2016/04/30

殿下「Prince」逝く

 先週末、ヘッドホンを掛けてウォーキングに出掛ける。プレイリストは「トップ再生500」。体が温まってきたところで突然「1999」が再生された。先日急逝したプリンスの代表曲だ。トップ再生500の中でプリンスの曲がいくつあるか判らないが、総数8000曲近い中で再生された事、その偶然に驚いた。

 洋楽に触れ始めた中学時代、殿下(日本のファンはプリンスの事をこう呼ぶ)はアルバム「パープルレイン」で大ブレイクする。エッジを利かせたギターと流行り始めた打ち込み、そしてファンクサウンド。「When doves cry」(何故か邦題は「ビートに抱かれて」)を筆頭にタイトル曲「パープルレイン」まで洋楽チャートを席巻。レンタルレコードをテープにダビングし、FMエアチェックで洋楽集のテープにも殿下の曲が増えていった。

 一見気持ち悪い容貌だが、音楽共々惹かれるものがあった。東京ドームの来日ライブも2度観に行った。ちなみにそのうちの一つはテレビ朝日のゴールデンタイムで放送されている。何でもアリのバブル時代とはいえ、殿下の人気が知れよう。ライブのパンフには日本語をあしらったコスチュームを着る殿下に、学生寮の仲間は興味本位で見入っていた。だが生の殿下はそれだけの人ではない。

 圧巻のライブパフォーマンス。殿下は小さい人なのでめちゃ高いロンドンブーツを履いている。それなのにジェームズ・ブラウン並みに踊る、歌う、時に観客を挑発する。先の東京ドームライブ、代表曲「リトル・レッド・コルベット」だったろうか。ほぼ伴奏なし、サビの部分を無音で観客に歌わせようとした殿下。見事、目論見通り、大観客から歌を引き出した。直後、彼は日本語で「マイッタナ」と言っているように聞こえた。英語で何かを言ったのがそう聞こえたかもしれないが。

 殿下のアルバムで何が好きか。やっぱ「パレード」かなぁ。元々ノンストップ感溢れる楽曲が特徴の殿下だが、その上で美しい旋律を交える。ファーストシングルの「KISS」にはPV共々、意表を突かれた。この頃の殿下はほぼ毎年リリースしていた気がする。「サイン・オブ・ザ・タイムズ」「アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ」「ラブセクシー」「グラフィティ・ブリッジ」。

 その途中で手掛けたのが、映画「バットマン」向けの楽曲集。「バットダンス」はとても短期間で作ったとは思えない完成度、映画からの音の引用の絶妙さ、さらにTV版「バットマン」へのオマージュとなるコーラスが耳に残る。劇中ではダニー・エルフマンのスコアが勝っていたが、アルバムとして殿下らしさが溢れていた。

 殿下そのものの印象は、ザ・レボリューション時代、徹底したバンド編成の音楽と反し、何となく孤独さを感じていた。孤高の天才というべきなのか。時に性を赤裸々に表し楽曲を生々しく描く。その中に潜む殿下の何かが心に響いたんだろうなぁと思う。

 殿下の映画「サイン・オブ・ザ・タイムズ」が追悼上映が行われるとの事。都内に住んでいたら絶対に行ったのに。この作品、レーザーディスクで何度も観たが、見どころ、聴きどころ、オススメはPVにもなった「I Could Never Take The Place Of Your Man」だろう。とにかくこの曲の殿下は魅せる。またBSプレミアムで放送してくれないかなぁ。最後に殿下のご冥福をお祈り致します。

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2015/02/28

森高千里「古今東西~鬼が出るか蛇がでるかツアー‘91~完全版」を観る

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 森高千里の「古今東西~鬼が出るか蛇がでるかツアー‘91~完全版」(ブルーレイ、初回限定盤)を購入した。完全版の所以は91年3月3日、中野サンプラザのライブを完全収録している点。全曲収録とはいえ、レーザーディスクで擦り切れる程観た身としてはタイトルにテロップもなく、没入感に欠ける。その点、初回限定盤はこれにLD盤と同じ構成のアップコン版ブルーレイが入っており、そちらから鑑賞を始めた。

 アルバム「古今東西」はシングル「17才」でブレイク以降のリリースで名曲「雨」を含む名盤。これを中心に森高自身のシングルやカバーを散りばめ、「鬼たいじ」から始まるアルバム「古今東西」の世界観を再現したステージが見どころ。ドキッとする早変わりに観客も含めノリノリのステージ。合いの手、曲間のMCも観ているうちに思い出してきた。

 個人的に一番好きなのは「17才」「その後の私(森高コネクション)」のLD版B面に当たる流れ。ユーロビート調の「17才」は当時賛否両論があったが、はちきれんアクションと相まって今見ても迫力がある。そして何より「その後の私」は学生時代の友人と曲名を”ヨシコ”と称してライブで汗を流した曲。そう実はこのライブを生で観ているのだ(正確に言うと中野サンプラザの最終日だけど)。だから恥ずかしながら、この曲も含めてどの曲も合いの手とフリはパーフェクトに記憶している。

 アップコンバートされた映像はまずまず。所詮SD収録ゆえ、鮮鋭感を望むのは苦しい。ただ観ているうちに気にならなくなる。それにLD版から素性の良かった画質は継承し、特にステージ上のライトアップされた森高の表情が美しい。そして音はリニアPCMだよ。圧縮音声は日々進化を続けるが、やっぱ90年代の音源ならこれ。クリアで力強い。とにかくステージパフォーマンスが最高。あの時代の熱気、熱いよ。あらためて実家の大画面で観てみたくなる(数年、放置状態でブルーレイ対応はしていないが...)。

 ちなみに完全版とオリジナル版では音量レベル、音質が違う。アーカイブ、収録音声の分解能がいいのか、オリジナル版で聴こえなかった音も感じる。この点も含め音に関してはやや完全版の方が上だ。また完全版には「晴れ」「ミーハー」が加わり、曲間の(着替え時間の)寸劇、MCも完全収録されている。このブルーレイを観てライブ当時「365歩のマーチ」が流れていたのも思い出した。

 カット割りは完全版に合わせ観客側からの目線を意識した作りになったようだ(収録インタビューでもそこに触れている)。ただオリジナル版の表情を追う映像とテンポあるカット割りは捨て難い。また歓声もオリジナルの方が意識的に音量が高い。初回版は当時のツアーパンフに会報と今のインタビューと初回限定版はてんこ盛り。最初は通常盤でもいいかと思ったが、違いは多くオリジナル版所持者を含め森高ファンには初回限定版を薦めたくなる。

 久しぶりに森高のライブを観て火が点いてしまったなぁ。同世代、一緒に年を経てきて今も活躍する森高。セルフカバーした新譜も気になるし、去年出た「森高ランドツアー」に「1990年の森高千里」と資金が貯まったら欲しいよ。やっぱ森高は今でもずっとワンアンドオンリーな存在だね。


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2013/12/31

2013年をモノと出来事で振り返る

 アベノミクスという幻影が実体経済に波及し、株価はリーマンショック以前に回復。だがマインドの回復は十分と言えない。自分の周りに現れた離職者、転職者の数をみれば、ここに光が差すのは先なのだと。控える増税とその影響を受ける社会システムがどのように進むか、全く読めない。中期的な思考が求められるが、どこまでついて行けるか。いや一年後の就労環境でさえ、本当にわからないのだから。

 ドコモがiPhoneに参入、年末にはアップルからiPhoneのSIMフリー品の直売と今年もiPhone一色となったIT界。街に出れば誰もがスマホを操る時代、皆繋がるためなら金は厭わない。ネットは優れたツールであるが、依存する一方で想像力も記憶力も退化している気がしてならない。手にする際は何処かに一線を持たなければ、こちらが取り込まれてしまう。スマホにスイッチしない理由は多分に通信コスト(今後MVNOへの期待は高まるが...)もあるが、そうした気持が冷静にさせる。まだiPod touchでいい。

 今年手にしたモノでMacBook Airは大きな買い物となった。何しろVAIO Tからの変化は大きい。最新CPUにSSDはとにかく快適。Windows側は7に留まったが、MacOSはMavericksへアップグレード。携帯性と使い勝手で11インチが丁度いい。Bootcampしつつ競馬関係のソフト以外、MaxOSのままだ。RetinaであるiPad Air(セルラー版)の存在も気になるが、あくまで将来的に。

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 オーディオビジュアル関係は音沙汰無し。気になるモノは数あれど身の丈に合わず。むしろブルーレイ再生のできない実家システムの再構築が必要だろう。Cine6とスーパースワンが泣いている。

 競馬は暮れまでキズナのダービーと悲願達成ならずの凱旋門賞以外、見るべきものは無いと思っていたが、オルフェーヴルの有馬記念には度肝を抜かれた。強い馬が勝って当たり前のレースを勝つ。大人げない位の勝ちっぷりだが、それに勝る衝撃は無い。とにかく日本では規格外だったオルフェーヴル。超スターホースの引退に今後が危ぶまれる日本競馬だが、キズナら次世代の馬たちがこれに続いて欲しい。ジャパンカップで世界の一流馬を招く時代は終わりを告げた。日本競馬はもう世界基準なのだ。(写真は12年JCのオルフェーヴル[手前])

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 映画は3D公開が当たり前となる位の時代となった。今年だけで「パシフィック・リム」「ゼロ・グラビティ」と2作の3D作品を観たが、3Dとしてのクオリティーが高くて演出手段の一つとして確立された感がある。ただ一方で3D版は観客層を意識してか吹替版のケースが高い(「ゼロ・グラビティ」が字幕版だったのは希有な例)。「スター・トレック イントゥ・ダークネス」のような3D効果が期待できる作品は是非字幕版で観たかった。「マン・オブ・スティール」はド派手を通り越していたが、3Dで無くとも魅力は満喫できた。

 むしろマーケティングが確立された今、期待に外れる作品は少ない。派手なイベント映画以外ではベン・アフレックの力作「アルゴ」、宮崎監督が好きに作った「風立ちぬ」が思い出される。「アルゴ」におけるリアリズム、臨場感はVFXありきのイベント映画とは無縁の世界。時代を映す描写も素晴らしかった。「風立ちぬ」は賛否両論ながら好意的な感想を持つ。むしろそんな作品こそ残るもの。90年代のアクション映画を彷彿とさせるシュワ復帰作「ラストスタンド」も面白かった。

 TVドラマは「あまちゃん」で完全に乗り遅れたものの「半沢直樹」は完走。それ以外で一年を通して印象に残ったものを挙げてみると「クロコーチ」「なるようになるさ。」「信長のシェフ」「お天気お姉さん」「都市伝説の女*」「リーガル・ハイ*」(*いずれもSeason2) 「鴨、京都へ行く。-老舗旅館の女将日記」「スターマン・この星の恋 」「海の上の診療所」「孤独のグルメ Season3」「みんな!エスパーだよ!」「ノーコン・キッド〜僕らのゲーム史〜」といったところ。「安堂ロイド」は挑戦的な作品で世間ほど”否"ではなかったが、時間を争うSFながら週一ドラマ特有のタルさが物足らなかった。ただ個人的にイチ押しを挙げるとすれば、小山薫堂印のWOWOWグルメドラマ「お先にどうぞ」。濱田岳演じる大石壮の食への探求がテーマ、といってもコメディーである。間口も広く幼稚園児の我が子のウケもいい。ウケがいいといえばドラマでないがテレビ東京の「土曜スペシャル」「日曜ビッグバラエティ」はネタの波はあるが、週末欠かせない番組だ。

 サントラは旧作のCD化が中心。宿願の「I, the jury」を筆頭に、年末には「LETHAL WEAPON SOUNDTRACK COLLECTION」を手に入れた。ビル・コンティのメロディライン、マイケル・ケイメンによる90年代御用達のスケール感。まして「LETHAL...」はエリック・クラプトンとデイビッド・サンボーンとのコラボで耳心地が良い。そして日本国民念願の「サザエさん音楽大全」が発売。ホームビデオでの活用が期待される。個人的には9曲目「レッツ・ゴー・サザエさん」が堪らない。

 ゲーム機はプレイステーション4の発売を控える中、我が家は子供のクリスマスプレゼントを兼ね、WiiからWii Uへスイッチ。Wii Uの画像処理の良さを見ると、Wiiはやや中途半端な機体に思えた。個人的に今はPS3向け「グランツーリスモ6」をプレイ中。課金問題(賞金額が少ない...)はアップデートでだいぶ解消されたが、Bスペックが後回しにされる等問題も多い。ネットワークアップデート前提というのも今風だが、果たして今回リリース状態として適当だったのだろうかと思う。

 最後に2014年の目標とするならば”腕を上げる事”だろう。カメラも機種を乗り換える前にする事がある(PENTAX K-3は気になるが)。まだまだ画作りはヘタだし、RAW現像にAdobe Lightroomも使いこなしたい。DTM用KORGのミニキーボードも買った。Macってその点で創造的なマシンだと思う。とにかく一年を色々な面で創造的に過ごしたい。

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2009/06/29

「マイケル・ジャクソン」という時代

 中学時代、レコード店の片隅で、あるレーザーディスクのデモが流れていた事を思い出す。見るもの全てが新鮮で、一時間のビデオを何度も何度も立ち見した。流れていた映像は、マイケル・ジャクソンの「スリラー」だった。当時、アメリカではMTVが始まった頃。そこで驚かされたのは「ビリー・ジーン」のライブアクト。誰が名付けたかムーンウォーク。猫も杓子も、出来ようが出来まいが、足を後に引きずって真似をした。

 ちょうど身近なところでは、レコードレンタルの登場と重なる。思春期、音楽の興味は邦楽から洋楽へ変わった頃でもある。もちろん借りたレコードにも「スリラー」はあった。また借りるばかりでなく、シングルの「スリラー」も買った。ただのシングルではなく、12インチシングル。30センチのLPサイズをEPの45回転で走らせる。当時ダンス系とくれば、全て12インチシングルでリリースされていた。

 90年代、CDが爆発的に普及した頃、マイケルはクインシー・ジョーンズと共同プロデュースによる集大成「BAD」をリリース。当時、CDは3,200円だった。プロモ公開も一大行事。第一弾プロモの監督は、前作のジョン・ランディスからマーティン・スコセッシ。ニューヨークの地下鉄を貸し切っての撮影。マイケルのダンスもさることながら、まだ無名だったウェズリー・スナイプスが印象的だった。今観てもクオリティの高い一篇である。

 社会人になって嗜好の違いから、マイケルの音楽と疎遠になった。この間、漏れ聞こえてくるのはゴシップばかり。そしてレコード、レーザーディスクは世の中から消え、今や音楽はCDから楽曲のダウンロード販売に移り変わろうとしている。先週末のニュースもそんな中の出来事だった。その時、年下の妻にこんな事を言われた。

「マイケル・ジャクソンって黒人なんだって!」

時は流れ、一つの時代は終わった。


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2009/02/27

「ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト」を観る

 今夜は盟友N氏の誘いを受け、「ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト」を観てきた。劇場の窓口でタイトルがおぼつかない程、スコセッシの撮ったストーンズの映画という程度の事前知識。しかしマーティン・スコセッシといえば、ザ・バンドの「ラスト・ワルツ」等、音楽映画でも才能を発揮する監督である。ストーンズとのコラボレーションは如何に、そんな気持で観始めた。

 冗談なのか、冒頭のストーンズとスコセッシのやり取りが可笑しい。プロとして観客のためにステージを組み立てるストーンズ、一方最高のステージを撮ろうとするスコセッシ。ただそれは単なるつかみであり、ステージが始まればあくまで主役はストーンズだ(とはいえ、出たがりのスコセッシはラストにも登場する)。メンバーを追うカメラ割り、編集等、スコセッシの面目躍如。さらに過去のインタビューを織り交ぜ、ストーンズの道程に迫る。

 デビュー以降、40年間ストーンズはとにかくブレないのだ。多少の紆余曲折はあったが、ストーンズは走り続けるならぬ、転がり続ける。進化ではなく、経験を味方にしたロックのスタンダードを演奏し続けている。今のストーンズは同期のビートルズも到達し得なかったある意味、神の領域に居るのかもしれない。静と動を兼ね備えたミックのパフォーマンス、味のあるキースとロニーのギター(相変わらずのキースのスモーカーぶりはご愛嬌)、マイペースなチャーリーのドラムワーク。四人の化学反応は"老若男女"を問わず魅了する。

 2006年に行われたビーコン・シアターのライブを収めたこの作品。観客にゲストは多岐に渡り、前述の"老若男女を魅了"を裏付ける。個人的には開演前に現れたあの夫妻の登場はタイムリーであり、政治とロック産業の結びつきを見た気がする。ストーンズはロック産業の成功者でもある。そしてイギリスのロックバンドというより、ワールドスタンダードというのが正しいかも。後半にかけての名曲による畳み掛けで、興奮は頂点に達する。

 とにかくマイペース、ブレないストーンズ。だがこの作品を通して感じる、彼らのプロ意識に感服するばかりだ。何処かの国のブレてばかり、自分可愛しの政治家たちに、ストーンズの爪の垢を煎じて飲ませたいぐらい。不況で冴えない世の中、今夜はアラカン(アラウンド還暦)のストーンズたちに、とてつもない元気をもらった気がする。最高だよ!ザ・ローリング・ストーンズ。本作は音楽映画の傑作だ。

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2006/09/19

間が無い事はいい事nanoです(New iPod&iTunes登場)

 先週発表された新iPod。あのminiを彷彿させ劇的な変化をみせたiPod nano、超スモールになったiPod Shuffle、照度アップとバッテリーライフが大きく延びたレギュラーサイズ(?)のiPodとファミリーは充実した。あわせてiTunesも7.0にヴァージョンアップされ、インターフェイスがよりビジュアルにシフト。棚からジャケット写真で探すような遊びも増えた。ただボクのPCのスペック不足か、クイックとはいかないのだが、それでも楽しい事は確かだ。

 中でも出色はギャップレス再生に対応した事だろう。これはかねてから望まれた機能。曲間の区切られたアルバム取り込みなら良いが、ライブ盤や絶え間なく続くメドレーの場合、妙な間が空いて違和感を感じたものだ。確かにAppleが提唱する大容量によるシャッフル再生、アルバムや曲の垣根を取り払うポリシーは楽しい。しかし本来のアルバムの形、アーティストたちの込めたコンセプトは反映できないジレンマはあった。そしてギャップレスは今回のiPodだけの事と半ば諦めていた。

 しかし今回のレギュラーサイズのiPodは第五世代と称しており、ボクの手元にあるiPodと同じだったのである。しかもiTunes7.0にヴァージョンアップ後、同期時にあわせてiPodもソフトウェアアップデートされ、機能面は今回新発売されたiPodと同等になったのである。気がつけば念願のギャップレス再生が実現、すぐにエリック・クラプトンの「アンプラグド」を最初から最後まで聴いていた。当たり前が実現し、iPodは初めて本当のポータブルオーディオとなった瞬間だった。

 マイクロソフトがポータブルデジタルプレーヤー『Zune』を発表。ソニーを始めとする日本国内メーカーは攻勢に転じ、携帯電話と共にiPod包囲網を展開してきている。しかし今のAppleはファンを捉える魅力に溢れている。しかも一年前に実現できたギャップレス再生を、小出しして今年に持ってきた事実。でもファンは誰一人も文句は言わない。そのタイミングの巧さ、今後も続く期待値の高さが大きな強み。まだまだiPodのシェアは衰えそうにない。

追伸.
 英会話ソフトのリスニングにiPodを使用しているが、今回ソフトウェアが1.2になったところ、オーディオブック登録のファイルは全てシャッフル再生できなくなった。短文をシャッフルリスニングするメリットがあったのだが、今更スピードを落として聴く事も無くなったので、MP3でリッピングし直そうかと思っている。再リッピング以外でいい方法はないだろうか。

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2006/03/27

昨日の高松宮記念と宮川泰さんが逝く

 昨日はGI高松宮記念だった。日本二大珍名馬主の一人、小田切有一氏の持ち馬オレハマッテルゼが快勝(もちろんもう一人は、マチカネ軍団の総帥細川益男氏)。オークス馬ノアノハコブネ以来のGI勝利である。ノアノハコブネの鞍上は当時騎手だった音無秀孝調教師。その縁が二十年を経て、以来のコラボレーションが再び実を結んだ。元々小田切氏の馬を管理する事が多く、リーディング常連ながらGI勝ちがこれが初めて。今回の鞍上、柴田義臣騎手にも六年ぶりのGI勝ちをプレゼント。とにかく久々尽くしの高松宮記念だったと思う。

 高松宮記念は中京競馬場、関西エリアのレースとして扱われる。その違いの一つはファンファーレ。GIのファンファーレは東が「ドラゴンクエスト」シリーズでおなじみ、すぎやまこういち氏。西は宮川泰氏の手によるものである(ただし宝塚記念は一般公募)。そう先日亡くなった宮川泰さんの事だ。そんな間際の高松宮記念、中京に宮川さんの作ったファンファーレがこだまする。しかしだ。実況アナもその背景を紹介せず、しかもファンファーレは生演奏ではなかった。正直、ガッカリした。

 大きなGIでは生演奏が必須。ダービー、天皇賞、ジャパンカップ、有馬記念は必ず生演奏である。確かに今回の高松宮記念はGIと呼ぶには格が落ちる。しかし作曲者の亡くなった直後の対応として是非生演奏し、背景を紹介する等して功績を称えるべきだった。それが亡くなった功労者に対する儀礼だと思う。ファンファーレが宮川氏の作った格式あるものに代わり、GIの雰囲気は確実に変わった。昨年、ディープインパクトの三冠のかかった菊花賞、ファンファーレのリズムに合わせ、観客が拍手する姿はその場にいて全身に響いた。そして約三分後、あの感動が体に走った。ディープの走りを振り返る時、かならず宮川さんのファンファーレがある。

 宮川泰さんというとボクら世代にはやはり「宇宙戦艦ヤマト」。猛々しい主題歌、大人の愁いに溢れる「真っ赤なスカーフ」、そして美しさに満ちた数々のスコア群。子供の目から見たちょっと背伸びした大人の世界を体現したのが宮川さんの音楽だった。「宇宙戦艦ヤマト」にはロマンという言葉がまず浮かぶ。音楽の持つ重要性、けっして映像サイドの世界観だけで、あの雰囲気は得られなかったと思う。そして晩年、ビートたけしのバラエティ番組「スーパージョッキー」にコメンテーターとして出演していた宮川さん。お茶目さも宮川さんのトレードマーク。「宮川先生!」とたけしにツッコミを入れられていたのが懐かしい。謹んでご冥福をお祈り致します。

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  「King of Turf」
中央競馬のファンファーレ

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2006/02/20

DVD版「一青窈★夢街バンスキング ~はいらんせ~」を観る

 最近、気になるアーティストを挙げていくと、やはり筆頭は一青窈だと思う。昨年はJRAのブランドイメージソングとなった「ハナミズキ」「影踏み」の二曲に魅せられたせいもあるが、これを皮切りに彼女のCDを集め始めた。ここまで気に入る理由は数多くあるが、やはりその詩の世界と歌唱力だろう。特に彼女の歌唱力は、最近のアーティストの中でも目を見張るものがある。一度、生歌を聴いてみたいと思わせるアーティストの一人だ。

 ちょうど一ヶ月ほど前、NHKの地上波で昨年夏、京都祇園甲部歌舞練場で行われた、彼女のライブの模様が放送されていた。そして意外な姿が示される。彼女が生まれる前の懐メロのメドレーが中心に置かれていたからだ。『泣きの一青窈』と称されるが、実際の彼女は明るくしっかりとした個性を持った人。TVKの「Saku Saku」に出演した時、一青っちとしてお茶目さと面白トークは別の一面を表していた。そんな彼女だから、単に『泣き』を否定するわけでなく、新たな一面を見せたい、そんな意気込みが伝わってきた。確か、番組中のインタビューでもそんな話をしていたと思う。

 さて、そんな京都祇園ライブの全長版がDVDとなった。懐メロメドレーも見どころの一つだが、もちろん彼女のヒット曲も満載。前述の二曲に加え、「かざぐるま」「もらい泣き」などのヒットシングルやアルバム収録曲、井上陽水の「ジェラシー」まで網羅。特に好きなのは日本語と中国語の歌詞で構成された「月天心」という曲。流暢な中国語には、日本語とは別の何か惹かれるものがある。そして彼女の唄いっぷり。少し眉にしわを寄せ、口元を引き、手を伸ばす姿が美しい。

 このDVDの良さはカメラワークだろう。アップと引き画を上手に組み合わせ、大画面で観ても疲れない。むしろ大画面で観るからこそ、表情とアクションから伝わるものがある。また音楽ライブ、フィルムタッチ、プログレ収録にPCM音声の組み合わせだとミスマッチな場合も少なくないが、このDVDでは一青窈の世界観に合っており、違和感は一切感じない。筆者的に再生は5.1chより断然レンジが勝るPCM音声を採る。それゆえ回り込むサラウンド感も程ほどだが、過剰な音の演出より、会場の雰囲気は伝わる。惜しむらくは、前述のNHKで放送されたインタビューが無かった事くらい。彼女のコンセプトと舞台、そしてパフォーマンスが見事なライブDVDだ。

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2006/02/05

「インファナル・アフェア」三部作完結...音楽の話だけれど

 やっと「インファナル・アフェア」三部作が完結した...ってもうとっくに終極無間してましたが、あくまで音楽の話です。「インファナル・アフェア」のサントラはシリーズ通して一作に一枚で計三枚。しかし主題歌となるとビヨンドが歌った「長空/Lonely Sky」が第二作「無間序曲」のサントラに入っているのみ。一作目ともなれば、劉徳華(アンディ)や梁朝偉(トニー)のアルバムを介してしか主題歌「無間道」を手に入れる事しかできません。そこでボクはトニー・レオンのアルバム「風沙」を買いました。

 そして第三作「終極無間」の主題歌。これも第一作同様、サントラには収録されませんでした。今回もまたレーベル、権利の関係なんでしょう。幻を見続けるラウ、そしてあのオーディオショップにつながるラスト。そして終演、そこに掛かる楽曲「自作自受」を探すとありました。ジャケットには謎の二人が写り、左麟右李(ズオリン・ヨウリー)の『楽壇双雄』というアルバムが現れた。でもこの二人、いや一方なんだけど何処か見た事がある。

 まず「自作自受」を歌うのは李克勤(ハッケン・リー)。たぶん彼は左側の人物だと思う。だって右側は譚詠麟(アラン・タム)だと気がついたからだ。大昔に観た成龍(ジャッキー・チェン)主演の「サンダーアーム/龍兄虎弟」に出ていた彼を思い出した(ちなみにこの作品はジャッキーが復帰を危ぶまれた大怪我をした作品として有名)。グループ名の『左麟右李』は彼らの名を組み合わせたようだが、ジャケットを見るとその名通りの並びではない事に気づいた。どうでもいいけど、何処か気になります。

 DVD「終極無間」を観つつ、その訳詞を読むととにかく重い。まるで三作に渡るラウの道程を語っているようだ。「自作自受」というタイトルも、その漢字の意味から推測すると、そうした背景が反映されているようにも思える。そして歌詞付の主題歌で作品が終わるのは伝統、如何にも香港映画らしい。適材適所の陳光榮(チャン・クォンウィン)の音楽が映画を盛り上げ、さらに三作ともそれぞれ主題歌で終演。そんな「インファナル・アフェア」三部作の主題歌が好きなのである。

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2006/01/27

「綾戸智絵コンサート2006」を観に行く

 今夜は昨年の五月以来、久々の綾戸っちこと、綾戸智絵のコンサートへ行って来た。通算三度目、今回のコンサートは我が沼津市民文化センター、歩いて出掛けられる距離である。実はチケット発売開始当日、あのディープインパクトの菊花賞と重なり、購入を半ば諦めていたのだが、チケットぴあのプレリザーブを利用、辛うじて手に入れる事ができた。ただそういっても三ヶ月前の出来事、今回のコンサートは我が盟友、N氏を誘う事にした。彼には一昨年暮れのコンサートの時、「当時付き合っていた彼女がもし来なければ...」とスタンバってもらっていた。結果的にその彼女は来てくれて、それを最後に別れてしまったけれど、いい最後の思い出ができました...と当時N氏には迷惑を掛けていたので、今回はそのお返しのようなものとなっていた。

 さてコンサートは我が心のビリー・ジョエル「ニューヨークの想い」からスタート。アルバムでは冒頭飾る事があったが、コンサートの冒頭に入れてくるとは思わなかった。てっきり三度目も「アメージング・グレイス」かなと思いきや、肩透かしを喰らった感じ。でも一曲目が「ニューヨークの想い」のほうが嬉しい。二曲目は"つかみ"の「テネシー・ワルツ」。地方コンサートならでは、どうしても遅れてくるお客さんは少なくない。タイミング的には二曲目なのだ。そこで毎回の事ながら、「テネシー・ワルツ」を歌い終わる頃に遅れたお客さんを入れ、そのお客さんたちをいじる、いじる。そして最後のワンフレーズを聴かせるのだ。これは綾戸通には恒例の儀式である。さすがは"テネシーのおばちゃん"である。

 そしていつも通り、大阪のオモロイおばちゃんトークが始まった。延命処置でコンサートを続けていると言うが、こちらこそ次のコンサートで綾戸っちと逢う事が延命につながる。毎度の事ながら、彼女のコンサートに行く事はアントニオ猪木でいう闘魂注入みたいなもので、元気をもらいに行く感じ。以前は長岡教だったが、教祖が星になってしまった今、もっぱら綾戸教である。ただそういっても宗教的な匂いは皆無。経典は『(お互い)今日のコンサートのために今までの苦労が報われる』といったところだろう。

My-do ナット・キング・コールの「Its only a Papermoon」、リンゴ・スターから好きになったビートルズ「イエスタデイ」、渡米時代のルームメイトから似ていると言われた映画『Sister Act』から「His Eye IS On The Sparrow」へと続く。その端々のトークは相変わらず楽しい。続いてベースマンを加え、自主制作でコンサートでのみの発売となった新アルバム『My do』から「The Day Around」(某食用油CM曲)を、さらにパーカッション、ギターが加わった「It's Too Late」、レゲエ風いやドドンパ風?の名曲「Sunny」で盛り上がる。「Misty」「What's Going On」「Oleo」へとオーソドックス、そして最初の曲の頃よりも力強い手拍子と拍手が感じられた。

 そして最後、「What A Wonderful World」には泣かされた。歌の経緯は昨年夏まで遡り、ある番組で彼女にその歌を歌わせた人物がこの会場に来ていたと告白されたからだ。その人こそイラクで亡くなったジャーナリスト、橋田信介氏の夫人である(彼女は沼津の近隣の町に住んでいる)。亡くなった橋田氏の経緯もあるが、ただそれよりも「What A Wonderful World」を歌って欲しいという背景、そしてこの歌の持つ空しさと美しさに泣けてきた。もちろん綾戸智絵の歌、そのものにもである。コンサートで泣いたのは、後にも先にもこれが初めてだった。この歌は、今こそ何かを考えさせる歌である。アンコールは再び観客を巻き込んで「Stand By Me」、そしてラストは静かに尾崎豊の「I Love You」でコンサートを結んだ。

 毎度[My do]、の事ながらやっぱ綾戸智絵は楽しかった。喜哀楽(怒は全くない)が織り込まれ、しかも音楽を楽しんでいる。だからこそ観ているボクらのほうも盛り上げたいと思う、そんな相乗効果が綾戸智絵のコンサートの真骨頂である。そして今回も例に漏れず、自ら楽しみ、観客をノリノリにさせ、そしてボクらは元気になっている。また近場に彼女が現れたら、元気を注入してもらいに行こう、そんな気持で会場を去った。

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           本日の演奏曲

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