2018/07/13

「劇場版ポケットモンスター みんなの物語」を観る

今夜は息子と「劇場版ポケットモンスター みんなの物語」を一緒に観てきた。今日が公開初日とはいえ平日、しかも夕方からの回で席の空きはかなり多かった。ただ明日から三連休、さらに夏休みで巻き返していくだろう。

風の街フウラシティは年に一度の風祭りに賑わっていた。聖火に向け伝説のポケモンルギアが風を送っているという。そんな中、少年たちに絡まれた少女ラルゴを街を訪れたサトシとピカチュウが助ける。だがラルゴはある秘密を抱えていたのだった。

リブートした前作、物語の中心にいたサトシとピカチュウが本作で少し脇に回った群像劇。ラルゴを始め、キャラクターたちのエピソードを重ねてクライマックスに繋げる作り。テレビシリーズと異なり、夏休み作品らしく冒険、そして子供たちに伝えたいテーマを秘める。かつての東映まんがまつりのメインアニメの役割を果たしている。

親目線、人とポケモンの共存という最低限の世界観を理解した上での感想。あくまで子供向けの作品ながら、安定の作りで約100分、大人の鑑賞にも耐えうる。ゲスト声優もブレーキにならず、作品の没入を助ける。そしてレジェンド野沢雅子の存在も大きい。

なおエンドロール後、次回作の発表に注目。その衝撃に息子はしばらく椅子から立てなくなった。劇場版前作から繋がる流れを受け、本格的なリブートに入るのだろう。

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2018/04/09

「ジョジョの奇妙な冒険(テレビアニメ版)」を観る

今年の1月からアニマックスで始まった「ジョジョの奇妙な冒険(テレビアニメ版)」を観終えた。ウイークデイの23時台2話ずつ放送のため、翌朝1話、仕事から帰って1話を観るスタイル。まさに朝ジョジョ、夜ジョジョである。この3ヶ月間、第1部と第2部、第3部「スターダストクルセイダース」、そして第4部「ダイヤモンドは砕けない」まで楽しんだ。

原作は未読。週刊少年ジャンプを卒業した頃、間も無く「ジョジョ」の連載が始まった。ちなみに何故「ジャンプ」を読むのを辞めたかといえば、「ついでにとんちんかん」連載と重なる。ファンの方には申し訳ないが、あまりにバカバカし過ぎて読むに値しないと思ってしまった。それをきっかけに好きな連載は残っていたけど、ピタッと止めた。

だから作者の荒木飛呂彦といえば「ジョジョ」以前の「魔少年ビーティー」「バオー来訪者」なんです。「ジョジョ」を観終えるとその作風に共通性を感じる。特に第4部は「魔少年ビーティー」に似ているかなぁと。

長きに渡る物語。各部でジョースター一族で愛称ジョジョの主人公を立て、キャラに沿ったテイストで物語が進む。シリアスな第1部、ユーモアを交えた第2部、一族宿敵DIOとの決着を迎える第3部、大きな転換を図った第4部とそれぞれに惹き込まれた。

特にお気に入りはスタンドバトルを採り入れた「スターダストクルセイダース」でしょう。これでもかの絶望感と繰り出す知恵、頭脳戦での激突。それはシリーズ全体に一貫しているが、そのピークは第3部が一番。第1部、第2部の波紋バトルは「北斗の拳」ではあるが、伝奇的要素でジョジョワールドを確立させた。また第2部でのジョセフの破天荒さはその後の作風を決定付けている。

原作未読とも、同じ時代を生きた者として、洋楽アーティストを扱ったネーミングに目がいく。バニラ・アイスは「オースティン・パワーズ」でギャグにされていたけど、名前のインパクトはNo.1。テレンス・トレント・ダービーはマニアックだけどCD持ってる。そして「ダイヤモンドは砕けない」のラスボスは「キラー・クイーン」ですからね。

同じくテレビアニメ版の楽しみとして、エンディングテーマが洋楽である事。中でも第1部、2部で使われたプログレ、YESの「Roundabout」がバック映像と相まってカッコイイ。「スターダストクルセイダース」でのバングルス「 walking on an egyptian」はまさに天命。エジプト編でパット・メセニー使うあたりは泣ける。ちなみに第4部でのSavage Gardenの頃は洋楽卒業していたので耳馴染みではあるが、あまり思い入れは無く。

今も続く原作に対し、第5部のアニメ化の噂が伝えられるが、続きが見たい。先にKindleで原作読んでもいいかも?。とにかくジョジョ漬けだった3ヶ月は本当に楽しかった。

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2018/03/14

「重戦機エルガイム」を観る

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Amazonプライムで「重戦機エルガイム」を観た。全54話、半年近く掛けての視聴。放送当時は中学生。途中挫折した上、あまり熱心に観ていなかったので今こその再視聴となった。

あの頃、序盤はしっかり観ていたのですよ。本作の魅力はメカニック。脚元のカバーが開いてシリンダーが露出するなんて、当時のアニメじゃ考えられなかった。ボトムズと並ぶリアルロボット路線である。悪魔的デザインのマーク2と対照的な序盤主人公は真っ白なエルガイム。当時買ったハイコンプロは実家に眠っているかも。

原作は富野監督だが、ビジュアルは永野譲の創作でメカニックとキャラクターの両者をデザイン。この発想も新しかった。特にレッシィやギャブレットら脇役がいいよ。所詮、主役のダバは狂言回し。結局、本作はSFラブコメ的スターウォーズという印象だった。

ただそれがぐだぐだ続いてしまうところで中学時代は離脱。その印象は今回観ても変わらない。一見骨太なポセイダル、ミアン、フル=フラットの大人ドラマの部分は今観ても押しが弱い。全話観るのに半年掛かったのもそれが大きな理由。「24」なら1シーズン2週間足らずで見終わってしまうのに。

それでも最初にマーク2が出てきた時はテンションが上がった。巨大、強力化する武器バスターランチャー。そして永野メカ、多様なヘビーメタルは今も新鮮。ラスボス「オリジナル・オージェ(オージ)」もカッコいい。永野はそのまま次番組「Zガンダム」のデザインでもその手腕を発揮している。

個人的には「競馬場の達人」のナレーションでおなじみ、大塚芳忠氏の声が聴けたのが嬉しい。オープニングと軽快なキャオっぷりが懐かしい。

前番組「ダンバイン」との関係性に裏設定、そして「ファイブスター物語」と世界観の奥深さも本作の魅力ではあるが、それを知ったのも最近。子供向け番組の時間帯として敷居が高く、その割に弾けていない。しっかりと描いて、今のご時世なら深夜アニメなのだろう(「Gレコ」でさえ深夜だったし)。ただその当時の時代性を含めて「重戦機エルガイム」は興味深かった。

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2016/11/29

「君の名は。」を観る

 今日は大ヒット中の映画「君の名は。」を観てきた。前半は一見PV風でスタイリッシュ、後半は老若男女問わず物語に惹き込まれていくだろう。まさに平成のジュブナイル。

 飛騨の山中に住むみつはは都会への憧れを持つ女子高生。そんなある日、開いたノートに書かれた「お前は誰だ?」という一言。加えて親友たちにも昨日は他人のようだったと言われる始末。だが違ったのだ。東京に住む高校生、瀧と夢を見る間に心と体が入れ替わっていたのだ。やがてある出来事が二人の運命を別つのだった。

 この作品、ウケている理由が良く分かる。導入は若者向けながら、リアルで甘酸っぱく男女問わず主人公の二人に感情移入してしまう。自分が学生時代にリアルタイムで観た「時をかける少女」と同じ感慨に浸れる気がする。いやこの作品の方が門戸が広いかも。ただお年を召した方には少しスピーディー過ぎるかなぁ。でも劇場には結構そうした層も沢山いらっしゃった。さすがは今年最大のヒット作だ。

 この作品の物語、背景、生活感、何もかもとにかくリアルな画に驚かされる。アニメというとファン向けに媚びた演出、キャラが出てくるものだが、この作品は皆無。そこもいい。その中に日本風のキャラクターが生きている。とことんリアルだからSF調、根幹となる心身の入れ替わりに違和感はない。瀧がみつはになって目覚める仕草なんてまるで「転校生」のような、実はこの作品全体が大林宣彦作品のオマージュなのかもしれない。

 エピローグに向けて想像通りの展開に進んでいくが、観客にとって願望通りに進む事、それこそ新海誠監督の思惑なのだろう。やや長く感じるエピローグのエピソードもスパッと終わるエンドカットで清々しく思える。泣けるまでに至らなかったが、これだけ心を動かされたのだから満足度は高い。今の若い学生さんたちにはこの作品を観て刺激され、自らの青春を謳歌するような人生を歩んで欲しい、とオジサンは思う(苦笑)。

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2016/11/12

「聖戦士ダンバイン」を観る

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 アニマックスで9月末から3ヶ月に渡って放送された「聖戦士ダンバイン」(HDリマスター版)を観終えた。放送当時、中学生だった頃。実は通っていた塾か何かのせいで本作をリアルタイムで観ていない。最終回の内容を「アニメージュ」で知ったくらいだ。でもガンダム以降の富野作品、当時のプラモ熱から興味は離れなかった(主役機プラモの金型改修騒ぎ等々)。多分最後まで見通したのは今回が初めてだろう。そんな思いから、大人になった今改めて「聖戦士ダンバイン」を観てみた。

 真夜中、バイクを飛ばすショウ・ザマ。だが光と共にその場から消え失せた。フェラリオ シルキー・マウの力でバイストン・ウェルと呼ばれる異世界に引き込まれたのだ。呼び込んだ地上人のテクノロジーとオーラ力(ちから)を使い、バイストン・ウェル征服を狙うドレイク・ルフト。そんなドレイクに異を唱えるニー・ギブンらと共にショウは愛機オーラバトラー・ダンバインで戦いを挑む。

 「ガンダム」「イデオン」「ダンバイン」に共通するのは人の業の描き方。「Gのレコンギスタ」を観た時に感じた富野監督自ら「子供向け」という言葉に反して難解な側面。富野節と呼ばれる、その背伸びした感覚こそが富野作品の魅力なのである。視聴者である子供たちに対し、考えるよりも感じろといったところ。単純明快なストーリーや勧善懲悪でなく、人間関係や葛藤こそが皆生きていく命題だと知らせている気がする。その点で「聖戦士ダンバイン」のキャラクターたちは最後まで生き生きと描かれている。

 反面、世界観構築の難しさを露呈する。宮崎駿をライバル視して「ザブングル」で少年劇、「ダンバイン」でファンタジーを描いた当時。のちのインタビューで作家性で負けたと回顧している。世界観を突き通せなかったゆえ、いち早い地上編への展開や融和しきれなかったメカデザイン(世界観を代表した秀悦な初期のオーラバトラーデザインに反し、中期以降の戦艦、メカ類はイマイチ)、「ザブングル」に続く主役機交代等、テコ入れが目立つ。

 結果、富野監督は収益面の失敗から再び「ガンダム」を作らざる得なかった立場に追い込まれた。そんな裏事情を知った今だからこそ、「ダンバイン」にはその混乱が垣間見える。今やバンダイナムコグループ傘下のサンライズ、スタッフロールに位置する「原作矢立肇 富野由悠季」は今も優れたビジネスモデル。子供心に分からなかったが、作品作りの裏に親会社の姿が欠かせないのは周知の事実だから。

 30年以上経った今でも「聖戦士ダンバイン」における混乱、カオスは物語、裏事情共々魅了する。コレジャナイ感と言われたビルバインのデザインも好きだし、ショウが初めて地上に出ての東京上空のバトルにハイパー・ジェリル、チャム・ファウ、そしてナの国の女王シーラ・ラパーナ。「皆殺し」と揶揄される物語の収拾も嫌いじゃない。当時、内外のファンタジーを見聞していなかった富野監督ながら、よくできていると思う。のちの数々のスピンオフ登場も頷ける。

ショウ「シーラ・ラパーナ、浄化を!」
3ヶ月、全49話を通し、おかげで浄化されました。

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2016/09/11

「メカニックデザイナーの仕事論 ヤッターマン、ガンダムを描いた職人」を読む

 大河原邦男著「メカニックデザイナーの仕事論 ヤッターマン、ガンダムを描いた職人」(光文社新書)を読んだ。きっかけは5月に放送されたBS朝日「ザ・インタビュー ~トップランナーの肖像~」での一編。ただ録っておいて観たのは先日。元々ガンダム熱というより別の熱さを持つインタビュアー松岡修造に違和感を持ったが、自らのデザイン哲学を冷静に"職人"と言い表す大河原さんと対照的、ミスマッチさは面白かった。そして番組の題材とされたのが本著だ。

 自分はアーティストでないと言い切り、熱い技術論を戦わすような本ではない。タイトルの通り、大河原さんのスタンスはこの仕事に携わった時から変わっていない事が判る。特にアニメ黎明期、スポンサーとの関係、求められるものへの回答が当時のデザインであった。基本的なアニメ業界の成り立ち。おもちゃを遊ぶ子供たちを念頭に置いたデザイン(主役メカ)、取り組む姿はやはり職人と言える。

 タツノコプロからキャリアをスタートさせた事、デザインの分業制等、自身への影響が語られている。中村光毅氏(タツノコ時代の上司、ガンダム美術設定)との関係、タツノコ作品でのキャリア経験、そして機動戦士ガンダム第1話試写の衝撃。読んでいく自分にほぼリアルタイムである出来事だからこそ、読み応えを感じるエピソード。撒かれた種、そして現在へ。気が付けばあっという間に読み終えてしまった。

 アニメ業界の仕事本として読んだ場合、その現実に落胆する面があるかもしれない。しかしどの業界であれネガティブな側面はある。しかも仕事="生活のため"という部分は逃れられない。だからこそ職人に徹する、心構え等、社会人にとって感じるものは多い。もちろん実力無くしてはここまで語れないし、大河原さんの仕事は我々世代の血や肉になっている。それを一緒に回顧する意味でも本著は興味深い一冊だ。

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2013/09/15

WOWOWで「超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか」を観る

 昨夜、WOWOWで「超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか」が放送されていたので、録画して観た。先月からWOWOWではテレビシリーズをハイビジョンリマスター版でその千秋楽が劇場版という訳だ。

 テレビシリーズから30年。放送当時、ポスト・ガンダムと言われた時代。中学の部活大会で近くのイトーヨーカドーのテレビ売り場で第1話「ブービー・トラップ」を鑑賞。オープニングテーマの最中、VF-1Jバルキリーのガウォークからバトロイドへの可変ぶりが鮮烈で未だ忘れられない。イマイ、アリイの2社展開によるプラモデル等、ジャストガンプラ世代にとっても新鮮だった。そんなメカニック設定もさることながら、SF設定、恋愛要素、音楽展開等、興味は尽きなかった。本作は翌々年に公開させたテレビシリーズの集大成である。もちろん公開当時、劇場で観た作品だ。

 この劇場版はテレビシリーズの設定を組み立て直し、必要とする要素を際立たせて作られている。宇宙からの侵略、異文化、歌、そして三角関係とこれらの要素は変わらない。唯一大きく変わったのは敵方ゼントラーディを男ゼントラーディと女メルトラーディの二つの勢力に分け、敵対させた事。これによってより文化、男と女というマクロスらしい設定が強化された。

 物語で最も盛り上がりを見せるのがラスト15分の最終決戦。ミンメイの歌う「 愛・おぼえていますか」に合わせ、呼応する者たちがボドルザーの乗る母艦を目指し総攻撃をかける。主人公一条輝のバルキリーが早瀬未沙のいる艦橋に向け突入の意思を示し、ミンメイの歌とのフラッシュバックでボドルザーを討つ。テレビシリーズの実質上の最終話「愛は流れる」が劇的にリメイクされた形。これだけでなくアクロバティックな映像"板野サーカス”に羽田健太郎の音楽「ドッグ・ファイト」が重なる冒頭の戦闘シーンと何もかもがグレードアップされている。

 テレビシリーズ以上に力が入っているのは作画だろう。テレビシリーズでは悲しいかな、放送隔週毎に作画レベルが良くなったり悪くなったり、当時中学生の目で見ても明らか。ただそれに負けなかったのは当時のマクロスの持つユニークさ、熱さ、そして原点の強みだと思う。この劇場版では作画の破綻はほとんどなく、独特の美樹本キャラが本当に際立っていた。影のようで実は真のヒロイン早瀬未沙の気持の脆さと美しさ、男は一見強くて脆い女性に弱い(と思う[苦笑])。最終決戦前、輝の部屋での三人の台詞のやり取りに映画館が沸いた事を思い出した。

 今回放送されたWOWOW版は他のBSデジタル放送時と比べ、特にクオリティーが上がった感じはしなかったが、テレビ版リマスターと合わせて是非ブルーレイに収めたい。ただ今回の録画は大事なところで一瞬ブロックノイズで乱れたため即消去し、次回の放送(10月初旬)で再録画となった。テレビシリーズも再度放送があるようなので、未録の方はあわせてラストチャンスかも。

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2013/01/26

「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」を観に行く

 やっと近場の映画館に「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」の拡大ロードショーがやって来たので、初日に行ってきた。

 まずはスタジオジブリとのコラボ、同時上映「巨神兵東京に現わる」からスタート。冒頭、浮遊する巨神兵はエヴァを想起させる。この作品はナウシカの世界観というより、"火の七日間"と東京のコラボレーションが見どころ。ただ実写で繰り広げられる"火の七日間"も、やや合成処理が勝った気がしなくもない。そして冒頭からのナレーション(モノローグ)は過剰に思えた。むしろ個人的には昨秋開催された「特撮博物館」に行きたかった。

 さて本題「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」。前作「破」がエンターテイメントを両立しつつ、観客を希望の高みに乗せた快作であったが、そのちゃぶ台をひっくり返す展開。ただ「破」を踏まえたテレビ版第二十四話のリメイクであり、さらに劇中のシンジも戸惑う展開が待っていた。結果、これをどう取るかがこの新劇場版の評価、好き嫌いを分けているのだと思う。

 もちろん(世間で評判の悪い)「ターミネーター3」が好きなボクにとってこの展開は十分にアリだ。悲しいかな歴史は、いや本作でいう仕組まれたシナリオは進んでいく。ただ悲観の中に僅かな希望があるはず。少なくとも今回は「まごころを君に」の時よりもその光は明るい(と思う)。現実を突き付けられるシンジと未来を啓示するカヲルの連弾。その果てにあるものは...ただし今回もゲンドウの思い通りな形でシナリオは進んでいるが。

 これまで同様意味ありげなキーワード、アイテム、新メカは登場するが、ロールプレイングの別ルートを踏んでいるわけで、そこに置いてきぼり感は無かった。ただ登場するエヴァのVersion数は想像を超えていたけど。この作品はあくまでSF、ココは身を任すほか無い。

 ちゃぶ台を戻すもよし、反したまま突き進むもよし。いずれにせよシンジは今回掛けたハシゴを自らの意思をもって昇って欲しい。

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2011/11/06

WOWOWでSPACE BATTLESHIP ヤマトを観る(ネタバレあり)

 昨日WOWOW放送のSPACE BATTLESHIP ヤマトを録画してあったので観た。アニメやマンガの実写化は「デビルマン」で懲りたはずなのに理由は単純。40才以上の健康な男子なら、必ずヤマトDNAがあるはず。普段は愛国心に興味が無くとも、ヤマトの中でなら語れるのだ。物語の熱さ、ディティール、人間ドラマと第一期アニメブームのど真ん中に居た者にとって、けっして避けて通る事はできない。今回の実写化ではご存知の原作エピソードを大胆な解釈で再構築。斬り込んでいくのにネタバレ必至なので、その点はあしからず。

 キムタクの個性があまりに強く、古代進とならなかったのは想定の範囲。イスカンダル星とガミラス星が双子、それを逆手にとってそれぞれが善悪の無形生命体としたのもあり。それにより最大のヒールであるデスラーは青塗りの堤真一では無かった(実写化決定、キャスト発表の際はそうなると思っていた)。正直、このキャラ設定をバカ正直にやってしまっては終始失笑で話にならなかっただろう。デスラーの声は驚きの定番伊武さん、それならばヤマトファンならテンションは上がる。やはりデスラーは伊武さんでなくては困る。これはある意味、英断と言っていい。

 だがそれ以外は残念な点ばかりに目がいってしまった。原作宇宙戦艦ヤマトはSFモノの皮を被っていたものの、基本的に大和魂に溢れていた。あくまで愛を語れるのは松本零士の作った美しいビジュアル、宮川泰のロマンあるシンフォニーがあってこそだからだ。やはりヤマトの乗組員は全て日本人でなければならないし(それは踏襲されたが)、極力女性乗組員は控えて欲しかった。正直、とってつけた正義感、チャらい描写も少なくない。まぁ時代錯誤な面もあるから、それも目を瞑ろう。

 でも許せない事はある。例えば海外配給を意識してか、本作のビジュアルは英語表記ばかりが目立つ。レコードジャケットならともかく、ヤマトにアルファベットは不要だ。エヴァ並みに美しい日本語、文字を意識、追求してもいいはず。さらにガミラス艦は無形生命体に合わせたのか、同じ山崎監督の「ジュブナイル」「リターナー」の時のデザインと大差ない。艦船ファンである松本零士の無骨ながらSFテイストで個性あるデザインはそこに無い。ガミラス星人のデザインも無形生命体を意識し過ぎている。原作での地球人対ガミラス星人という人間ドラマが出ない一因となった。

 原作ファンが思う本作最大の失敗は、観客の受けるスケール感かもしれない。全てが原作に負けている。リアルに狭い第一艦橋、発進ハッチ、艦隊戦、見た目だけは板野サーカスのブラックタイガー戦、画面に広がる宇宙、人間ドラマの質、戦士たちの汗臭さ...さらにあれだけの戦艦の働きを想像で補うには乗組員は少なすぎるし。それが実写作品のデメリットである。作画レベルは決して高くなかったが、当時想像力以上のものを原作アニメは提供してくれた。例えば最近なら実物大ガンダムが動かずとも観客を魅了したのは、目の前にある現実感だけの力ではあるまい。

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