2007/09/17

Mr.小泉のスーパー・イリュージョン

 安倍総理辞任、突然の総裁選に揺れる自民党。福田氏優勢に大勢は決まったようなものだが、『一寸先は闇』の政治の世界、この後何が起こってもおかしくない。とはいえ、福田氏大勝となれば派閥政治の集大成、乗員(ポスト)を上回り、バランスを崩したままの出航。クールでポーカーフェイスの福田氏の舵取りは、彼の真価を問われる事になる。ただ既に現内閣の継続を明言したのは正解だし、一旦足場を整え直す時間は必要だろう。そんな醸し出すしたたかさは福田氏の持ち味、福田マジックである。

 一方、麻生氏にとって、まず少数派取り込みや党内票崩しよりも先に、世論に訴える戦術に打って出た。渋谷を離れ最初の演説場所に秋葉原が選ばれたのも、最も彼の支持が厚い地盤であるがゆえである。大手新聞の世論調査の30パーセント弱の支持は、何気に年齢30代未満の層に一致してくるから不思議。ヤングの麻生、アダルトの福田、まさに世代の代理戦争的様相である。果たしてアキバ発の麻生マジックは奇跡を起こすか。

 そこでクローズアップされたのが、小泉チルドレンの動向だ。公示前、一部有志が小泉前総理を担ごうと奔走。しかし親分は立たなかった。しかも小泉氏は福田氏支持を打ち出し、混乱を色濃くする事になった。これら行動がいずれ来る衆院解散を睨んだもの、保身と言われても仕方あるまい。見た目はアダルトながら、キャリアはヤングな小泉チルドレンは果たして福田、麻生のどちらを選ぶか。長年慣習化された派閥の論理は、そう簡単には壊れない。いや壊れたと国民に見せた小泉マジックの巧みさゆえだろう。

 一部評論家は『小泉立たず』の根拠に、タイミングと新党設立が挙げている。しかしその可能性は微妙。小泉氏は一匹狼的な立場ながら、実際は最大派閥、町村派の一人でもある。それが在任中、当時森派だった事が功を奏していたのは事実。強行した郵政民営化の混乱も、湿気たチーズと森元総理の愚痴でかき消された。例え小泉氏が新党を立ち上げたとしても、最大政党となれる根拠が無い。それを判っているから再び表舞台には出ない。仕掛けるふりをして、目立ちたいだけなのだ。それもまた小泉マジックなのである。

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スーパーイリュージョンといえば「ハイキングウォーキング」

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2007/09/12

総理と呼ばないで

 年金問題に参院選惨敗、あれだけ政権維持を固持してきた安倍総理が突然の辞任。アイドル小泉前総理の勇退後、それまでの政権形骸化を露呈。カリスマ無き総理に矢継ぎ早、紛糾する問題の数々。主導権を失った死に体も、退かない意志で起死回生を狙ったが、期限迫るテロ特措法の延長で更なる頓挫。お手上げのワンサイドゲームの中、舛添厚労相の活躍に一筋の光明が見えたが、総理の打点とはならなかった。

 総理退陣なら、次の政権が頑張ればいい。ただ今、最も危険に思えるのが、与党自民党の形骸化である。まず引き継ぐ資格ある者がいるとは思えない。仮にいたとしても、誰が総理になっても政権維持は難しい。仮に大方の予想通り、麻生総理誕生となっても、衆院解散後に再び同じ座につける公算は少ない。選挙で実績無き小泉チルドレンは疲弊し、自民党は結党以来、大きな岐路に立たされる事になる。

 そこで聞こえてくる小泉擁立は、意外に自民党内部が求める最も大きな声かもしれない。もちろんチルドレンたちも心強い。やはり選挙を勝つ人気は捨て難いからだ。果たして火中の栗を拾うだろうか。もし拾うのであれば、ボクにとって小泉前総理に対する見識が大きく変わる出来事。そして政権奪取を狙う民主党小沢代表が最も恐れるシナリオは、実はこの流れではないか。

 本音を言えば、辞める安倍総理本人が今こそ「しょうがない」と言いたかっただろう。しかも心のほっぺには絆創膏を貼りたい程。そして週末には、自らの脱税スキャンダルが報じられるという。今となっては、総理自身が内閣の集大成を自ら演じている感もある。とはいえ、故松岡元農相の末路だけは真似ないで欲しい。劇的だった小泉劇場の後、安倍劇場の終幕が死で終わらない事を祈る。

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2007/08/05

祭りのあと

 夏祭り参院選を終え、お盆休みを前に安倍総理は炎上状態。歴史的大敗とマスコミは焚きつけ、意気上がる各派閥。党の結束を旧派閥政治への回帰で実現したいのは当然。特に前内閣以降、鳴りを潜めた面々からすれば、今こそ大いなるチャンスといえる。ただ世論はそれを望んではいないし、そこに生まれたねじれ現象は、政界再編の起点となるかもしれない。既に自民分裂を予見した動きも聞こえてきている。今後、かつぐ神輿(みこし)はいくつ出てくるのだろうか。

 戦犯を前農水大臣とする声、そしてその任命権者である総理を名指し。世論の一部からも同様の意見もある。しかし実は前政権、小泉氏に起因している事を誰も指摘しない。約五年間、実態なき政(まつりごと)が、今となってボディーブローのように効いてきたのだ。郵政民営化以外、ほとんど何もやらなかった前政権のツケ。年金も税政策も後回し。気がついた安倍総理がすがったのは小泉劇場の幻影。幻影の果て、必死の訴えも世論を味方につける事はできなかった。総理はその幻影、自らのカリスマの無さに気づいたのだろうか。

 今、安倍総理に必要なのは、一つでも政治で実績を残す事だろう。本当は得意の拉致問題があったのだが、それは前総理に横取りされた形。しかも悪い事に、今や六カ国協議で日本は厳しい立場に立たされている。ならば、やはり年金問題の解決しかない。ここでしっかりと自分の手腕を見せる事。来年春などとは言わず、少しでも早い段階で結果を出し、世論の支持を取り戻す必要がある。党内が足かせとなる政治資金規正法より、まだハードルは低いはず。とっくに前総理のイメージ戦略の時代は終わったのだから。

 それにしても今思うのは、民主党小沢一郎代表の運の良さ。昨年のメール問題、前代表から受けた小沢氏の最初の大きな国政選挙が今回の参院選だった。そして過半数以上の議席に達する大勝。一年前の戦況を考えれば、ここまでの形勢逆転を誰が予想したのか。今回、徹底的に一人区を潰しにかかった小沢代表。代表就任時、一時のピークを過ぎた感があったのだが、侮る無かれ。ブルドッグ大帝、その手腕を如何なく発揮。やはり自民を倒すのは自民のDNAなのか。ただこちらも数パーセントの欠けた遺伝子(他党出身)がこれから足を引っ張るのだろうけど。

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2007/07/12

選挙次第、名前次第

 第二十一回参院選が公示され、三七七人が立候補した。選挙戦のスタートに怪気炎を挙げる各政党。そして比例区には多数のタレント候補が送り込まれている。その中にはヤンキー先生やテレビで人気の弁護士、そして某女性ゴルファーの父親等が挙がるだろう。だが考えて欲しい。彼らの顔は知っていても、ズバっとフルネーム出てくる事は少ない。ひどい時はニックネーム、例えば『さくらパパ』程度しか、一般有権者には認知おらず、意外にそのハードルは高い。

 各政党はタレントの認知度を狙って、客寄せパンダ的に出馬させている。比例区は政党名か、または立候補者の名前が書かれた票が全国的に集票されるシステム。したがって政党名が出てこなくても、パンダとなった有名人、いや候補者の名前が書かれていれば良い。しかし名前を間違えられれば無効、ニックネームもカウントされない。投票所にも候補者名簿が貼り出されてはいるが、比例区でも相当量の候補者が並ぶはずだし、そこから意中の候補者が見つかるかは有権者次第となる。

 この選挙期間で如何にこの客寄せパンダたちの名を認知させるか。まず、あらかじめ認知度の高い人を候補者に選ぶ事。芸能人は芸名での出馬が可能なため、名前は短く単純なものが理想。そこでこんな人を候補に立てたらどうだろうか。例えば『タモリ』はいうまでもなく、間違えの少ない名前の筆頭。それ以前に知名度ナンバーワン。それよりも短い名前なら『ゴリ』(ガレッジセール)。ゴリという名を間違えるほうが難しい。カタカナ名前が馬鹿げているならオススメは『猫ひろし』。下手すると『猫』一字でも票になるのではないか。つまり若手お笑いはそんな候補者の宝の山。今回の選挙は間に合わないが、各党の選挙本部の方々、本案を一考願いたい。

 ちなみに今回の選挙、フジ系バラエティー「ジャンクSPORTS」でおなじみ、あの有名馬主が国民新党から出馬する。今年は若駒競走馬のセレクトセールに出没しなかった同氏。競馬の世界を通り越し、自らが出走の舞台に立った。果たして結末はどうなるのか。ちなみに投票の際、『フサイチ』では票になりませんけど。

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2007/07/11

一体どうなっちゃうんだろう?

 政治の事を書くのは久しぶりだ。今月末参院選を控え、各党の活動は活発。中でも躍起なのは三大臣の交代劇に揺れる、政府自民党である。しかし総理の発言は締まらない。むしろ理屈じみて、言葉は国民に伝わってこない。問題を起こした大臣たちの言葉も同様だったが、彼らの任命権者である、安倍総理の姿勢に大いなる疑問を持つ。ここ数ヶ月で内閣支持率は大きく下がり、早くもポスト安倍の声が聞こえてくる次第。

 ボクは前小泉政権の評価していないのはこれまで通り。郵政民営化を旗頭に、通した法律はあれど、結果は民間企業の努力の下、経済回復の波に乗った形。まるでギレン・ザビの如く、国民を扇動した姿が懐かしい。実体無き虚構を売り物に、残ったものを挙げていけば、郵政公社と今や足手まといとなった小泉チルドレンたち位だろう。そして前総理の叩き壊した党の壁は、あっけなく元の姿に戻ろうとしている。

 野党、民主党も昨年のメール問題以降、勢いなし。民主党、小沢代表は不退転の決意を述べたが、かつてのブルドック大帝ぶりは消え失せた。一方、反安倍、ポスト安倍の面々は機を待っている。ただ両者とも全く心配していない。だって安倍政権の行く先は長く無いのだから。野党優勢ではなく内閣自滅。それが今の姿を現している。自滅は勝手、だが我々有権者が一票を与える相手は見えてこない。

 ますます政治はアマチュア化、相変わらずタレント候補を立てる自民党。屋台骨を支える連立公明党。名を変え、品は変わらない民主党と社民党。自民のDNAを受ける国民新党に、今や形骸化した新党日本。唯一一途、いや意固地な共産党の七つ巴。これに無所属を加えた綱引きが繰り広げられていく。年金に政治資金問題、さらに三つ目のパンチが飛び込んできたら、一体どうなっちゃうんだろう?

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2006/08/16

純ちゃん、あなたを嫌いです

 ハッキリ言って、小泉総理を嫌いだ。まず今、総理の政治手腕を論じても、その評価はすぐには出ない。それに総理のした事は、郵政民営化に中途半端に終わった道路公団民営化、そして拉致問題の一部解決。ただ復活の兆しをみせる経済は竹中プランに丸投げ。そもそも政治家とはその時の手腕を問われるだけで、のちに評価される事は少ない。それに政治手腕、国際政治上の評価等、ボクの中では関係ない。ただ歴代総理に比べ、高い支持率を維持する実力は光っている。

 そして今年、総理自身が『公約』だとする、終戦記念日での靖国神社参拝を強行した。就任最後の年、人気残り僅かでこれを実行に移した。別に参拝に行く事を否定はしない。ただ合祀も分祀も靖国の成り立ちもはっきりしないまま、その点だけは不満が残る。近隣諸国も外交カード、国威発揚の切り札として、それなりに抵抗するのは想定の範囲内。ただアジア外交、国際的に弱みを握られ続けるのは、小泉政治のウイークポイントとずっと残る。

 何故、総理が嫌いか、それは至極単純、あの開き直る姿が大嫌いなのである。以前、「人生いろいろ!会社もいろいろ!社員もいろいろ!」というひと言には絶句させられた。あの瞬間から総理に対する評価は一転した。たったそれ如きと思われるかもしれないが、あれこそその人の本質を語るに充分な出来事である。ワンフレーズ・ポリティクス、言葉の魔術師である総理が、そのひと言だけに酔った言葉。中身なんか無い。言い換えれば「それで何処が悪い?」。

 総理は他人に厳しく自分に優しい、たいへん意固地な人なんだろうと推測できる。それはそれでいい。でも先日の訪米、プレスリーを真似る姿も正直しらけた。たぶん総理の中では靖国参拝も、オペラ鑑賞も、プレスリーの物真似も同じ範疇なんだろうなと思う。強いてあげるなら、それは人前でカッコつけたい、ある種の美学を持っている事。今年の靖国で見せた表情は、プレスリーの時の顔とは雲泥の差。総理は、政治家を演じる日本でも有数の名優である。とにかく人の好き嫌いは仕方がない。それを総理に強く感じるのだ。

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2006/01/18

楽園のドア

 先週、金曜ドラマTOKIOの松岡クン主演の「夜王」の第一回を見ていたら、久々に南野陽子が出演していた。ホストの大口顧客、エステサロンの社長という役柄。ちょうどビジネスパートナー役には伊藤かずえが配役され、ついかつての大映テレビ「アリエスの乙女たち」を思い浮かべてしまった。彼女たち二人とも、最近は二時間ドラマに出演するなど、かつてのアイドルも今はすっかりバリバリの中堅女優さんである。

 ボクら世代、南野陽子というと「スケバン刑事」二代目麻宮サキ。その劇場版「スケバン刑事」の主題歌は「楽園のドア」だった。正直、彼女の歌は上手くない。しかしルックスとそのイメージにあった楽曲を歌う事が重要。それがアイドルがアイドルたるゆえんだった。しかし今、アイドルという存在自体、死語なのかもしれない。モーニング娘。もかつての勢いを失い、アイドル界全体が低年齢化、ボーダレス化、アイドルという言葉は失われつつある。そんなボクらに古きよきアイドルソングが「楽園のドア」だった。

 今やドアといえば『ライブドア』である。しかも日本経済だけでなく、海外市場を巻き込んで、株価を下落させる『ライブドア・ショック』を引き起こした。ホリエモンの野望は「ヤフー越え」であったが、その知名度だけはヤフーに肉薄、いや国内だけなら充分と叶った形。しかしながら昨年までの時代の寵児も、今は完全に市場のヒール(悪役)として悪しき歴史を残す事になった。たった一社の事件をきっかけに、わずか三日で東証株価平均を千円近く下落させ、企業、そして投資家を窮地に追い込んだ。

 これまで度重なる株式分割の果て、そのたび多くの個人投資家がライブドア株に殺到。それは打ち出の小槌、人気のIT株という条件に加え、ホリエモンのネームバリューにすがる、すなわち彼らにとってはそんな「楽園のドア」だったのである。しかしそんな楽園も地獄の様相。売るに売れない事態、上場廃止も噂されているからだ。そんな今、彼らの恨み節が聞こえてくる。ホリエモンは昨年末の流行語大賞受賞の席で、「また来年も...」とコメントしていたが、今年早くも『ライブドア・ショック』で見事ノミネートとなったとさ(ウソです)。

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2006/01/02

「ロード・オブ・ウォー」を観る(ネタバレあり)

loadofwar 昨日は映画ファンなら忘れちゃいけない映画の日、という事で昨年の元日同様、盟友N氏と「ロード・オブ・ウォー」を観てきた。ご存知モト冬樹似のニコラス・ケイジ主演、武器商人、いや言葉を変えれば死の商人を描いた問題作。スタッフはハリウッド発ながら、資本はほとんど米国外という異端、意欲作でもあり、そんな背景を知るほどにこの作品の価値を感じる。そしてボクの見逃しでなければ、ニコラス自身もプロデュースに参画していたようだ。作品そのものの感想はいつものコラムで。ここでは気づいた細かな点に触れていきたい。

 主人公はウクライナ出身という設定。旧ソ連の軍人の親類をパイプに、AK47を中心としたロシア製銃器、戦車、ヘリの売買を行なっていく。中でも通称カラシニコフ、AK47の存在感が目立つ。わずか4キロの重量の銃器が大人から子供まで簡単に扱え、しかも圧倒的な殺傷力を秘めている。むしろここでの描写はキレイ事よりも音だけで惨殺を訴え、そのほうが観ている恐怖心を煽る。唯一ストレートにカラシニコフの銃弾に倒れる描写があるのが、主人公の弟というのも痛ましい。

 取引先の首相の息子がやたら『「ランボー」の銃を欲しい』、しかも1作目と念を押すシーンがみられた。そんな息子が意中のM60を手に入れ、輸送トラックから乱射、狂喜する姿(ただM60って二作目のような気がするが...)。でも何かそうやって喜んでいる姿を見るにつけ、何かマズイよなぁって胸をよぎる。映画を観る側にも銃器マニアが多いだろうから、心境的にダブる面も多いだろう。それはボクが銃器好きって事でもあるのだけれど。

 しかも映画の中で登場する兵器群。特に戦車はよくこれだけ並べたと思わせるほど壮観。ただ裏を返せば、これだけの兵器が使われずにロケに使われたのか(いやフェイクがあるかもしれないが)といろんな思いは巡ってくる。もちろん映画で描かれたような国外流出、実際に使用されているわけで、その数の多さに今更ながら驚かされる。むしろ「007ゴールデンアイ」のようにオチャラけた使い方くらいのほうがカワイイ。いやそれこそバカバカしいと一蹴されてしまいそうだなぁ。

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戦車もこんな使い方があります(「007ゴールデンアイ」より)

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2006/01/01

第7回遊舟ダイナミック大賞各賞発表

年始恒例「遊舟ダイナミック大賞」。筆者の独断と偏見で2005年を振り返ります。

まずはコラム:2005年総括、景気回復乗って乗り遅れて
 皆さん、あけましておめでとうございます。昨年の紅白は白が勝ちましたね。今年もよろしくお願いします。閑話休題...2005年、清水寺で書かれた今年の漢字は「愛」。そもそもは日本漢字能力検定協会が全国公募、その集計された一位が「愛」だったという事。別に清水寺の大僧侶が選んだ文字ではない。しかし本当に今年を代表する文字は「愛」だったのだろうか。愛・地球博を引き合いに出すには短絡的過ぎるし、卓球の福原愛ちゃんや女子ゴルフの宮里藍ちゃんらの名から採ったのなら、オジサンのダジャレ以下。女性天皇の渦中の女子、その騒動に起因したのなら、それは筆者の好みの話題ではない。反面教師、世間を騒がせた犯罪に愛が足らないとのたまう方もいるだろうが、それは愛でなく単純にモラルの欠如に他ならない。

 確かに政治は好景気の兆しに助けられた感がある。だが小泉劇場はパフォーマンスを武器に大衆の興味に入り込んだ反面、徐々に本当の腹の底を現しつつある。その第一弾、数々の増税案の中、愛煙家のため息聞こえてきそう(ただ何度も言うが、喫煙者が社会の弱者だとは思わない)。もちろんそれだけでなく、貧富の差を増長させる増税案。総理は在任中は増税しないというが、2006年9月以降の保証は無い。マスコミ共々、もっと先にできる事を追求するが、そんな事何処吹く風。なし崩し的に政策を進めているのが、大衆の選んだ現政権なのである。ただ他に選択肢は無いのだが。

 なお昨年のこのコラムでも景気復調の兆しを述べたが、今年はそれが本物だと裏付ける出来事が多く現れた。個人投資家、デイトレーダーの台頭。みずほ証券の株式売買ミスは世間を騒がせ、20億円もの利益をあげた個人投資家まで登場。その一方、セキュリティ問題を提唱する結果となった。いやそれよりも4月、JR西日本の福知山線で起きた列車事故、トドメは暮れの団欒に衝撃が走った耐震強度偽装問題。ゼネコンを台頭させる構図を作った民間への業務委託が、その間隙を作った。内容はどうあれ、そのすべてにシステムの抜け道が見えてきた。確かに国、民間との役割を見直すいい機会なのだが、その代償はあまりに大き過ぎた。好景気の兆しは財布のヒモを緩ませる一方、時に身の引き締まる一年だったと思う。こんな年、どうみても「愛」じゃないでしょう。

 さてそんな一年を過ごし、買ったものを挙げていくと、かなり自分への投資に代替するものばかりだった。車、パソコン、ケータイ、携帯デジタルオーディオプレーヤーなど等。その中に新三種の神器の薄型テレビは含まれていないが、地上デジタル放送が広範囲となった2005年ゆえ、いずれ買う事になりそう。コンテンツの録画方法だけが宙に浮いているが、話し合いでなく時間が解決する方向で進んでいる。だが如何に情報を選別し、その中から有益なものを得るかがカギとなっていく。それゆえに街のお店で買い物をする事は限りなく少なくなった2005年。筆者が興味を持ったモノたちとは...?

[各リンク先]
遊舟ダイナミック大賞
遊舟特別賞
遊舟映画賞
遊舟DVD賞
遊舟音楽賞
遊舟競馬賞
遊舟テレビ賞

講評.

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2005/10/12

「ガイアの夜明け」[駅を創る~変貌する巨大鉄道会社~]を観る

 昨夜の『ガイアの夜明け』はJR東日本のビジネスを追った内容だった。JR東日本は国鉄分割民営化以降、業務の模索(何とスッポンの養殖まで)が図られてきたが、現在では鉄道事業は七割に減るその一方で、駅ビルや電子マネーの事業規模が三割に達するようになったという。今回の番組はJR東日本の新たな二本の矢、駅ビル事業と電子マネー事情に迫っていた。そして今回の番組を観ていると、JR東日本がJRグループ各社の中でも最も勢いを感じたのはいうまでもない。至せり尽くせり、全てに行き届いたサービス等、その対応は目を見張った。

 JR東日本の面白いところは、自ら東日本の中で競合させている点だろう。品川駅だけでもアトレ、ルミネ、エキュートの三社のショッピングモールが同じJR東日本系なのである(品川駅にはこの他、京急系のウイング高輪があり)。中でも最も新しいのがエキュートで、『駅ナカ』という改札の中にテナントを設けるという新しいジャンルを開拓した。番組ではそのエキュート品川の開店までの背景を追い、とても興味深かった。舞台は駅なのだが、もうそこに鉄道会社という頑な姿勢は見えてこない。

 そんな中、エキュートに出展するある有名パティシエのお店で、『駅ナカ』の目玉となるロールケーキが売られる事になった。ロールケーキの箱には電車が描かれ、如何にも『駅ナカ』発という点が表現されていた。しかしだ。そのパティシエいわく、「理想は新幹線の絵なんだよね」と愚痴をこぼす。そう品川に乗り入れる東海道新幹線はJR東日本だけでなく、東海、西日本と又に掛ける路線。東日本だけの判断だけでは許諾されないらしいのだ。その上、パティシエは冒頭、「東海と仲悪いの」と切り出していた。実はJRグループ、問題の根幹はそこにある。

 JR東日本のもう一つの矢、乗車券カードSuicaから電子マネーへの展開。駅という袋小路にJR東日本が新たな市場を見い出した好例。電子マネー自体は先人にビットワレットのEdyがあるが、これに競合する形で普及してきた。そして今やSuicaは駅を飛び出そうとしている。だがそんな矢先、歯がゆさを覚えるのは電子マネーに積極的なのが、JR東日本(Suica)、西日本(ICOCA)に限られる事だ。東日本と西日本の間の路線を結ぶJR東海の姿がそこに無い。そして先のパティシエの言葉はここにも当てはまる。やっぱ「東海と仲悪いの」?...だ。

 以下は番組外の話。電子マネーの利便性は浸透しつつある。しかしグループ間の連携がとれないため、肝心なところで問題を露呈する。例えば筆者がSuicaで小田原駅から乗り入れたとしよう。しかし下り線、沼津では決済ができない。それは沼津がJR東海だからだ。少なくとも自動改札ではSuicaに対応していない。東海から東日本に乗り入れる際も同じ。一応JR東海にも電子マネー採用の話はあるが、まだ出だしで具体化に至っていない。確かにJR東日本は首都圏を抱えるゆえ、早急な変化を要求されるのだろう。しかしJR東海は東海道新幹線というドル箱にあぐらをかき、しかも新幹線開発でイニシャチブをとっているゆえ、いまだに鉄道会社という殻の中にいる。今回の「ガイアの夜明け」ではわずかだが、そんな一端を見せられた気がする。

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2005/09/28

異例会見に『出るクイは打たれる』

 先の衆院選をタナボタ当選以降、面白発言でマスコミを賑わせた杉村太蔵衆院議員が記者会見を開いた。要は「ボクはマジメに政治に取り組みますよ宣言」である。確かに彼の数々の発言はまさに『国会のパンチ佐藤』のようであり、「コクはいいから、キレで行け」といった感があった。ただ言葉の中身を考えると、パンチ佐藤の足許にも及ばない子供っぽさに溢れていた。でも彼の言葉にあった国会議員になった驚きと驕りは、ある意味正直な26才の本音である。

 長老クラスや大物議員からみれば、たかだか蚊が鳴いている程度の事だろうが、同期や二年生議員以降の中堅議員からはやっかみも多かったのだろう。ことわざの通り、出るクイは打たれる。まず今回の296議席が再度獲得できるか、その保証は無い。今回の衆院選で落選、民主党に大量発生した浪人政治家と、同じ道を味わう事も想定される。もうサバイバルレースは始まっているのだ。ただこれだけマスコミ受けした杉村氏は、そんな中でも一歩リードした存在になった。まだ実績は無いが...

 そもそも政治家の問題発言は今に始まった事ではない。今回のシロウト丸出し杉村発言はまだまだ可愛いもの。かつて国際問題に発展した失言も少なくない。そればかりでなく今回クイを打った武部幹事長自身も、かつて問題発言の多い政治家の一人であった。いやいやそれだけではない。小泉総理自身も筆者を怒らせた「人生いろいろ」発言に代表される『失言のデパート』、いや『問題発言の総合商社』である。そう思うと失言、問題発言は自民党議員の十八番(おはこ)のような気もしてくる。

 新人議員というと実際は熟年、あるいは老年世代だったりと、言葉と実像のかい離がみられていた政治の世界、女性議員を全て『マドンナ議員』と称す不思議な世界でもある。そんな中、本当に若い新人が現われた。それに少なくとも、小泉チルドレンの代名詞たる、杉村議員に何らかの魅力があるのは画面を通して感じる。今後一人の政治家の成長を知る意味で、彼の人生を見続けるのも興味深いかもしれない。そんな一方、一億円のやり取りを「覚えていない」とのたまう大物議員もいるのだから。

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2005/09/12

勝ち馬に乗れ

 小泉自民党の圧勝に終わりそうな9.11衆議院選挙。出口調査、開票速報が出た瞬間、悲喜こもごもの顔が各局の特番から流れてきた。いや圧勝という言葉では済まない、着差は今年のダービーでのディープインパクト級の大差の勝利。二着に圧倒的な五馬身差をつけ、レコードタイのオマケつきだったディープインパクトのパフォーマンスと、今回の自民党の勝利と重なってくる。勝つであろう、大勝は判っていても、小泉自民党のパフォーマンスはその想像を遥かに超えていた。

 自民党の集票パターンも、単勝支持率1.1倍のディープインパクトと何となく似ている。競馬では勝つ馬を予想するのが鉄則。ただギャンブルだから大穴を狙いたくなる。しかし強い馬なら「勝ち馬に乗れ」の格言の通り、勝つであろう党、その大きな流れで候補者にも投票した、その結果がトリプルスコアの自民圧勝を引き出した。遊説先、有権者の熱狂から少なくとも、小泉総理は優れた集票マシーンだという事だ。民主党は対抗馬であっても、遠く後塵を拝す事はマスコミから伝わってきていた。ただ競馬と違い、二着には賞金すら用意されていない。議席を失うだけだ。

 今回の衆議院選挙、表向きは郵政民営化が、だが本当はねじれ現象がテーマだった。中央と地方のねじれが取り沙汰されたが、そこではさらに地方の中でもねじれを引き起こす。それが露呈した事により、旧態依然の地方癒着の論理が崩壊。地方の中に勝ち馬に乗ろうという流れが生まれ始めた。事実、刺客を推したのは、ねじれで生まれた支持層からだった。だが本当に必要なのは官僚のねじれ、いやねじり切る事であり、これは国民の手の届かないところ。本当にそれができるのか、力を与えた総理がそれをできるのか。

 強い馬には展開要らず、これは競馬の格言である。だが、これからの小泉総理には展開要らずと言えるのかどうか。ボクはアイドルホースという言葉が嫌いだ。人気と実力が伴ってこそ、名馬として歴史に残る。今回のフィーバー型の選挙上手はまだしも、小泉総理の政治手腕はアイドルホースの域を出ておらず、本音は小泉総理にディープインパクト級の信頼を置く事はできない。ただとにかく結果を見た今は、総理の公約が口実だけに終わらない事を望むだけだ...

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2005/09/09

その貪欲さはある意味、単なるタレント議員...では

 いよいよあさっては衆議院選挙である。七月からヤマを迎えた小泉劇場はフィナーレに進むか、新シリーズを迎えるかの瀬戸際である。とにかく郵政民営化だけを言い続ける総理に驚いたが、気がつけば就任からはや四年、毎日テレビに出続ける総理のほうにもっと驚かされた。毎日会見を続ける総理はまるで「笑っていいとも」のタモリ、帯番組を持つタレントのようでもある。時に静かに語り出し、たまにユーモアを交え、そして静かに怒る。また今やファッションリーダーとして、クールビズを牽引する才能ぶりである。

 そういえば昔テレビを見ていたら、にしきのあきらがトーク番組でこんな事を言っていた。バラエティで人気再燃、スターにしきのとして見事復活した当時のこと。そんな時、ファンの生の声を感じた彼は、やはりテレビに出る事こそが重要と改めて認識したという。タレントの人気のバロメーターはやはりテレビ。実際、テレビから消えたタレントは最悪、死亡説まで出るくらい悲惨な状況である。どんな小さな仕事でもいい...にしきのはテレビに出る事に貪欲になったそうだ。

 にしきのの言葉は、小泉総理のテレビ出演に対する貪欲さに当てはまる。激戦を制した総裁選以後、総理はマスコミの中でもテレビを多く利用した。靖国参拝、突然の北の訪問、度重なる問題発言、年金未納問題、そしてワンフレーズ・ポリティクスと常に話題を提供し、時に墓穴を掘りつつも、テレビに出続ける事でその人気を維持してきた。そもそも支持率50%を行き来する姿をタレントに例えれば、充分Aクラスのギャラが得られる立場。多くのタレント議員を擁する自民党も、一種の芸能プロダクションと大差ないようにも思える。女性候補ばかり、刺客に対する演出もそんな面が浮かんでくる。

 かつて西川きよしを毛嫌いしたように、タレント議員は大嫌いだ。彼らこそ税金の無駄遣い。議員の仕事を片手間に、タレントを続ける姿は政治という仕事をなめているように思えたからである。政治手腕よりも、テレビでのパフォーマンスばかりが目立つ小泉総理。ある意味、総理の姿はタレント議員と変わらない。確かに不完全ながら郵政民営化は賛成。ただボクはなかなか執念深く、あの時の事を忘れていない。気安く『人生いろいろ』とは何なんだ。確かに長いものには巻かれる覚悟はある。ただ投票日は自分の意志を通し、本来問われるべき政治手腕を頭に入れて投票したいと思っている。

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2005/08/24

生き残るためのフォーマット

 次世代光ディスクのブルーレイとHD DVDの規格統一交渉が、ほぼ決裂に終わりそうだ。年末にはパッケージソフトの第一弾タイトルが発売される事を考えれば、もうデッドラインを超えてしまった時期にあたる。お互いの窓口、ソニーと東芝は他事業で協力するも、次世代光ディスクに関しては、大人の事情で袂を分かつ事になってしまった。現在、現行記録型DVDはほぼ収束時期に入り、やっと二層記録式が出始めた矢先だが、スムーズな移行が求められる中で冷や水を差すような出来事となってしまった。

 二大フォーマットの対決はかつてのVHS対ベータ(ビデオテープ)、LD対VHD(ディスク)、8mm対VHS-C(ビデオカメラ)とあったように、この業界では定番となった戦いだ。統一によるウマミよりも、戦って勝利した時に生まれるメリットを優先する、それがこの業界の基本的な考え方である。稀にNECの発売したMVDISC(Multimedia Video DISC)フォーマットのような変り種も登場するが、それらは政治におけるミニ新党のようで、実際は一般への浸透に至らない。

 そしてその根底にあるのは「生き残るためのフォーマット」を模索する事。当事者にとってはまさに死活問題である。生き残るためには大きなものに巻かれるし、妥協もする。その違いが大同小異となりつつも、その小さな違いが当事者にとって重要と説く。そして主義主張を曲げようとすれば、やがて弾かれてしまう。そんな状況、どこかで見たことはないか。郵政民営化法案における賛成派と反対派、自民党内部の動向と似ている気がする。反対派の切捨ては、小泉総理の「生き残るためのフォーマット」の模索の末の出来事といえる。結果、反対派はミニ政党になっていった。

 二大政党制を説く民主党も、自民党に対するアンチフォーマットだが、大同小異な点は先の郵政民営化反対派とほとんど立場は変わらない。そもそも自民党やその他野党の人材が結集した「生き残るためのフォーマット」である。しかも結束でなく結集である点は見逃せない。だからこそいまだに意見のまとまらない、頼りない野党第一党のままなのである。いいモノ、いい政治をするには「生き残るためのフォーマット」から「喜ばれるフォーマット」への転換が必要。例えばパッケージソフト、現在のDVD-Videoは老若男女から大きな支持を得た事を省みると、できる限りの規格統一は不可欠。何事も同じ、モノ作りしかり、政治しかりなのである。

050824
         民主党はベータなのか?


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2005/08/22

ガンダム的政治論「ギレン・ザビVS小泉純一郎」

こんな妄想をしてみた...

民衆を前、壇上にスーツ姿の男が上がった。男は熱く語りだした。
「我々は一つの法案成立の場を失った。しかし、これは敗北を意味するのか?いや!始まりなのだ!
超大国に比べ、我が国力は限られている。
にもかかわらず今日まで戦い抜いてこられたのは何故か?
諸君!我がジミン党の政策目的が正義だからだ。これは諸君らが一番知っている。
我々はかつて敗戦国と追われ、国は一度大きな貧困を味わされた。
そして、一握りのエリートら官僚で膨れ上がった官庁が支配して60年、この国に住む我々が自由を要求して何度踏みにじられたか。
ジミン党の掲げる国民一人一人の自由のための戦いを神が見捨てるはずはない。
私の...!諸君らが支持してくれた郵政民営化法案は否決された。
何故だ!?

新しい時代の覇権を選ばれた国民が得るは、歴史の必然である。
ならば、我らは襟を正し、この政局を打開しなければならぬ。
我々は過酷な社会を生活の場としながらも共に苦悩し、錬磨して今日の文化を築き上げてきた。
かつて、私は「全ての改革は郵政民営化無くして始まらない」と言った。
しかしながら郵政民営化否定論者共は、自分たちが既得権を有すると増長し我々に抗戦する。
諸君の父も、子もその彼らの無思慮な抵抗の前に屈していったのだ!
この悲しみも怒りも忘れてはならない!それを、郵政民営化否決をもって我々に示してくれた!
我々は今、この怒りを結集し、衆議院解散を介して、初めて真の勝利を得ることができる。
この勝利こそ、国民全てへの最大の慰めとなる。
国民よ立て!悲しみを怒りに変えて、立てよ!国民よ!
我ら国民こそ選ばれた民であることを忘れないでほしいのだ。
郵政民営化を行なう我らこそ国民を救い得るのである。ジーク・ジミン!...」

コブシを振り上げる民衆、微笑む壇上、演説を終えたロマンスグレーの男(つづく)。

 実は金曜から土曜未明まで、翌日が休出であるのにも関わらず、NHK-BS2で放送されていた「まるごと起動戦士ガンダム」をほとんど見てしまった。土曜はうつらうつらな中、いつの間にか、今の日本の立つ政局とガンダムの世界観が混在してしまった。特に放送された映画版「ガンダム」の第一部、ザビ家の長男ギレンが弟ガルマの死に際し、国民の前であらためて鼓舞する有名な演説があるのだが、この演説と奇しくも小泉総理の郵政民営化を固持する姿がダブっていたのだ。しかもギレン・ザビと小泉純一郎、彼ら二人に類似点は少なくない。

 まず二人は演説がうまい。巧みと言っていい。国民の心をギュッとつかむ名演説は両者に共通している。ギレンの名演は冒頭のパロディの元ネタにもなっているし、ガンダムを政治色あるドラマに位置付けた功労者でもある。声をあてた銀河万丈氏の低音と迫力ある演技と相まって、その演説は劇場版第一部のラストをきっちり締めていた。これに対し、小泉総理は感情を露にした声質という点で劣るが、迫力とボキャブラリーでは負けていない。ワンフレーズ・ポリティクスの申し子らしく、記録より記憶を大事にしているとも言える。

 そして二人は独身である。実は重要なファクターでこのコラムでも触れた事があるが、当事者本人が政策の正しさに一直線となるも、一番の舵取りは奥さんだったりする。「世界は女性で回っている」なんて格言もあるが、それは正しい。奥さんは本当に身近な小さな政府の大蔵大臣でもあるからだ。だから同時に今の小泉総理の財布の中身が心配だったりする。自分も含め、独身者はお金に疎いからね。そんな人が年金だ、サラリーマン増税だなんて、人任せになるのは当然。ギレンも新型モビルスーツ投入やソーラレイで国費を潰したろうし。

 そして二人は身近に(体格が)大柄な人物がいる点も似ていた。ギレンの父、デギン・ザビはまさに大柄。しかもジオン公国の長でもある。だが長男たるギレンは着々と力をつけ、デギンの下から独立、一人歩きしていった。そしてギレンは和平を画策したデギンをソーラレイの標的とし、連邦軍共々粉砕した。いわゆる父殺しである。一方の雄、小泉総理も居ました、とっても身近なところに大柄な人。その人こそ森喜朗元総理、小泉総理の支持派閥の長である。しかも森氏にとって今回の騒動は自民党にとって死に等しい行為、肉を切って骨を絶つ派閥解体である。だからこそデギンと森氏は、その風貌だけでなくかなり似た立場である事がわかる。「干乾びたチーズとビールだけ...」と会談後姿を現した森氏が悲しい。

 ギレン・ザビと小泉純一郎。その行く末は気になるが、ギレンは妹キシリア・ザビの手によって死んでいった。最後は身内の裏切りである。無理な政策が様々な歪みを生み、結果として身を滅ぼした。一方、確かに小泉総理は策士である。解散直後、用意周到に様々な刺客、くノ一、ホリエモンと次々と切り札を駆使、一見巧く運んでいるように思える。しかし術に溺れるという言葉もある。郵政民営化、派閥解体が進み新たな自民党を生んだのち、果たして小泉総理にどんな結末が待っているのだろうか。ギレンならぬ『小泉純一郎の野望』の結末は如何に。

050822

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2005/08/21

衆院選の戦い方を見る

 9月11日に投票日が決まった衆院選。主要各党の今選挙におけるスローガンが披露された。それらを並べると次のようになる。

自由民主党「改革を止めるな。」
公明党「日本を前へ。改革を前へ。」
民主党「日本を、あきらめない」
日本共産党「たしかな野党が必要です」
社民党「国民を見ずして、改革なし」

 これをみると、『改革』という言葉を入れている自民党は当然、連立している公明党、野党では社民党が唯一といったところ。共産党はまるで彼らの心の叫びを言い表している。一方悲しいかな、二大政党を進めたい民主党のスローガンはあまりにも抽象的過ぎた。だが選挙を戦うのに明確なテーマが無くて、自分たちの首を絞めている気もする。そもそも自民党も民主党もニアリーイコールな存在、有意差はつけ難い。スローガンでいえば、改革を言い続けた自民党のアドバンテージが大きそうだ。

 小泉総理の巧みさはこうしたイメージ戦略だと思う。矢継ぎ早に次々と話題を提供し、自らの政権の維持に努めてきた。その真打が郵政民営化と衆院選。之ほどにインパクトある戦略はない。しかも既得権に振り回された旧態依然たる郵政反対派、彼らを自民党から切り離した印象はけっして悪くない。小泉政治には善悪の明確化を促す雰囲気が漂うが、郵政反対派は改革に悪と、早くも自らのキャラクターを盾に衆院選のイメージを確立している。いや人間の記憶を巧みに利用し、過去、そしてこれから先の負の遺産さえカモフラージュ、郵政民営化こそが『改革』と圧しつけている。「くノ一」なんて恐れ入った。そんな総理の手腕には舌を巻かざる得ない。

 同時に感じるのは民主党のだらしなさである。岡田代表に移行してから、手を抜いてきたとは言わないが、もっと政治の中心でアピールが必要だったのではないか。自民とニアリーイコールな存在なら、それを選択肢としてアピールするべきだった。しかもそこに秘策を持っていても、秘策として効果を発揮できないアピール不足を感じる。岡田代表がもっと徹底してマスコミに登場(ニュース、バラエティ問わず)すれば、大きなアピールとなろう。その位、死に物狂いな露出がなければ悲しいかな、国民の注目を受ける事ができない、それ程の民主党の意識改革が必要だ。衆院選は民主党よりホリエモン出馬のほうがニュースになっている事実。岡田代表以下、真摯に受け取るべきだ。

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2005/08/09

小泉総理の秋まつり

 政治という言葉は「まつりごと」と称されることがある。古くから祭と政は切っても切れない関係にあり、それが言葉として現在まで活きてきた。そして昨日の衆議院解散、これこそ政治を「まつりごと」と表すのに絶好の機会といえよう。大義があるようでない、郵政法案賛成派も反対派もどちらにも正義は無い。片や中途半端な改革案のゴリ押し、一方は既得権の維持に躍起。総理の脅しも参議院の採択によって、現実となって衆議院に跳ね返ってきた。こんなドタバタ、修羅場をみると、議院内閣制って何だと考えてしまう。

 まず総理の言っている事は間違いない。そもそも郵政民営化を掲げて、党首選を戦ってきた。だから一貫した意見としては正しい。しかしその他がまるでダメ。このコラムで何度も触れてきたが、外遊大臣たるアプローチで国内に徹した姿勢をみる事は無かった。また在任中、数々の問題を露呈したが、結局はおざなり。特に年金問題で開き直った姿を見て、本当に呆れたものだ。別に郵政が総理のライフワークなのは構わない。だが総理大臣、本当の仕事がそれに留まらないのは周知の通り。結局、総理から郵政民営化と外遊大臣の顔しか見えてこなかった。

 だからといって既得権の維持を図った反対派にも疑問はある。「正義は我等にあり」が如く、正論として繰り出していたが、郵政民営化を覆すだけの材料はそこになかった。みすみす票田を捨てたくない、特定郵便局の息子が繰り出したステルス作戦には聞いて呆れた。これこそ悪しき自民党に残された構図。かつて総裁選で「自民党をぶっ壊す」と豪語した総理。ただ総理自身も含めて、こんな形で実現するとは誰にも思わなかったのではないか。おかげで自民党はぶっ壊れ掛けている。有言実行、その点だけ唯一、小泉総理の集大成として評価したい。

050809 小泉総理にとって秋まつりとなる9月11日の総選挙。政治にしらけている有権者からみれば、ますます流れる票の行方は見えてこない。分裂自民のどちらを推すか。生まれる新体制、新党の行方も気になる。ただ正直、岡田体制の民主党に託すだけの博打も打てない。本当のキーマンは同じ民主党、小沢一郎だと思う。政局に強い策士、新党の動きと連動、何か仕掛けてくる事が予想される。一方、武部幹事長が「郵政民営化の可否を問う選挙」と言っているが、それも違う。あくまで小泉政治の集大成として国民の審判を受ける、そう考えるべき。ただもし自民党がこのまま本当にぶっ壊れるのなら、総理のそんな手腕だけに一票投じてもいい。ボクも負けず劣らず変人なので(笑)。[ただ某党との連立無しという条件ですけどね]

注:8月10日から15日まで北海道旅行のため、お休みします。ただBlog版は更新があるかもしれません。

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2005/07/19

静岡空港なんていらない

 地球は広い。だが日本は狭い。忙しい世の中、ネット時代。たった一時間の短縮が何になるのだろうか。静岡県は東京都と愛知県の狭間。東海道新幹線は通っているし、空路なら国内外に名古屋、成田、羽田とアクセスポイントがある。それなのに何故、静岡県に空港を作りたいのか。そもそも選択肢を増やす事は必ずしもプラスとはならない。プラスどころか債務ばかりが増えていく。そしてそれを半ば強引に進めた、現知事の進退を賭けた静岡県知事選挙が週末に行なわれる。

 四年前に行なわれた前回の県知事選。だが当時その争点、空港問題はおざなりにされた。いや対立候補が乱立、一本化できず、現職に立ち向かうまでに至らなかったというのが正しい。現職はそのまま三選されたが、静岡空港問題を住民投票に掛けず、そのままゴリ押しに進めている背景がある。静岡県に何故、空港が必要なのか。十分な論議もされずに作られようとしている。奇しくも今回、対立候補は一本化された(支持団体は別として...)。しかも空港反対論者である。そう、今回の知事選は空港反対論争の代理戦争でもある。

 引き返すのならまだ間に合う。ならば真っ向から空港反対だ。静岡から他県、首都圏との距離を考えれば、どうして空港が必要という答えが出てくるのか。様々な空論を盾に県を始めとする推進派。だが所詮は空論だ。しかも同じ空論を繰り出した他県の地方空港は、いずれも閑古鳥が鳴いている。それに高コスト、騒音、環境と様々な問題をわざわざ作る必要はないだろう。それでなくとも静岡県内の自然は破壊されつつある。海や川、山は汚れ、他県の人を受け入れる以前の問題を抱えている。県内観光への動員を引き合いに出すのなら、まだまだ先にする事があるのではないか。

 そして最もバカバカしいのが、この空港へ行くために鉄道、道路の敷設が必要な事である。航路開拓のための陸路開拓。まるで本末転倒な要求。ど田舎に空港を作るとはそういう事なのだ。現知事を動かす一部の利権のため、エゴのために空港なんて要らない。ちなみに現知事が就任以来、県の債務は四倍に膨れ上がったらしい。空港問題、三期に渡る県政の総括、それらを含め7月24日、静岡県民の賢明な総意が求められている。

050719
長澤まさみちゃん、静岡の中心で、Go!選挙とさけぶ...


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2005/06/16

国会議員のコスト意識

 衆院職員の「乱闘手当」廃止になるそうだ。なるそうだ...と思わず書いてしまったが、まず「乱闘手当」なるものが存在していた事に驚いた。1960年の導入で、危険手当の一種として創設されたらしい。プロ野球では、乱闘があった時に出て行かなければペナルティーを受けるそうだが、この衆院職員の「乱闘手当」も似たようなものなのか。いやいや、乱闘が無くとも支給があるとの事で、とっても美味しい手当だったようだ。まぁ今のご時世、『国の無駄遣い』と称される一連の反発から、退き時を迎える事になった。

 そもそも公務員の無駄遣いは大阪市の制服(ブレザー)支給、社会保険庁一連のドタバタ等、挙げていったら枚挙暇が無い状態。構造改革に金融政策、小泉改革の外面は革新的な点をアピールしているが、地方中央に関わらず、その根幹は旧態依然である。それでも成り立ってしまうのだから「株式会社日本」の底力は凄い...いや幻影を見せられているだけで、秒単位で借金を増やし、しかも次世代へ先送りしている。会社ならとうに倒産だ。そんな中だからこそ、「乱闘手当」ちゃんちゃらオカシイって事になる。

 総理は郵政民営化法案を通したいがために、今国会を会期延長するとの事。与党内の意見がまとまらない中、純ちゃんのゴリ押し民営化は大一番を迎える。メリット、デメリットが叫ばれる中、敢えて有用性は感じないが、そのプロセスに物申したい。一日国会を会期延長させると、一日当たり約一億円のお金が必要となると言われている。何のためかといえば、国会運営に使われる事になる。でもこれってペナルティーが必要ではないか。

 我々の勤める一般企業ではコスト意識を求められる。ペン一本まで管理されているし、昼休みの消灯は当たり前。一方、このような簡単に会期延長される実態(まだ決まっていないが)からも、国会議員、彼らにコスト意識があるとは到底思えない。せいぜいクールビズ、さらにバカな紙芝居を見せ合って、総理が笑っている何処が国会なのか。決められた中で実のある論議をするべきだ。注ぎ込まれる血税は未曾有ではない。これ以上、リスクを背負うのは、正直勘弁してもらいたい。

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2005/02/05

人生いろいろ

 昨日、某番組を見ていたら、島倉千代子が出演していた。その中で語られる彼女の半生。貧しい生活、家族。順風満帆の歌手生活の一方、自らの結婚と離婚。さらに詐欺に巻き込まれ、窮地に追い込まれて、声まで出なくなった事があるという。そんな中でで出会ったのが、のちの大ヒット曲となる『人生いろいろ』。「死んでしまおうなんて、悩んだりしたわ...」の歌詞は、そうした彼女の経験してきた人生観が反映されていたものだと知ると、余計に考えさせられるものだ。

 ボクは会社の人と飲みに行く事が少なくない。そんな中、饒舌によくしゃべる先輩がいる。確かに聞こえはいいもののよく聞いてみると、他人の話であったり、歌詞の引用であったりする。マシンガントーク、言葉の羅列はテンポがよくても、言葉に魂がこもっている感じはしない。むしろ言葉に詰まったとしても、丁寧に伝えようとする言葉のほうに魅力を感じる。ボクはその先輩にある席で「言葉をもっと大事にして欲しい」と話した事があるが、果たして何処まで通じただろうか。

 ボクはホームページやコラムを書くようになって、言葉の重みを痛感するようになった。まず発する言葉に自分の主張が込められるべきだし、例えそれが引用であったとしても、自分のフィルターに通して話すべきだと思っている。美辞麗句はいいが、身分不相応、口だけに終わるような書き方もしたくない。たまに他人を傷つけるような事を書いてしまっているかもしれないが、その背景、ポリシーを通した上で、間違った事を書いたつもりはない。たぶんその場合、行間が読めず、短絡的に捉えられてしまったのだと思う。とはいえ、ボクが全く逆の立場となる事もあり得るのだが。

 さて何故そんな話を持ち出したかというと、妄言癖のあの方の事を言いたかっただけ。先日、そんな小泉総理は国会、二十七日の予算委員会にて菅直人民主党前代表の追求に、「人生いろいろ、当たり前じゃないですか!」と開き直っていたからだ。政治手腕はさておき、この人の相も変らぬ言葉の重みの無さには呆れてしまう。少なくとも総理には、前述の島倉千代子のこの歌に託した言葉、歌の重みは伝わっていない。もし伝わっているのであれば、「人生いろいろ、当たり前じゃないですか」なんて、国会で口が裂けても言えるはずがない。実は「言葉をもっと大事にして欲しい」と思うのは、そんな小泉総理に対してなのである。

050205
人生いろいろ/島倉千代子

作詞: 中山大三郎 作曲: 浜口庫之助

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2004/12/16

首相に足りないもの

 年も押し迫り、二〇〇四年も終わろうとしている。今年を表す漢字が『災』と決まったが、思い起こせば夏のオリンピックを除けば、そんな印象は強い。中越地震、夏の台風大挙来襲、海外に目を向ければイラクでの邦人殺害もあった。また形は違うが、プロ野球の合併問題も選手たちにとっては大きな災いであった。結果は両成敗的な流れとなったが、新潟に新球団が生まれた一方で古巣の球団が一つ消えていった。しかし最も問題と思うのは政治の信頼回復不足であり、政治を発端とした災いでいまだに見通しが立っていない。

 喉元過ぎれば感覚で、国民の頭から年金問題が消えかけようとしている。春先に始まった国会議員の未納問題は与野党問わずに伝播し、野党第一党の民主党管代表の首を獲る形で福田官房長官(当時)が辞職、一旦幕を閉じたかに思えた。そして間もなく小泉首相自身の未納問題が発覚。社会人時代の空白期間を含めて「人生いろいろ、会社もいろいろ...」の発言に至った。その後のあいまいな政治方針、年末に入り定率減税の段階的解消と次々に不安な政策が見えてきた。

 小泉政治は常に海外に目を向いていた。確かに聞こえはいいが、あくまでアメリカの顔色を見ながらであり、対イラク政策はそうした面が強い。その全てを否定はしないが、確固たる姿勢を感じるかと言われれば疑問。疑問を感じるその一つに対北○○政策がある。早々に主導権をとられた平○宣言、拉○被害者完全奪回にも弱気。挙句の果て、次々と出させた偽情報も黙って経過を待つ始末。そこに駆け引きはない。世界の国々、それぞれの首脳、全てが正しいわけではないが、惹きつける力があってこその政治家ばかり。それに対して我が日本、世界の中でもここまで主張なき指導者も珍しい。

 そんな時、小泉首相に足りないものを考えてみた。政治力、指導力、いやいやそういうものではない。それこそファーストレディ、奥さんがいない事だ。首相はバツのついた人だが、現時点で女性の影は一切無い。いたとしてもパートタイムラヴァーか。ただ何故、奥さんがいる事が大切なのか。まず男性と女性の経済観念は違う。具体的な表現は難しいが、みな何処か感ずる部分はあるのではと思う。昔から言われる『我が家の大蔵大臣』とはいいえて妙な言葉だと思う。首相に舵取り役がいない事はわが国にも舵取り役がいない事に等しい。人間、大仕事をする時、舵取り役は絶対必要。首相にそんな懸念を感じるのは自分と同じ立場だから。ちなみにボクはバツがありませんけどね。

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