
今日の映画2本目は盟友N氏と「原田眞人監督 追悼 及び シネマサンシャイン沼津ファイナル上映 『わが母の記』特別上映会」へ行って来ました。シネマサンシャイン沼津のファイナルウイークで明日の閉館を前に沼津市出身の映画監督原田眞人監督の追悼上映、作品はもちろん沼津を舞台の一つである 「わが母の記」です。

「わが母の記」は沼津ゆかりの作家 井上靖原作で自伝的作品で映画は2012年の公開。シネマサンシャイン沼津で最初のプレミア上映を行なったのですが、当時は観るチャンスを逃しています。ただ私は2024年のしずおか映画祭で観る事ができ、原田監督も登壇されました。今回は役所広司さんのメッセージの後、追悼上映で再見です。
昨今、認知症はよりクローズアップされるようになりましたが、当時として珍しいテーマだったと思います。しかも大作家である井上靖が回顧する母の思い出。改めて観て八重さんを演じる樹木希林の演技に圧倒されます。役所さんもそうなんですが、アップでの表情と目の潤みを含めた演技が凄いんです。
しずおか映画祭で観た時、私の母も既に認知症の診断を受け、この映画の中での八重さんの周りの人々の戸惑いに共感していました。映画の中で明確な心の整理は描きませんが、時間の流れを持って落としどころなのだと思います。見送る事も区切り。キムラ緑子演じる志賀子さんの気持が一番今の私に近いかもしれません。
伊豆、沼津と静岡県東部が多く登場し、しかも自然の美しさ、”ダラ”を付ける方言と地元を堪能できました。クライマックスでの海岸、母を背負って海辺に歩み寄る洪作のシーンも良かったです。
さて今回はファイナル上映と合わせて本作のプロデューサーである石塚慶生さん、撮影監督の芦澤明子さん、息子で本作の編集も行なった原田遊人さん、そして沼津出身で俳優の磯村勇斗さんが登壇したトークイベントです。この作品、原田監督の事等などお話しが繰り広げられました。
私も本作の宮崎あおいの10代から20才後半までを表す演技が凄いと思ったのですが、石塚さんも同じ指摘をしていました。まして映画は短期間の2ヶ月での撮影での事。石塚さんにとって原田作品を手掛ける事はファンであり、念願だったと回顧されていました。
撮影監督の芦澤さんの撮影秘話。俳優組が入る前に旬の自然、紅葉を撮っておきたいと言う原田監督に物見遊山で帯同したところ、一日中一つの木、枝葉を撮り続けたそうです。原田監督の拘りの表れと、それがこの映画での1カットに。ちなみに編集を始めた原田遊人さんがライブラリーの紅葉映像の量に驚いたそうです。
原田遊人さんの語るエピソードでは「わが母の記」の劇中シーンと重なる話。劇中で菊池亜希子演じる次女の紀子が映画の途中で洪作に呼び出され、結末が見られなかったと嘆くエピソードがありました。実は監督のお母さんが自身の出産の直前、映画館に居たのだそう。一度目は陣痛、翌日は破水で結局、映画の結末は見られなかったお話。
遊人さん曰く祖母、監督のお母さんはファンキーな方だそうで、そのエピソードに驚くもあり得るお話と思ったのでしょう。70年以上前のお話で映画館は今は無き沼津文化劇場、映画は「にんじん」。それより何より映画館で人生が始まった原田眞人監督なんですね。話の折、感極まった遊人さんの気持も伝わってきました。
磯村勇斗さんと原田監督は2024年のしずおか映画祭が初対面で登壇当時、自衛隊員の役をオファーしたいと言われた話を想起していました。私もその話思い出しましたよ。「わが母の記」も上京当時に観たそうで母親への感謝を感じたそうです。またシネマサンシャイン沼津は学生の時、また帰省の時に来ていた場所。明日の閉館が今も信じられないと言っていました。実は私もそうなんですけどね。
あと皆様共に劇場体験の事をおっしゃっていました。映画とは大スクリーンのために音響を含めて設計されたもの。また生活や思い出のハブとなり得る可能性を持った場所なのです。
フォトセッションは無かったのでイベント中の写真はありません。ただシアター入口に原田監督の遺品がご厚意で展示され、皆が写真を撮っていました。ちなみに”原田眞人”と書かれた筆字は樹木希林さんによるもの。また本作受賞のモントリオール世界映画祭のトロフィー等も一緒に展示されてました。

そしてシネマサンシャイン沼津は20年の最後。メッセージボードにはたくさんの感謝の言葉が…私も、盟友N氏も書くのが恥ずかしいので事前に書き込んで準備したシールを貼って来ました。やっぱり感謝は残したかったので。
ちなみに磯村さんは2年後のしずおか映画祭を再び沼津…と思ってた矢先、沼津市街の映画館が全滅(ららぽーと沼津は郊外)。悩みの種ができてしまったようです。買取ますか的なジョークを言っていましたが、これだけの施設が活かされないのは寂しいです。私からも何処か他のチェーンが買収してくれませんかねと細やかな希望を。
シネマサンシャイン沼津、20年間本当にありがとうございました。ほとんど毎週通っていたので年間40本だとして、800本は観ていたかもしれません。私にとって映画こそ我が血肉なのですよ。でも今日の鑑賞をもって私のシネマサンシャイン沼津は終了です。シネマサンシャイン沼津最終日のレポートはラブライバーの皆さんに委ねます。(おしまい)

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