルソンを凌駕したといえるだろう。今風に言えば、その姿ハンパない。

 レイティングを踏まえ、残酷な描写は避けられているが、内容を理解するには明らかに大人向きだろう。もちろんハリウッド大作の持ち味、エンターテイメント性も兼ね備え、アクション、カーチェイスは手に汗握る。ハンス・ジマーとジェイムス・ニュートン・ハワードの音楽は、前作を含めて主旋律を統一した曲を配し、派手なテーマ曲を脱却しつつ、物語の一貫性を高めていた。

 ストーリーも緻密だ。バットマンにゴールドマン警部補、検事ハービー・デント、幼なじみのレイチェルの運命が絡まっていく。トゥーフェイスの必然性、ジョーカーが描くシナリオは本当にハンパない。そしてこの作品を構築したクリストファー・ノーランに驚かされる。前作ではバートン版バットマン、箱庭世界からの脱皮に戸惑ったが、ゴッサムシティは世界の一部、むしろハードなストーリーに現実感を備える。街を走り抜けるバットポッドに違和感はない。善と悪、狂気を凌駕するもの、その答えの一つがこの作品にある。バットマンの行き着く先、壁を乗り越え、闇の騎士は街を見守り続けていく。

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2008/05/11

母の日にロールケーキを作る

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 妻に「実家の母へ、(母の日の)贈り物をどうするか?」と尋ねられ、少々困った。毎度、物を買ってあげるのもどうかと思い、つい思わず「ロールケーキを作る」と言い出してしまった。料理は久々に加え、お菓子作りは初めて。しかしながらお菓子作りは妻の十八番なのでアドバイスしてもらえるし、お菓子作りの武器、いやいや道具は揃っている。そもそもはボク自身が食べたいものとしてロールケーキを選んでみた。

 昨日のうちにスポンジは作っておいた。まず卵は卵黄と卵白に分け、それぞれを泡立てていく。卵白は砂糖を加えてメレンゲに、卵黄には砂糖と泡立てておく。気を使ったのはメレンゲと卵黄側をまとめる段階。ハンドミキサーを使わず、かなりの力仕事。空気を適度に巻き込みながら、スポンジのフワフワ感を育てるのだ。最後に製菓用の薄力粉を加え、生地にまとめる。まとめた生地は、クッキングペーパーを敷いた鉄板に流しならしていく。その後、予熱済みのオーブンレンジで、180度で20分焼き上げた。

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 使ったレンジは松下のビストロNE-W300。これまで妻の料理やパン作りに活躍してきたが、今回初めて自分で使ってみて、なかなかワクワクさせてくれた。生地が膨らみ、焼き目がついていく過程は興味深い。ちなみにこのビストロ、我が家では愛称、デラックス・マツコと呼ばれている。

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 焼いた生地は熱を取るため、網の上に載せ、ラップをしておく。ちなみにラップは、後で不要な焼き目を剥がす役目を果たす。

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 翌日の今日、タネのクリームを準備。生クリームに砂糖を加え、氷水に当てながらハンドミキサーで泡立てる。過度に立て過ぎると、硬くなってしまうので注意...そんな事、ご存知ですよね。

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 前日作っておいた生地は、クッキングペーパーとラップを剥がす。クリームを塗る表面には、ブランデー少量を加えたシロップを塗っておく。そしてクリームを重ねて伸ばす。さらに切った苺を敷き、生地を巻いていったら、ラップで締めて形を整える。そして冷蔵庫で数時間寝かせて出来上がり。レシピと妻の指導のままに、意外と簡単にできてしまった。

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 母の日の贈り物ゆえ、試食は両サイドの端とわずかに留めた。生地はしっかりしつつもフワフワ。やはり生クリームと苺の組み合わせは最強、たった一分程で試食を終えた。

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 妻を連れ立ってロールケーキを手に、実家の母の下へ。母はボクがロールケーキを作った事が信じられない様子だった。いいんですよ、信じなくても。また来年も作りますから...初物尽くしのお菓子作りだったが、クセになりそうだ(苦笑)。

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2008/05/09

「大いなる陰謀」を観る

 今夜はロバート・レッドフォード監督・出演による「大いなる陰謀」を観てきた。メリル・ストリープ、トム・クルーズを主役に据え、配給会社としては好興行を狙いたいところだが、内容はかなり硬派。しかもアメリカお得意のプロパガンダ映画ではない。実際、アメリカ国内の興行は惨敗。それを受けてか、日本公開も地味にスタート。そもそも「大いなる陰謀」という邦題も、興行的に微妙な印象は否めない。ただこれまでのレッドフォードの手掛けてきた作品は手堅かった事を忘れてはならない。

 物語は対テロ対策、アフガンへ掃討作戦を仕掛けるアーヴィング上院議員、彼を取材する記者ロス、大学で教鞭をとるマレーを中心に進んでいく。アメリカの抱える正義と平和の価値観を焦点に、作品は90分とコンパクト。先の三者、マレーの教え子たちの立場と行く末も、今のアメリカの現実である。ただ何か、ゴリ押しするような主張を感じなかったのは、レッドフォードのバランス感覚だろう。反面、本作に物足りなさを感じる所以でもある。唯一、マレーと対峙する学生トッドの姿は、部分的に日本人の立場と重なり興味深い。

 やはり本作の見どころは、メリル・ストリープとトム・クルーズによる、ガップリ四つの競演だと思う。ストリープの堅実さは言うまでも無く、特にトム・クルーズの政治家ぶりが光る。単独主演ではオレ様演技が目に余るが、名優ストリープが相手となれば、その演技もいい意味でバランスする。年齢的に円熟期にある事もあるが、顔の渋み、論破する姿は、クルーズの政治家転身を妄想させるほど。有名議員たちと同じフレームに収まる姿(たぶん合成)も板についている。

 一方、いい男の代名詞だったレッドフォード、今の姿は本作と無関係に痛々しく感じてしまう。別の役者に演じさせても良かった気もするが、この作品興行的な唯一の拠り所ゆえ、自ら豪華スターの一角に座るほか無かったと思うのは、少々勘繰り過ぎか。

 能天気なプロパガンダ映画を量産するハリウッド、時にこのような硬派な作品を繰り出すハリウッド。どちらも同じアメリカであり、後者は痛み知る良心、光明でもある。ただ大国の傘の下、理不尽なパワーバランスを否定できない現実。これからもそのジレンマが消える事は無いだろう。

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2008/04/11

「バンテージ・ポイント」を観る(ちょっとネタバレあり)

 今夜は気になっていた「バンテージ・ポイント」を観てきた。日本での興行は地味だが、シガニー・ウィーバーにウイリアム・ハート、フォレスト・ウィティカーらオスカー俳優が集う本格派サスペンス。一応主役はデニス・クエイドだが、事件発生の23分を八つの視点から追う物語ゆえ、それぞれのシークエンスでメインは異なる。それにしてもデニス・クエイドは顔の皺を見ると、本当に年をとったなぁ...いやいや渋いという事ですけどねぇ。

 この作品、9.11に端を発した政治モノの匂いはしますが、実によく出来たサスペンス。大統領を狙う組織から感じる政治色は程々。あくまで大統領銃撃を中心に物語は展開。どのように銃撃、そして爆破され、彼らシークレットサービスが出し抜かれ、翻弄されるか。デニス・クエイド演じるバーンズの目、そして我々観客は、次々に明かされる謎に驚かされる構成になっている。ただ冒頭、内部の裏切り者は何となーく勘づいてしまったけど、ラスト15分(位?)のカーチェイスで吹っ飛んでしまい、ここだけでもあの「ボーン」シリーズと双璧な感があります。

 何しろこのカーチェイスの主役がオペルなのです。舞台はスペインですが、ヨーロッパはオペルのマーケットでもあります。世界ではまだまだオペルは健在です。そしてGアス(アストラ)のパトカーを、Hアスが追いまくる追いまくる。しかもそのHアスがボクのアストラの色と同じとキター。すなわちウルトラブルーであります。ハンドルは持ってかれるわ、シフト操作は激しいわ、さすがにマニュアルのHアス(ボクのHアスはオートマ)。徹底的に追い詰めその末路は...とにかくオペが出るだけでこの作品のブルーレイ、間違いなく購入決定です。

 さすがはコロンビア映画、ソニーピクチャーズ作品らしく、ソニーのHDカメラが視点の一つとして登場。1080iで収録した映像が、物語の謎に触れていきます。それだけでなくソニエリのケータイ、スマートフォンとソニー製品のオンパレード。ただ「007/カジノ・ロワイヤル」ほどあからさまでない分、あまり気になりません。やはり物語が命の作品なので。皆さん、特にOpelist(日本のオペルユーザー)の皆さんにはオススメなのですが、残念ながら上映は今日で終わってしまうようなのです...

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2008/03/29

さくら

週末に妻と桜を観に出掛けたよ。

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2008/03/03

さよならトリニトロン

 ソニーは今年3月をもって、トリニトロンブラウン管の生産を終了する。液晶やプラズマで薄型化が当たり前となった現在のテレビにとって、ブラウン管はまさに前世紀の技術となってしまった。しかしながら、ソニーのブラウン管はトリニトロンと称するように非常にエポックメーキングな商品であり、ウォークマンと共に成長期におけるソニーの象徴でもあった。一方、技術に固執した末、薄型テレビの立ち遅れの原因の一つとも言われている。

 ソニーのテレビは多くのステータスシンボルを持ち、デザイン、機能美に優れた。その上でトリニトロンには、高画質という言葉がよく似合う。そして象徴であったプロフィールシリーズは、緻密で好みの画作りだった。電気店で並んでいても、つい見入ってしまう。かつて業務用ディスプレイの多くがソニー製だった事からも、その信頼度は伺えた。のちにトリニトロンはキララバッソに搭載されるスーパートリニトロンに進化。さらに完全平面化したFDトリニトロンのWEGAは記憶に新しい。つくば万博にはジャンボトロンなんていうのもあった。

 ちなみに進学の際、買ってもらった21インチのトリニトロンテレビは使い倒した。背面を外し、自作スピーカーを直付け、レーザーディスクでサラウンドを楽しんだ。当時は21インチでも大画面であったが、まもなく29インチ時代が訪れる事になる。就職直後に買ったキララバッソは実家で現役だが、色ズレが酷く、アナログ停波と共に消えていくだろう。また実家は他に2台のWEGAを所有していたが、そのうち1台はソニータイマーの憂き目に会い、地デジ対応のBRAVIAに替わった。

 個人的にトリニトロンというと、「重いテレビ」という印象が強い。画質へのこだわり、それが反映されたトリニトロンの特徴なのだろう。学生時代、電気屋のバイトでトリニトロンテレビが売れるたび、運ぶのに辟易した。特に前出の29インチ時代の折、その重量は60kg近かったのではないか。梱包のダンボールに書かれた重量に唖然。だが設置後、映し出された画を見て、「やっぱソニーはいいねぇ」と思ったもの。BRAVIAで息を吹き返したソニー。現在の韓国サムソンとの協業に続き、シャープとの新事業も明らかになったが、その画作りだけはこれからも変わらない。

Tv

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2008/03/02

「日本一のホラ吹き男」を観る

 人間誰しもめげる時がある。そんな時は趣味で発散したり、人によっては酒や他の手段に逃げる事もあるだろう。もし、そんなめげた自分を鼓舞するものがあるとすれば、自分にとっては何より映画だ。チョイスはTPOに合わせたものとなるが、元気が欲しい時には植木等の無責任シリーズの一作、「日本一のホラ吹き男」を観る。公開後、30年以上を経た作品ではあるが、画面は時代を超越したエネルギーに満ち溢れ、観るたびにノックアウトを喰らう。徹底的に非現実、ファンタジーを味わうのだ。

 ファンタジーといっても、魔法の国の出来事ではない。あくまで高度成長期の日本が舞台。無責任シリーズ全般に共通する、サラリーマンを主人公とした物語だ。何がファンタジーかといえば、あり得ない物語展開に由縁する。この作品では、元五輪陸上三段跳びの代表だった初等(はじめひとし:もちろん演じるのは植木等)が、大手家電メーカーに就職し、三段跳びの如く成り上がるというもの。ただ、よくある立身出世ものと思いきや、それに留まらないのが、無責任シリーズなのである。

 物語は植木等だからこそ成立するのは言うまでもない(とはいえ、植木さん自身は真逆で真面目な人なのだが)。黒澤作品における三船敏郎に同じ。少々言い方は悪いが、キャラクターが物語を喰ってしまう、それ程の存在感なのだ。むしろ相乗効果を生み、物語はこれ以上無いテンポで進んでいく。その上で、物語そのものも異端を進む。特に平社員(組合員)から管理職への経緯は、現代社会、いや現実にはあり得ない。あり得ない展開だからこそ、むしろ割り切って物語に没頭できる。

 この割り切りは古澤憲吾監督が構築。戦中、戦後を生きた人ゆえの哲学、活動屋としての彼の個性の表れでもある。だが、この作品を観ている間、そんな事は微塵も感じない。この世界観、割り切りは、加山雄三の「エレキの若大将」でもいかんなく発揮されている。劇中曲「君といつまでも」のシーンは、プロモの先駆けでもある。ちなみにこの「日本一のホラ吹き男」「エレキの若大将」の二作は、ボクのベストピクチャーの一群。この二作がボクの血と骨になっているといっても過言ではない。

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2008/02/19

次世代DVDの終戦記念日

 次世代DVDのフォーマット戦争。東芝のHD-DVD撤退は一般向けのトップニュースになる程、大きな話題となった。ただこのニュースまで、HD-DVDが一般消費者全ての話題になっていたかは定かではない。何せ日本国内は、永ちゃんこと矢沢永吉によるソニーのCMで、やっとブルーレイという言葉が浸透し始めたばかり。他メーカーもそんなCM効果で勝ち馬に乗った形だ。対して東芝HD-DVDのCMは長谷川潤ちゃんだけではやや役不足。逆に当時の東芝の本気度が伺われた一面でもあった。

 フォーマット戦争の後、ブルーレイ陣営は本格的なシェア争いに転ずる。既にレコーダー市場ではソニーとパナソニックが席巻。レコーダーとプレーヤーの棲み分けがない日本。一部ハイエンドユーザーやマニアを除けば、何でもアリが欲しい。これまで手にする消費者は高品位次世代DVDの存在は知っていても、品位よりもコストパフォーマンスを重視してきた。メーカーとしてはフォーマット決着、そろそろブルーレイレコーダーは如何?というわけだ。だが実態は始めにハードディスクありき、そこにあくまで二次記録媒体の争いはあまり見えてこない。

 今回の一件、ワーナーショック以後、次々に同盟ともいうべき面々が離脱。その中でも謎なのがマイクロソフトの存在だ。X-BOX360はHD-DVDのパッケージ媒体ではあるが、同時にHD-DVD推進、影の主役と目されている。これまでの東芝の頑なな姿勢には、そこに起因したのではないか。だがMSはソフトベンダー、東芝はハードメーカー、その立場の違いは抱えるリスクの違いに現れている。MSの真意は分からない。しかし梯子を外そうが、痛くも痒くもないという事か。

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2008/02/14

NOVAにオサラバ

 元NOVA生徒のボクにのしかかったクレジット問題。まだまだ多く残ったクレジット残金を支払う必要があるのか?昨年旧NOVA破綻後、支払は凍結されたものの、どうなるかが注目されていた。旧NOVAは全額前払い、ポイント制を採っており、支払い方法でクレジットを用いるか否かで、現在の対応は大きく変わる。特に全額自腹で支払った人たちは大変だ。新NOVAで継続する場合、75パーセントオフで授業が受けられると言うが、その内容の如何に関わらず、実質の値上げである。新NOVAの立ち上げに際し、ボクとしてはこのまま授業を続けるよりも、今すぐ撤退が当然の結論だった。

 今日、契約クレジット会社に連絡。その後の旧NOVAに関する対応を問い合わせた。対応は返済金額と購入ポイントの消化量で変わるとの事。破綻時点、支払金額が消化した購入ポイント(クレジット返済分)を下回れば放免、ただし差額は支払われない。あるいは購入ポイントの消化量が支払金額を上回れば、適宜請求が行なわれるとの事。詳細については別送されるらしい。ただし念のため、クレジット支払の元NOVA生徒の方は、契約したクレジット会社に問い合わせて欲しい。

 ボクの場合、支払金額は消化した購入ポイントを下回っていると思われるため、このままNOVAとはきっぱりオサラバ。未消化分ポイントの差額は少々痛いが、違約金と考えれば我慢できる。例え新NOVAが立ち上がっても、今回のNOVA破綻をキッカケとした生徒離れと更なる経営悪化、そして教師不足や授業予約体制、旧NOVAのウリだった「いつでもしゃべれる」の不整備は残る。新NOVAもいつまで事業として継続できるか、全く未知数だという事も忘れてはならない。

 良かれと思って始めた習い事、NOVAだったが、いろいろな意味で勉強になった。破綻までは英会話を、その後は社会勉強。しかしながら、もう英会話学校はこりごり。確かに英語は独学で限界があるが、一番リスクは少ない。ただ英語で最も重要なのは会話と判った今、難しい局面である。出来る事なら外国人の友人を作りたいところだが、周りには妻を含め、生粋の日本人しか見当たらないし。いずれにせよ、しばらくは静観である。

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2008/02/10

世界ウルルン滞在記 ルネッサンス「ようこそ!ベルギーが誇るチョコレート工場へ」を観る

 妻が興味を持っていた今週のウルルンを観た。今回の舞台はベルギー、そしてバレンタインデー直前らしく、世界高級チョコのブランド、ゴディバの工場だった。ゴディバを訪れたのはギャル曽根。「自分が食べるチョコの家を作りたい」という希望に沿ったもの。妻はなかなか見られない工場の中や手作業に興味を持つ反面、作業着を着たギャル曽根の髪型が気になったよう。「調理師免許」を持っているはずの彼女らしからぬ髪のまとめ方、髪の毛がチョコをこねるヘラに付きそうで気になって仕方がない。注意されたのだろうか、放送ではシーンのたび、髪は徐々にまとめられていた。

 番組はホームステイ先での出来事、紆余曲折の末にチョコの家は完成する。そんな一見、オーソドックスなウルルンかと思いきや、今回の放送は大きな違和感を感じた。それはギャル曽根の扱いである。ホームステイ先、夜になるとお手伝いさんを巻き込み、夕食の空腹を満たすギャル曽根。その上、工場での作業の合間のたび、彼女は持ち込んだ大量の食料にありついていた(英語もままならないギャル曽根。たぶん番組スタッフが購入したのでは?)。過剰に思えるそれら演出は、ゴディバの魅力を訴える内容とはほぼ遠いもの。最初から最後まで"大食い"ばかり、そこには演出家の好奇心という名の悪意に満ちていた。

 例えばお手伝いさんとの件では、空腹の事でステイ先に迷惑を掛けたくないとの一心はあったようだが、それでも限度があるだろう。人生で我慢を学ぶのも大事なことだ。これは他の芸能人であればプライバシーに関わるところ。大食いを売りものにするギャル曽根ゆえの構成、演出だろうが、視聴者の受ける印象は明らかにマイナス。ワガママを通し、人々の優しさに触れ、最後には「(ここまで優しくされて)作ったチョコは食べられません」とは聞こえがいい。だが今回のウルルン、チョコ作りに苦労は空腹だけ?と思わずにいられない。それ程にチョコの魅力は希薄だった。

 番組最後、ステイ先でのお約束の別れのシーン。あの涙に至る経緯は番組中、全く描かれなかった。しかしエンディングテロップでインサートされたシーン、交流こそが本当は大事だったのではないか。ステイ先の家族や子供たち、そしてギャル曽根の涙の理由は、"大食い"パフォーマンスだけではないはず。彼女は新たな魅力を引き出す絶好の機会を失ったのも残念だと思う。その一方でゴディバ、ベルギーの人の良さだけが印象に残った。

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2008/01/28

2008新春新ドラマ通信簿

 今年から始まったドラマを今日までの分、一刀両断してみた。観ていないもの(興味なし、または観る都合が無かったか)はノーマークとした。

月曜.
薔薇のない花屋(フジ・期待度4):久々の野島伸司ドラマ。気がつけば慎吾ちゃんの周りは敵ばかり、人間不信に陥りそうな展開。果たしてラストはハッピーエンドか否か?パペットマペット人気復活の兆し。

火曜.
ハチミツとクローバー(フジ・期待度-):第一話で挫折。物語より、妙に痩せた村上淳が心配。
あしたの、喜多義男(フジ・期待度-):観るまでは最も期待度の高かったドラマだが、第2回にして展開について行けず挫折。
貧乏男子(日テレ・期待度3):文字通り"旬"な小栗旬主演のドラマ。お金にまつわる反面教師的な内容は苦手だが、ユースケ・サンタマリア他、曲者脇役陣と予想を裏切る展開を期待。

水曜.
斉藤さん(日テレ・期待度4):ルール無用な社会に喝、観月ありさ主演のドラマ。現実主義な高島礼子、小島よしお似の男子高校生との対決。度が過ぎる描写も少なくないが、ミムラのコメディエンヌぶりが助けている。

木曜.
交渉人(テレ朝・期待度3):米倉涼子主演、実力派脇役で固めた犯罪サスペンスドラマ。ひと癖ある物語、様々な伏線が今後活かされるかどうか。
だいすき(TBS・期待度-):ノーマーク
鹿男あをによし(フジ・期待度4):玉木宏主演のファンタジー。ある意味別人な玉木に対し、山寺宏一演じる鹿の存在感が光る。ツボにハマるような描写、ただ最終回まで打ち切りにならない事を祈る。

金曜.
四姉妹探偵団(テレ朝・期待度-):何故いまさら赤川次郎?と疑問符のつく新ドラマ。相変わらずな赤川スタイルに、第2話以降はパス。
エジソンの母(TBS・期待度-):ノーマーク

土曜.
1ポンドの福音(日テレ・期待度-):ノーマーク
フルスイング(NHK・期待度4):伝統の土曜ドラマ枠、あの高橋克実初主演の連続ドラマ。実話がベース、オーソドックスだが、大人の懐の深さが感じられる作り。

日曜.
篤姫(NHK・期待度4):江戸無血開城を描く幕末大河ドラマ。物語、セット、キャストの重厚さに目がひく、さすがはNHKハイビジョンドラマ。
佐々木夫妻の仁義なき戦い(TBS・期待度-):ノーマーク。録画はしてあるが、観るかは非常に微妙。

雑感.
 昨年同様、ドラマに関しフジ対日テレの様相が強い。フジは「ガリレオ」で月9を盛り返し、これを引き継ぎたい公算。日テレはキャストもさることながら物語で勝負、今年も好調さが伺える。TBSは年始は「華麗なる一族」で気を吐いたが、以後は青色吐息。今年の目玉は"佐々木夫妻"だが、何処まで抗戦できるか。NHKは大河ドラマが目玉だが、土曜ドラマも悪くない。テレ朝は先が見えぬダークホース、だが「交渉人」も化ける可能性は秘めている...かも。

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2008/01/19

勇者ライディーン、ついに超合金魂で登場

何故だろう?何故だろう?心が燃える
クリックしろ、クリックしろと誰かが叫ぶ

この写真を見たら、そんな歌が頭の中をよぎった。

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 ついに超合金魂に「勇者ライディーン」が登場する事になった。昨年末、ホビー系雑誌に次回作として挙がったライディーン。マジンガーZが超合金の誕生なら、このライディーンは超合金の革命といっていいだろう。ロボットから飛行形態ゴッドバードへ、変形という要素を織り込んだライディーン。変形に神秘的で流麗なデザイン(安彦良和氏による監修)と相まって、小さかった我々の心を捉えて放さなかった。それがいよいよ超合金魂で甦る。

 実はボクが初めて買った超合金が、このライディーンだった。誕生日に外食の前、おもちゃ屋さんで買ってもらった。ライディーンはロボット形態のみと変形できるデラックス版の二種があり、買ったのは後者。幼稚園児にデラックスの意味は伝わらなかったろうが、「形の変わるほう」を手に入れる事ができた。動きのないロボット形態より、ゴッドバードがお気に入り。今もマジンガーZより、超合金といえばライディーン、そんな気持ちが強い。

 今回の超合金魂はライディーン本体のみと、もう一つデラックス版(限定版)が登場。男なら迷わずデラックス版だ。何とあの人面岩に黄金のライディーン像が付いてくるのだ。ライディーンの魅力に「フェードイン」がある。主人公ひびき洸がスパーカー(バイク)で飛び乗り、導かれるシークエンス。洸のテーマ曲とCV神谷明氏のセリフが耳に残る。幼少期のサブリミナルか?ヤバい、ヤバ過ぎる。ついにポチッとしてしまった。

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2008/01/09

無知は格差社会の証

 「クイズ!雑学王」がゴールデンタイムへ進出。そのレギュラー放送を前に、スペシャルが放送された。この「雑学王」の魅力は、「結構、その事知ってる」と思わせるネタが散りばめられている点だろう。実際、何問かに一回は知っているクイズが登場する、そんなこれは知っているけど、知らない事が多いなぁという好奇心を煽るのが狙い。それぞれの問題に対して一般正解率を示し、世間の認知度との比較もできる。

 「トリビアの泉」以降、雑学を扱う番組が増えたが、今がそのピーク。教育バラエティーまで含めると相当数にのぼる。「平成教育委員会」( 「平成教育学院」) に始まった教育バラエティーは人気を博し、雨後の筍のように放送されるようになった。その一方で単に知識を与える番組だけでなく、回答者の知識の有無を売りにする番組も増えた。一般常識をテストし、採点し、順位をつけていく。思い浮かぶのが「クイズ!ヘキサゴンII」だ。

 単純に順位をつけていくなら普通の番組。だがこの「クイズ!ヘキサゴンII」は違う。むしろ馬鹿ぶりを売りにする番組作りが目立つ。良く言えば"天然"、悪く言えば"おバカ"なタレントたちの知識の無さを逆利用。一般常識の無さを、司会の島田紳助が徹底的に叩く。最初は笑ってみていたが、段々と不快に思うようになっていた。しかも笑いの質は違う。学校で学力の無さをバカにする同じ構図がそこにあったからだ。

 点数は学力社会の証、学校でも会社でもついて回るもの。ただ番組中、バカにする笑いは単純だが、その背景は複雑だという認識を、ほとんどの視聴者は持たないだろう。番組の意図も、良く言えば視聴者に対し、おバカタレントを反面教師として充てたものかもしれない。しかし家庭環境、地域格差が学力格差を生む事実。特に賃金格差は見逃させない要素である。おバカタレントの登用は世間の需要だろうが、彼らの出番が多い程、格差社会が進む証なのである。

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2008/01/06

祝!サザエさん40周年、波平とケータイ電話

 何とサザエさんが放送開始40周年を迎えたという。放送後、妻の報告によれば、羽織袴の磯野一家の挨拶からスタート。そんな事とは全く知らず、出先からDSテレビで三本目の話を観たところ、ついに事態を起きた。

カツオの代役で火の用心の見回りに出た波平さん。
帯同していた花沢さんのお父さんと「体が冷えたから一杯どうでしょう?」と誘った後のこと。
磯野家の黒電話が鳴り、フネさんがとると、その先から波平さんの声が。
そして屋台で一杯する波平さんの手には、ケータイ電話があったのだ。
(ちなみに携帯電話は花沢さんのお父さんのもの)
瞬間、我が身に大きな衝撃が走った。
すぐに妻へこの事をメールで連絡。
だが、ずっと観てたはずなのに見逃したらしい...ケータイは東芝製だろうか?とは妻の弁。

サザエさん40周年の証、それは冒頭の羽織袴でなく、実はこのケータイ電話で無かろうか?
これぞ「るねっさーんす」(髭男爵風!)
今年はカツオくんがDSをする日も近いかもしれない。

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2008/01/04

「ALWAYS 続・三丁目の夕日」を観る

 今年は、見逃していた「ALWAYS 続・三丁目の夕日」からスタート。東宝スコープで始まるオープニングは想定内だったが、その後の展開は予想外だった。映画監督、ことさら特撮を手掛ける監督さんなら、夢であろうあの東宝の大スターの起用には驚いた。僅かなシーンではあるが、久々にスクリーンを暴れる"彼"を観る事ができた。東宝作品らしく、この位のオマージュは充分にアリである。また"彼"の登場に限らず、日活など映画主役の時代も描かれている。

 続編の本作は、前作から半年後の設定。派手なVFXはオープニングのみに任せ、後はさりげなく大胆に昭和が描かれていく。大きな見せ場は日本橋。この日本橋のシーンに限らないが、画面の質感といい、全体的にかつての日本映画のテイストを感じた。いい意味で、古い邦画を観ているような気がする。ここに限らず、特急こだまや東京タワー等、時代を描く演出が満載。前作同様、この作品のVFXのレベルは高い。前作最大の特徴、テレビドラマでは実現不可能、体感型昭和テーマパークの復活である。

 ストーリーは前作を踏襲したお涙頂戴なものだが、前作よりは弱く感じた。もちろん観客の想像以上に物語は展開しない。物語に教訓めいたものもない。それがこの作品の強みであり、弱点でもある。安心して観られる反面、受け取る感動は大きなものにならない。物語の変化球を強いて挙げれば大団円、前作を受けた完結篇的な作り、続編の必要性は無くなったところ。予定調和として結ばれていく物語、またそこにある温かさは健在。チープさが鼻につくかもしれないが、それはこの作品に求める真意とは異なっている。前作以上ではないが、前作を楽しめれば観て損はない作品となっている。

 唯一、この作品を観ていて気になったのが、淳之介演じる須賀健太君の成長だった。一平君は前作と差異が無かったが、本作中、明らかに子供の集団の中、頭一つ抜けていた気がする。ハリポタのラドクリフ君程の成長は無いとはいえ、前作から約二年の経過はバカにできない。とはいえ、同じ俳優が演じる重要性もあり、痛し痒しというところ。また前作からの流れ、エンディングのスリーショットを見れば、これで良かったと思う。"家族"もこの作品のテーマなのである。

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2007/12/24

有馬記念回顧:騒ぐのは人間だけ

 日本競馬界、一年の総決算、有馬記念が終わった。戦前、ダービー馬ウオッカ、天皇賞春秋連覇のメイショウサムソン、ダイワメジャー、スカーレットの兄妹対決に加え、ヨーロッパのトップジョッキー マイケル・キネーンが一週間だけの短期免許で参戦のも大きな話題。しかし終わってみれば、人気薄のマツリダゴッホが先行抜け出して1着、2,3着にダイワスカーレット、ダイワメジャーの兄妹が粘り、三連単は80万馬券となった。年度代表馬を狙っていたウオッカもサムソンも、掲示板に載る事は無かった。

 一番人気サムソンの敗因は体調、精神的な面を含めてベストに無かった事のようだった。馬体重はプラス2kg。だがサムソンはこの馬体重での連対が無いのが、レース前に気に掛かった。スタート後はダッシュがつかず、手綱をしごく鞍上ばかりが目につき、今までにない中団の競馬。最後の直線も先頭を捉える勢いもない。中団にいた有力馬もサムソンを警戒したのか、共倒れのように着外。唯一、ポップロックが掲示板内を守ったが、ジャパンカップ組が揃って惨敗は残った事実。意外に今年のJCはタフな競馬だったのかもしれない。まして今回の中山コースは馬場悪化しタフだった。競馬好きの新入社員は「強気の武は消し」と断じ、ポップロックから買ったらしいが、マツリダゴッホはノーマーク。共倒れまでは読めなかったようだ。

 奇しくも有馬記念といえば、古くはユーワジェームス、メジロデュレンの夢(ユメ)馬券、ダイユウサクとメジロマックイーン(松田優作とSマックイーン)、9.11の年にはマンハッタンカフェとアメリカンボスの組み合わせのような、謎めいた結果を伴う事がある。語呂合わせや社会情勢で馬券を買う方法にタカモク式があるが、今回はちょっと浮かばない...と思っていたら、身近な人の名の語呂馬券に気がつかなかった。毎度買っていたのに、有馬だけはその買い目を忘れていた。ただボクよりも、その名の当人のほうが後悔は大きかったようだ。

 競馬の面白さの原点は、馬耳東風という言葉が表していると思う。他の公営ギャンブルは圧倒的に人間の関わるウェイトが大きいが、競馬は馬という我々と意志(言葉)の疎通ができない動物が介在する事で、不確定要素は一気に高まる。しかも様々な人間の欲が入り混じり、目の前の事実を捻じ曲げていく。「競走馬は走ってナンボ」ではあるが、彼らにとって走る事、勝つ事=喜び程度しか本能的に認識していない。あの岡部さんが現役騎手時代、「騒ぐのは人間だけ」とマックイーンVSトウカイテイオーの天皇賞・春の戦前、そう洩らしていたが全くその通り。大波乱も万馬券も、騒ぐのは人間だけ...だから競馬なのだ。

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2007/12/13

いよいよ地デジ時代...

 新婚の後輩が朝からソワソワ。何と42インチのプラズマテレビを買い、まもなく家に着くという。話を聞くと、冬のボーナス時期を目指し、あえて数ヶ月購入を延ばしてきたらしい。後輩は残業もせず、とっとと家へ帰って行った。確かに考えてみると、ボクの周りでもいきなり大画面は少なくない。当然、ブラウン管テレビはその選択肢にはない。しかも地デジ時代を迎え、いきなり30インチオーバーは当たり前となった。1インチ一万円と言われた時代が懐かしい。

 10年程前、16:9、横長サイズがワイドテレビと呼ばれていた時代。当時の画質はSD相当だった。高画質ソースの筆頭はDVDであり、解像度克服(解像度:720*480ピクセル)の兼ね合いから、画面の縦方向を圧縮、横方向を伸張する、横長テレビのためにスクイーズ収録がなされていた。しかしHD時代(解像度:1366*768ピクセル)となった今、そんな心配はない。むしろ従来のDVDでは解像度不足、アップコンバート必須となった。地デジ、HD映像に慣れると、その違いに愕然とする。

 ただし4:3から16:9への移行は代償を伴った。かつてブラウン管時代、スタンダードとされた29インチの場合、32インチワイドが相当する事。横長になる分、占有するスペースを広く取らなければならなかった。しかもブラウン管ワイドテレビは奥行きが必要で、思ったほどの普及に至らなかった。過渡期に生まれた商品の宿命である。だが今は薄型化が起爆剤となり、液晶かプラズマが当たり前のワイドテレビが選択肢。それと同時に、今やワイドテレビは死語となった。

 毎日の地デジ生活、高解像度がもたらす世界、絵や人がフレームの中にリアルに存在する、HD映像の箱庭感覚は日本人向きに思える。実は先の後輩の住む場所、いまだ地デジ放送地域でなく、せっかくのプラズマもSD画質を強いられるという(...BSデジタル入れればいいのに)。しかも42インチが5.5畳に鎮座するらしい。技術は進化、だがこれがウサギ小屋生活、日本人の現実、実態なのかもしれない。

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2007/12/09

続・ザクが作りたい

 急にツマからこう切り出された。「(あなたの)クリスマスのプレゼント、間違えると困るから、今度一緒に見てくれない」。その目的とはザクを買ってくれる事。どうやらツマがボクのブログを読んだようなのだ。そこで先週、ツマを連れ立ってといざらスへ向かった。目的はプラモデルコーナー、大人にはちと恥ずかしい。だが店の中はクリスマスムード、子供連れの家族で溢れていた。

 一応狙いは「1/100 ザク2 Ver2.0」、しかし今回はあくまで下見。シャアザクの箱には「Ver2.0」の文字はあったものの、量産型は見当たらなかった。あまりのガンプラの箱の多さに圧倒される我ら。すると横にいるツマはひと言、「ザクとシャアザクとハイザックって何が違うの?」
確かにシャアザクとザクの違いは説明しやすいが、ハイザックには参った。こりゃどう説明しようか、そう悩んでいたところ、BSデジタル、BS11で「機動戦士ガンダム」で放送が始まった。

 ザクの事を教えるのにはジャストタイミング。第一話「ガンダム大地に立つ」でガンダムがザクを切りつける、その瞬間だった。
「ザクって敵なの?」

 どうやらザク、ザクと言い続けて来たので、ガンダムの味方と考えていたようだ。しかも繰り出される質問から世界観、人間関係を教えるのに必死。冒頭でナレーション(その声は、ツマの好きな波平さんですよ!)がその世界観を言っているのにもかかわらず、先に質問されてしまう。第二話にしていよいよシャアザクが登場。「シャアは少佐だから赤いの?」これから新しいモビルスーツが出てきたら、何と説明しようか。いやいやモビルスーツの説明すら難しい。

 とりあえずこちらとしては、毎週日曜ヨル七時半、全四十三話最後まで付き合ってもらいますと宣言。ツマはそのひと言に恐怖した...

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       クイズ:これは何でしょう?

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2007/12/01

「パンズ・ラビリンス」を観る

 一日は映画の日だったので、ギレルモ・デル・トロの「パンズ・ラビリンス」を観てきた。上映館の関係でいつものシネコンではなく、場末の映画館での鑑賞。デル・トロというとアメコミ原作の「ヘルボーイ」が思い出されるが、今回は1944年が舞台のファンタジー、全編スペイン語という異色の作品となった。しかし導入部はファンタジーながら、時代背景を追ったスペイン内戦時を描いた作品と思い知らされる。主人公は少女ながら、そこに残虐なシーンが少なくなく、明らかに子供向きな作品ではない。そんな大人のためのファンタジーだった。

 仕立て屋の父を失った主人公が、母親の連れ子として、スペイン軍大尉と生活する所から物語は始まる。しかしその義父は私欲のため、残虐な行為を繰り返す。しかも母は義父の子を身ごもり、その代償として生活を得ていた。そんな中、自らをパンと呼ぶ怪物が現れ、本当の住むべき世界への帰還と、ある三つの試練を与えるのだった。物語だけをなぞっていけば、パンと主人公の交流するファンタジーに終わる。だが、そこにもう一本の現実をぶつける事で、この作品は全く異なる味わいを観る者に与える。

 そう強く感じるのは、ファンタジーの部分、スペイン内乱の部分、どちらか一方でも充分に物語が成立するところにある。どちらも添え物でなく、それぞれを引き立たせる。終わってみると、現実と虚構、どちら側からも物語を見つめる事ができるのに気づく。例えばファンタジーとして観れば、主人公の見た不思議世界が、その少女の言動を見た大佐や大人の立場からは虚構がある。ただ両者を結びつけるのは戦争、生と死の現実だ。

 ハッピーエンドとアンハッピーエンドの狭間を感じるのは、「マッチ売りの少女」に相通じる。何が幸せで不幸なのか。だがそんな童話よりも、この作品で描く戦争の生む現実は単純ではない。少女が感じた世界、彼女の出した結論は現実逃避ではあるが、そこに戦争の理不尽さを感じずにはいられない。だからこそのリアル描写、大人のためのダークファンタジーなのだろう。願わくば、もっと良い劇場で鑑賞したかった。

Panslabyrinth

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2007/11/22

ザクが作りたい

 今、猛烈にザクが作りたい。あぁ、作りたい。ザクとはご存知「機動戦士ガンダム」の敵国側、モビルスーツの事。ガンダムに関して久しく触れる事が無かったが、思わぬところで再会。それがゲームセンターだった。

 妻の影響でUFOキャッチャーをする機会が増加。ほとんどのプライズが可愛い系ばかりの中、敢然と置かれていたのがザクだった。見つけたのは陸戦用ザクとザクタンクのコンパーチブル。正直、設定とは無関係なトランスフォームだが、出来はプライズ品の範疇を越えていた。当然、主人公メカ、ガンダムも同じようなフィギュアが多いのだが、思わず食指が伸びるのはザクに限られる。

 ガンダムも優れたデザインと思うのだが、SFドラマの主人公としては評価を下げざる得ない。圧倒する機動力が無ければ、目立つ白ボディーに兵器としてのバランスは劣る。その点ザクは、モノアイカメラに代表されるように、徹底して簡略化された兵器。その割にドイツ兵器にインスパイアされたラインが素晴らしい。しかも地味なカラーリング、量産される兵器という発想が、これまでのSFアニメには無かった。MSVバリエーションのような、砂漠仕様、水中用等多種多彩な展開もザクならではだろう。

 のちにザクをベースに敵味方無関係にバリエーションが展開。一方、ガンダムは安売りされるが如く、今も新シリーズが作られ続けている。さすがにザクが主人公となる物語は作られる事が無いだろうが、ザクという存在が様々な物語をインスパイアさせてくれる。ザクはアニメ界、永遠のグッドデザインなのだ。そしてその動機の一つがプラモデル。3億個を遥かに超えるバンダイの売り上げにも驚くが、20数年での進化はそれ以上に凄いらしい。

 かつて1/144、1/100、1/60とスケールで分けられていたが、今ではグレードが相当。HG、MG、PGとスケールが上がると共に、作り込み、パーツ量が違うという。かつて800円だったものが、今は3,000円オーバー。当然、物量そのものも確かに違う。手始めに1/100、MGのザクあたりを買うつもりだが、仕上げにこだわれば、キット価格以上、それ相当の投資も必要だろう。今は頭の中、どのように作ろうか夢想するのが、密やかな楽しみなのです。

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2007/11/17

「ボーン・アルティメイタム」を観る

 今日は朝から盟友N氏と、マット・デイモン主演シリーズ最終章「ボーン・アルティメイタム」を観てきた。待望にして「究極点」「最終結論」をうたうとあって、その出来は素晴らしい。ちょうど日本公開に合わせ、前二作をテレビで放送してくれた点も嬉しかった。アクションが売り物の本シリーズだが、様々な伏線を味わうために予習しておいたほうがいい。実際、二作目「ボーン・スプレマシー」のラストとリンクする瞬間、これはアメリカ映画なんだと感じるだろう。トレッドストーンからブラックブライアーへ。前作で消えた点と線はヴァージョンアップして復活。世界を追いかけてきたシリーズは、母国で終演を迎える。

 冒頭からアドレナリン全開のアクションの雨あられ。音楽ジョン・パウエルのいい仕事、小気味良いお馴染みボーンのテーマが緊張感を増幅させる。前作、ポール・グリーングラスにバトンタッチ後、より手ぶれ映像を強く感じた(観客側として少々、アクションが捉え難いかなと)ものだが、今となっては痛みが伝わる瞬殺に手振れ映像こそ、この作品の持ち味の一つと考える事ができる。また007等のガジェット系スパイと異なり、リアリティを高める演出も楽しめる。またシリーズ、作を重ねるたびに完成度が高まっているようにも思う。

 三作目となれば、我々観客のボーンに対する感情移入はピークに達する。始めはミスマッチに感じたマット・デイモンも、彼無くしてシリーズの成功は無かった。ただ数々の犠牲、そして自分探しの旅を終えた時、もはや続編の必要性はないと感じるだろう。ジョアン・アレンにスコット・グレン、そしてエンディングに微笑むジュリア・スタイルスが印象的。黒幕の一人、アルバート・フィニーも不気味にいい味。派手さのないキャスティングではあるが、ベテランを配した磐石さだ。

 映画を観終えて思ったのは、これは映画館で観るべき作品だという事。三作通じてその印象が強い。駅の群集も、モロッコの追いかけっこ、エンディング近く怒涛のカーチェイスと大画面ならではのシーンが続く。緻密に計算されたアクションシーンが見どころなのは、言うまでも無い。もちろんそれをサポートする音響がいい映画館を選びたい。ただ小画面、テレビでは平凡に終わってしまうだろう。事実、前作のテレビ放送は物足りなさで満ちていた。今年最高のアクションは是非、予習をして映画館で観て欲しい。

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2007/10/27

NOVAでクタバル

 ついにX-dayが訪れた。猿社長が緊急役員会を開こうとした日の未明、その主(あるじ)不在の欠席裁判が行われた。社長解任のクーデター、会社更生法の申請と英会話学校NOVAは起死回生、最後の一手に出た...と普通、外野ならニュースを右手に受け流すところだが、今回は被害者。ボク自身、公称40万人と言われている受講生の一人なのである。実は社長が26日に役員会を開くとした時点、何かが起こると思っていた。その経緯は以前この場で述べた通りだ。

 NOVAの誇大広告ぶりは入学してみると良く解った。好きな時間のレッスン予約は取り難かった。そもそも講師の数が決まっているのに、受講生の希望通りに全てレッスンを組みようが無い。もちろんそれら全てを受け入れれば、労働基準監督署の監査の対象となろう。ただ実際それ以外にも抵触する点が多くあったのも事実。ゆえに講師、受講生両者に不満が山積していくのは必然。講師は教師ではなく、自らをInstractorと称していたのを思い出す。

 ただそれでも通い続けたのは、単にポイント行使だけが目的ではなかった。もちろん今の事態は今年六月経済産業省の処分によって決定付けられた。ただそれよりも、受講期間はしっかりレッスンを受けようという気持が強くなっていたからだ。それは通っていた場所(ブランチっていうんだな、この事件で初めて知った)の講師の真摯な姿勢も感じたし、レッスンが楽しかったゆえ。業務悪化以後、X-dayを感じつつ、通い続けた受講生の大半は同じ気持だったろう。ただ講師やスタッフたち最前線の努力は報われず、現在に至っている。

 願わくば休校前の受講体制復活を希望したいが、現実は厳しい。しかも40万円近いローンが残っている。法令下の支払停止、抗弁権の行使も可能だし、冷静にNOVA一ヵ月後の破産も想定した行動が必要。いまだ雲隠れしている猿前社長、40万人の受講者を見殺し、NOVAを徹底指導ができなかった経産省の罪も大きい。甘利経産大臣の他人事な会見を不快に感じながら、NOVAよりもボクのほうがくたばりそうだ。

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2007/10/06

「大奥」と「マリー・アントワネット」を観る

 久しぶりにDVDレンタルした。DVDはコレクションするものが信条だったが、結婚した今は緊縮財政のため、ほとんど買っていない(唯一買ったのがBru-Rayの「007カジノロワイヤル」)。またWOWOWのHD放送を観られる点も大きい。映画は再び、録るコレクションに移行しつつある。観たい作品が妻がセレクト、「大奥」「マリー・アントワネット」を借りる事になった。両作共、7泊8日のシールが貼ってあったが、「マリー・アントワネット」は新作シールを見逃し、少々高いレンタル代である。

 「大奥」は大奥史上最大のスキャンダルとされる、絵島生島事件を描いたもの。ドラマを立ち上げたフジとしてはテーマだけは『最も面白い題材を映画にしました』と言いたげな映画化。妻曰くテレビシリーズのキャストをローテーション、そこへ外様の仲間由紀恵、井川遥をキャスティングしている。もちろんドラマで人気だった大奥スリーアミーゴスを配している。しかし映画らしいスケールを求めるとバカをみる。映画ではあるが、これは明らかにテレビ映画だった。

 まずこの作品、大画面で観たいとは思わせてくれない。どこをとっても太秦映画村。ただこれは今作る時代劇ゆえ、やむを得ないところはある。しかし物語のスケール、キャストの演技はテレビ映画止まり。映画らしいスケール感を終始感じる事ができなかった。そもそも劇場で観る時代劇に愛憎人事ドロドロ劇は似合わない。正直、テレビで充分、いや地上波で放送された時にでも...というのがいいところの作品だった。

 一方「マリー・アントワネット」は同じ時代劇、愛憎人事ドロドロ劇ながら、ちょっと趣向が違う。オーストリアから政略結婚としてフランス、ルイ16世の下に嫁ぎ、のちに王位を継承した夫とは別に自由に生きた彼女の人生、そして末路を描いている。スケール感は圧倒的にこちらのほうが上。実際の宮殿でのロケ、煌びやかな衣装とテレビでは表現しきれないディテールを感じる。下手な演出よりもそうした画から溢れる、物語の背景は素晴らしい。

 しかし如何せん観客に要求する主人公への感情移入が足らない。王位継承者を生む事が義務付けられる苦悩、しかしそこから解き放たれた姿は、知られているマリー・アントワネットそのもの。中身も見聞した歴史以上ではなくそこまで。むしろ呆気ない。またフランスを描く英語劇というのもいただけない。英語ゆえか、ドロドロ感も後退した気がする。しかも何故、監督が今この題材を選んだのか、最後までその意図が見えなかった。作品が二時間で終わったのが救い。

 「大奥」と「マリー・アントワネット」、どちらが映画らしいかと言われれば後者。ただ最終的には約二時間という制約の中で観る者の面白い、興味深い作品になり得るものこそが映画の醍醐味といえる。その点でこの二つの作品はボクにとって物足らなかった。映画館で観ても感想は変わらないだろう。

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2007/09/30

今日は一日、リターンズ。

 身近な富士での開催とあって久しぶりにF1中継を観た。まさにF1が富士の裾野にリターンズ。だが前日からの雨も本戦で止む事は無かった。国際映像に絶好の富士山も雨に濡れ、霧に包まれる。それゆえクラッシュとリタイアが多かったのは残念。30年前の富士も雨だったというが、三開催中二開催が雨となると「雨の富士」という代名詞も付きそう。そんな中、セーフティーカー(ベンツじゃん。妻の報告は誤報)が終始先導するレースに物足りなさを感じつつも、終盤に至る二着以下のバトルは見応えがあった。そんなバトルがドライバー達のフラストレーションを映すようでもあった気がする。

 そんな何度もセーフティーカーが入る展開ゆえ、F1中継は放送時間が約20分延長された。その煽りを受けたのは競馬GIスプリンターステークス。フジテレビ「スーパー競馬」は当初の予定から短縮版ながら、放送延長でさらに短くなってしまった。放送開始5分後、本馬場入場無くいきなりゲートイン。電撃の6ハロンは不良馬場の中、1分9秒4で決着した。勝ったのは3才牝馬アストンマーチャン。乗り替わった中舘英二は久々のGI勝利にリターンズ。ローカルではおなじみ、彼らしい逃げとスピードが身上のマーチャンが見事ハマり、一番人気サンアディユ以下、後続馬の追撃を見事封じた。牡馬牝馬混合GIで牝馬が1、2着というのも珍しい。

 F1、競馬共に地上デジタル放送で視聴した。デジタルハイビジョン時代ながら、雨にかげったF1マシンとサラブレッドを映す映像はやや解像度が乏しかった。ハイビジョンも天気には勝てない。しかし音声は隔世の感があった。ナローなステレオからデジタルへ。F1サウンドも競馬場の歓声も部屋に轟いた一日。それだけでなく、実は懸案だった不調のアンプが、オーバーホールを経て本調子を取り戻したからだ。左チャンネルとマスターボリュームの不調で修理を依頼したところ、メーカーのサービスはクリーニングで充分と全て無料で対応してくれた。スポーツ観戦後、そのアンプと凱旋門を通して、WOWOWで録ったばかりの「スーパーマン・リターンズ」を再生すると、その地響きとサラウンドに唖然。18年選手のアンプKA-5010も見事リターンズした。ケンウッドさん、あなた方の仕事と心意気に感動。本当にありがとう!

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2007/09/29

この顔にピンと来たら...

 今更ながら告白するが、某英会話学校に通っている。ご存知、駅前留学、いや今では瀕死の状態のあの学校だ。あの報道以後、何があっても半分諦めモード。今は解約より英語を毎週話す機会を作る事のほうが重要と考えている。ただ既に今週新聞等でも報道された通り、全国のうち200校が閉鎖されるという。今のところ、ボクが通っているところはどうなるか判らないが、嫌な予感はしまくっている。しかし現実はそれ以上の悲劇が待っているのかもしれない。

 ここのウリの一つがお茶の間留学。学校まで通わずともの自宅でレッスン、または講師が病欠した時の対策として使われるもの。レッスンはネット経由で大阪本部の教師と結ばれている。だが実態は各学校の講師不足を補う手段の一つでしかない。そんな"お茶の間"をしたある日、画面の向こうからこんな言葉が飛んできた。
『NOVA Crisis』
講師自身が自らの言葉として使ったのは初めてだった。これまでいろいろあったが、口に出した講師やスタッフは居なかった。そして満身創痍のひと言「来月になったらどうなるかわからない」(もちろん英語で言っている)と言い出す始末。お茶の間の本部は大阪。しかも階上の社長サハシ(サルハシではない)は行方不明、トンズラしたというのだ。最後の砦、教師で作られた組合もいい子ちゃんばかりの犬ゆえ、役に立たないという。直近の給与は払われたが、来月はわからない。画面からは各地方学校には無い緊張感が漂う。全面撤退のD-DAYは近い。

 今すぐサルハシを更迭したいが、今何処の存在。今こそ民間ローラー作戦、猿橋包囲網。隠れていてもネット時代の力を侮るなかれ。この顔にピンと来たら110番。いやいやマスコミに吊るし上げてもらおう。そもそも事が起きたとしても100%返金は望んでいない。それよりもコイツを晒し首、社会的制裁を与える事が重要だ。しっかりと報いは受けてもらう。"お茶の間"の講師いわく独身、Bachelorな男。トンズラ直前、社員にPoetic Messageを残す胡散臭いヤツ。全国約40万人いる生徒の前、土下座程度じゃ済ますまい。

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2007/09/26

妻、FISCOでスパイになる

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 仕事が帰ると、妻がおもむろにケータイの画面を見せてきた。そこに写っていたのは富士スピードウェイ。富士霊園の帰り、F1が開催される直前の富士スピードウェイをスパイ、いや写真に撮ってきたのだった。

 妻曰くFISCO(富士スピードウェイ)内は当然のように入場禁止。その入口で待っていると、警備員を顔パスで通り抜けていくスープラらしき車があったそうな。見た目はワンメイク仕様、どうやらF1のセーフティーカーらしい。妻は「F1の放送で見れば、判断がつくよ」と興奮気味。しかし如何せん、遠めに撮影したセーフティーカーはまるでマガジンXの如く、何が写っているか判り難い...無念。

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 しかしもう一枚は完璧。場内オフィシャルスタッフ向けの案内板である。上からチームスタッフ、???Club(スタッフ向けカフェ?)、国際メディア(プレスルーム)、サポートイベント、チームデリバリーエリアの順。その上に輝くはF1のロゴ。「Fと1の間、黒字で1がトリックアートのように浮かび上がる」とは妻の弁。確かにそう見える。このロゴは所かしこに見られたという。

 ちなみにFISCOの入口周辺にはカメラ片手の人が少なくなかったという。先乗りしたファンたちだろう。ただ今日の時点では大きな動きは無かったようだ。FISCO周辺に規制が掛かる金曜からが本番。ただそんな中、貴重なスクープ写真(?)を撮った妻はスパイの素質があるのかも...ね。

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2007/09/17

Mr.小泉のスーパー・イリュージョン

 安倍総理辞任、突然の総裁選に揺れる自民党。福田氏優勢に大勢は決まったようなものだが、『一寸先は闇』の政治の世界、この後何が起こってもおかしくない。とはいえ、福田氏大勝となれば派閥政治の集大成、乗員(ポスト)を上回り、バランスを崩したままの出航。クールでポーカーフェイスの福田氏の舵取りは、彼の真価を問われる事になる。ただ既に現内閣の継続を明言したのは正解だし、一旦足場を整え直す時間は必要だろう。そんな醸し出すしたたかさは福田氏の持ち味、福田マジックである。

 一方、麻生氏にとって、まず少数派取り込みや党内票崩しよりも先に、世論に訴える戦術に打って出た。渋谷を離れ最初の演説場所に秋葉原が選ばれたのも、最も彼の支持が厚い地盤であるがゆえである。大手新聞の世論調査の30パーセント弱の支持は、何気に年齢30代未満の層に一致してくるから不思議。ヤングの麻生、アダルトの福田、まさに世代の代理戦争的様相である。果たしてアキバ発の麻生マジックは奇跡を起こすか。

 そこでクローズアップされたのが、小泉チルドレンの動向だ。公示前、一部有志が小泉前総理を担ごうと奔走。しかし親分は立たなかった。しかも小泉氏は福田氏支持を打ち出し、混乱を色濃くする事になった。これら行動がいずれ来る衆院解散を睨んだもの、保身と言われても仕方あるまい。見た目はアダルトながら、キャリアはヤングな小泉チルドレンは果たして福田、麻生のどちらを選ぶか。長年慣習化された派閥の論理は、そう簡単には壊れない。いや壊れたと国民に見せた小泉マジックの巧みさゆえだろう。

 一部評論家は『小泉立たず』の根拠に、タイミングと新党設立が挙げている。しかしその可能性は微妙。小泉氏は一匹狼的な立場ながら、実際は最大派閥、町村派の一人でもある。それが在任中、当時森派だった事が功を奏していたのは事実。強行した郵政民営化の混乱も、湿気たチーズと森元総理の愚痴でかき消された。例え小泉氏が新党を立ち上げたとしても、最大政党となれる根拠が無い。それを判っているから再び表舞台には出ない。仕掛けるふりをして、目立ちたいだけなのだ。それもまた小泉マジックなのである。

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スーパーイリュージョンといえば「ハイキングウォーキング」

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2007/09/16

爆笑レッドカーペット

 不定期放送だが、フジテレビの「爆笑レッドカーペット」が気に入っている。笑いはココロのカンフル剤、そんな持論のボクがオススメ。そもそもこの番組は、今年の一月「発掘!あるある大辞典II」の穴埋め番組として、急遽制作されたものだ。裏番組にTBS「華麗なる一族」が在りながら善戦、後番組「メントレG」のゴールデン進出決定と共にその役目を終えた。その後、視聴率が良かったのか、スペシャル番組として復活。先週の火曜はその第四弾が放送された。

 第一回放送は若手お笑いのごった煮状態ながら、ギャルネタ柳原可奈子のブレイクやムーディ勝山の初東上と、非常に充実した内容だった。「トリビアの泉」以来の高橋克実の司会も見逃せなかったが、何よりも今田耕司の仕切りが素晴らしい。一組、2分から3分程度のネタが次々と繰り出される中、それら繰り出すネタのフォローと背景を鋭く切り込み、そのコメントで笑いを倍増させてくれる。今田のツッコミはこの番組の潤滑剤、もちろん今のバラエティー界で希有の存在だと思う。

 さて第四弾で最も存在が光ったのが、アントキの猪木だ。その名の通り、アントニオ猪木のモノマネ芸人である。春一番、石橋貴明(とんねるず)、アントニオ小猪木等、これまでも猪木を真似る芸人は少なくない。しかし彼らと一線を画するのは、生き写しのような激似度だろう。今回の放送で触れられていたが、息遣いと語意を強めるアクセントまで似ている。今田いわく「ボクが中学生だったら夢中になってしまいますよ」。本当に納得である。

 間のダレた「エンタの神様」のような番組より、テンポが身上の「爆笑レッドカーペット」のような番組のほうが好きだ。その点で若手芸人と今田耕司の組み合わせは必然。また毎週レギュラー化するのではなく、期間を置いて放送も好感。ネタが命の若手芸人が、毎週の放送のために消費されていくのは忍びない。レッドカーペット賞、チューブで鼻を連結させたハイキングウォーキングとくまだやすしが、あのネタを毎週できるとは思えないしね(^^ゞ。

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2007/09/12

総理と呼ばないで

 年金問題に参院選惨敗、あれだけ政権維持を固持してきた安倍総理が突然の辞任。アイドル小泉前総理の勇退後、それまでの政権形骸化を露呈。カリスマ無き総理に矢継ぎ早、紛糾する問題の数々。主導権を失った死に体も、退かない意志で起死回生を狙ったが、期限迫るテロ特措法の延長で更なる頓挫。お手上げのワンサイドゲームの中、舛添厚労相の活躍に一筋の光明が見えたが、総理の打点とはならなかった。

 総理退陣なら、次の政権が頑張ればいい。ただ今、最も危険に思えるのが、与党自民党の形骸化である。まず引き継ぐ資格ある者がいるとは思えない。仮にいたとしても、誰が総理になっても政権維持は難しい。仮に大方の予想通り、麻生総理誕生となっても、衆院解散後に再び同じ座につける公算は少ない。選挙で実績無き小泉チルドレンは疲弊し、自民党は結党以来、大きな岐路に立たされる事になる。

 そこで聞こえてくる小泉擁立は、意外に自民党内部が求める最も大きな声かもしれない。もちろんチルドレンたちも心強い。やはり選挙を勝つ人気は捨て難いからだ。果たして火中の栗を拾うだろうか。もし拾うのであれば、ボクにとって小泉前総理に対する見識が大きく変わる出来事。そして政権奪取を狙う民主党小沢代表が最も恐れるシナリオは、実はこの流れではないか。

 本音を言えば、辞める安倍総理本人が今こそ「しょうがない」と言いたかっただろう。しかも心のほっぺには絆創膏を貼りたい程。そして週末には、自らの脱税スキャンダルが報じられるという。今となっては、総理自身が内閣の集大成を自ら演じている感もある。とはいえ、故松岡元農相の末路だけは真似ないで欲しい。劇的だった小泉劇場の後、安倍劇場の終幕が死で終わらない事を祈る。

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2007/09/09

いざ凱旋門

 リビングの模様替えがひと段落したところで、実家から自作スピーカーを持ち込んだ。スピーカーといっても、テレビ台を兼用。その名を凱旋門と申します。このスピーカーは我が心の師、長岡鉄男さん設計の傑作。長岡さんの特徴的なスピーカー作り、これはマトリクススピーカーと申しまして、前の三つのスピーカーユニットだけでサラウンドさせようとする代物。今ある市販サラウンドスピーカーの元祖みたいなもの。しかしテレビとDVDレコーダーの間にはアンプとこの凱旋門しかありませぬ。今流行のデジタルサラウンドでないのも大きな特徴。スピーカー結線だけでサラウンドさせるのです。

 スピーカー工作は10年以上ぶり。元々はMX-127AVという型番ですが、ペットネームが付くのが長岡流。設計は当時の雑誌「AV FRONT」1992年3月号まで遡ります。板材はネットでカットしてくれるところを探し、この店でシナベニア板を選んでいます。カット板にはちゃんと番号がふられ、この凱旋門の組み立ては二日で終わりました。ブランクはあっても、釘を打つのは楽しいものです。木目の映えるシナベニア板のため、オイルステインとニスで仕上げました。

 視聴に使ったのはお約束のDVD「007トゥモロー・ネバー・ダイ」。音出すとまだクセがありますが、エージングで解消するしょう。むしろ評価したいのは音の奥行き。前方の展開はスピーカーの見立てを越えています。もちろん音のレンジも広い。ただアンプは18年選手のケンウッドKA-5010で青色吐息な状態。本当は完調なアンプが欲しい。ただボリュームはマンション住まいという環境下、小音量での再生ならまずまず。暗騒音が上がればサラウンド、リアへの音周りも改善されるだろう。

 なお音声はDVDレコーダー、PS3共にHDMIにて映像信号込みでテレビKDL-V2500経由、アナログ出力でアンプへ結線。テレビのデコーダーの性能も気になる。ただPS3の場合、HDMIとマルチAV端子の同時出力ができなかったり、レコーダーとの使い勝手の両立を考えると、今の形が良さそう。レコーダーとPS3抜き、テレビ単独でもサラウンドできるからだ。スポーツ中継のためにレコーダーを立ち上げる必要もあるまい。もちろん現状でも、テレビの音とは一線を画しています。そして何より自分の音で楽しめるのが嬉しいのです。

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2007/09/08

造顔マッサージを始めてみる

 先週、日テレの「世界で一番受けたい授業」を観ていたら、田中宥久子なる女性が登場した。61才とは思えぬ肌ツヤ、シワの無さ。これまでの痩身の概念を覆すという話だったが、ボクには話半分。しかし妻から「本を探してみて」とリクエストが入り、すかさずAmazonをチェックした。この人の著作は大きく二つ、全身篇と顔篇である。妻との結論は、とりあえず顔からやってみようという事になった。顔がダメなら、全身も...という結論だ。

 発注したのは「田中宥久子の造顔マッサージー10年前の顔になるー」。DVD付きはカスタマーレビューを見た結論からのセレクト。間もなくAmazonから届いた頃には、妻は準備よくスキンクリームを用意していた。そう、このマッサージにはクリームが必要なのだ。油分が少ないほど良いという。それ以外には何も必要ない。夫婦共に顔中クリームまみれになっていた。何しろ話し半分だったが、とりあえずDVDを再生してみる。

 このマッサージの骨子は、顔の筋肉に沿った11ステップの実施。そして「必ずリンパに流す」動作が入る。老廃物を押し流す、これがこのマッサージのキモだ。造顔愛好者なら「リンパに流す」のひと言で、思わずニヤリするだろう。またこれら11ステップのマッサージも、筋肉の流れ、動きに沿った裏付けあるもの。全身の皮膚は一枚で構成されている、その考えに基づいている。すなわち伸びた皮膚を元の位置中に戻すのだ。中には小学校時代やっていた目の体操に近い動きもあった。DVDの真似をしながら約10数分し、マッサージを終えた。

 クリームを落として鏡を見た妻は、自らの顔の変化に気づいたよう。実際、アゴがすっきりしたようだ。ボクの場合も頬周りに変化があった感じ。この造顔マッサージの痛気持ち良さも売りの一つである。僅かな痛みは脂肪のせいでもあるらしい。さすがに我が顔が小顔になるまいが、少しでもすっきりするのは悪くない。一日一回、継続は力なり。数ヵ月後、街で会っても気づかれない...なんて事はないのかぁ(^^ゞ

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2007/09/07

台風とF1戒厳令

 昨日からの台風9号のダメージは大きく、今朝の出勤時間帯を直撃した。高速が止まれば、下の道路が渋滞。車を避けるべく電車を選べば、運休の憂き目に会う。地道に駅で電車復旧を待っていると、路線バスを待つ学生の行列があった。運よく電車に乗れたとしても、交通マヒの連鎖は我々を巻き込んでいく。行列はバスがやってくるまでしばらく続いていた。

 9月に入り、本格的な台風シーズンとなった。東京だけでなくその道筋次第では、静岡県のような田舎もその影響を受ける。まして今回の台風はお隣、小田原をジャストミート。しかも時速20キロのノロノロ速度で大きな傷跡を残した。午前5時半に目が覚め、早めの出勤、遅刻対策をうつも、午前8時半現在なす術がない。車、電車共々、あらゆる手を尽くしたが完全なマヒ状態の最中にいた。

 そして今月は富士スピードウェイでF1グランプリが開催される。約30年ぶりの開催に揺れる地元、近隣市町の企業は開催日は時差出勤や休日に切り替える等、対策を講じている。かくいう我が会社もその影響下であるが、8月末になって初めて対策が公表されるという遅さ。しかも日勤者は通常通りの出勤である(影響のピークは土日だからいいけども)。だが正直、F1とは我々に未曾有の事態ゆえ、終わってみなければわからない事が多い。

 今回の台風でパニックに陥るこの周辺の住民が、最大14万人がやって来るF1を受け入れる事ができるのだろうか。28日から3日間、大量のシャトルバスが増発。一方、富士スピードウェイの近くに住む同僚は、土日許可書がないと車で外出できないと嘆いている。予選走行の金曜はその沿線、御殿場線で出勤を目論んでいるが、果たしてどうなるだろうか。そして9月7日午前9時現在、御殿場線全線、復旧の見込みが立っていない...

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追伸.
その後、車での移動に切り替えたが、午前のうち沼津市内を抜ける事ができず、出勤を断念。間もなく有給休暇に切り替える事になった。

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2007/09/05

「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」を観る

 昨夜は会社帰り、12年ぶりのエヴァ、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」を観てきた。近場での上映はなく、富士のシネプレーゴまで久々の遠征。とはいえ、電車で20分ほどの距離ではある。劇場はボクのようなサラリーマンから、席の後ろではエヴァフリークの彼女を持つカップルまで様々。土曜のラジオ、アバンティのように聞き耳を立ててみると、キャラ解説をする彼女と明らかにビギナー、連れ込まれた彼氏の会話。果たして二人の映画デートは吉と出ますか?いやいやそれより、今回の新劇場版の出来が気になります。

 さてそのストーリーは第壱話から第六話に沿って進んでいる。ただ旧エヴァにあったような謎探しは影を潜め、ヤシマ作戦をクライマックスとした作品構成。あくまで序と位置づけ、ボクのようなエヴァ経験者には観易い作りである。旧エヴァはアダム、人類補完計画で物語を終始引っ張ってきたが、そもそも新劇場版でその必要はあるまい。今シリーズ製作、庵野総監督の主旨は別のところにあるのだから。この序、もしテーマがあるとすれば、何のために戦うか、ヒトゆえの戦わざる得ない運命なのだろう。それは旧シリーズを踏襲したテーマでもある。

 新劇場版、そのほとんどの作画、構図に手が加えられ、CGによる使徒、第三新東京市の防御システム等が大きな見どころとなっている。新劇場版で最もパワーアップしたのは、実は第三新東京市なのかもしれない。使徒もラミエルのように大胆な演出、変貌が加えられていた。もちろんエヴァ自身も描写がパワーアップ。射出されるエヴァ初号機、シンジのシミュレーションシーン等数多い。もちろん、一定の作画レベルで展開されるアドバンテージは大きい。お得意のタイアップも、劇場版ならではであった。

 庵野総監督の意図、リビルドの意義は強く感じる。そして今回の新劇場版:序を観ながら、昔セガサターンで出ていたエヴァのアドベンチャーゲームを思い出した。そう、これから展開される新劇場版は、新たな物語の分岐の一つであり、そのお膳立てとして、この序はストーリーラインを新たな映像で固めたのだ。前述の通り、謎は程ほど、あくまで物語の真意を伝えたいのは解る。もちろん庵野総監督らしいサービスはエンドロール後にも集約されており、これまでのファンなら、きっと新たな物語の分岐を観たくなるはず。

 ただこの劇場版、難点は少なくない。初心者向きに感じないのだ。確かに説明はあるが、カットと展開が速くて、ついて行くのがやっとに感じる。おそらく劇場では脱落者もいるだろう。またそれを助長するのが、セリフの聞き取り難さ。劇場による要因もあるだろうが、赤木リツコ女史のセリフは特に聞き取り難かった。パッケージソフト化の際は一考願いたい。また冒頭から、SF作品特有の敷居の高さもある。しかしこればかりは仕方がないところ。今は次作「破」の新展開に期待を持ちつつ、近場で公開される事を祈っております。

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2007/09/02

DVDで「ラブバッグ」を観る

 今日は久々にビデオ、DVD鑑賞。家のシステムで「ラブバッグ」を観た。「ラブバッグ」は1969年公開のディズニー映画。実は一年以上も前にこのDVDは初回限定ボックスで購入済(今ではプレミアがついて、2万円オーバー!)だったが、今の家の新システム立ち上げまで待っていた次第。だからといって実家のような大音量、大画面ではなく、マンション住まいのための、液晶テレビを中心にした小システムである。このシステムについては後日書きたい。

 ディズニー映画というと、最近はブエナビスタで「パイレーツ・オブ・カリビアン」のような派手な作品が目立つが、昔は当然ながらファミリー向けが多かった。この作品はそのラインの王道を行くファンタジー。しかも主役はワーゲンである。ビートルが自ら意思を持ち、騒動を繰り広げていくというもの。合成バリバリのシーンが多いが、当時としては当たり前。むしろビートルことハービーが愛くるしく、時に人間顔負けの表情、行動をみせる。そんな可愛さもあって、この作品はのちにシリーズ化された。

 正直、この作品は今のノリでみるとタルいが、日本語吹替版で観ると心地いい。この作品を初めて観たのはテレビだったし、その頃がよみがえってきた。そしてその所以は富山敬と青野武の掛け合いである。彼らというと「宇宙戦艦ヤマト」だろうが、声優のベテランらしく、昔から洋画も吹き替えも多かった。この作品では正統派の富山、コメディーの青野がいい味を出している(敵役のレビル池田勝も可笑しい)。また今の声優さんと違い、間の演技が素晴らしく聞き惚れてしまう。この作品のように、昔は日本語吹替が本編を補う事も少なくなかった気がする。

 同じ車が主役というと、数年前リメイクされた「ミニミニ大作戦」が有名だが、この作品もリメイク(リンジー・ローハン主演)されている。その際は現行ビートルでなく、あえて旧作と同じ型式のビートルを主役にしていたが、魅力は色褪せずと言いたかったのだろう。その作品は未見だがともかく、かぶと虫ビートルは断然旧型がいい。この「ラブバッグ」にはそんな魅力が満載されている。観終わってみると、気持ちは童心に返り、53の車番にツートンラインのビートルが欲しくなるんだよなぁ。

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2007/08/26

千本浜と割れ窓理論

 昨夜は妻に連れられ、サンセットページェントという花火大会へ行ってきた。沼津では7月最終週の土日に行われる夏祭り、8月(今年は最終土曜)に行われるサンセットページェントがある。以前は狩野川中心の夏祭りだけだったが、海上花火を目玉にしたサンセットページェントが加わった。両者は打ち上げ場所に加え、打ち上げる時間が違う。夏祭りは二日間掛けるも、間が長く、上がる花火の数も少ない。確かに出店の派手さは夏祭りが上。だが花火がしょぼくて、二日掛ける意味を感じない。

 一方、サンセットページェントはわずか45分の間、ほとんど間がない状態で花火を上げている。時間は短いが、与える印象は前述の夏祭りと大きく違う。また海上から打ち上げる事から、打ち上げ高さの低い花火もあり、見た目の派手さも高い。それゆえ打ち上げ場所の千本浜だけでなく、目の届く他の海岸にも多くの人々が集まり、花火を楽しむ。普段人の来ない海岸の人口密度は、この時とばかりに一気に上がる。ただ寿司詰めになる程でないから、気楽に花火を楽しんだ。

 しかし花火を観た千本浜沿岸(原海岸)がとにかく汚い。多くが漂流物なのだが、その場に捨てられたゴミもバカにできない量。親ならこんな海岸で遊ばせたくないと思わせる場所。沼津の海岸の多くは遊泳禁止となっているが、それに乗じて市政からも沿岸一帯は放置状態である。観光が衰退する中、沼津駅前開発に躍起になっているが、それでは市外、あるいは県外の人々を動因する要素にはならない。千本浜越しの富士山も、その足下から汚れている。この風景こそ沼津最大の売り物となり得るのに。これが沼津の『もったいない』。

 割れ窓理論というのがある。ニューヨーク市長だったジュリアーニ氏が、その在任中に取り入れ、ニューヨークの犯罪、景観悪化を減少させた実績を持つ。「割れ窓を放置すれば、周辺の家の窓が割れても平気。したがって呼び水の如く割れ窓広がっていく」というもの。今の千本浜はそんな感じ。誰も生じたゴミを持ち帰ろうともしない。割れ窓理論を実行したジュリアーニ氏の行動を借りれば、「捨てられたら、拾う手段を講じる」。その上で条例で喚起を促す、やはり市政の介入が必要。もはや、とても個人レベルで対応できる量でない。ちなみに先日、沼津市議会議員の改選があったが、浜の景観改善を挙げる候補者は一人も居なかった。千本浜に明日はない...ようだ。

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2007/08/23

笑いの一生

 今年は年初からムーディー勝山、柳原可奈子、にしおかすみこ等、笑いのニューウェーブが続いている。クセになるムーディーソング、超うなずかせるコギャルライフ、下積みからのし上がって生んだ女王様とそれぞれに濃いキャラクター。それに加え、今夏ブレイクしたのが、オッパッピーことオーシャン・パシフィック・ピース、小島よしおの『そんなの関係ねぇー』。あまりの衝撃に、初めて見た時には度肝を抜かれた。それぞれに瞬間風速の高い笑いである。

 そして今のお笑い芸人の寿命は短い。ネット時代となってネタの浸透速度が早まった分、飽きられるのも早くなった。まるでセミの一生のよう。面白さ、衝撃度の高い分、瞬間風速の高さは顕著となる。2004年、流行語大賞に『間違いない』でノミネートされた長井秀和は、「大賞になると、芸能人として終わり」と言っていたが、浸透度の高い笑いは廃れやすい恐さを表現していた。だがそんな彼自身、今年のレギュラーが「エンタの神様」のみで、実はノミネートされる事自体が危険、馬鹿にできない証拠だろう。

 ただ渦中の人気芸人でさえ、先の見えない恐さを吐露している。にしおかすみこは『明石家さんちゃんねる』に出演の際、占い師に第一声、「いつまで(人気は)続きますか」と聞いていた。もちろん一発屋に終わらないためにも本人の努力は大事。だがテレビ局も所属プロダクションも、ここぞとばかりに彼らを起用する。そして忙しさの果て、繰り出されるネタは多様性を失い、終焉に向かっていく。テレビ局からすれば、彼らは消耗品。ここ数年で何人のお笑い芸人が消えていった事か。

 前述の長井秀和は、自らの可能性を求めてニューヨーク留学するという。「世界を視野に」との事だが、日本のテレビから消える恐さは少なからずあるはず。やはり芸人はテレビに出てナンボなのだから。そう思うとたけし、さんま、タモリのBIG3に紳介、ダウンタウンらの存在は際立つ。彼らこそお笑い持久戦の古豪。ある番組で品川祐(品川庄司)がさんまに「早く引退して下さい」と毒つくのも、まんざら冗談ではあるまい。飽きられない技術(あるいは立場)は若手芸人たちの脅威。ベテランのゴキブリ並みの生命力に、お笑い世代交代はまだまだ進みそうにない。

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2007/08/22

パラマウント、反旗を翻す

 次世代DVDの規格抗争。当初からHD-DVD支持を表明していた米大手のパラマウントが、昨日突然Blu-Rayタイトルの出荷停止を発表。既発売のタイトルは店頭在庫のみ、今後予定されていたタイトルは全て発売中止。つい最近、発売がアナウンスされた「トップガン」と「ザ・シューター」もHD-DVDのみ発売に切り替わった。パラマウントにはスピルバーグ作品も少なくないが、同監督の作品だけは今回の件から除外対象という。

 同社では直近、Blu-Rayタイトルが発表になる等、製造販売の最前線ではHD-DVDとの併売が前提だったように思う。規格決着判断に時期尚早なのは、ユーザーだけでなく、メーカーも同じ。むしろBlu-Ray一本という戦略がほとんどで、併売はパラマウントとワーナー位であった。やはり今回の電撃発表には、パラマウント上層部の政治判断が働いたと取るのが正しい。最も驚いたのは、パラマウントの営業ではないだろうか。

 併売する事のリスクに設備投資。同じ光ディスクとはいえ、異仕様による工程ロス、コストアップ要素は生まれる。ただ既に併売してきたパラマウントのリスクは、今更大きいものではないはず。また今回の出来事が、同じHD-DVD派マイクロソフトとの蜜月関係に起因するとの声を聞かれる。ただせいぜいOSレベルでのMSと、ユーザーを敵に回すかもしれないソフトベンダーでは、明らかに規格決定でのリスクが違う。だからこそBlu-Ray陣営は早々に同規格専念を表明してきた。

 今回の一件で次世代DVDの情勢は変わるまい。ただパッケージソフト販売に影を落とす。それだけでなく、ソフトの販売ルートはパッケージという殻、枠を超え、様々な形で提供されている。その中で、多くの消費者はSDレベルの画質で十分なのである。敵はBlu-Rayでなく消費者、ユーザー。そうした時代を達観し、あえて反旗を翻したのであれば、その決断は強烈なパンチ、ユーザーとのクロスカウンターとなる。そしてユーザーは選択肢を失った。今はただ、早く相手のタオルが投げ込まれる事を祈ります。

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2007/08/21

エコの時代

 今もガソリン単価は高騰。とにかくこのところの価格上昇は尋常でない。近場のガソリンスタンドではレギュラーがリッター145円。しかし愛車オペ(オペルアストラ)の場合はハイオク仕様のため、リッター157円にまで跳ね上がっている。世間同様,様々な工夫は実施済み。セルフスタンドは当たり前、週末の特売日を狙い、けっして満タンにはしない。とどめはガソリン会社のクレジットカードでの契約と支払い。ポイントで翌月の更なる減額を狙っていく。もちろんアクセルは踏み込まずにエコドライブ。帰りのルートも時間節約より、距離節約に切り替えた。

 いつまでガソリンは高騰するのか。短期では多少下がるだろうが、長期的には上がり続けていく。化石燃料ゆえ、未曾有の資源ではない。いずれリッター200円の時代はやってくる。車を持つ事は趣味でなく、贅沢な時代となるだろう。当然、自動車メーカーでもハイブリッドや代替燃料対応の開発に余念がない。特に軽自動車の燃費向上は近年稀にみる状況。いずれ国も一般の自動車並みに税金を取るに違いない。また個人的には、いずれ登場する電気自動車が本命だと思う。

 約25年前、「よろしくメカドック」(原作:次原隆二)というマンガがあった。元々は同じ週刊少年ジャンプ「サーキットの狼」の流れを汲みながら、カーチューニングという分野を見出した。物語は公道レース、ゼロヨン、さらに高速道路を封鎖した巨大レースへ発展、のちにアニメ化もされた作品である。だがその最終章、小排気量、さらに低燃費という地味な題材へと進んでいった。実際、その頃ともなると人気は落ち、ジャンプ連載の宿命、後半のページへまわされてしまう。

 しかしここでの物語の転換はある種、先見の明があった。当時の自動車開発はハイパワー戦争。これと逆行する作品のアプローチは、当然いずれ来るであろう時代を予見するものであった。そして今、そんな題材に挑むマンガを知らない。今こそ、低燃費をエンターテイメントできたら凄いのに。久しぶりに、実家にある「よろしくメカドック」の単行本を読みたくなった...とはいえ、やっぱ前半のキャノンボールトライアルやゼロヨンに熱狂してしまうのだろうなぁ。

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2007/08/19

競馬ファンの失われた週末

 遅れて来た夏休みがやっと始まったと思いきや、中央競馬が夏休み。いや馬インフルエンザによる開催中止が発表されたのだ。週末はPATに向かうどころか、その動向に目が行くばかり。今も再開の見通しは立っていない。しかも発症した馬の数は増える傾向にあり、JRAも現状把握に躍起である。だが一方で馬主やきゅう舎関係からは、開催をひっくり返した今週のドタバタ、JRAの行なった対応への不満が多く出ている。

 馬インフルエンザは中央競馬だけでなく、交流レースの増えた地方競馬へも飛び火。集客を見込める夏休みに大きな打撃。それだけでなく中央、地方を問わず、競馬ビジネスに携わる全ての人たちに大打撃を与えている。そして海外を狙うメイショウサムソンをも巻き込み、遠征に関する情報が錯綜(さくそう)。陰性反応、凱旋門賞出否白紙が、一転して今日の午後には出走を発表された。だが出否を決める最後まで、楽観できない日々が続くのは変わらない。

 今はこの事態が収束する事を祈らずにはいられない。じっくり時間を掛けてもいい、むしろ見切り発車に勇み足で歩を進め、事態を悪くしないで欲しい。秋のGIシリーズを前に、目の色を変えたい気持も抑えるべき。日本は世界の競馬、パートI国になったのだから、立場を考え自制すべき時である。東方の一国だけの問題ではない。浅はかな判断は、昨秋のディープ失格の原因を思い出させる。今もJRA、所轄官庁の農林水産省の危機管理を問われる事態は続く。

 実は最も深刻なのは全国の競馬依存症の方々、いや競馬ファン。週末を餌に日々を過ごす者にとって週末を失う事は、月曜からの活力を失う事に匹敵する。まさに『失われた週末』。いまや『たしなむ』程度になったボクには無縁だが、多くの競馬ファンには禁断症状が続くだろう。だからといって他のギャンブルに手を出せば、返り討ちする姿が待っている。今は黙って、再び優駿たちが無事ターフを駆ける姿を待とうではないか。

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2007/08/05

祭りのあと

 夏祭り参院選を終え、お盆休みを前に安倍総理は炎上状態。歴史的大敗とマスコミは焚きつけ、意気上がる各派閥。党の結束を旧派閥政治への回帰で実現したいのは当然。特に前内閣以降、鳴りを潜めた面々からすれば、今こそ大いなるチャンスといえる。ただ世論はそれを望んではいないし、そこに生まれたねじれ現象は、政界再編の起点となるかもしれない。既に自民分裂を予見した動きも聞こえてきている。今後、かつぐ神輿(みこし)はいくつ出てくるのだろうか。

 戦犯を前農水大臣とする声、そしてその任命権者である総理を名指し。世論の一部からも同様の意見もある。しかし実は前政権、小泉氏に起因している事を誰も指摘しない。約五年間、実態なき政(まつりごと)が、今となってボディーブローのように効いてきたのだ。郵政民営化以外、ほとんど何もやらなかった前政権のツケ。年金も税政策も後回し。気がついた安倍総理がすがったのは小泉劇場の幻影。幻影の果て、必死の訴えも世論を味方につける事はできなかった。総理はその幻影、自らのカリスマの無さに気づいたのだろうか。

 今、安倍総理に必要なのは、一つでも政治で実績を残す事だろう。本当は得意の拉致問題があったのだが、それは前総理に横取りされた形。しかも悪い事に、今や六カ国協議で日本は厳しい立場に立たされている。ならば、やはり年金問題の解決しかない。ここでしっかりと自分の手腕を見せる事。来年春などとは言わず、少しでも早い段階で結果を出し、世論の支持を取り戻す必要がある。党内が足かせとなる政治資金規正法より、まだハードルは低いはず。とっくに前総理のイメージ戦略の時代は終わったのだから。

 それにしても今思うのは、民主党小沢一郎代表の運の良さ。昨年のメール問題、前代表から受けた小沢氏の最初の大きな国政選挙が今回の参院選だった。そして過半数以上の議席に達する大勝。一年前の戦況を考えれば、ここまでの形勢逆転を誰が予想したのか。今回、徹底的に一人区を潰しにかかった小沢代表。代表就任時、一時のピークを過ぎた感があったのだが、侮る無かれ。ブルドッグ大帝、その手腕を如何なく発揮。やはり自民を倒すのは自民のDNAなのか。ただこちらも数パーセントの欠けた遺伝子(他党出身)がこれから足を引っ張るのだろうけど。

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2007/08/04

「トランスフォーマー」を観る(ネタバレあり)

 今日は朝から、マイケル・ベイとスピルバーグがタッグを組んだ「トランスフォーマー」を観てきた。この夏男心、いや漢心をくすぐるビッグタイトル。むしろ『少年の心を持った大人たち』に捧げられた一品である。日本発、アメリカから逆輸入された玩具、アニメシリーズが「トランスフォーマー」。車や飛行機等が一瞬にしてロボットに変形。変形は日本のアニメの十八番であるが、オモチャで実現させてしまうのが、本当のジャパニーズテクノロジー。スピルバーグを魅了した日本は、黒澤明だけでなく、トランスフォーマーもその一つだった。本作ではそれらのスピリッツが如何なく発揮されている。

 かつて南極で発見された無生物生命体を政府は秘密裏に隠蔽、セクター7として調査を行なっていた。そして現代、カタール駐在の米軍を襲ったのは、ヘリが変形したロボットだった。圧倒する戦闘力とテクノロジーで部隊は全滅。ヘリロボットの目的は軍の最高機密だった。時同じく、高校生のサムは中古のカマロを入手する。だがカマロには大いなる秘密が隠されていた。そしてサムの運命はその出会いから大きく変わっていく...これが物語の骨子。

 この物語は変形=トランスフォームの皮を被りながら、感じるのは他のSF作品のエッセンス。サムとオプティマス・プライムのやりとりは「ターミネーター2」であり、サムとカマロことバンブルビーの関係は「ナイトライダー」そのもの。まして物語の起点が南極、そして巨人(この映画ではアイスマンと称していたが)となれば、「新世紀エヴァンゲリオン」である。しかもネルフならぬセクター7がこれを担う。冷却パイプに繋がれたメガトロンを見ると、まさにそれ。そのように挙げていけば枚挙暇が無い。

 マイケル・ベイらしく描写の派手さに加え、車をカッコよく撮っている。オプティマスのトラックより、断然カマロ。オールドカーファンには嬉しく、にやけてしまう変貌も遂げる(その間に流れたのは布袋寅泰のご存知「新・仁義なき戦い」のテーマ)。そして変形描写を見るにつけ、アニメと現実の境界線はこの作品で無くなった事を思い知らされる。次は「ROBOTECH」シリーズとしてアメリカで放映された「超時空要塞マクロス」で行きましょうよ。本作の戦闘機の変形を観れば申し分ないです。

 物語は冒頭のシーンから、米軍のプロパガンダ的な匂いが漂うものの、青春ものとしての個性が強く気にならない。時に青臭く、中盤のサムと家族のやりとりは、バカバカしさがあっても違和感は無い。確かに展開に雑さはあるが、圧倒的なCGと迫力で押し切るベイ流演出。時々挿入されるスローモーションも忘れていない。製作のスピルバーグがポップコーン映画と言うように、テーマパーク的な面白さに、ちょっとしたテーマがあれば充分。夏休み映画としては及第点といえる。燻っていたオモチャ魂に火がつきそうだ。

 日本ではコンボイ司令官として有名だが、オプティマス・プライムの名のままだったのは残念。ちょっと派手なカラーリングも要らなかったかも。しかし日本語吹替版ではオプティマスの声を、あの玄田哲章さんが充てているという。オリジナルシリーズをインスパイアさせるキャスティングが嬉しい。ソフト化されたら断然、吹替版で観たいところ。そしてお子さん連れには断然吹替版をオススメしたい。

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悪友=阿久悠さん逝く

 阿久さんが亡くなって思うのは、染みついてるなぁという事。けっして悪い意味でなく、彼の詩が我が血や肉になっている事だ。『阿久悠=昭和歌謡史』の側面は少なくないが、すなわち彼の持論である時代を映す楽曲が、ボクの成長過程に影響を与えた点も多い。とにかく詩がカッコいい。詩がカッコいいから、曲も攻めの姿勢となり、革新的な楽曲を生んでいった。直立不動から、観客の心に響く詩への変化点。文字通り、時代を起こしたムーブメント。平成の詩たちが失ったアイデンティティーをそこに感じる。

 演歌というと辛気臭いが、阿久さんの詩は違う。「北の宿から」「津軽海峡冬景色」「雨の慕情」と当時小学生であったボクらが歌いたくなるような楽曲だった。特に「雨の慕情」のサビは独特の振り付けと相まって、演歌はダサいという風潮を払拭していった。今では宇宙人トミー・リー・ジョーンズをも魅了する、時代を超えた名曲の一つ。『しみじみ呑めば...』は時代を超えたひと節である。

 今なら○×プロデュースと製作側が表に出る時代だが、彼の場合は全くの逆。『スタ誕』、スター誕生というブランドは作ったが、彼が表に出る事はほとんど無かった。むしろ強面で審査に徹し、次々にアイドルを発掘していった。日曜の朝、アイドルが生まれていく過程を目の当たりにする楽しみ。プロダクションやレコード会社のプラカードが揚がるか否かの緊張感。モー娘。の先駆けである反面、今のインスタントアイドルとの違いを鮮明にする。

 彼の楽曲、テーマとする時代と同じように感じるのがロマン。それが最も顕著だったのが「宇宙戦艦ヤマト」の主題歌群。テレビ版、映画版通して子供向け目線を廃し、ロマンを押し出していた。今聴いても「真っ赤なスカーフ」は凄い。アニメが子供だけのものではない、今の潮流を知れば知るほど、阿久さんの嗅覚の凄さを思い知る。古代進の親友であり、悪友のデスラー...話は関係は無いけれど、悪友(あくゆう)=阿久悠のペンネームだったんだなぁと今初めて知った夏。ご冥福をお祈りします。

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2007/07/30

人の耳は馬鹿にできない

 ファースト、劇場版ガンダムのDVDが再発売される。今やHDリマスターは当然、しかもオリジナル音声が収録される事になった。多く、いや大多数のファースト世代にとって朗報。何せ再発売前の現行ソフトは物議を醸していた代物。特別版と称し、劇場版の映像に再録された新音声、5.1ch化されたBGMと効果音のみを収録。見慣れた映像、そこに生じた違和感から非難を浴びていた。ただでさえ価格の高いバンダイビジュアル。今回の出来事は一部のファンから『想定の範囲』『次世代ディスクでまた儲けるのか』と早くもツッコミが入っている。

 過去、バンダイビジュアルのDVDソフトで音声再録は少なくない。劇場版パトレイバー第一作第二作、そしてAKIRAである。三枚ともオリジナル音声を踏まえながら、新録も収録。特にAKIRAとパトレイバー2はセリフがオリジナル音声に対し、5.1chの効果音と新録BGMを重ねている。そして興味深かったのが最初の劇場版パトレイバー。セリフ収録の独立トラックが現存しておらず、新録5.1ch用にオリジナル声優を総動員し、セリフの再録を行なった。初めて聴くならまだしも、同録のオリジナル音声と比較すると、声優陣の経た年齢まで見えてしまう、いや聴こえてしまうのが怖い。

 ただこれら三つのDVDは、オリジナル音声の入っていた分救いがあった。一方、前述のガンダム特別版はマ・クベの声も、ザクマシンガンの発射音も違和感ばかり。だってそのものが違うからだ。ただオリジナルとの違いはそればかりではない。まるで時代を封じ込めたかのような音がある。誰もが5.1chを望んでいるわけではない。ナローレンジだろうが、モノラルだろうが、馴染んだ音だからこそ、スッと物語に入り込む事ができる。侮る無かれ、人の耳は馬鹿にできない。

 ルーカスのように、CGでシーンを再構築したスターウォーズでさえ、オリジナル音声を踏まえたリテイク、気配りある音作りを感じる。特にセリフは、オリジナルをトリートメントしつつも、許容範囲を踏まえている。やはり老いたオビワンはアレック・ギネスでなければならない。実は人間にとって音の違和感のほうが、映像の違和感より生理的に受けつけないのかもしれない。声のアイデンティティーはオリジナルを超える事はできないのは、良くも悪くも栗田ルパンがいい例なのだから。

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2007/07/14

ロデオボーイに乗る

 実家の父から「ロデオボーイツーが欲しい」と言われ、はや一ヶ月。今週あたま、アマゾンに注文、そしてロデオボーイIIがやってきた。人から買ってもらう事を嫌う父には代引き。深夜放送のプライス、3万円を覚悟していたようだが、税込み17,710円(購入当時)と肩透かしを喰らったよう。「父上、世はネット時代。少しでも安くが身上なのですよ」。差額得した分はいずれ還元してもらおう。

 ロデオボーイが到着した日、既に父は3回乗っていた、いや騎乗していた。実際に乗ってみると、「騎乗している」とつい言いたくなってしまう。とても17,710円の買い物とは思えない代物。馬に乗った時の前後の揺れ、それは決して単純でなく、歩いている馬上をうまく再現している。スピードは4段階、オススメは2段目か3段目。さすがに4段目は速過ぎ、非現実的な揺れになってしまい残念。4段階をクロスオーバーさせた設定も可能だが、やや単調だし、任意で切り替えたほうが現実的かもしれない。

 ロデオボーイで重要な意味を果たすのは手綱。スピードは1段目、片手を手綱に添えた時、まるで戦国時代の武将になった気分になる。スローな分、エクササイズ度は下がるが、なかなか優雅で乙なもの。もちろん両手を添え、競走馬と同じように、首筋に手を乗せる感じもいい。思わず馬と呼吸が合っているかのような錯覚すら感じてしまう。競馬用語でいう折り合いがついた感じ。このロデオボーイ、やはり只者ではない。ちなみに母は片手つかみでその名の通り、ロデオ気分を楽しんだそうだ。

 このロデオボーイの不満、それは騎乗時間の把握が難しい事。一回の騎乗は15分だが、減算タイマー表示があると良かった。そしてもう一つ、それは鐙(あぶみ)のない事。競走馬にしろ、乗馬にしろ、騎乗者の足を添える鐙がある。実際、馬との呼吸を取るには、手綱と共に不可欠なアイテム。確かに下半身強化のためのロデオボーイは、鐙は必要ないかもしれない。鐙に乗る事でバランス運動に変わってしまうからだ。しかしそこは競馬好きには不可欠な雰囲気。時々、鐙に足を乗せてみたい欲求に駆られる。鐙作りには父も乗り気。果たしてどうなる事やら。

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2007/07/12

選挙次第、名前次第

 第二十一回参院選が公示され、三七七人が立候補した。選挙戦のスタートに怪気炎を挙げる各政党。そして比例区には多数のタレント候補が送り込まれている。その中にはヤンキー先生やテレビで人気の弁護士、そして某女性ゴルファーの父親等が挙がるだろう。だが考えて欲しい。彼らの顔は知っていても、ズバっとフルネーム出てくる事は少ない。ひどい時はニックネーム、例えば『さくらパパ』程度しか、一般有権者には認知おらず、意外にそのハードルは高い。

 各政党はタレントの認知度を狙って、客寄せパンダ的に出馬させている。比例区は政党名か、または立候補者の名前が書かれた票が全国的に集票されるシステム。したがって政党名が出てこなくても、パンダとなった有名人、いや候補者の名前が書かれていれば良い。しかし名前を間違えられれば無効、ニックネームもカウントされない。投票所にも候補者名簿が貼り出されてはいるが、比例区でも相当量の候補者が並ぶはずだし、そこから意中の候補者が見つかるかは有権者次第となる。

 この選挙期間で如何にこの客寄せパンダたちの名を認知させるか。まず、あらかじめ認知度の高い人を候補者に選ぶ事。芸能人は芸名での出馬が可能なため、名前は短く単純なものが理想。そこでこんな人を候補に立てたらどうだろうか。例えば『タモリ』はいうまでもなく、間違えの少ない名前の筆頭。それ以前に知名度ナンバーワン。それよりも短い名前なら『ゴリ』(ガレッジセール)。ゴリという名を間違えるほうが難しい。カタカナ名前が馬鹿げているならオススメは『猫ひろし』。下手すると『猫』一字でも票になるのではないか。つまり若手お笑いはそんな候補者の宝の山。今回の選挙は間に合わないが、各党の選挙本部の方々、本案を一考願いたい。

 ちなみに今回の選挙、フジ系バラエティー「ジャンクSPORTS」でおなじみ、あの有名馬主が国民新党から出馬する。今年は若駒競走馬のセレクトセールに出没しなかった同氏。競馬の世界を通り越し、自らが出走の舞台に立った。果たして結末はどうなるのか。ちなみに投票の際、『フサイチ』では票になりませんけど。

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2007/07/11

一体どうなっちゃうんだろう?

 政治の事を書くのは久しぶりだ。今月末参院選を控え、各党の活動は活発。中でも躍起なのは三大臣の交代劇に揺れる、政府自民党である。しかし総理の発言は締まらない。むしろ理屈じみて、言葉は国民に伝わってこない。問題を起こした大臣たちの言葉も同様だったが、彼らの任命権者である、安倍総理の姿勢に大いなる疑問を持つ。ここ数ヶ月で内閣支持率は大きく下がり、早くもポスト安倍の声が聞こえてくる次第。

 ボクは前小泉政権の評価していないのはこれまで通り。郵政民営化を旗頭に、通した法律はあれど、結果は民間企業の努力の下、経済回復の波に乗った形。まるでギレン・ザビの如く、国民を扇動した姿が懐かしい。実体無き虚構を売り物に、残ったものを挙げていけば、郵政公社と今や足手まといとなった小泉チルドレンたち位だろう。そして前総理の叩き壊した党の壁は、あっけなく元の姿に戻ろうとしている。

 野党、民主党も昨年のメール問題以降、勢いなし。民主党、小沢代表は不退転の決意を述べたが、かつてのブルドック大帝ぶりは消え失せた。一方、反安倍、ポスト安倍の面々は機を待っている。ただ両者とも全く心配していない。だって安倍政権の行く先は長く無いのだから。野党優勢ではなく内閣自滅。それが今の姿を現している。自滅は勝手、だが我々有権者が一票を与える相手は見えてこない。

 ますます政治はアマチュア化、相変わらずタレント候補を立てる自民党。屋台骨を支える連立公明党。名を変え、品は変わらない民主党と社民党。自民のDNAを受ける国民新党に、今や形骸化した新党日本。唯一一途、いや意固地な共産党の七つ巴。これに無所属を加えた綱引きが繰り広げられていく。年金に政治資金問題、さらに三つ目のパンチが飛び込んできたら、一体どうなっちゃうんだろう?

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2007/07/01

「ダイ・ハード4.0」を観る(ちょっとネタバレあり)

 今日は映画の日なので、盟友N氏と「ダイ・ハード4.0」を観てきた。N氏とはこのシリーズの2と3を劇場で観ており、2はレイトショーだった。N氏は眠気眼で観ていた事が思い出される。そして第一作は高校時代、まだクチコミなんて言葉が無かった頃、数人しかいない劇場で観た。緻密に組まれた伏線、そしてど迫力の肉体アクションに熱狂。以後、レーザーディスクが擦り切れる(わけが無いが)程に再生を繰り返し、そのセリフはボクの血と肉になった。80年代アクションの大傑作。音響、サラウンドも最高、ホームシアター黎明期の作品としても有名だ。

 その最新作は4ではなく、4.0。ただアメリカ公開の原題は「Live Free or Die Hard」(のんびり生きるか、さもなくば粘り強く耐えるか...誤訳かな)となっている。ただオープニングロゴは4.0のまま。むしろ作品の背景は伝わり易いだろう。立ち向かう相手はサイバーテロリスト。しかも米国東部を支配し、アメリカ国家に脅しをかけてくる。過去このシリーズでシステム占拠は定番だが、その規模は比較にならない。そんな敵と、ブルース・ウィリス演じる超アナログなジョン・マクレーンの戦いが描かれていく。

 130分間、画面に釘づけだった。第一作から変わらぬマクレーンのボヤキ。ボヤいていても戦う姿勢はカウボーイ。それがこの作品の魅力の一つでもある。敵のボスにボヤキを皮肉られる所も健在。ブルースはパワーアップしたアクションに体当たりで挑んでいる。世界一ツイていない男、血まみれになりながら、愚痴をこぼしながら、次々と敵を倒す姿に実年齢は関係ない。そして感情移入が芽生え、物語に没頭している自分がいた。年をとり髪の毛はないが、やっぱりブルース、いやジョン・マクレーンだ。

 シリーズへのオマージュとも取れる描写も多い。第一作は縦(ビル)、第二作が横(空港)を移動する中で展開されたが、本作はそれを随所に織り込んでいる。またウォール街をパニックに陥れるところはまさに第三作そのもの。ボクは『シリーズ物の成功のカギは、前作の優れたパロディーでなければならない』が持論だが、この最新作はその点でもよくできている。ただそれだけでなく、フリーウェイの攻防は「スピード」、F35との対決は「トゥルー・ライズ」とFOX作品へのオマージュでもあった。さらに冒頭「スポーン」の腕がもげ、「ターミネーター2」のエンドスケルトンが起爆のキッカケを作るなど、枚挙暇が無い。

 前作から12年経った理由は、物語の作り込みに表れていた。人気シリーズゆえの成り行き製作、個人的には失敗だった第三作の糧に成熟を待ったと思っている(ただし第三作はシリーズの密室構造を崩した点で大きな意義を持っているだろう)。ブルースご指名の監督、レン・ワイズマン(「アンダー・ワールド」)も最高の形でそれに応えた。ネットに絡むパニック、ガジェットの扱い、今風の設定も若い彼ならでは。上手く咀嚼し、画作りも演出もテンポがいい。しかし最後に残るはジョン・マクレーンの魅力に尽きる。

 今回、ジョンと共に巻き込まれていくハッカーのファレル、ジョンと彼の絡みは秀逸で、事件の発端ながら、解決の道を作っていく。そしてジョンの娘ルーシー。姓の名乗るところはホリーそっくり。いやジョンそっくりの描写が逞しい。ラストも思わずにやけてしまいます。敵のボス、カブリエルは線が細いが今風のテロリスト像を構築。一見、志(こころざし)は高くも、最後はやっぱり金なのかよと、こちらもある意味、第一作からの志を引き継いでいるのかもしれない。

 本作の欠点があるとすれば、ヘリ操縦のところ。だが観客が『どうして?』と思わせようが、そこは力技。「太陽を盗んだ男」の如く、できまいがやらせてしまう点が相通じている。この作品、展開に躊躇していてはいけません。また最新鋭戦闘機F35は知らなかったので、少々面を喰らいましたが、こちらも勢い任せ。CGに頼る面も許容範囲、このシリーズのファンなら笑って許してくれるでしょう。とにかく全般的に、アクションはできるだけCGに頼らない点はビンビン伝わってきます。また嬉しかったのは、音楽を担当したマルコ・ベルトラミが、故マイケル・ケイメンのオケを織り込んだスコアを展開。自身が手掛けた「ターミネーター3」の鬱憤を晴らすように、テーマ的なオケを効かせて、いや聴かせてくれるのです。

 作品の出来を尋ねられたとしたら、『1には敵わないが、2を超えたのでは?』と思います。もちろん3は遥かに超えていますけど(苦笑)。盟友N氏はこれに加え、『この作品には(ジョンの)年齢相応の面白さがある』と評しておりました。この意見、おおいに納得。もちろんボクらが中年に一歩足を踏み入れようとする時期、今のジョンに感情移入するのは当然。ぼやいていても、やらなきゃいけないのです、男というのは...仕事にめげたら、ぼやいてもやり遂げましょうぞ!

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2007/06/30

オペで北海道へ行く(早来篇)

 函館の後、苫小牧でフェリー乗船となるが、その前に行きたいところがあった。それこそは早来、過去二度行った社台スタリオンステーションである。競馬好きにとって、外せない場所を最終日に組み込んだ。函館からその前日千歳に宿泊。そして早来へ移動。もちろん妻にとって初めての場所、サラブレッドを生で観る事自体が初めての出来事。道中、時折見える牧場の風景、放牧される母馬と子馬たち。そこが馬産地である事を印象づける。そんな中、裏道と思しきナビ指示をした妻に疑問を投げたが、さすがは「地図を読める女」。一切の間違いはなかった。誠に失礼致しました。

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 例年なら早来だけでなく、北海道初日の滞在地、静内でも牧場巡りをしたいところだったが、オフシーズン、まだ種付けシーズンでもあり、そちらは観る事ができなかった。ただここ社台は、そんな時期でもファンサービスも兼ねて、人気馬を午前中の数時間だけ放牧させている。放牧開始時間に合わせ、オペを走らせ、着くといましたトウカイテイオー、アグネスタキオン、クロフネ、ゴールドアリュール、キングカメハメハ、そして中央の柵にはディープインパクト。引退したばかり、種牡馬デビューしたディープである。

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 まず見た目。何せ五才、まだまだ現役でもおかしくない。競走馬時代と馬体に差異はほとんどないように思う。そしてただひたすら、脚元の草を食べるディープ。いやディープに限らず、どの馬ももぐもぐタイムのため、動きが少ない。放牧場を駆け抜けるディープを観たいところだが、なかなかそのチャンスに恵まれなかった。そのためしばらくは他の馬たちに目を向けることにした。隣にいるのはトウカイテイオーである。今ではこの放牧場で最古参となってしまった彼。しかし後ろ脚の沈むテイオーの踏み込みは変わらない。強いて挙げれば、ひ腹に年が伺われるが、何せ19才ですからね。

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 いろいろこの場でお話を聞くと、テイオーはディープが来てから気が気でないらしい。中山や府中で何度も奇跡を魅せてくれて、ファンを熱狂させたテイオー。だが隣に突如現れた若き七冠馬に嫉妬。テイオーの周り、始めのうちはそんな威圧感に溢れていたという。最近になってディープのほうが慣れてきたようで、この日もクロフネやアグネスタキオンに顔を向けていた。むしろテイオーは我が道を行くように馬場を闊歩。柵内に設置された、テイオー専用の日さしが彼の孤高さを物語る。

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 タキオンやクロフネは奥の柵に放牧されていた。以前、ここを訪れた時、ディープの場所にはスペシャルウィークが居たのだが、話を聞くと種牡馬になって翌年以降、ここに放牧されなくなったという。気性が荒い事が原因らしいが、前に来た時はそんな片鱗を見せていなかったのが不思議。当時、スペシャルを観れたのはラッキーだったのかも。むしろ種牡馬生活を満喫しているディープも、いつそんな変化を見せるのか。とても種付けに積極的だという。

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 やがて昼に近づき、放牧時間が終わる頃、何かに感づいたかのように、ディープが駆け始めた。その瞬間を待っていたのか、ボクも含め、沢山の人々がシャッターを切っていた。平成の天馬はターフを去っても、遠く北の大地で変わらずに飛んでいた。その動きは現役を離れた今も変わらない。そして放牧時間を終え、ディープたちは馬屋へ帰っていった。なおこの日は平日、まだ競馬北海道シリーズが始まる一週間前にも関わらず、道内外からファンが集まっていた。その中でも沼津ナンバーは異彩を放っていたようだった。

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最後に...これからもボクら二人、北海道旅行に早来は欠かせないだろう。いや早来と千歳の組み合わせは必須となった。実はこの後、千歳空港で食事、土産を大量に買い込んでいる。その理由、何より妻は空港が好きなのである。旅客機の離発着する姿、乗客の搭乗、旅客機に群がるスタッフ、特殊車両等、その動きが楽しいのだという。確かに観ていると楽しい。そして旅立つ旅客機が轟音を立て、やがて豆粒のように空へ消えていく。前日の夜も空港のレストランで食事。食事の後も二人で夢中になって観ていた。また土産、特にお菓子関係はここでまとめて買うのが吉。帰りのご飯もここで買っていった。今回の旅行、飛行機は使わねど、空港を楽しむ。そして苫小牧からフェリー、大洗へ戻っていったのだった。海上、フェリーで空弁を食べたのは、たぶんボクたちだけだろう。

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そして総計二千キロ、無事安全に走ってくれたオペよ、ありがとう。(完)

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2007/06/29

オペで北海道へ行く(観光篇・下)

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 そのまま小樽へ移動。翌日の朝は夫婦でガラス吹き体験をしてきた。ジョッキやタンブラー等の食器から、トンボ玉のようなアクセサリー等も作る事ができる。なお確実を期するため、事前予約をしておいた。作ったのはジョッキ。ボクは底面にはヒビを入れ、取っ手も付けている。実際に息を吹き込んだり、ガラスを回したりするのだが、手を添える程度でほとんどが指導するお兄さんたちがしてくれる。ただ物作りの流れを楽しむだけでなく、オンリーワンの物が手に入れられる喜びが大きい。ちなみに仕上がりに一週間程度を要するため、後日発送された。

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 即日、小樽から函館への移動。その途中ヤンキー先生でお馴染み、余市の道の駅へ。ここには宇宙飛行士毛利さんにちなんで宇宙記念館が併設。無料体験コーナー「ステップトレーナー」でよろめき、宇宙食を土産にした。

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 函館の道中は比較的スピードが出てしまう。しかしスピード違反の切符を切られたくないから、なるべくアクセルはセーブ。もちろん長距離を安全運転をこなすための術でもある。だから後続車のペースが速そうな場合、先に道を譲る事にしていた。実際、地元の人たちのペースは速く、そんな場面が多かった。ただ譲ってハザード出してくれたのは僅か三度。ちょっと寂しかった。そして道の駅に停まるたび、ソフトクリームを買っていた事を記録しておく。駅毎に味が違うのだ。

 そんな函館までの道中だったから、着いたのは午後七時頃。この日の夜はとにかく天気が悪かった。そしてこの日の目的が函館山から夜景を観る事。だが追い討ちをかけるように、山頂を結ぶロープウェイは落雷の危険性で運転を中止していた。行くべきか、止めるべきか。そこで山頂の映像を映すネットカメラをパソから接続。いまやホテルにネット接続無くして滞在はあり得ない。すると霧が晴れて夜景の見える山頂が映し出された。今しかチャンスがないと、路線バスでの登頂を試みた。

 バスには函館山行きのためか、ガイドさんが乗っており、道中は説明を加えてくれる。だが雨音に観光できるか半信半疑。しかし時折、木々の隙間から見える函館の夜景が、とても眩しく映った。山頂までのぶらり30分、バスの旅。もちろん山頂に着き、展望台からも夜景がよく見える。ただ雨風がちょっとつらかった。そして妻と記念写真を何枚か撮ったところで、急に山頂は霧に包まれた。すぐさまバスに戻り、座席から見える風景にブレーキランプが赤く映って不気味。実質、山頂で観光できたのは10分に満たなかった。

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 翌日もあまりいい天気ではなかったが、雨は僅か。函館旧公会堂へ行き、コスプレを楽しむ。コスプレといっても、ハイカラ衣装館という明治時代の扮装で写真(ただし要持ち込み)が撮れるという試み。国の重要文化財であるこの旧公会堂、また踊り場から函館の港町をバックに写真を撮るの乙なもの。20分1,000円、またボランティアのお母さんたちが写真を撮ってくれたりもするが、写真の隅にモップが写っていたのには、思わず苦笑してしまった。無理言えないしね。妻共々のツーショット満載もここではオミット。

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 函館観光には多くの名所があるが、やはり新婚旅行には「チャーミーグリーン」の坂をおさえたかった。石畳、その先には港が見える。そしてここであのCMが撮られたのね。他のカップル、観光客同様、ボクらも写真の中に収まった。

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 細かい出来事はさておき、駆け足で新婚旅行を振り返ってみた。北海道の魅力、本州と違う自然とその景観を楽しむも、後半は天気が微妙で雨に祟られた事が悔やまれる。妻共々、再び北海道の地を踏みたいとリベンジを誓うのだった。あれ、北海道といえばあれを忘れていた。そう彼の地へ行く事を...(早来篇へつづく)

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2007/06/28

オペで北海道へ行く(観光篇・上)

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 道内移動五日間、一日約三百キロを走ったオペ。その最初の目的地は襟裳岬だった。そもそも最初の宿泊地を静内に定めたものの、牧場巡りもほぼオフシーズンだったため、観光は諦めていた。そんな時、妻の機転で静内を一旦パスし、襟裳岬に行くプランが立ったのだった。

 苫小牧に着いてやや寒さを感じていたが、襟裳岬の寒さは六月にして九.六度。苫小牧からの遠路、天気は曇天、時間は既に午後六時。だが襟裳では絶景が待っていた。鳥が空を舞い、夕暮れ時と相まって岬には美しい日陽が差す。風が吹き、寒さは増したが、目の前の光景を楽しんだ。

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 襟裳岬といえば、森進一。もちろん彼の歌碑がある。しかしそれだけではない。島倉千代子も襟裳岬を歌っていたのだ。同名異曲、碑に書かれている歌詞は異なる。「こんばんは、森進一です...」と真似しようとしたが、写真にはただ単に寒がっているボクら夫婦がいた。

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 襟裳岬の後は静内で宿泊。馬産地らしい街灯も目立つ。ホテルサトウさんの新館、ホテルアネックスイン。もちろんパソを持ち込んでインターネット。そう、静内でもアネックスインならネットができる。ここでの夜食はセブンイレブン。グルメツアー、北海道上陸初日は質素に...

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 二日目は富良野、美瑛といった風景を観て楽しむ旅。静内から富良野への道は長く、山をひと越え。しかしその道中は自然に溢れている。時々、車を止めては写真を撮りまくる。その一枚一枚が絵葉書の世界。まるで写真を撮るのが、上手くなったような錯覚に陥るほどだった。中でも富良野の山々は、あのドラマを思い出させるシーンが目に飛び込んでくる。あのドラマ「北の国から」の風景である。

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 「北の国から」は完結したものの、富良野には五郎詣での如く全国から人々が訪れる。富良野には過去使われた五郎の家のセットが残され、その風景の中に皆の思い出がよみがえる。特にテレビシリーズ初期に使われた五郎の家が懐かしい。妻には縁のない「北の国から」だったが、その世界の中、はしゃぐボクをシャッターに収めている姿を見ると、まんざらでも無い様子だった。

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 さらに美瑛は名所たる風景が多く、CMで使われた場所等は雑誌で紹介されている。妻は事前調査に加え、地図を頼りにナビゲート。ちなみにこの旅、カーナビ無しに全ては妻ナビがサポートしてくれた。勘でああだこうだと難癖をつけるボクより、明らかにその正確さはGPS以上。この旅、終始問題なく進んだのも妻のおかげだった。美瑛を周遊する流れも無駄が無く見事。そしてそれぞれの風景を写真に収めていく。ジェットコースターの坂、マイルドセブンの木、ケンメリの木...そればかりでなく田畑の一つ一つ、空と雲が一体となって素敵な風景を作る。緑の濃さはピークに無かったが、その瞬間を満喫した事に変わりない。

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 美瑛を離れ、旭川で宿泊。その翌日は今や国内トップの動員数を誇る旭山動物園へ。九時半開園に合わせて到着。だが10分を過ぎ、無料駐車場は満車近くなっていた。平日とはいえ、さすが旭山動物園は侮れません。

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 山に傾斜に立地、それぞれの展示が個性的で手作り感が漂う。最初に行ったペンギン館にして、ここの醍醐味である生態展示が登場。鳥であるペンギンが、ガラスチューブの外を飛び駆け抜けていく。テレビで紹介されたシーンだが、太陽の日差しを介し、実際にペンギンが泳ぐ姿が興味深い。同様にあざらし館の展示も、垂直に設けられたガラスチューブを、あざらしたちがすり抜けていく。

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 可笑しかったのはもうじゅう館としろくま館の動物たち。この日の旭川は30度近い気温に達していた。ごろ寝、ふて寝する動物たちも少なくない。さすがにもぐもぐタイム(餌やりの時間)には動きがあるようだが、それ以外は動さず。これが本当の動物の姿なのだろう。一方、せっせと餌を探すサルも居れば、くもざるはジムを駆け登り、観客に向かって放尿。この動物園、頭上注意の展示も多い。

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 妻の目的はカビパラさん。カピバラとは、「世界最大のねずみのなかま」。UFOキャッチャーで集めているカピバラたちの本物である。ただお尻を観客に向けるばかりで、シャッターチャンスは少なかった。妻的には旭山限定のカピバラグッズと肉球ストラップにご満悦。ひと通りの観覧を終えたお昼前、動物園の中は人で溢れていた。我々は人ごみを避けるべく、開園から午前いっぱい滞在としたが、展示を細かく見ていったら、一日では済まないだろう。(観光篇・下へつづく)

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2007/06/27

オペで北海道へ行く(グルメ篇)

 あれから二年、六月某日北海道へ行ってきた。入籍から五ケ月、北海道へ七泊八日の新婚旅行。行程は内五日を北海道を周遊、残り二日をフェリーでの移動に充てた。すなわちオペとの長期ツーリング。茨城県の大洗と北海道の苫小牧の間はフェリー、大洗までは東名、首都高、常磐道等を利用。終わってみると、自宅からの走破距離は二千キロを超える。北海道では、一日平均三百キロ走っていた計算になる。

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 フェリー利用には妻の職場の方の助言もあった。道内の移動もさることながら、船旅の良さを満喫する事ができた。片道約十八時間の航路だが、飛行機や列車と異なり、体に旅疲れはほとんど無い。もっとも波に左右され、船酔いもあり得るが、今回は好天ではなかったものの、波静かな航海だった。乗ったのは商船三井フェリーのご存知「さんふらわあ」。デラックスルームで二人で片道約五万円と根は張ったが、相部屋にならない気軽さは捨て難い。食事も朝晩とバイキングでそのボリュームを贅沢に楽しんだ。

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 今回の旅行のテーマはグルメ。一般的には北海道最初のキーワードでもある。小樽では寿司と揚げ鳥、函館ではラーメンを挙げていた。しかし旅は一部計画通りとはいかなかったが、大半は上手く運んだ。『一部』上手く運ばなかったのは、耐えられない食欲が成せる業。北海道とは行く場所毎に食欲をそそる物があるからだ。新鮮な食材、はたまたB級グルメまで枚挙暇が無い。旅行中、空腹と満腹が繰り返され忙しかった。

 この旅行、メインディッシュの寿司は小樽の夜、魚真というお店で食べた。実はこの日小樽の街で食べまくったためか、十貫の上握りがお腹の限界に達していた。この店の売り、魚真焼もオーダーしたが、ふた口で断念。この魚真焼、じゃがいもとコンビーフ、そしてこれらにウニを混ぜ合わさせた焼き物で、妻念願のメニューだった。大半を彼女が食べてくれたが、共にリタイア。今思えば、残りはテイクアウトしておけば良かったと思う。寿司の味はいうまでもなく、このお店は次回リベンジの筆頭となった。

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 もう一つの目玉は同じ小樽、なるとというお店。寿司屋でもあるこの店の目玉が揚げ鳥。お昼にオーダーした若鶏定食のボリューム、そして味も大満足。骨付を得意とするボクにはもって来いの食材でもある。アツアツを冷ましながら軟骨まで食べまくり、昨夜の立場は逆転。バテ気味に食べ終えた妻に対し、ボクは余裕で完食した。ランチメニューでこの定食は千円。単品のボリュームでも圧勝だろう。是非、お腹を空かせて食べに行って欲しい、そんなオススメのお店だ。

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 小樽の滞在は一泊。ただそんな僅かな時間も上の二軒、さらに数件をハシゴした事を記しておく。挙げていくとかま栄の練り物、ここのツナサンドが美味い。しかも価格が百円のものが多くリーズナブル。ご存知六花亭のカフェでシュークリームを。居酒屋チックなお店で烏賊のゲソ、ホタテ焼も食べた。その日の夜、寿司屋でギブアップも当然。翌日の朝、スイーツもハシゴ。とにかく食に困らない街が小樽の印象である。

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 この他、印象に残った食べ物は二点。富良野で食べたジンギスカン、そして函館のラッキーピエロだろう。ジンギスカンは普通のものとザフォークというものを食べた。一般の焼肉とは違ううまみ。両方とも臭みはないが、サフォークはより美味に感じた。晴れ上がった富良野の風景共に、炭火のジンギスカンを満喫。自然と御飯も進む。その日搾り立ての牛乳も濃かった。

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 ラッキーピエロは食べ物の名でなく、地元の人ならご存知のファストフードチェーン。ただファストフードとファミレスの中間というのが正しく、ハンバーガーに加え、カレーにオムライス、スパゲティーをラインナップ。ボクらは一番人気のチャイニーズチキンバーガー、二番人気の鯨味噌カツバーガー、土方歳三ホタテバーガー、チャイニーズエビバーガーの四種を妻と分け分け。二日間で二度訪れる程のお気に入り。価格比圧巻のボリューム、手作り感が伝わってくる。ここのバーガーを食べると、モス以上、そしてマックでは物足らなくなる。妻共々、函館の人はうらやましいと思った。

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 もちろん朝市でのうにいくらホタテ丼、土産購入でのやり取りも忘れられません。食事だけでなく、市場の人々とのやり取りが楽しかった。とにかくおいしい一週間でした。

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帰宅して二日後の出来事。怖くて体重計にのれていません。いや今もですが...(次回、観光篇へつづく)

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2007/06/15

「スパイダーマン3」を観る

 期待していた「スパイダーマン3」を観てきた。サム・ライミが前二作に引き続き、そのままメガホンを執るという事で期待を持っていた。ただネットでの批評、冒頭で音楽がダニー・エルフマンからクリストファー・ヤングへスイッチ。オープニング等はエルフマンのスコアを踏襲したが、醸す音の雰囲気が何処か「X-MEN3」に相通じるところがあって、嫌な雰囲気が漂った。また奇しくも「バットマン」シリーズは、第三作でエルフマンが離れた途端、クオリティを落としていった事が思い出される。アメコミ映画化にとって、三作目は鬼門、果たして本作は如何に。

 全てを明かし、新たな一歩を踏み出すMJとピーター=スパイダーマン。そんなスパイダーマンに次々と敵が現れる。ゴブリン・ジュニア、サンドマン、そして自らの心に宿る敵。第三作のテーマはスパイダーマンとしてどのように進むべきか、その道が描かれていく。第一作では大いなる力に対する責任、第二作では二重生活に対する苦悩がテーマだったが、本作ではその二作に対する最終回答が期待された。だが観終えてみて、個人的に冒頭から不快感ばかりが気になった。

 何せ三作目という位置付けながら、前二作以上に青臭い。二作を通じて描いてきた重みは消え失せている。これまで上がってきた階段は何だったのか。魅せるべき主人公の成長は全く見られない。始まってまもなく、物語を観る動機を失ってしまった。そしてピーターの子供じみた言動に感情移入できない。また苦悩も無く、このシリーズのキモを失ってしまった。MJの表情、物語に亀裂が生まれ始める一方、ゴブリン・ジュニア、サンドマン、ヴェノムと次々に強敵が現れていく。これがアメコミ的アプローチ、内容より興行的な面白さを選んだのか。物語は観客を置いてきぼりにして進んでいく。

 感情移入の行き先を失った観客の前で、怒涛のCGファイトが繰り広げられていくものの、どんどん気持だけは冷めていく。第一作が横、第二作が縦、そして本作は縦横無尽。だが前二作を上回ったのはスピード感くらい、それ以外の表現は劣っている。だから我々は物語と映像の悪循環の果て、本作にカタルシスを感じる事ができない。見どころはほとんどないと言っていいだろう。MJの気持、ハリーの末路を思うと、三部作のラストとして後味の悪さばかりが残る作品となった。

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2007/06/11

「パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド」を観る

 北海道旅行明け最後の休み、妻と「パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド」を観てきた。前二作はDVDで観ていたが、最後は劇場という流れ。また平日昼間なら混まないだろうという読みもあった。妻にはジョニー・デップがきっかけのようだが(DVDを借りるまで、「カリブの海賊」=「パイレーツ・オブ・カリビアン」で無かったらしい)、ボクにはジェリー・ブラッカイマー印の大作という印象が強い。

 確かに内容は第一作で充分のような気がする。そして第二作と第三作はディズニーとのタイアップ的に話の風呂敷を広げた格好に思う。第二作ではデイヴィ・ジョーンズ、本作では海の神とサブキャラを増やしてきた。もちろん第一作のジャック・スパロウ自身も映画オリジナルらしいし、映画を受けてディズニーが本家「カリブの海賊」をリニューアル(妻からの情報より)するという。さすがディズニー、商売が巧い。

 さて第三作「ワールド・エンド」は骨子はスパロウ救出にエリザベスとターナーの恋の行方、東インド会社と対峙する海賊たちは大団円を迎える。映画自体は圧倒するCGと船同士のバトルの連続。ただこの監督の個性は感じられず、あくまで大作と物語の交通整理に終始した感があり、エリザベスとターナーのキャラは浅く、スパロウもデップありきで成り立っている程度。キースの登場に喜ぶファンも多かろうが、Bボーイの原点、ストーンズの彼がディズニー映画に出演する事自体、何か時代を感じる。

 ボクがこの作品で気に入っているのはバルボッサ。彼の存在無くして本作は語れない。演じるはオスカー俳優、ジェフリー・ラッシュ。第一作のラスボスでもある。そんな彼がスパロウ救出に加え、エリザベスたちの行動にも手を貸す。実は本作の軌道修正をしてくれる、重要なキャラクターだ。男気とユーモア、さらにエリザベスとターナーをも結びつける。昨日の敵は今日の友。そんな彼を見ていてある男を思い出した。あのデスラーである。

 デスラーとはご存知「宇宙戦艦ヤマト」の好敵手、デスラー総統の事。ヤマト第一作では敵だったデスラーが、続編となって古代ら地球人たちを助けるようになる。シリーズ、物語を重ねるたびに深まる友情。ユーモアと男気を兼ね備えるのもバルボッサと同じ。いやまるで元ネタのようだ。考えてみれば航海の場所が違えど、船に乗るのも同じ。しかも愛のために戦っている。大人の視点を持つバルボッサやデスラーのようなキャラは、シリーズ物には不可欠なのかもしれない。間違いなくこの第三作のMVPは、バルボッサなのである。

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2007/06/02

やっぱりオペが好き

 一ヶ月前、自分にとってゴールデンウイークとは名ばかりな一週間だった。そして追い打ちを掛けるような出来事。あれはGW最後の日曜だった五月六日、何と当て逃げされた。いや『やられていた』というのが正しい。会社から帰宅した土曜17時から、翌日の昨日の昼までが犯行時刻。休日出勤のため、昼前会社に向かおうとしたその時、駐車場で車の変化に気がついた。右フロントに大きなスリキズが残っている。雨の中、ボクは傘もささずに愕然とした。

 キズはヘコミが無いものの深く、下地が見えている。元々メタリックブルー(OPEL曰くウルトラブルー)、下地は黒のため遠めでは判り難いが、近くで見ると明らかに大きなキズだ。買って一年半、当然だが、運転には気をつけてきた。しかも車道との接触を避けるよう、奥気味に停車して自己対策を打ってきただけに、今回の出来事の衝撃は大きい。普段は右側方に一台止まっているが、その車が居なかった時間帯にやられた公算が高い。もちろんそちらの車は加害者でもなく、キズ一つない。近所の会社にビラを配ったが、特に情報は得られなかった。

 当て逃げからまもなくディーラーの担当に相談、見積を取らせると福沢諭吉が六・五人必要となった。五、六年経っているならまだしもまだ一年半。しかもローンが半年残るほどの新しさ。妻に相談し、修理へ出す事にした。あえて代車は要請せず、修理が終わるまで電車通勤だった。メタボ対策のために電車通勤もたまにはいいが、理由が理由だけに楽しさは半分である。

 かたちあるもの、それゆえ愛車が傷ついた事への諦めはつくが、『やられていた』事に対する怒りの落としどころが見つからない。世に理不尽、不条理な出来事は少なくないが、いざ自分に突きつけられると、怒りは上昇カーブを描いていく。こんな時、冷静にしてくれるのは家族からのひと言、本当にありがたい。そしてピカピカになって帰ってきた愛車を見て、やっぱりオペが好きなんだなぁ。今日からそんなオペと北海道へ出掛けまする。

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2007/05/27

古馬任三郎、女傑誕生の2007ダービーを振り返る

 いつもある前日夜の宴が仕事で潰れ、当日輸送となった今年のダービー。特急あさぎりに乗り、府中本町に着いたのは午前10時。先乗りしたメンバーのために、近所のイトーヨーカドーでジュースとお菓子を仕入れた。ところが絶好の天気、まして10万を超える人々が集う府中が間近とあって、同じように食料を仕入れる人の多い事。買い物に30分かかり、やっとメンバーと合流する事になった。

 今年でダービーは第60回優勝ウイニングチケットの年から14年連続参戦。勝ったり負けたり、思い出も多いが、今年のダービーはどうも戦前から勝つ気がしなかった。それは本命をヴィクトリー、鞍上田中勝春への心情馬券だったからだ。昨秋のJC、ハーツクライの一件ですっかり懲りたはず。しかし一本かぶりの一番人気フサイチホウオー、いや彼のオーナーへの不信感が、あえて軸をヴィクトリーに替えさせていた。しかも二着はおろか、三着は読めない。馬券は馬連、馬単、単勝にとどめ、三連複と三連単は一点も買わなかった。

 レースは福永のアサクサキングスが逃げる展開。そこに皐月賞馬ヴィクトリーはいない。出遅れ、さらに2コーナーから先団に動いた瞬間、ヴィクトリーから勝機は無くなっていたかもしれない。そしてそのヴィクトリーをマークしたかのように、フサイチが好位を追走。誰もがアンカツの勝利を確信したに違いない。そしてレースはフサイチを中心に動いていたかに思っていた。

 直線、最内で粘るアサクサキングスを巡り、外から襲いかかった馬たちが続々脱落。ヴィクトリーも坂の途中で馬群に消えた。そして弾けるはずのフサイチホウオーは伸びない。そして気がつけば、坂を外から猛然と駆け上がったのは四位のウォッカ。かつて強いダービー馬、三冠馬たちが通った直線外のヴィクトリーロード、二着のアサクサに三馬身差をつけた圧勝。道中他の馬からはノーマーク、ウォッカの二分二十四秒五の勝ち時計も、三十三秒フラットで上がる姿に余裕が感じられた。

 戦前、僕ら仲間のウォッカに対する評価。馬券は買うが、トリ紙にならない程度のヒモ評価が圧倒的だった。しかも連に絡んだ馬も人気薄。馬単、三連単等、当たるわけがない。ただ安めにヴィクトリーからの馬連を買いつつ、単勝も買っている。ヒモが判らないレースなら、ヴィクトリー、そしてウォッカと単勝数点だけで勝負すべきだった。それにしても新たな女傑誕生と同時に、上位とみていた皐月賞組のだらしなさが目立つ。

 今年の春クラシックはとにかくウォッカに酔わされた。桜花賞では圧倒的な人気を裏切って二着。それでいて牡馬挑戦、ダービー参戦。昔からの競馬ファンなら、当然大舞台でそんな牝馬は買わないだろう。でも勝った。まるで夢を見ているようだ。こんな形で酔わされるなんて、どうせなら勝利の美酒を酔いたかったけども。でもこれも競馬なんだ。父タニノギムレット、親父似のウォッカのウイニングランに酔うのが精一杯、そんな今年のダービーだった。

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               祝!ウォッカ

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2007/05/26

古馬任三郎、2007年ダービーを考える

 馬券に情けは無用だとわかっている。しかし彼の場合、いや今回のチャンスをモノにして欲しいと思う。ボクが競馬を始めた頃、競馬新聞の出馬表での彼の表記は、▲田勝だった。馬の血統や適性がわからない頃、騎手の名前で買うのが第一歩。そんな中、彼の絡んだ馬券が穴を開け、競馬を始めて一週間後に万馬券をプレゼントしてくれた。今、競馬をしているのは、明らかに彼のせい、いや彼のおかげなのだ。

 やがて減量騎手の称号が取れ、出馬表の名は田中勝と変わっていた。ヤマニンゼファーでG1安田記念を勝ち、さらに翌年セキテイリュウオーで秋の天皇賞を二着。順風満帆に思えたその後のキャリアは足踏み。彼を絡めた馬券は平場、特別、重賞もG2まで。G1では論外となるのが当たり前だった。宝塚記念で人気だったゼンノロブロイも馬券にならず。ただのちのロブロイはペリエの手によって年度代表馬となった。単に馬が本格化前だったのか、手綱さばきの違いだったのだろうか。

 そんな勝春が正月の重賞を連勝。勢いは止まらず、関東リーディングが第一位。その矢先、飛び込んできたのが、皐月賞でのヴィクトリーの騎乗依頼。「岩田(康誠)君のように乗ってくれ」と調教師の指示。ただ実際は馬の気任せ、向こう流しまもなく先頭に立ち、最後は二の足、三の足を披露、ハナ差を凌いだ。一見、棚ボタ勝利のように思える。しかし馬の気を損ねない事、いつも笑顔を忘れない自然体の騎乗が彼らしい。芽生えた何気ない自信は、ダービージョッキーになる可能性を醸す。この時期、このレースを勝つジョッキーとはそういうオーラを秘める。

 直線が延びた新装府中となって以降、ダービーで二分二十三秒台のレコードもある。そんな芝コース、先行馬にとって時計が速くなる事は大きなリスク。ただ週末の雨で馬場が渋り始め、1コーナーまでに掛からず先手が取れるようであれば、他馬に出し抜く事も可能。皆の目がフサイチホウオーやウォッカに向かうのは望むところ。皐月賞馬でも人気にならない、何か今年、サニーブライアンが二冠馬となった年に似ている。皐月賞の時も思ったが、田中"勝"春に"ヴィクトリー"とはでき過ぎだ。最後の心情馬券はヴィクトリーから数点狙ってみたい。日曜は府中で逢いましょう。

070526

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2007/05/18

「ロッキー・ザ・ファイナル」を観る

 金曜の夜のレイトショー、「ロッキー・ザ・ファイナル」を観てきた。上映最終日の最終回、ギリギリのタイミングで間に合う事ができた。「ロッキー」といえば、シルベスター・スタローンを一躍スターダムに押し上げ、アカデミー作品賞を受賞した作品。そしてシリーズ化され、これまで五作が作られた。だがスタローン人気の陰りと共にシリーズも沈滞、個人的には第五作「ロッキー5/最後のドラマ」を観ていない。

 邦題は「ロッキー・ザ・ファイナル」だが、原題は「ROCKY BALBOA」。すなわち最終章にはロッキーの名が冠せられている。「ロッキー3」「ロッキー4/炎の友情」では、強いライバルをぶつける事でストーリーを構成してきたが、本作は違う。初心に帰るかのような自分との戦いがテーマだ。燻るファイティングスピリッツ、愛妻エイドリアンの命日に再び戦う事を誓うロッキー。『小さなリングでいいから...』の想いはふとしたきっかけで、現ヘビー級チャンプとのエキシビジョンマッチに挑む事になる。

 実年齢が還暦のスタローン。そんな彼演じるロッキー(劇中役の年齢は不明)が、現役バリバリのチャンピオンとフルラウンド戦う事自体あり得ない。現実、ジョージ・フォアマンが45才で最年長世界チャンピオンとなったが、さらに15才も上。ただ本作中、現チャンプが腕を負傷するアクシデントを発症、ロッキー得意の重いパンチと粘り強さが功を奏し始める。多少の現実性はあっても、寓話的なのは否めない。

 ただ本作が言いたいのはそんなヒーロー像だけではない。ロッキーのスピリッツ、人柄が生む人間ドラマ。不良を更生させたり、かつての不良少女を雇ったりと、人懐こい『ほっとけない』人柄が爆発。ただそれはただ一人の女性エイドリアンへの想いに同じ。それが彼の人生である。そして愛する息子に身をもって前進する姿をみせていく。それはロッキーを見る全ての人々へのメッセージ。シリーズ第一作に立ち返る想いも込められている。スタローンはそんな不器用ながらまっすぐに生きるロッキーを一体感をもって演じている。いやロッキー=スタローンなのである。

 そんな中、重要なのがご存知「ロッキーのテーマ」、ビル・コンティの名曲である。お約束、ロッキーのトレーニングシーンのモンタージュにテーマが映える。全盛期をとうに過ぎた老体ながら、リングに上がり戦う姿に胸熱くなる。それは第一作から観てきた者にとって、非常に感慨深いものとなろう。ロケのほとんどがフィラデルフィアなのだが、下町を醸すロケーションが素晴らしい。エンドロール、フィラデルフィア美術館を駆け登るファンの映像が流れた後、思わず駆け出したくなるが不思議。気持が高ぶるのだ。

 この最終章の価値、存在意義に疑問を持つ人も多かろう。『「ロッキー」は終わった』『何を今更?』。しかしここに描かれる前進する姿が全て。気がつけば寓話的な印象は消えている。そして観る者は背中を押される。それがロッキーの魅力。インサートされる旧作のシーンも心を打つ。この最終章なら羽佐間道夫もいい声充てるだろうなぁ(苦笑)。

Rockybalboa

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2007/05/13

「バベル」を観る

 今日は一人になる時間ができたので、噂の「バベル」を観てきた。菊池凛子のオスカー助演賞ノミネートに加え、上映中の激しいフラッシュバックが問題となり、日本公開で話題になっている本作。日本的には役所広司が、ハリウッドからはブラピとケイト・ブランシェットの名が目立つが、前述の菊池凛子ら沢山の登場人物たちが、物語のピースを担った群像劇に仕上がっている。

 ただ本作は物語に気持の良さを求める作品ではない。むしろ観る者の不安感を誘う。登場人物たちの不安と不条理の連鎖が、スクリーンを通して現実を突きつけてくる。形は違えど我々が生きていく中、潜んでいる不安をこの作品は浮かび上がらせるのだ。一発の銃弾に端を発した物語は、モロッコ、東京、アメリカ、メキシコの四箇所を巡り、やがて一つに紡がれていく。その一つ一つに家族に対する愛情と不安が満ち溢れており、ドライに描かれていた物語が最後には温かいものに変わっていた。それぞれの親子、夫婦、そして家族の物語。

 だからといって同じ群像劇、「クラッシュ」のようなハリウッド的なハッピーエンドは皆無。それこそがアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ作品のテイストなのだろう。例えば菊池演じるチエコの心の救済が行われたか否か、はっきりとエンディングからは判らない。リチャードとスーザン夫妻、子守の女性も笑顔を見せずに終えていく。言葉も肌の色も違う人々の日常、生きる中の偏見や不安と葛藤、それが『バベル』というタイトルに込められている。

 時間軸を微妙にずらしつつ、三つの物語が進行するが、「パルプフィクション」のような大胆さは無い。しかし観客はそんな物語のパズルを再構成しながら、興味深く見守っている。エンターテイメントとは別の方向性のため、一般向けの作品ではないが、映画好きなら本作に惹かれるものがあると思う。そして本作での菊池凛子の存在感は、我々日本人にとってそれを導引するものの一つ。時に鋭く、時に哀しい視線が痛い。今更ながら、もう映画の世界に国境は無いのを実感した。

Babel

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2007/04/29

「ブラッド・ダイヤモンド」を観る(ちょっとネタバレあり)

 今日はカミさんに暇をもらい、レオナルド・ディカプリオ主演の「ブラッド・ダイヤモンド」を観てきた。ここ三ヶ月、洋画を観なかったし、唯一観た邦画もコメディ。何処か毒を欲していた。そんな中、この作品は硬派なテーマ、アフリカ民族問題に反政府分子、そしてその資金源がダイヤモンドというもの。史実をなぞりつつ、サスペンスを織り込んで描いた本作。その迫力、いやあまりの惨劇に冒頭から釘付けになっていた。

 まずソロモンを演じるジャイモン・フンスーのフィジカル面に驚いた。時に躍動的、いや家族を守るために必死になる姿、画面に集中する。そしてそれを追うカメラ。ハイテンポなカット割り、編集、そして音楽が渾然一体となって襲ってくる。そしてカットの合間に機関銃をぶっ放す少年兵が映し出され、この作品の持つ深刻な面の一つが表現される。そしてそれはソロモンの家族への伏線でもあった。のちにソロモンの息子が変貌していく様は、納得のいく展開。この作品のようなシリアスな善悪(あるいは悪同士)の対峙において、その背景を描く事は大事である。「ブラックホーク・ダウン」のように、対峙するソマリア人をゾンビのように映す手法もあるが、それではテレビ的で一方的な恐怖しか伝わらない。

 この作品が言わんとするところは別に『皆さん、ダイヤを買うのは止めましょう』なんて事ではない。この世の中、貧富差別に負の連鎖は当然。むしろ観客がその現実を受け入れる『きっかけ』こそがテーマかもしれない。もちろん多少のヒューマニズムは必要。それを受けるのがソロモン親子の復縁であり、それを結果サポートする事になるディカプリオらの行動にある。

 ディカプリオは好きな俳優でない。しかし観ている作品は少なくない。有名な「タイタニック」があれば、最近では「ディパーデッド」なんてのもある。この二作に加え、「ブラッド・ダイヤモンド」には大きな共通点がある事に気がついた。それは彼が死して終わる事。物語は彼の犠牲をもって終焉していく。だが他の作品と大きく異なるのは、満足な表情で最後を遂げる点だろう。それがこの作品唯一の光明であり、前述で挙げた『きっかけ』の一つなのだと思う。

Blooddiamond

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2007/04/28

再起動

 突然だが、カミさんのお父さんが亡くなって、四十九日を過ぎた。この二ヶ月間何もしなかったわけではない。一番は喪に服したかった気持が強かった事。僅かな期間とはいえ、一緒に過ごした日々を思い出し、式の席では涙した。そしてカミさんの気持を思うと、自分に現(うつつ)を抜かす事ができなかった。もう一人ではない。とにかくカミさんを支える事が最優先、今までと価値観は大きく変わっていた。

 先日、某有名墓地の抽選会に出掛けた。理由は予てからカミさんが探していたからだ。カミさんがご両親、そしてお父さん方のご家族の墓地をと決めていたその場所に、150近い家族が集まっていた。生を受けた者たちが集まり、最後に住む地としてここを選んだ人たち。一区画、600ある場所を巡った抽選会。手に入る見込みがあっても、見晴らしのいい場所に希望は集中する。その人気、神奈川に都内のナンバー車もやって来るほど。

 抽選前の下見。場所選びの最中、突然神風が吹き、カミさんの持っていた用紙が飛んでいった。まるでお父さんとお母さんが場所はこの辺で、と空の彼方から言ってきているよう。それ程のタイミングの良さであった。そして先着順は百番台と遅れをとったが、カミさんはいくつか選んでいた場所の一つを無事手に入れる事ができた。ここからなら、桜も日本一の山も良く見える。もちろん墓参りするボクらでなく、お父さんたちのための事。

 時は過ぎる。ボクらは新生活のために進まなければならない。四十九日を機に購入した黒タントで出掛けた抽選会。一緒に住むマンションの衣替えを準備、ペンキや道具も買ってきた。そしてボクはこの二ヶ月かけてテレビ用のスピーカーを製作した。マトリクススピーカー、あの長岡鉄男さんの凱旋門だ。世間的に始まったGWも、相変わらずただの週末休み。でも今年は映画が豊作だね。そして月末にはダービーがある。いよいよボクも再起動の時がやって来た。

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2007/03/11

森進一「おふくろさん」騒動を考える

 先週は風邪に四苦八苦。カミさん直伝、風邪薬をリポビタン2000で飲み干す対策が功を奏し、会社を休まずにすんだ。ただ病み上がりのダメージは見えないところで進んでいた。声が出ないのである。出るには出るのだが、声域は狭まれ、発声も続かない。まるで森進一のようになってしまった。話す人、話す人に「大丈夫?」と声を掛けられるも、その先会話が続かない。いや声が出なかった。しかしボクのサービス精神は「こんばんは、森進一です」という第一声に溢れていた。そして土曜日には完治したようだ。

 ここ数日出勤前、朝の情報番組を見ていると、必ず耳に届いてくるのは、森進一の「おふくろさん」。しかも何度も最初のフレーズがリピートされ、完全に意識へ刷り込まれてしまった。実際、世間でもカラオケの選曲が増すなど、再び「おふくろさん」に注目が集まっている。それもこれも、作詞家と歌手の思惑の違いがぶつかった形。歌手の後付けした創作(とはいえ、曲前のセリフ)が御大作詞家の逆鱗に触れてしまった。

 物作りでも自己完結しているものであれば、確かに自分の責任を持って改作する事ができる。ただ共同作業の中で生まれたもの、今回のような楽曲に関しての改変は、協議をもって進めたいもの。表舞台は歌手森進一の代表曲だろうが、彼一人だけでは「おふくろさん」の誕生は無かったはず。我々の仕事でもそうだが、表に出るものが全てではない。ハスキーボイス=おふくろさんではなく、歌詞の共感、曲への感情移入がその背景にあるだろう。

 高校時代、放送部にいた頃、NHK放送コンクールに入賞した事がある。作品では脚本と構成を担当、地方大会で六位の成績をおさめた。ただそのまま全国大会に出品すると思いきや、リーダーなる者に構成を改変されてしまった。全国大会で発表された時の驚きを忘れない。ワイワイガヤガヤ、所詮高校の部活、彼は名目上のリーダーだったが、まるで自分だけの創作物のように弄られたのが許せなかった。間もなくボクは退部届を出し、そのまま離脱。だから川内康範さん、あなたの怒りよくわかりますよ。

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2007/03/10

ソニーBRAVIA KDL-32V2500を買う(2)

 ブラビアを買って二週間。地上デジタル放送を中心に映像を観ていった。とりあえず画質はデフォルトで設定されているダイナミックからスタンダードへ。ピクチャー(コントラスト)は100からやや下げ80へ、ノイズリダクションは0、シャープネスも15に抑えた。本当は色温度に低があればいいのだが、中までしか下げられず。他の設定はまだ基準となるものが見えてこないので、あえて変えずにいた。いきなり映像ソースが高画質化したため、少々戸惑っているところもある。

 ただ玉石混交、HDと似非HDことアップコンバートSDが入り乱れる様々なデジタル放送の中、BSデジタルは開始当初から、番組そのものがハイビジョン向けに製作されてきた事もあり、一番16:9の画面に合っている。やはり他の映像ソースでは、いまだ4:3比率の呪縛から逃れられない実態が大きい。地上デジタルの番組は、同送信のアナログ放送を想定した画面構成からも解りやすい。

 ブラビアで観る地上アナログはショボい。ただテレビ東京はBSジャパンとして全てではないが、同局の番組を放送してくれている。朝晩のニュースサテライトは貴重な情報源。加えて「カンブリア宮殿」「ガイアの夜明け」等みたい番組があるのも嬉しい。CATVに対する課題、区域外再送信による制限も多少は目をつぶる事はできる。TVKも在京UHF局だけに、現時点見られるだけましかと諦めた。

 しかしさらにショボいと思ったのが、e2byスカパー(旧スカパー110)の放送コンテンツ。 既存のスカパーと同じコンテンツを、BS・CS110度アンテナを使う事で実現しようとしたものだ。しかしスターチャンネルと一部を除くと、HDレベルの放送を実現していない。これは地上波以上にそのコンテンツ制作が、まだまだSDレベル以下である事を実感させる。映画放送チャンネルさえでもだ。これは前述の指摘、「4:3比率の呪縛」にも当たるだろう。しかもそれが有料放送なのだから、早急な改善が求められる。e2byスカパーではグリーンチャンネルがサポートされていない点も大きなマイナスだ。でもたとえサポートされたとしても、地上デジタルで競馬中継を観てしまうだろう。

 WOWOWはアナログ契約からデジタル契約へ変更した。映画をHDで観ると本当に隔世の感がある。DVDは確かに、それなりに高画質。しかし映像のメリハリ感や密度、ディテールは大きく違う。それでもe2byスカパー全般より遥かにまし、苦には感じない。ただ再びデジタルWOWOWに戻ると唖然とさせられる。一方DVDはいまやVHSレベルに成り下がった。より大画面になれば、言うまでも無くその差は大きくなるのだろう。やはり有料ならば、この位のクオリティは欲しい。(次回へつづく)

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2007/02/28

「バブルへGO!! タイムマシンはドラム式」を観る(ネタバレあり)

 水曜の夜、カミさんと一緒に映画に行って来た。カミさんとの映画は二回目のデート以来。世間的には映画はデートアイテムながら、普段は『映画ひとり』いや一人で映画か、盟友N氏と観る位に珍しい事だ。今年三本目に選んだ映画は「武士の一分」と並び、日本映画。ただちょうどカミさんと観たい映画が一致したため、レイトショーとレディースデイを機会に観てきたのだった。

 作品はタイトル通りにタイムトリップもの。しかしタイムトリップというより、時代を楽しむテーマパークのような映画。さすがホイチョイが描くタイムトリップゆえ、時代描写に重きを置いた作品となっている。物語はタイムトリップした母親を捜しに、その娘である広末が同じマシンに乗ってバブル期へ行くというもの。タイムマシンは協賛する日立とのタイアップ、ドラム式洗濯機である。ただ珍しさはそこまで、例えばタイムトリップでの描写では稲光と閃光。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」そのものであった。

 しかし舞台が1990年に移ると、ホイチョイムービーの真骨頂が感じられる。実はバブル期こそ彼らホイチョイプロの隆盛期に当たるからだ。間近でバブルを体感、しかも世間に様々な仕掛けを仕組んできた。そしてバブルが弾けた後、「メッセンジャー」を最後に映画制作から離れていた。久々の映画は自分の土俵の中を描いたわけだ。登場人物たちの身の回り、衣食住に至るまで手抜きが無い。

 ただそんな中で驚いたのが、バブル期最中、ディスコに繰り出す芸能人たちの描写。飯島愛も八木亜希子(いずれも本人役)も90年代にトリップ。まさにその顔は化けていた。いや失礼、変わっていた。メイクアップの力を痛感した。中でもテレビ局、駆け出しの飯島直子(もちろん本人役)はまさにあの頃の彼女に変貌。垢抜けた今の彼女とは大きな違いをみせていた。実はどんなCGよりもその変貌ぶりがこの映画の見どころかもしれない。

 最後の大騒動はまるで「ボクたちのドラマシリーズ」。映画としての緻密な作りより、テレビ映画的な大味感が強い。そこがこの作品に対する物足りなさなのだろう。ドタバタだけでなく、時間や歴史との戦いが描かれてこそのタイムトリップもののような気がする。作品の志(こころざし)もちょっとバブル、親子愛が伝わるまでに至らなかったのは、ホイチョイムービーゆえかもしれない。

追伸.
 タイムトリップ対決!洗濯機VSデロリアン。ただ本家「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の原案、タイムマシン案に冷蔵庫があった事は有名な話。でも今思えば冷蔵庫でなくて良かった。それはこの作品における物足りなさ、一方で元の時代に戻る「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のスリリングさが秀でた形となった。やっぱタイムマシンは動かなきゃね。

070228

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2007/02/25

ソニーBRAVIA KDL-32V2500を買う(1)

 先週の日曜、近所の家電量販店でソニーのブラビアを買ってきた。当初フルハイビジョンを目論み、40インチ以上を狙っていたが、期せずしてカミさんの使っていたパナソニックの21インチが故障(98年製、画質調整機能の無いというレア物)。しかし生活基盤を整える最中に無分不相応の出費は痛い。そこで部屋とのバランスを考え、32インチに落ち着いた。もちろん21インチ(4:3)に比べるまでも無く大きく、設置にわずか20分で大きなテレビジョンへ置き換わっていた。それまで暗かった画面から、ブラビアの鮮烈な色と光が眩しい。

 ソニーのブラビア、液晶モデル(投射型を除く)は普及モデルのS、中堅のV、上級のXがあるが、32インチ以下はSとVのみ。その所以はXが1080iフルハイビジョン対応ゆえの事。シャープが40インチ未満でフルハイビジョン対応を出してきたが、まだまだ高額なのも事実。そして全体的に液晶モデルの画質向上は動画の応答性へと向かっている。ただ液晶普及の過渡期にあって、今後様々な試行がなされていくのだろう。正月の量販店、全てのモニターで天皇杯サッカー中継が放送される中、画質比較で至った結論がVシリーズだった。

 現在、ソニーの液晶パネルはソニー出資、サムスン電子との合弁会社による製品。トリニトロンで育ったソニーファンには気を落とした人も少なくないだろう。だがソニーの画作りは継承されており、それが今回もソニーを選んだ理由の一つである。挙げるなら赤の眩しさ、それが長年慣れ親しんだ色の好みであり、それが実現できるのはやっぱソニーという結論。画質の追い込みは今後の調整次第ではあるが、外観の渋くシンプルなデザインと相まってとても気に入っている。映像の応答性、もっさり感は許容範囲だった。

 だが問題は映像ソースだろう。設置後、意外にNHKを良く観ている自分がいる。それは地上デジタル、あらゆる番組でHD映像を積極的に持ち込んでいるからだ(思わずハイビジョン映像に「スゲーっ」と漏らしたボクに、「地震(の映像)じゃなかったんだ」とカミさんにつっこまれた[苦笑])。民放の多くはSD映像との共用、コンバートされた映像ばかりで、鑑賞に堪え難いものも少なくない。さらにこちらも過渡期、CATV(ケーブルテレビ)による受信に、首都圏からの番組が地上アナログだけという政策(区域外再送信による制限)は、まるで「これまで朝食に出ていたメニューが、御飯一品に制限された」ようだ。2011年を前に、静岡地方六局では昼間のドラマの再放送好き、カミさんの生活は心許ない。もちろん日経メインのテレビ東京、TVK等、キラーコンテンツがアナログ受信のままというのも大きなマイナス。

 とりあえず今日、CS・BSデジタルアンテナを付けようと思っている。そのためにカミさんとアンテナを買ってきた。映像ソースが増える、選択肢が増えるのはいい事。ただ最も大きいのは実家を離れて観られなくなった、フジテレビ739の武豊TV!とグリーンチャンネルの中継が意中なんだけれども。(次回へつづく)

070225

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2007/02/14

バレンタインのチョコをもらう

 カミさんにバレンタインのチョコをもらった。正確にいうと、都合で前日の夜、手渡ししてもらったのだった。赤い包装、中身を開けるとビックリ。中にはスパナが入っていた。正確にいうと、スパナの形をしたチョコだったのだ。以前、何気なく「こんなチョコがあるよ」とネタを振られてはいたのだが、まさか自分の手元にやってくるとは思いもしなかった。

 開けた中身は本当に"スパナ"そのものである。大きさはそのまま、インチ数まで刻印され、当該のボルトなら締める事ができそう。いや、ポキッとスパナのほうが折れてしまうかもしれない。そんな事をつい想像したくなるほど、このスパナは良く出来ている。しかも味はメチャ甘くもなく、やや苦味を伴い、大人向けの味付けとなっていた。そりゃ大人の道具が子供向けの味付けでは、ちょっと不似合いだろう。

 バレンタインデーというと義理チョコが恒例だったが、昨年途中、事務の女の子が代わった事もあって、それも今年は無かった。「(義理チョコもらえたら)ちょっと分けてくれるかな。わくわく」とカミさんは思っていたようだが、今の子は人様の奥様ですからね。もちろんカミさんからもらうチョコが一番嬉しいのは確か。そしてこれからはずっと、義理チョコでなく本命チョコがもらえる喜び、そして安心。ネクタイまでプレゼントしてくれた事を付け加えておく。

 実はカミさんはボクだけでなく、実家の父にもチョコを用意してくれていた。中身は"モンキーレンチ"。そしてチョコをもらった父は喜びのあまり、頭がおかしくなった様に突然、「ギブ・ミー・チョコレート」と口にし始めた。戦前生まれだから?何でチョコもらったじゃん。とうとう頭のネジが緩んだ父。そうか、きっとカミさんはそれを察して、チョコのモンキーレンチを用意した...のかもしれない。

070214

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2007/02/10

「ディパーテッド」を観る(ネタバレあり)

 今日はカミさんに暇をもらい、マーティン・スコセッシ監督の「ディパーテッド」を観てきた。ご存知「インファナル・アフェア」のアメリカ版リメイクであり、本国の評判もまずまず。もちろん最大の動機は大好きな「インファナル・アフェア」がどのようにリメイクされたかに尽きる。早々にブラッド・ピットとワーナーがリメイク権を買った事が有名なオリジナル。興味をそんな相違点の比較に置き、本作の物語を楽しんでみた。

 オリジナルは主人公二人に潜入捜査官の上司、マフィアのボスのガップリ四つの構図が魅力となっていた。対して本作は基本構図は似ていても、ややニコルソンとディカプリオに寄った作りとなっている。そんなディカプリオに対し、マット・デイモンの存在がやや弱く、苦悩よりも悪役的な側面が強く出されている。これによりオリジナルの原題「無限道」の意味は希釈され、本作最大の相違点と感じた。「無限道」こそアジア的なアプローチであり、銃弾が飛び交ってコロコロ死んでいくのは、アメリカ的な「ディパーテッド」ゆえなのだろう。ニコルソンのボスぶりは想像通りだったが、作品全体のバランスを欠き、少々アクを強く感じた。

 お互いの情報のやり取り、ケータイの使い方もオリジナル、「インファナル・アフェア」の特色だった。ギブスはあっても、さすがにあのモールス信号は割愛されていた。ただ血塗られたケータイを袋に入れず、そのままの状態、素手で使わせた本作のセンスは劣る。やっぱケータイは、ビニール袋越しで操作して欲しかった。また今となっては、やや新鮮さを失った設定なのかもしれない。

 オリジナルよりもサスペンス色が薄まったのは、スコセッシ流なのだろう。オリジナルと同じエピソードが挿入されてはいるが、手に汗握るというような気がしなかった。またスコセッシの人間描写は香港的なアクや濃さは皆無で、チンピラたちの描き方に彼らしさを感じた。そして音楽の使い方の巧さ、センスはスコセッシらしい。それに加え、ハワード・ショアの音楽(封筒に迫るシーンでは、原作をインスパイアさせるスコアが登場)が彩る。この作品のドライさはそんな音楽からも感じ取る事ができる。

 このリメイクは成功かと言われれば、『まずまずの出来』と答えるしかない。ただ「インファナル・アフェア」のファンからすれば、物足りなさは否めない。アジアとアメリカ、その舞台の違いが、物語の根底に流れる罪悪への価値観、その顛末を呆気なく幕切らせたようだ。あくまでアジアの『無限道』ではなく『インファナル・アフェア』というタイトルのリメイクだったという事。ちなみにエンドロール、主人公二人による主題歌は流れなかった...

Departed

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2007/02/04

週末にPS3とWiiを遊ぶ

 週末、暇をもらい、実家に帰ってきた。帰ると年末購入していたプレイステーション3の箱を開けていた。ずっと開けたいと思っていたが、HDDの換装がしたかったので、別途120GBのHDDを準備が間に合わなかったのだ。ネットの換装記事を見ながら、作業は10数分と呆気なかった。そして実家の自分の部屋、PS2が置かれている場所を片付けると、間もなく換装版PS3が鎮座した。

 電源を入れると、ひと通りの設定を終え、Playstation Storeのアカウントを取得。そして目的である「グランツーリスモHDコンセプト」をダウンロード。FTTH環境で30分程要し、インストールまで終了。スズキカプチーノを駆って、タイムトライアルが始まった。映し出すテレビはHD環境でないが、それでも描き込みの凄さは伝わってくる。質感はほぼ実写に近い。いや知らない人が見たら、テレビ映像か何かと見間違うだろう。そう思うとフルHD環境は必須といえる。一時間程プレイして、ランエボをゲットしたところで止めておいた。この映像は麻薬のような魔力がある。

 実家から我が家へ戻ると、カミさんがWiiをセットし始めていた。「遊ぶならセットしてね」と全権委任し、Amazonで初日予約ゲットしたWiiを、二ヶ月経って初めて開封。真面目に読むとあまりにお間抜けな、任天堂のマニュアルにカミさんは失笑。だが肝心のACアダプタを付けずに、電源を入れようとするカミさんに軽くツッコミ。無線LANの設定等、 細かなところはボクが簡単に済ませ、いよいよWii体験を始めたのだった。

ユーザーフレンドリーなWiiリモコンを誇らしげに持つカミさん。カミさんのやりたかったのは断然似顔絵チャンネル。CMの『さんちゃん』作りに入った。Webのさんちゃんを参考に完成。夕食後、カミさん自身、そしてボクの似顔絵が加わったのは言うまでもない。さらに驚いたのは写真チャンネルである。カミさんのデジカメからSDカードを借り、スライドショーをスタート。結婚前の写真がまるでドラマのように展開していく。写真の演出がドラマチックとあって、それは当然なのだが、メニューからスライドショーへ至るアクセスが速い。

 どんなユーザーでも、PS3とWiiを同じ日に開封、体験した人はいないだろう。大抵はそれぞれの発売日前後に始めているはずだからね。そして今日の新鮮な体験を踏まえると、どちらも良いゲーム機だ。PS3はPS2よりも使いやすく、しかも凄い映像体験ができる。できればHD環境だが、個人的には今、ソフトを持っていないので全ての互換は無くとも、PS2の代替でもいい。Wiiはウチのカミさんの絶好の反応を見ても、明らかに敷居が低く、しかもソフトを買わずとも、その日から楽しめる。似顔絵チャンネルは内蔵されたキラーソフトだ。PS3もGT3HDコンセプトが無料ダウンロード体験できるが、当初は考えられていなかったし、そこに辿りつくのにシロウトでは難易度が高い。やはりソフトあってのマシンなのだろう。両者のそうした性格の違いを感じながらPS3とWii、それぞれを楽しんでみたい。

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2007/01/24

噂の『メガマック』をがっつく

 今日は一日有休を取り、カミさんと住所変更に伴う銀行巡りに行ってきた。メインバンクの某地方銀行から、PAT専用と化しているUFJ銀行、あわせて免許の住所変更、カミさんもユーザーであるドコモの家族契約もついでにしてきた。どこの窓口も平日、時間を巧くずらした事もあって、混雑のピークを避ける事ができた。『結婚を機会に』という事もあって、窓口のお姉さんからは「おめでとうございます」と声を掛けられ、さらにカミさんはボクの苗字で呼ばれ、共に感じる生活変化が著しい。

 その合間、午前10時半過ぎを狙って、マクドナルドを訪れた。もちろん二人の目的は『メガマック』。過去、メガマックを注文したい機会はあったのだが、オーダー集中対策、数量限定の憂き目に会い、食べる事ができなかった。だから今回はそのリベンジ。しかもカミさんは、チラシで入っていたクーポン券を用意していてくれた。そのおかげでちょっと安くセットで購入。いつも通りにボクはコーラ、カミさんはアイスコーヒーを付けた。

 かつてのボクはビッグマックのフリーク。小学校の頃はいつもビックマックだった。しかし年齢と共にマックは疎遠となっていった。年に二度食べれば多いほうだと思う。ただカミさんと付き合いだしてからは週末マックが多くなった。でもビッグマックはこれまでたった一度きりだった。だからこそ期間限定待望のメガマック。しかも『ビッグ』でなく『メガ』、デカさの主張、男はその言葉に弱い。

 ご存知の通り、メガマックはビッグマックがベース。パンズと具材は同じで、ハンバーグがさらに二枚多い仕様となっている。箱を開けてビックリしたのはそのボリューム。そして高い層のためか、既にパンズがズレてしまっていた。そしてカミさんとがっついてみた。かろうじて口に入る大きさと高さ。そのハードルは当然ながらビッグマック以上だった。チャーハン一杯分のカロリーは伊達じゃない!しかし味は同じ。個人的に『1回食えば充分』という意見に激しく同意である。

 カミさんは何とビッグマック未体験ながら、いきなりのメガマック体験との事。しかし最初は戸惑いつつも難なく食べ続けていた。その理由は最初の処理の違い。彼女は手で上から潰して高さを克服していたのだ。でもがっつく姿は恥ずかしそう。カミさんから最後にひと言、「結婚前に食べるものじゃないね...」。我らは結婚後のメガマックでよかった。くれぐれもデートでメガマックするカップルはご注意下さい。

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         メー・ガー・マック!!!!

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2007/01/21

「今日入籍しました」

 今日、一月二十一日、友引。早朝、彼女と入籍致しました。事前に婚姻届の記入、確認まで行い、当日の今日はただでさえ休日で殺風景な市役所の中、『夜間受付』という場所で手続きしてもらいました。黙々と婚姻届の内容を確認していく職員さん。そしてそれを横目に見る警備の人。ボクの彼女は事情が許せば、届を渡した瞬間を写真に収めようとしていたようですが、その雰囲気から願いは叶わず。間もなく職員さんから「おめでとうございます」のひと言。左腕を見ると、電波時計のG-SHOCKは9時41分54秒を示していました。

 行くまでの市役所への道中、こんな会話があった。
「これがスペースシャトルの発射前なら、『冷却パイプに亀裂を発見。発射が一週間延期になります』なんて事があるんだよね」
 でも今日の朝は順調。ただ月並みだけど、これまでの道程は楽しくも容易いものではなかったと思う。ただ周りの応援と後押しを痛感。無事に晴れの良き日を迎える事ができました。式は挙げないけど、今日一日挨拶まわり、入籍によって変わった事を実感。今日はカミさんのお母さん(故人)の誕生日でもあり、そのお祝いケーキ入刀もさせていただきました。この日を選んだのも「お祝いは一緒に行いたい」、そんな彼女の意向もあったから。

 さて今朝、無事に我が家のシャトルは発進できたようです。ただスペースシャトルは数週間のミッションを終えれば終わり。しかし我々のミッションは始まったばかり。はたしてカミさんとボク、どちらが船長となりますか。そもそもウチのようなナビ無しの車にカミさんは不可欠だし、彼女の舵取りに期待...結局、カミさんが船長のようですなぁ。

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2007/01/20

遊舟ダイナミック大賞2007各部門賞発表

年始恒例、8回目を迎えた「遊舟ダイナミック大賞」。筆者の独断と偏見で2006年を振り返ります。

まずはコラム:2006年総括、格差社会とデジタル化
 小泉政権から安倍政権へ。政治的には大きな転換期を迎えてはいるものの、小泉時代から踏み出したものは少ない。昨年の参院選、郵政民営化さえ猿芝居だった事が露呈され、あの刺客たちも、今ではぞんざいな扱いを受けている。それゆえ現政権は逆風に見舞われているが、思ったほどのダメージはない。しかもサラリーマンに対する政策は真綿に締めつけるよう、成果主義の推進を促し、税制、格差社会の三重苦に見舞われていくのだろう。我々に知らされず、影は少しずつ忍び寄ってくる。 

 そんな社会を映してきたテレビのデジタル化は進むところ、大多数の人々がアナログ停波の時期を見誤っている。2011年には駆け込み切り替えが殺到しそうな気配だが、今すぐ買い替えるに敷居は高い。何故放送を見るのにカード(B-CAST)が必要なのか、録画にも制約が多く、高画質化の恩恵は必ずしも歓迎されない。しかもハードの価格は大きく下落しているとはいえ、まだまだ高額なのも確かだ。大画面と小画面の方向性の違いは、格差社会の縮図ともいえる。

 実家のテレビはいまだアナログ。画質はソニーのフラットトリニトロン。まだ数年なのにソニータイマーの影響か、一台はチャンネルを変えるたびに画面はブラックアウト。これで映らなければ「買い換えようか」と思うところ、電源の入れ直しでとりあえず画が映るから困る。ケーブルテレビは地上デジタルに対応しているが、地方局のみ対応(郵政省の政策のため)で、首都圏キー局はアナログ波のまま。ケーブルテレビの恩恵は電波の安定性に留まろうとしている。これならCSもBSも直接受信のほうがよかろうと思う。

 まだまだメディアのデジタル化は混沌としている。HD-DVDとブルーレイの戦いは始まったばかり。プレステ3登場によって、ブルーレイ有利に思えそうだが、出荷台数が予定に足らない事、動因するはずのソフト、ゲームや映画共に物足らないラインナップに留まっている。そして何よりソニーに対する信頼性の低下は痛い。ソニーだけでなく、トヨタでさえ問題を抱える時代。その一つ一つは社会の縮図。そんな中、筆者の心を捉えたモノとは...

遊舟ダイナミック大賞、遊舟競馬賞.「ディープインパクト号」
Deepimpact 競馬の世界、一年間活躍し続ける事の難しさ。まして勝ち続ける事は容易いものではない。早くから世界を見据える競馬が、三冠馬ディープインパクトに課せられた目標だった。春の古馬GIを総ナメし、ライバルは世界とアピール。しかし万全とされた凱旋門賞挑戦は、初めて知った世界の壁、そして禁止薬物検出という後味の悪い結果となってしまった。ただ国内復帰後のディープは、そんな後味の悪さを爽快さに変える快走をみせた。勝ちタイムの平凡さよりも、鮮やかさは記憶に残る。有馬記念での次元の違う末脚は、ラストラン暮れの中山でも炸裂した。

 ディープ、彼に対しその戦績よりも評価したいのは、社会への認知度の高さだろう。オグリキャップ以来、競馬のイメージアップに貢献。実際、圧倒的な強さに興味を持った人も多い。シンザンやシンボリルドルフの堅実さに、ミスターシービーのような魅せる競馬も兼ね備えたディープ。追えば末脚は何処までも伸びていく。サンデーサイレンスの最高傑作、今「日本競馬の結晶」は新たなステージへ。有終の美、続く次なる種牡馬生活に向け、歴史は進んでいく。

 早い引退を惜しむ声は多いが、リスクある海外遠征への決断は評価したい。管理面の見逃しというケチはついたものの、ファンは世界へ近づいた瞬間を味わう事ができた。ファンを喜ばせるのも大事だが、競馬が血統のスポーツである事、次の血に繋がっていく事は重要な責務。五十一億円のシンジケート、千二百万円の種付け料、ビジネスと片付けられそうだが、競走馬が元気なまま引退するのも大事。繁殖牝馬は制限させるが、同じサンデー産駒の先輩たちが結果を残しているゆえ、チャンスは少なくないはず。今年の遊舟ダイナミック大賞は最後の馬券を獲らせてもらった上、これからの応援を込めて、ディープインパクト号に送りたい。

 ダイナミック大賞次点筆頭はちょいテレ。昨年始まったワンセグ放送だったが、パソコンでの利用はチューナー搭載PCや同ケータイだけと条件が限られていた。しかし秋に入って一般のパソコンユーザーのために本機が登場。一時入手不可能になる程の人気となった。ある程度の受信状況にあれば、キレイな放送を手に入れる事ができる。ただ筆者のような地方部では、「ある程度の受信状況」が曲者。しかしマンションなどの高層部での受信はすこぶるよろしい。受信エリアの拡充は待たれるが、外でワンセグは便利。なおちょいテレはデータ放送に未対応。またできれば今後、外で地デジできるチューナーユニットが欲しい。

 同じく次点はニンテンドーDSLite。しばらく静観していたが、ジェットブラック発売時、久しぶりに行列に並んで買った。脳トレ人気に食指を動かされ、「大人のためのDSトレーニング」と共に数ヶ月楽しんだ。長期出張を機会にその後は頓挫したが、シンプルを楽しむ点では、このDSに敵うものはないと思う。スペック重視のSCEとは全く別のベクトルの商品。続く次世代ゲーム機Wii購入層の基礎を作った。任天堂のマーケティング、底力を感じる。2006年内発売とされたワンセグ受信ユニットが待たれる。

 最後に推したいのが、ソニー密閉型インナーイヤーレシーバーMDR-EX90SL。時代はノイズキャンセルに進みつつあるが、こちらは純然たる定価一万円を超える高価なヘッドホンである。しかし単なるドンシャリに収まらない、出荷時一個ずつ仕上げたという音作りは必聴。唯一の弱点はカナル型のような、音漏れ対策が織り込まれていない点。しかし電車内等を除くアウトドアでは、高音質を提供してくれる。所詮聴くのはMP3だけどね。

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遊舟映画賞「クラッシュ」
Crash_1 2006年劇場で観た作品は三十一本(プラス一本)。観た時の印象が良くても、味わいの変わってくる作品も少なくない。例えば「ダ・ヴィンチ・コード」は本で楽しんだ直後に観たせいか、頭の中で映画の足らない部分を補完してしまったのだ。当時は面白く思えたのだが、今思うと随分とぞんざいな作りの映画だったと思う。エンターテイメントであっても、けっして心に残るような作品ではない。

 驚きのオスカー受賞となったが、やはり「クラッシュ」は優れた作品だ。同時期「ブロークバック・マウンテン」と比較されたが、けっしてその質は劣らない。今や時代の寵児となったポール・ハギスの仕掛けた毒、そして感動。アメリカの抱えた社会問題を時に冷たく、時に温かく見守った秀作。

 「ホテル・ルワンダ」は米公開からだいぶ遅れての日本上陸だったが、その衝撃ぶりに何も言葉は出なかった。そして何もできない自分に涙が流れた。ただその事実を知る事が大事。もちろん映画ゆえに事実との差は少なくないだろうが、そんな事など考えさせない力強さを秘めた作品。

 事実といえば「ユナイテッド93」を忘れてはならない。時期尚早といわれた9.11をテーマにした作品中、真っ先に公開された。映画的要素、劇的部分は全て廃し、スター俳優もおらず、実際現場に居た者までカメラの前に立った。リアル過ぎるものの、実際の恐怖を強く訴える。

 また「硫黄島からの手紙」も史実路線の一本。「父親たちの星条旗」との連作であったが、日本人である我々にはこちらのほうが重い。単なるタラレバや反戦でなく、また戦場における美学までも排除した。ただそこにある出来事を通して、国と国、すなわち人と人のの死闘を描いている。

 「ミュンヘン」もスピルバーグによる史実もの。スピルバーグらしいトリッキーなエピソードもあるが、「シンドラーのリスト」「プライベート・ライアン」と異なり、全体的には彼独特のヒューマニズムが排除され、冷酷な殺し合いを積み重ねた作品となった。そして終わり無き戦いは今も続いている。

 「007/カジノロワイヤル」は久々のボンドシリーズ。「ミュンヘン」でも好演したダニエル・クレイグによるボンドが新しい。しかも原作タイトル、内容、アクション共々、原点回帰した力作。冒頭から走る、走る、釘づけとなるアクションが凄まじい。もちろん007らしい大味感も秘めている。ボンドの冷酷さを形成した大事なエピソード1。

 「スーパーマン・リターンズ」も英雄帰還な一作。オリジナルへのオマージュはオープニングロールに集約。それだけでなく、VFXとの融合も素晴らしい。シャトル救出の場面では手に汗握り、しかもその最後思わず嬉しくなるような演出が待っている。あまりのハマりっぷりに新星ブランドン・ラウスの行く末が気になる。

 邦画では「フラガール」。松雪泰子のなりっぷりとダンスの美しさ、大団円となるセンターのオープンでは圧巻のフラが待っている。また「ウォーターボーイズ」系と侮るなかれ。むしろこの作品は「プリティ・リーグ」であり、主人公たちの持つ背景が描かれてこその作品なのだから。蒼井優も松雪とガップリ四つの演技と踊りを魅せる。

 「武士の一分」は時期的にすべり込みとしよう。藤沢文学の両輪、寡黙で真摯な武士道、純粋な愛情を描いている。キムタクをミスキャストと断ずるのは安易。巨匠山田洋次とのコラボレーションは、今後の彼にとってプラスとなろう。けっして本作のキムタクは悪くなかった。強いて難点を挙げれば、物語の広がりが小品程度だった事か。

 「嫌われ松子の一生」は不幸と原作にないミュージカルの融合。箱庭的なCGもレベルが高く、まるで不幸な「フォレスト・ガンプ」のような作品に仕上がった。一度だけでなく、二度三度と観ていくと、妙に惹かれてしまう物語とストーリーテリングにハマる。海外出張時、再見した際にやっぱり面白かった。

 ワースト1はやはり圧勝で「Vフォー・ヴェンデッタ」に尽きる。哲学的とくれば、ウォシャウスキー兄弟(今では姉弟?かも)による製作。もう彼らの薀蓄(うんちく)はいいだろう。ビジュアル重視、しかも波のない物語に、睡魔よりも怒りを覚えるばかり。坊主になったナタリー・ポートマンの意義とは?無表情なV(あるいは誰が演じても同じV)、彼らの革命には付き合いたくない。早朝から観たオレの時間を返せ!とにかくつまらない一品。

2006年の個人的映画ベストテン
1:「クラッシュ」
2:「ホテル・ルワンダ」
3:3:「ユナイテッド93」
4:「硫黄島からの手紙」
5:「ミュンヘン」
6:「007/カジノロワイヤル」
7:「スーパーマン・リターンズ」
8:「フラガール」
9:「武士の一分」
10:「嫌われ松子の一生」
ワースト1:「Vフォー・ヴェンデッタ」

遊舟テレビ賞「結婚できない男」
Dysp0704 年末の特別番組編成の中、「結婚できない男」の再放送が放送されていた。既に春先の本放送、その時巷の評判は聞いていたが、連日観られる機会に一気に観る事ができた。そしてこれがやっぱり面白かった。独りヤモメの設計士桑野サン(阿部寛)を中心に、その『結婚できない理由』を描いていく。もちろんそれだけでなく、不器用ながら変わっていこうとする主人公の姿が、何とも微笑ましいコメディーだ。

 このドラマの見どころは何といっても、阿部寛のとても濃ーいー演技。独り者特有のこだわりを面白、そして真面目に演じている。時に『オレも解るよ』的なシーンも多く、感情移入してしまう。困った時はやたらネットで検索して解決したり、事件となった客船模型のスクリューの一件は、その一つといえる。ただこのドラマの桑野氏ほど、ボク本人は変人ではないけども。

 この作品が言いたいのは『結婚できない理由』=『変わり者』というわけでなく、結局は相手に心を開くか否かというシンプルなもの。意固地な独り者にとって、最終回で桑野サンのセリフ、「どうしてもっていうなら...」がなかなか言えないもの。人にとってモノへの執着より、最後は人との関わりが重要なのだ。そしてこの作品は大人向け「電車男」の雰囲気も漂う。この作品の中で描かれる機微にはニヤリとさせられる。

 また配役もいい。意中?の人となる女医の夏川結衣やお隣さん国仲涼子とのやり取り、犬のケンちゃん、さらに設計事務所のスタッフ、塚本高史と高島礼子、そしてその高島礼子実生活の旦那様、高知東生演じる建築家金田は箸休め的なキャラクターが可笑しかった。彼のHP上『ちょっと、いい友達ができました』での笑顔もいい(彼はトヨタ2000GTに乗ってるんだよね)。連チャンでこのドラマを楽しんだ分、細かな点に行き届いた作りを楽しむ事ができた。そんなわけでドラマ賞はこの作品にしたい。

講評と展望.
 今年、DVD賞、音楽賞、ゲーム賞を挙げる事ができなかった。その理由として、様々なコンテンツがHD化されつつある今、過渡期ゆえに注目できるものに出会えなかったのが本音だ。その全てに絡む形で登場したのがプレイステーション3。ソニーの浮沈に影響しうるコンテンツ母艦の登場。ライバル、ニンテンドーWiiとの違いが取り沙汰されるが、アプローチの違うゲーム機を同じ土俵に上げるのは論外。ただグリッドコンピューティング等、発売前に大風呂敷を広げていたPS3が、今やブルーレイ再生機としてAVマニアに売れているのは、少々皮肉なのかもしれない。

 相変わらずDSLite、Wiiとヒットを連発、任天堂の足許は磐石。ゲームはハイスペックよりもソフトの中身が命と消費者に訴えかける。もちろんプラスアルファ的な機能、DSならネットブラウザ、Wiiでの写真管理と忘れていない。明石家さんまと松岡修造のCMからも、そうしたWii本体の持つ面白さをアピールしていた。これからはWiiリモコンの優位性を生かしたソフト作り、DS並みのベストセラー登場が待たれる。まだサイは投げられたばかりだ。

 HD化の一方、いまだブラウン管で見る地上波アナログ放送。それが世間の実情だろう。たとえCMで草なぎクンが『ご理解下さい』と訴えようが、ウチの両親のように納得がいかない人も少なくない。HDだろうが、SDだろうが、観ているドラマの本質は変わらない。たとえ皺の数が数えられたとしてもね。これは前述にもある、世間のPS3に対する評価に同じ。そうでなければDSもWiiもここまでの評価は受けないだろう。しかし時代はHDへの道を進んでいる。

 半ば強引に国が施策を進めるより、ユーザーを動因するコンテンツ作りのほうが近道。たった一頭の競走馬の登場により、熱狂的なファンは凱旋門賞を観にフランスへ集い、NHKは地上波放送で生中継を実施。そして世間の人々はディープインパクトの名を覚え、ラストランに熱狂した。この流れはコンテンツ作りの成功例といえる。そして来年、同じ流れの北京オリンピックが開催、相当の盛り上がりをみせるだろう。心底感動を味わうため、五輪に向けてのハード、ソフト両方の準備が2007年の課題となるに違いない。(2007/01/20)

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2007/01/17

「死置人VSハングマン」

 昨夜「蘇った闇の死置人」なる番組が放送された。仕置人となれば、池波正太郎原作や必殺シリーズへ行き着くが、これは死置人と呼び少々毛色が違う。ただ冒頭、仕置人のテーマが流れ、元締めが登場。何と元締め、ボスはみのもんた(役名も同じ)なのだ。昼間、テレビ番組の司会をするのは仮の姿。芸能界、スポーツ界の人脈を用い、世にはびこる悪を成敗するというドラマ。いやあまりに破天荒過ぎてバラエティーと化していた。

 物語はオムニバス三話構成、その間をショートコントの如く、お笑いやタレントが必殺技をみせていく。タカアンドトシのツッコミで殺す『欧米か!ファイヤー』は可愛いもの。相変わらずたどたどしい日本語、アグネス・チャンがレザースーツよろしくで頭突きを放つ、『丘の上ひなげしの花100連発』には思わず絶句してしまった。各オムニバスの最後は「おもいっきりテレビ」が始まり、みのもんたのひと言で話が結ばれていく。

 ただこのオムニバス、納得のいかない作りに尽きる。まず被害者はトコトンまで追い込まれ、死に至らしめられる。一方、犯人は逆にトコトン悪で情け容赦ない連中。最終的に被害者の家族が死置人に殺害を依頼。仕置人は得意の必殺技で犯人を容赦なく殺していく。ただ『目には目を、歯に歯を』のハンムラビ法典の如く、『死には死を』とのたまうわりに、死を簡単に扱っている点が目立った。物語を知っての演技なのか、みのもんたの偽善ぶりにも腹が立つ。

 かつて現代版必殺仕事人として「ザ・ハングマン」というドラマがあった。彼らハングマンは悪を制裁しても、死に至らしめない。社会的、精神的にトコトンまで追い詰める。逆にその点がクールで人気を博し、シリーズは続いていった。だがシリーズ末期、今回のみの版死置人のようにバラエティー色に走り、人気は低迷し終了。しかし初期のハングマンは今観ても面白い。中でも黒沢年男(現:年雄)演ずるマイトは最高だ。どうせリメイクするなら「ザ・ハングマン」を薦めたい。