2009/06/29

「マイケル・ジャクソン」という時代

 中学時代、レコード店の片隅で、あるレーザーディスクのデモが流れていた事を思い出す。見るもの全てが新鮮で、一時間のビデオを何度も何度も立ち見した。流れていた映像は、マイケル・ジャクソンの「スリラー」だった。当時、アメリカではMTVが始まった頃。そこで驚かされたのは「ビリー・ジーン」のライブアクト。誰が名付けたかムーンウォーク。猫も杓子も、出来ようが出来まいが、足を後に引きずって真似をした。

 ちょうど身近なところでは、レコードレンタルの登場と重なる。思春期、音楽の興味は邦楽から洋楽へ変わった頃でもある。もちろん借りたレコードにも「スリラー」はあった。また借りるばかりでなく、シングルの「スリラー」も買った。ただのシングルではなく、12インチシングル。30センチのLPサイズをEPの45回転で走らせる。当時ダンス系とくれば、全て12インチシングルでリリースされていた。

 90年代、CDが爆発的に普及した頃、マイケルはクインシー・ジョーンズと共同プロデュースによる集大成「BAD」をリリース。当時、CDは3,200円だった。プロモ公開も一大行事。第一弾プロモの監督は、前作のジョン・ランディスからマーティン・スコセッシ。ニューヨークの地下鉄を貸し切っての撮影。マイケルのダンスもさることながら、まだ無名だったウェズリー・スナイプスが印象的だった。今観てもクオリティの高い一篇である。

 社会人になって嗜好の違いから、マイケルの音楽と疎遠になった。この間、漏れ聞こえてくるのはゴシップばかり。そしてレコード、レーザーディスクは世の中から消え、今や音楽はCDから楽曲のダウンロード販売に移り変わろうとしている。先週末のニュースもそんな中の出来事だった。その時、年下の妻にこんな事を言われた。

「マイケル・ジャクソンって黒人なんだって!」

時は流れ、一つの時代は終わった。


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2009/02/27

「ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト」を観る

 今夜は盟友N氏の誘いを受け、「ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト」を観てきた。劇場の窓口でタイトルがおぼつかない程、スコセッシの撮ったストーンズの映画という程度の事前知識。しかしマーティン・スコセッシといえば、ザ・バンドの「ラスト・ワルツ」等、音楽映画でも才能を発揮する監督である。ストーンズとのコラボレーションは如何に、そんな気持で観始めた。

 冗談なのか、冒頭のストーンズとスコセッシのやり取りが可笑しい。プロとして観客のためにステージを組み立てるストーンズ、一方最高のステージを撮ろうとするスコセッシ。ただそれは単なるつかみであり、ステージが始まればあくまで主役はストーンズだ(とはいえ、出たがりのスコセッシはラストにも登場する)。メンバーを追うカメラ割り、編集等、スコセッシの面目躍如。さらに過去のインタビューを織り交ぜ、ストーンズの道程に迫る。

 デビュー以降、40年間ストーンズはとにかくブレないのだ。多少の紆余曲折はあったが、ストーンズは走り続けるならぬ、転がり続ける。進化ではなく、経験を味方にしたロックのスタンダードを演奏し続けている。今のストーンズは同期のビートルズも到達し得なかったある意味、神の領域に居るのかもしれない。静と動を兼ね備えたミックのパフォーマンス、味のあるキースとロニーのギター(相変わらずのキースのスモーカーぶりはご愛嬌)、マイペースなチャーリーのドラムワーク。四人の化学反応は"老若男女"を問わず魅了する。

 2006年に行われたビーコン・シアターのライブを収めたこの作品。観客にゲストは多岐に渡り、前述の"老若男女を魅了"を裏付ける。個人的には開演前に現れたあの夫妻の登場はタイムリーであり、政治とロック産業の結びつきを見た気がする。ストーンズはロック産業の成功者でもある。そしてイギリスのロックバンドというより、ワールドスタンダードというのが正しいかも。後半にかけての名曲による畳み掛けで、興奮は頂点に達する。

 とにかくマイペース、ブレないストーンズ。だがこの作品を通して感じる、彼らのプロ意識に感服するばかりだ。何処かの国のブレてばかり、自分可愛しの政治家たちに、ストーンズの爪の垢を煎じて飲ませたいぐらい。不況で冴えない世の中、今夜はアラカン(アラウンド還暦)のストーンズたちに、とてつもない元気をもらった気がする。最高だよ!ザ・ローリング・ストーンズ。本作は音楽映画の傑作だ。

090227


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2006/09/19

間が無い事はいい事nanoです(New iPod&iTunes登場)

 先週発表された新iPod。あのminiを彷彿させ劇的な変化をみせたiPod nano、超スモールになったiPod Shuffle、照度アップとバッテリーライフが大きく延びたレギュラーサイズ(?)のiPodとファミリーは充実した。あわせてiTunesも7.0にヴァージョンアップされ、インターフェイスがよりビジュアルにシフト。棚からジャケット写真で探すような遊びも増えた。ただボクのPCのスペック不足か、クイックとはいかないのだが、それでも楽しい事は確かだ。

 中でも出色はギャップレス再生に対応した事だろう。これはかねてから望まれた機能。曲間の区切られたアルバム取り込みなら良いが、ライブ盤や絶え間なく続くメドレーの場合、妙な間が空いて違和感を感じたものだ。確かにAppleが提唱する大容量によるシャッフル再生、アルバムや曲の垣根を取り払うポリシーは楽しい。しかし本来のアルバムの形、アーティストたちの込めたコンセプトは反映できないジレンマはあった。そしてギャップレスは今回のiPodだけの事と半ば諦めていた。

 しかし今回のレギュラーサイズのiPodは第五世代と称しており、ボクの手元にあるiPodと同じだったのである。しかもiTunes7.0にヴァージョンアップ後、同期時にあわせてiPodもソフトウェアアップデートされ、機能面は今回新発売されたiPodと同等になったのである。気がつけば念願のギャップレス再生が実現、すぐにエリック・クラプトンの「アンプラグド」を最初から最後まで聴いていた。当たり前が実現し、iPodは初めて本当のポータブルオーディオとなった瞬間だった。

 マイクロソフトがポータブルデジタルプレーヤー『Zune』を発表。ソニーを始めとする日本国内メーカーは攻勢に転じ、携帯電話と共にiPod包囲網を展開してきている。しかし今のAppleはファンを捉える魅力に溢れている。しかも一年前に実現できたギャップレス再生を、小出しして今年に持ってきた事実。でもファンは誰一人も文句は言わない。そのタイミングの巧さ、今後も続く期待値の高さが大きな強み。まだまだiPodのシェアは衰えそうにない。

追伸.
 英会話ソフトのリスニングにiPodを使用しているが、今回ソフトウェアが1.2になったところ、オーディオブック登録のファイルは全てシャッフル再生できなくなった。短文をシャッフルリスニングするメリットがあったのだが、今更スピードを落として聴く事も無くなったので、MP3でリッピングし直そうかと思っている。再リッピング以外でいい方法はないだろうか。

060919

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2006/03/27

昨日の高松宮記念と宮川泰さんが逝く

 昨日はGI高松宮記念だった。日本二大珍名馬主の一人、小田切有一氏の持ち馬オレハマッテルゼが快勝(もちろんもう一人は、マチカネ軍団の総帥細川益男氏)。オークス馬ノアノハコブネ以来のGI勝利である。ノアノハコブネの鞍上は当時騎手だった音無秀孝調教師。その縁が二十年を経て、以来のコラボレーションが再び実を結んだ。元々小田切氏の馬を管理する事が多く、リーディング常連ながらGI勝ちがこれが初めて。今回の鞍上、柴田義臣騎手にも六年ぶりのGI勝ちをプレゼント。とにかく久々尽くしの高松宮記念だったと思う。

 高松宮記念は中京競馬場、関西エリアのレースとして扱われる。その違いの一つはファンファーレ。GIのファンファーレは東が「ドラゴンクエスト」シリーズでおなじみ、すぎやまこういち氏。西は宮川泰氏の手によるものである(ただし宝塚記念は一般公募)。そう先日亡くなった宮川泰さんの事だ。そんな間際の高松宮記念、中京に宮川さんの作ったファンファーレがこだまする。しかしだ。実況アナもその背景を紹介せず、しかもファンファーレは生演奏ではなかった。正直、ガッカリした。

 大きなGIでは生演奏が必須。ダービー、天皇賞、ジャパンカップ、有馬記念は必ず生演奏である。確かに今回の高松宮記念はGIと呼ぶには格が落ちる。しかし作曲者の亡くなった直後の対応として是非生演奏し、背景を紹介する等して功績を称えるべきだった。それが亡くなった功労者に対する儀礼だと思う。ファンファーレが宮川氏の作った格式あるものに代わり、GIの雰囲気は確実に変わった。昨年、ディープインパクトの三冠のかかった菊花賞、ファンファーレのリズムに合わせ、観客が拍手する姿はその場にいて全身に響いた。そして約三分後、あの感動が体に走った。ディープの走りを振り返る時、かならず宮川さんのファンファーレがある。

 宮川泰さんというとボクら世代にはやはり「宇宙戦艦ヤマト」。猛々しい主題歌、大人の愁いに溢れる「真っ赤なスカーフ」、そして美しさに満ちた数々のスコア群。子供の目から見たちょっと背伸びした大人の世界を体現したのが宮川さんの音楽だった。「宇宙戦艦ヤマト」にはロマンという言葉がまず浮かぶ。音楽の持つ重要性、けっして映像サイドの世界観だけで、あの雰囲気は得られなかったと思う。そして晩年、ビートたけしのバラエティ番組「スーパージョッキー」にコメンテーターとして出演していた宮川さん。お茶目さも宮川さんのトレードマーク。「宮川先生!」とたけしにツッコミを入れられていたのが懐かしい。謹んでご冥福をお祈り致します。

kingofturf
  「King of Turf」
中央競馬のファンファーレ

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2006/02/20

DVD版「一青窈★夢街バンスキング ~はいらんせ~」を観る

 最近、気になるアーティストを挙げていくと、やはり筆頭は一青窈だと思う。昨年はJRAのブランドイメージソングとなった「ハナミズキ」「影踏み」の二曲に魅せられたせいもあるが、これを皮切りに彼女のCDを集め始めた。ここまで気に入る理由は数多くあるが、やはりその詩の世界と歌唱力だろう。特に彼女の歌唱力は、最近のアーティストの中でも目を見張るものがある。一度、生歌を聴いてみたいと思わせるアーティストの一人だ。

 ちょうど一ヶ月ほど前、NHKの地上波で昨年夏、京都祇園甲部歌舞練場で行われた、彼女のライブの模様が放送されていた。そして意外な姿が示される。彼女が生まれる前の懐メロのメドレーが中心に置かれていたからだ。『泣きの一青窈』と称されるが、実際の彼女は明るくしっかりとした個性を持った人。TVKの「Saku Saku」に出演した時、一青っちとしてお茶目さと面白トークは別の一面を表していた。そんな彼女だから、単に『泣き』を否定するわけでなく、新たな一面を見せたい、そんな意気込みが伝わってきた。確か、番組中のインタビューでもそんな話をしていたと思う。

 さて、そんな京都祇園ライブの全長版がDVDとなった。懐メロメドレーも見どころの一つだが、もちろん彼女のヒット曲も満載。前述の二曲に加え、「かざぐるま」「もらい泣き」などのヒットシングルやアルバム収録曲、井上陽水の「ジェラシー」まで網羅。特に好きなのは日本語と中国語の歌詞で構成された「月天心」という曲。流暢な中国語には、日本語とは別の何か惹かれるものがある。そして彼女の唄いっぷり。少し眉にしわを寄せ、口元を引き、手を伸ばす姿が美しい。

 このDVDの良さはカメラワークだろう。アップと引き画を上手に組み合わせ、大画面で観ても疲れない。むしろ大画面で観るからこそ、表情とアクションから伝わるものがある。また音楽ライブ、フィルムタッチ、プログレ収録にPCM音声の組み合わせだとミスマッチな場合も少なくないが、このDVDでは一青窈の世界観に合っており、違和感は一切感じない。筆者的に再生は5.1chより断然レンジが勝るPCM音声を採る。それゆえ回り込むサラウンド感も程ほどだが、過剰な音の演出より、会場の雰囲気は伝わる。惜しむらくは、前述のNHKで放送されたインタビューが無かった事くらい。彼女のコンセプトと舞台、そしてパフォーマンスが見事なライブDVDだ。

060220

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2006/02/05

「インファナル・アフェア」三部作完結...音楽の話だけれど

 やっと「インファナル・アフェア」三部作が完結した...ってもうとっくに終極無間してましたが、あくまで音楽の話です。「インファナル・アフェア」のサントラはシリーズ通して一作に一枚で計三枚。しかし主題歌となるとビヨンドが歌った「長空/Lonely Sky」が第二作「無間序曲」のサントラに入っているのみ。一作目ともなれば、劉徳華(アンディ)や梁朝偉(トニー)のアルバムを介してしか主題歌「無間道」を手に入れる事しかできません。そこでボクはトニー・レオンのアルバム「風沙」を買いました。

 そして第三作「終極無間」の主題歌。これも第一作同様、サントラには収録されませんでした。今回もまたレーベル、権利の関係なんでしょう。幻を見続けるラウ、そしてあのオーディオショップにつながるラスト。そして終演、そこに掛かる楽曲「自作自受」を探すとありました。ジャケットには謎の二人が写り、左麟右李(ズオリン・ヨウリー)の『楽壇双雄』というアルバムが現れた。でもこの二人、いや一方なんだけど何処か見た事がある。

 まず「自作自受」を歌うのは李克勤(ハッケン・リー)。たぶん彼は左側の人物だと思う。だって右側は譚詠麟(アラン・タム)だと気がついたからだ。大昔に観た成龍(ジャッキー・チェン)主演の「サンダーアーム/龍兄虎弟」に出ていた彼を思い出した(ちなみにこの作品はジャッキーが復帰を危ぶまれた大怪我をした作品として有名)。グループ名の『左麟右李』は彼らの名を組み合わせたようだが、ジャケットを見るとその名通りの並びではない事に気づいた。どうでもいいけど、何処か気になります。

 DVD「終極無間」を観つつ、その訳詞を読むととにかく重い。まるで三作に渡るラウの道程を語っているようだ。「自作自受」というタイトルも、その漢字の意味から推測すると、そうした背景が反映されているようにも思える。そして歌詞付の主題歌で作品が終わるのは伝統、如何にも香港映画らしい。適材適所の陳光榮(チャン・クォンウィン)の音楽が映画を盛り上げ、さらに三作ともそれぞれ主題歌で終演。そんな「インファナル・アフェア」三部作の主題歌が好きなのである。

060205

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2006/01/27

「綾戸智絵コンサート2006」を観に行く

 今夜は昨年の五月以来、久々の綾戸っちこと、綾戸智絵のコンサートへ行って来た。通算三度目、今回のコンサートは我が沼津市民文化センター、歩いて出掛けられる距離である。実はチケット発売開始当日、あのディープインパクトの菊花賞と重なり、購入を半ば諦めていたのだが、チケットぴあのプレリザーブを利用、辛うじて手に入れる事ができた。ただそういっても三ヶ月前の出来事、今回のコンサートは我が盟友、N氏を誘う事にした。彼には一昨年暮れのコンサートの時、「当時付き合っていた彼女がもし来なければ...」とスタンバってもらっていた。結果的にその彼女は来てくれて、それを最後に別れてしまったけれど、いい最後の思い出ができました...と当時N氏には迷惑を掛けていたので、今回はそのお返しのようなものとなっていた。

 さてコンサートは我が心のビリー・ジョエル「ニューヨークの想い」からスタート。アルバムでは冒頭飾る事があったが、コンサートの冒頭に入れてくるとは思わなかった。てっきり三度目も「アメージング・グレイス」かなと思いきや、肩透かしを喰らった感じ。でも一曲目が「ニューヨークの想い」のほうが嬉しい。二曲目は"つかみ"の「テネシー・ワルツ」。地方コンサートならでは、どうしても遅れてくるお客さんは少なくない。タイミング的には二曲目なのだ。そこで毎回の事ながら、「テネシー・ワルツ」を歌い終わる頃に遅れたお客さんを入れ、そのお客さんたちをいじる、いじる。そして最後のワンフレーズを聴かせるのだ。これは綾戸通には恒例の儀式である。さすがは"テネシーのおばちゃん"である。

 そしていつも通り、大阪のオモロイおばちゃんトークが始まった。延命処置でコンサートを続けていると言うが、こちらこそ次のコンサートで綾戸っちと逢う事が延命につながる。毎度の事ながら、彼女のコンサートに行く事はアントニオ猪木でいう闘魂注入みたいなもので、元気をもらいに行く感じ。以前は長岡教だったが、教祖が星になってしまった今、もっぱら綾戸教である。ただそういっても宗教的な匂いは皆無。経典は『(お互い)今日のコンサートのために今までの苦労が報われる』といったところだろう。

My-do ナット・キング・コールの「Its only a Papermoon」、リンゴ・スターから好きになったビートルズ「イエスタデイ」、渡米時代のルームメイトから似ていると言われた映画『Sister Act』から「His Eye IS On The Sparrow」へと続く。その端々のトークは相変わらず楽しい。続いてベースマンを加え、自主制作でコンサートでのみの発売となった新アルバム『My do』から「The Day Around」(某食用油CM曲)を、さらにパーカッション、ギターが加わった「It's Too Late」、レゲエ風いやドドンパ風?の名曲「Sunny」で盛り上がる。「Misty」「What's Going On」「Oleo」へとオーソドックス、そして最初の曲の頃よりも力強い手拍子と拍手が感じられた。

 そして最後、「What A Wonderful World」には泣かされた。歌の経緯は昨年夏まで遡り、ある番組で彼女にその歌を歌わせた人物がこの会場に来ていたと告白されたからだ。その人こそイラクで亡くなったジャーナリスト、橋田信介氏の夫人である(彼女は沼津の近隣の町に住んでいる)。亡くなった橋田氏の経緯もあるが、ただそれよりも「What A Wonderful World」を歌って欲しいという背景、そしてこの歌の持つ空しさと美しさに泣けてきた。もちろん綾戸智絵の歌、そのものにもである。コンサートで泣いたのは、後にも先にもこれが初めてだった。この歌は、今こそ何かを考えさせる歌である。アンコールは再び観客を巻き込んで「Stand By Me」、そしてラストは静かに尾崎豊の「I Love You」でコンサートを結んだ。

 毎度[My do]、の事ながらやっぱ綾戸智絵は楽しかった。喜哀楽(怒は全くない)が織り込まれ、しかも音楽を楽しんでいる。だからこそ観ているボクらのほうも盛り上げたいと思う、そんな相乗効果が綾戸智絵のコンサートの真骨頂である。そして今回も例に漏れず、自ら楽しみ、観客をノリノリにさせ、そしてボクらは元気になっている。また近場に彼女が現れたら、元気を注入してもらいに行こう、そんな気持で会場を去った。

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           本日の演奏曲

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2005/11/01

とりあえずiPod(5th Generation)を使ってみた

 第五世代、一般的にはビデオiPodと呼ばれる今回の製品を入手した。発売から3日程たった頃、購入先であるネットのApple Storeから送られてきている。筆者の場合、パーソナライズで文字を入れているためにやや遅れたと思うが、ネット上で発売開始がされたすぐに購入の決断に至ったため、比較的早い入手だと思う。なお容量の大きい60GBの上位機種を選び、とりあえずセットアップ。ただそこで早々につまづいた。筆者の母艦パソコンはIEEE1394(ファイヤーワイヤー)には対応しているものの、USBは1.1と旧世代。今回の第五世代では同期を取るため、USB2.0のみに仕様は替わっていた。先週末にボードを入手。そこまでで一週間はロスしてしまった。後はゆっくりこれまでに作ってきたファイルを同期。数時間経って筆者好みのiPodに生まれ変わった。

 まずこの第五世代(以下5G)、音質は一聴して手持ちの第三世代(以下3G)に比べて良化したと感じる。MP3[128kbpsで可変ビットレート]という条件、ソニーMDR-EX71SLと第三世代との組み合わせでイコライザーは欲しいなぁと思わせていたが、今回の5Gでは無くてもいいなぁと言えるようになっていた。そこそこのクリアさとコクは有しており、このままでも聴き疲れない位に程良い。もちろん派手なアクセントが欲しいとなればイコライザーは必須だが、それは完全にユーザーの好みの域。また常用するエンコード方法でも差は出るだろう。なおiPodを常時携帯するユーザーにはリモコンの不採用が気になる点。まだこの5Gを外に持ち歩く機会が無いので、どこまで必要性を感じるかは今後の関心事である。

 筆者の場合、通勤の行き帰りに車の中でiPodを聴くケースが最も多い。3Gの時からTransPodデジタルを使っており、今回の5Gでも使えている。5Gの60GB版と3Gの20GBのサイズ差が小さいため使えると思うが、最も大きいのが下部コネクタの互換性。幅はギリギリで取り付けに注意が必要、また厚み方向のサイズ差はスペーサーか何かで調整できるだろう。3Gで気になったバッファリングの際に発生するFM波に乗るノイズは、今回の5Gではほとんど感じさせない。その点を評価しただけでも今回買った価値はあった。

 そして多くの人にとって最も大きな関心、動画の再生である。筆者はMac miniを持っている上、Quicktime Player 7 Proも持っている。手持ちの動画をQuicktime=>iTunes経由で取り込み、再生してみたが、かなり高いクオリティで再生できた。ただどんな動画ファイルでもQuicktime Player 7 Proなら確実に5Gで再生できるわけではない。Appleの推奨するスペック、さらにエンコードの状態等など、複雑で単純ではない。また非公式、フリーソフトでDVDを取り込む事もできる。ただしその方法はネットで探せば判る事なので割愛。ただ正直その画を観ると、モバイルもここまで来たかと感じずにいられない。なお非公式である分、時々一瞬音が途切れるし、たまに再生がおかしくなる事も少なくない。またエンコードの手間もバカにできない。ただ他人に対して動画を再生できる優越感に浸るのが、5Gの使い方なのかなぁとも感じた。相変わらずジョブスは商売が巧いね(苦笑)。

051101
    皆さ~ん、iPodの中でモリタカが歌ってますよ!

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2005/10/13

Appleのビックリ箱、新iPodが出た

 iPod nano以降、先週来もう一つのサプライズを匂わせていたAppleだったが、それが現実となった。新iPodの登場。あえてiPodナントカなど尾ひれをつけずに、これが新しいiPodと言い切る潔さがいい。機能も本格的な音楽・ビデオプレーヤーというより、音楽プラスアルファという割り切りも感じる。動画ファイルはMPEG-4 AVC(H.264)は留め、基本的には旧モデルをベースにした絶妙なダウンサイジング。あわせてiTunesもメジャーバージョンアップし、6となっている。

 実はビデオiPodについて4月1日にこんな妄想をしていた。そして妄想、いや予想は覆された。その予想と比較してみると、最も大きな違いは画面の取り扱いである。ボクは少しでも画面は大きくと横型があるのでは、と予想していた。しかし今回の新iPodはあくまで、旧モデルのサイズ内をベースにしており、そのまま画面をワイド化させた事になる。単純に、オーソドックスでまっとうな選択である。

 この選択は『音楽プラスアルファ』という姿勢を明確にするものだ。このサイズでの長時間再生、すなわちテレビや映画を観るのに見合っているとはいえない。むしろ個人レベルでのビデオ製作、iTMSからのビデオクリップ購入、再生を中心においている。もちろんどんな映像ソースもMPEG-4 AVC(H.264)でエンコードしてしまえば視聴可能。だが一般的には他のポータブルプレーヤー(ゲーム機を含む)と同様、映像の取り込みやエンコード方法がカギになる。もしかするとノンサポートながら、他フォーマットも対応が図られているかもしれない。

 さて現時点で日本のAppleサイトに情報は挙がっていないが、既にIT系サイトでは30GBが34,800円、60GBが46,800円とアナウンスがある。容量はどちらを選ぶか迷うところ。ボクは20GB第三世代のiPodを持っているが、今回のモデルチェンジ、そろそろカラー化の恩恵は受けたい...となると、時期的には買ってしまうだろう。まぁ今回のビックリ箱は予想の範囲でもあったが、物欲を刺激する存在である事には変わりない。

051013

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2005/10/10

iTunesヘビーローテーションズ[その4]「大激闘」のテーマ

 最近の刑事ドラマに昔のような骨っぽさは無くなった。連ドラも「はぐれ刑事純情派」のような人情路線、「相棒」のような知的な匂いのするドラマばかりになった。まして二時間ドラマは謎解き、複雑な人間関係に終始し、刑事ものを楽しむといった趣向と言い切れない。「踊る大捜査線」から始まった警察組織への切り口も、いつの間にか刑事ドラマをつまらなくしてしまった要因となった。近々「あぶない刑事」が映画で復活するが、そんなコミカル路線も今となっては性に合わない。

 昔の刑事ドラマはある意味、「ダーティハリー」的であった。すなわち法は俺、そして悪は絶つ、そんな意気込みが感じられたものだ。法を犯してまでとなると初期の「ザ・ハングマン」(注:彼らは警察官ではない)になってしまうが、警察官でありながら法ギリギリに立ち向かう猛者もいた。知っているだけで杉良太郎の「大捜査線」、黒沢年男の「ドーベルマン刑事」、菅原文太の「警視庁殺人課」等など、昭和の刑事ドラマはそんな魅力に満ち溢れていた。

 そんな中異色だったのが日本テレビのドラマ「大激闘」だった。火曜サスペンス劇場以前のドラマ枠、午後九時代。レギュラーにおいて主役級は渡瀬恒彦と梅宮辰夫のみ。彼ら二人を除くと片桐竜次、志賀勝、中西良太と強面、どちらかといえば悪役、助演級の男性陣をあえてキャスティング。『マッドポリス'80』のサブタイトル通り、華が無いと言ってしまえばそれまでだが、そんなところが当時小学生だったボクの琴線に触れたのだった。

 もちろん紅一点、元クラリオンガールの堀川まゆみのお色気も見逃せない。ただシリーズ途中、視聴率不振のためかテコ入れに「特命刑事」と改題、「刑事くん」こと桜木健一らが加入したが、その奇策は不発に終わってしまう。しかし組織犯罪(敵対する組織の名は『ジャパンマフィア』!)にガンアクション、確か番宣で銃弾数を売りにしていたと記憶している。とにかく放送コード内ながら、今考えても少なくとも登場キャラはある意味「キルビル」や「シン・シティ」並みに濃いドラマだったように思う。

 実はこのドラマの音楽は大野雄二。彼というと第二シリーズ以降の「ルパン三世」や角川映画を思い出すが、実はこの「大激闘」の音楽も、彼のフィルモグラフィーの中で光る存在である事に気づかされる。とにかくリズムラインはスピーディー、さらにブラス系が際立ち、血湧き肉踊るという表現が当てはまる。元々彼の音楽は初期の「24時間テレビ」など、日テレ御用達だったところもあるが、一連の大野サウンドが息づくそんな快作がこの「大激闘」のテーマなのである。(iTunes、iPodのヘビーローテーションズ中第21位で再生数24回)

051010
刑事ヒッツ ― Gメン'75・キイハンター(「大激闘」のテーマを収録)

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2005/09/08

他社はポータブル、ミクロ、それならナノ

 携帯機器は更なるダウンサイジングが要求されている。プレイステーションならPSPことプレイステーション・ポータブル。PSPの美麗な液晶はもうポータブルの域を超えている。ゲームボーイなら新機種のミクロ、これなんかはかつてのファミコンコントローラと大差がない大きさに驚かされる。そして昨日米Appleが発表したのは自らのミニを超えたナノ、iPod nanoを発表。現行のiPod miniの完全な後継機として登場してきた。後続のライバル機を引き離す、現行iPodのまさにナノ版といった仕様だ。

 iPod miniも充分に小さいと思ったが、このiPod nanoは薄さに磨きを掛けた。この薄さは既存ユーザーには脅威だ(ハードディスクからシリコンメモリに変更)。しかも現行iPodと同じカラー液晶が標準となった。一旦、iPod shuffleで液晶無、シンプル、appleらしさを強調していたが、しっかりとユーザー拡大戦略を進めていたことになる。多くのiPod shuffleユーザーはこのiPod nanoに飛びつくだろう。ルックスだけでなく、価格も絶妙。それ程に劇的変化である。

 しかしiPod miniのようなカラフルさを失ったのは惜しい気がする。iPodに対する女性ユーザーの拡大に大きく貢献していたからだ。一方、今回のiPod nanoではホワイトとブラックの二色のみ。ただこれは既存ユーザーに対する配慮なのかもしれない。いずれ他色ラインナップなんていうのも出てくるのだろう。ボクはiPod miniのグリーンを買って、青リンゴなんて洒落っぽく使っていたから、余計に期待してしまう。とにかくAppleのセンスは秀でているからだ。

 あとiPod nanoの発表と同時に、iTunesが5.0と区切りのバージョンアップを終えた。今度はPIM(カレンダー、アドレス帳)を取り込む、Outlook関連との連携が組み込まれている。ただ期待されたビデオiPodは昨日発表されなかった。確かに何も、一度に二度驚かせる事はあるまい...とはいえ過度の期待をしてしまうのは、今やビックリ箱は国内企業でなく、Appleにありと感じるからである。他社はポータブル、ミクロ、それならナノ。とにかく今回はネーミングに感嘆したのだった。

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              iPod nano

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2005/09/04

iTunesヘビーローテーションズ[その3]「金田」

 ボクは大の映画好きなので、iTunesにはサントラ盤がたくさん入っている。しかも洋画のサントラは輸入盤で比較的安く手に入るため、圧倒的に所有数も多い。だが邦画となると数は少なくなってしまう。邦画を本格的に観る様になったのは最近だし、過去の作品についても、余程気に入った作品でないとサントラは欲しいと思わない。そんな中、邦画の中でも比較的キャッチーな曲が多いのはアニメだと思う。手持ちは少ないが、気に入りやすい曲は意外に多い。

 だがアニメでも異色中の異色なのが、大友克洋の「AKIRA」である。アニメというとシンフォニックな音楽ばかりと思いがちだが、この「AKIRA」の音楽はまず一聴して度肝を抜かされる。周囲を回るコーラス、インドネシアの楽器ガムラン、腹に堪える大太鼓のオンパレード。読経まで登場するこれら音楽は、大友自身が抜擢した芸能山城組が手掛けている。しかもこの音楽が「AKIRA」の持つ世界観と実にマッチしており、「AKIRA」という作品が理解するのではなく、感じる映画と思わせる大きな理由だと思う。

 「金田」は「AKIRA」サントラ盤の冒頭を飾り、しかも映画の中でもスピード感溢れるバイクチェイスで使われている。当時、観た本作のレーザーディスクでも何度も観たシーンだ。映画の登場人物たちの名前がコーラスで連呼され、サビは「ラッセラー、ラッセラー...」とお祭り心をかき立てる。この心地良さ、アドレナリンの増大...これだけの説明では何が何だか解らないだろうが、とにかく感じる事が全て。17年を経ても、とにかくカッコいい音楽だと思う。

 わがiTunes、iPodのヘビーローテーションズの中でも第三位、42回の再生数の「金田」。どんな時に聴くかといえば、やはり高速ドライブに最適。この曲を聴いている三分間はニトロでも吹き込まれたように、感覚的に車のスピードは増していく。いやアクセルも深い。もし周りの車に煽られようものなら、タダで済むまい。劇中の主人公、金田(かねた)のセリフ「やっとモーターのコイルが温まってきたところだぜ」。まさに今のハイブリッド車なら、そんなセリフもアリかもしれないなぁ[高速運転はエンジンだけどね]。

050904
   「(金田...)..さんをつけろよ、デコスケ野郎!」

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2005/09/02

ポッドキャスティングは普及するか

 マスコミ注目iTMS-J(日本向けiTMS)が立ち上がって一ヶ月が経ったiTunes、iPod環境だが、その一方で先行登場した新しい要素がポッドキャストだ。ポッドキャスト(Podcast)とはiTunes(4.9以上)を介し、インターネットで配信されているラジオ番組である。一部有料もあるようだが、そのほとんどが無料で配布され、コンテンツ発信先も一万箇所近くにのぼるといわれる。今熱い発信メディアの一つだろう。最初は僅かだった日本語ポッドキャストコンテンツも、iTMS-Jの立ち上げにあわせ、かなり増えてきている。

 主要マスコミ、メディアの製作したコンテンツは、その窓口にiTMS-Jが機能するが、iTMS-Jを介さずとも発信されてコンテンツのほうが圧倒的に多い。それが個人発信によるポッドキャスティングだ。ブログの普及と共に、音声ブログがダウンロードできるサイトも多くなっている。著作権の問題があるため、楽曲の取り扱いには注意が必要だが、個人発信によるポッドキャスティングの数の多さは、ブロガーにとって興味深い存在である事の表れでもある。

 しかし音声コンテンツほど、その作り方が難しいものはない。ラジオ番組の製作を思い浮かべてみれば、タイムシート、構成、もちろんその内容がしっかりしたものでなければならない。その上、進行するMCの声質、しゃべりの上手さまで要求される。数分、いや数秒で聴取者の満足を得るのは容易くない。そもそも飛ぶ鳥を落とす勢いのブログでさえ、その大多数がひと言、ふた言、日記にも満たないコンテンツばかり。個人発信のポッドキャスティングに一定レベルを求める事自体に無理はあるのだが(某フジを買収し掛けたIT企業でさえ、そのネットラジオが実にお粗末だったのには閉口)。やはり音声コンテンツはまだまだプロの土俵だと思う。

 またテキストコンテンツと違い、ナナメ読みができないのも痛い。作者の意図を知るには、最後まで聴かないと解らない事も少なくない。ただポッドキャスティングに大いなる可能性があるとすれば、自主制作音楽発信だ。たくさんの人に音楽を聴いてもらいたい、そんなアーティストの卵たちには絶好の舞台である。それには彼らのような人のためのポータルサイトを作るべきだし、iTMS-Jが中心となって機能するのが早道。昨今、配信事業化を境に音楽そのものの重みを失っているが、逆に得た身軽さを活かし、相乗効果を狙うべきだろう。

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2005/08/27

iTunesヘビーローテーションズ[その2]「無間道」

 ボクのiPodにはアジアの楽曲が少なくない。香港映画「少林サッカー」のオープニング曲『ダブル・ドラゴン』があるかと思えば、あの「冬のソナタ」の『最初から最後まで』が入っていたりする。まずボクは映画を観るのにその嗜好に対し、明確なボーダーラインを設けていない。歴史大作、SF、ラブストーリーも、そしてコメディでさえ、同じスタートラインから評価が始まる。その上で、その映画が好きになるかが決めるようにしている。実は音楽に対しても同じ考えで、結果それが良かったりする場合もあるからだ。

 『無間道』、この曲は映画「インファナル・アフェア」の主題歌である(『無間道』は本作の原題)。実はヘビーローテーション度ではボクのiPod、ダントツのNo.1(4月21日追加で今日現在83回の再生数)。映画初見時、あんまり気にも留めなかったが、まさにタイトルの『無間道』の如く、この映画を知るほどに気になってきた。そしていつものようにサントラを購入。ただ最後まで聴いても主題歌は出てこない。だって収録されていないのだもの。理由は日本のレコード会社の事情で、収録が見送られたとの事。正直、ショックだった。

 しかし手に入らないと判った時こそ、より一層と欲求は高まってくる。そしてネットで検索。唄っているのは主演の二人アンディ・ラウとトニー・レオン。そんなキーワードから見事主題歌の入ったCDに辿り着いた。アンディ・ラウとトニー・レオンは俳優であり、歌手でもある。香港スターの場合、唄って演じてというケースは多い。至極単純、彼ら二人それぞれにベストアルバムが発売されていたのだ。ただ収録曲の面白みで、トニー・レオンの「風沙」を選ぶ事にした。アジア圏内のCDを扱うサイトで購入、幸い買ったCDは海賊盤で無かったようだ。

 一聴してこの曲、何を唄っているのか判らない(ただし歌詞の意味は映画のエンディングテロップを見て理解できる)。またデュエットとはいえ、唄っているアンディ・ラウとトニー・レオンの声質差は微妙。だがよく聴いてみると違いは判ってくる。その上、広東語独特の節回し、さらにサビでの二人の掛け合いが何とも言えずよいのです。ただ洋楽のように、曲を聴きながら、いい加減な英語で唄えないのが残念。広東語は発音共々、本当に難しいですから。でも卓球の福原愛ちゃんはこの唄を理解しているのですねぇ。実に羨ましい...なお「風沙」には二人による北京語バージョンも収録。同じ国、言葉の違いも感じて欲しい。

050827

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2005/08/04

iTMSで音楽を買ってみた

 今日からAppleの音楽配信サイト「iTunes Music Store(iTMS)」が始まった。噂はかねてからあったものの、主要レーベルとの調整、使用料金、そして日本での本格的展開に時間が掛かったようで、今夏にやっとサービスの目処が立った。しかしソニー、ビクターといった内外にドル箱アーティストを持つ老舗レーベルは参加していない。特にソニーは競合するデジタルオーディオプレーヤーを発売している以上、黒船Appleに門戸を開く事は容易くない。とはいえ、早速数曲ダウンロードしてみた。

 購入、ダウンロードは簡単。しかも筆者のようなApple storeにアカウントを持つユーザーには、呆気ないほど簡単である。iTunesのミュージックストアから、希望の曲を検索。最初の購入時、Apple storeと同一のアカウントとパスワードを登録する事で全て終わり。一般のユーザーにとってもこのアカウント取得の山を越えれば、めでたくiTMSよこんにちはモード。もちろんiTunesは必須なのは言うまでも無い。ちなみにダウンロードファイル形式はAAC(Advanced Audio Codec)である。

 買ってみたのはアルバム「Live! III - 綾戸智絵 Meets 山下洋輔」。このアルバムはDVDオーディオというけったいなフォーマットで発売されているが、ファンの要望でDVDビデオで再発売された経緯がある。通常のCDアルバム形式では手に届かない作品ゆえ、思い切って買ってみた。楽曲はアルバム、一曲単位とどちらも選択できるが、アルバム単位で購入。価格はDVDオーディオ版の半分以下、13曲で1,500円。しかもショップまでの足代は必要ない。その上音質は皆さんの想像通り、可も不可も無く...である。iTunesやiPodで聴く限りは問題ないだろう。

 iTMSでは専用、オリジナルのコンテンツ、楽曲があり、参加するアーティストに興味があれば面白い存在。だがやはり二大巨人(ソニー、ビクター)がいないのは大きなハンデ。サザンオールスターズにオレンジレンジ、サンボマスターと今をときめくアーティストからビッグタイトルまでが網羅されていない。しかしCDコピーに消極的だったエイベックスがiTMSのメインレーベルというのは何とも皮肉な話。それに時間の問題、だってiTMS-Jは始まったばかり。黒船来襲、そしてスティーブ・ジョブス自らが動く意味とは。そう、もう扉はノックされたのですよ。

050804

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2005/05/16

「綾戸智絵 Concert 2005」を観に行く

 昨夜は富士市へ遠征、富士市文化会館「ロゼシアター」にて「綾戸智絵 Concert 2005」を観て来た。半年前、いろんな想いを秘めながら観た彼女のコンサートとは一転、今回は純粋にコンサートを楽しむ事にした。ちなみに綾戸さんは五年前にもこのロゼシアターでコンサートを行なっているとの事で、そんな思いもMCの合間にみられていた。なお獲った席はPAの真後ろ、前の席には誰も座っていない良い場所を確保(とはいっても、座るまでわからなかったが)。午後五時を過ぎるとまもなくコンサートは始まった。

 「Amazing Grace」「Tennessee Waltz」、三島公演と同じ曲でコンサートは進む。もちろん曲の合間、観客に向かってアピールする、腕を開いた綾戸ポーズは健在だ。可笑しかったのは「Tennessee Waltz」の演奏直後。何故か大挙遅れてホールに入ってきた集団が、会場のあちこちに散らばった。すると綾戸さん、「やっぱ綾戸智絵の「Tennessee Waltz」を聴かなきゃ!」と再びピアノに座り、ラストのサビから歌い切った。もちろん会場からは大きな拍手。綾戸さんらしい、サービス溢れる演出である。それにしても[生綾戸]が初めてという観客が九割近いようで、綾戸さんの問いに一斉手が上がったのはびっくりした。

 しかし演奏曲はこの後、三島公演から大きな変化を見せる。途中、「I say, You say」でおなじみ郵政ソング「Everybody Everywhere」、地元のお店を織り交ぜたMCで魅せるクラプトンの「Wonderful Tonight」は僕的にはおなじみ。ただデビュー七周年記念だった昨年末と異なり、今回は彼女のピアノソロだけでコンサートを通したのだ。そこがまたシンプルでいい。しかも終わってみれば、半分近くは三島とは別の選曲。またカーペンターズ、サイモン&ガーファンクルと、まるで綾戸初体験者のための選曲かなと思わせた。しかもレイ・チャールズの「Georgia On My Mind」にしびれた。CDで何度も彼女によるこの曲を聴いていたが、彼女の渋めの声とのマッチングはあらためて最高だと思わせた。

 この他ニューヨーク時代の思い出をダブらせた「The Washignton Square」、SMAP中居クンとの爆笑コラボレーション秘話を織り交ぜたアンコール「夜空ノムコウ」他、全十三曲を二時間近くに渡って披露。まさにトークは笑いあり涙あり、ただし歌はリズミカル、時にシリアスと心に響く。特に印象的だったのは、愛息イサ君へのおなじみな曲「Get Into My Life」。今回はそのMCで綾戸さんのお母さん、イサ君との会話を織り交ぜ、生きていればいい事があるさと、聴いている僕らにポジティブシンキングな気持を強くさせた。そう僕はこのコンサートに元気をもらいに来たのだが、目的通り全編に渡って全身で楽しむ事ができた。綾戸さん、また近場に来てくれるといいなぁ。

050516
           本日の演奏曲目

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2004/11/25

平井堅「SENTIMENTALovers」を購入したが...

 最近、母に苦しい唄い方をする歌手と称された平井堅。先日、そんな彼の新作アルバム「SENTIMENTALovers」を購入した。CMでおなじみ「思いがかさなるその前に・・・」、映画版セカチュウの主題歌「瞳をとじて」を中心にシングル4曲を含めた全12曲のアルバム。しかし聴いているのはやはり前述の2曲である。一番キャッチーな曲だし、カラオケで唄いたい。しかし聴けば聴くほどに難しく、しかも母の言葉を借りればまさに唄うのに苦しい曲である。

 「思いがかさなるその前に・・・」「瞳をとじて」共にメロディーライン、節回しが一筋縄でない。一聴してこの曲を完璧に唄いこなせる人はいるのだろうか。例え歌詞を見ながらでも唄う事は難しい。苦しいと思わせる所以はプロ向きの節回し、さらにブレスを入れる箇所の難しさにある。ただでさえ男性には難しい高域をふんだんに織り込み、激しい息継ぎを要求される。「素人向けではない」と一喝されてしまいそうだが、平井堅の唄い方を見るとプロも苦労しているなと思わせる。

 第二次カラオケブーム、ちょうどカラオケボックスが台頭した頃からこの傾向は始まった。小室サウンド全盛、彼の曲にはシンプルなものもあるが、多くは同様に独特のリズムと難解な節回しを多用した曲ばかりだった。時同じくしてカラオケには採点機能が付いたものが多くなり、得点を争う人も少なくなかった。この時から音楽を楽しむよりも、メロディーに振り回されるというのに等しい時代が始まった。そして音楽を送り出す側、受け取る側とも技巧のイタチゴッコの繰り返しが今も続いている。

 さて平井堅の「SENTIMENTALovers」を聴いていると、絶えず難しい曲ばかりとは言い切れない。ポップな曲も多く、その狭間で聴かせどころとなるのが、一曲目の「思いがかさなるその前に・・・」と四曲目の「瞳をとじて」なのだ。もちろんアルバムをフィーチャーしたコンサートを想定すると、「思いがかさなるその前に・・・」級の曲が続いてしまっては唄う側も聴く側も疲れてしまうだろう。決め球は要所だけに使うのが有効なのだから。ちなみに三谷幸喜のドラマ「王様のレストラン」のポップな主題歌は何を隠そう、そんな平井堅なのである。その唄に苦しさは見られ無かった。

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