「ヒンド・ラジャブの声」を観る
盟友N氏と昼食後、伊東市の金星シネマで今日の二本目「ヒンド・ラジャブの声」を観ました。2024年1月、パレスチナガザ地区からの通報、これに対峙する支援組織「赤新月社」の面々、そして通報元の少女の当時の音声に合わせて再現された実録ドラマ。この作品にはブラッド・ピットやアルフォンソ・キュアロンら映画人が製作に参加しています。
この物語の主役はタイトル通り「ヒンド・ラジャブの声」です。ヒンド・ラジャブの想いはただ一つ、銃撃された車中から脱出すること。彼女の電話口からは悲痛の叫びと周辺からの銃撃音しか聞こえません。緊張は続き、時に回線は切れて彼女の安否を気遣う「赤新月社」の面々。彼らの何とかしたい思いが伝わってきます。
同時にイスラエルによる無差別攻撃が赤裸々に語られていきます。戦場の犠牲は常に弱者。そんな彼らに手を差し伸べる「赤新月社」の活動は赤十字や政府の了承があってのこと。ただそれゆえの歯がゆさもこの映画の中で描かれ、多くの交渉と障害が彼らの前に立ちはだかります。たった8分の行程なのに…
声でしか判らないこと、貼られていく写真の数が「赤新月社」の心労の表れ。しかも彼らだって命懸けです。この一連の出来事の顛末は…「ヒンド・ラジャブの声」だけだったリアルは作品全体に侵食されていきます。我々と戦争との距離は身近になっていることを物語ります。
この物語は春先に観た「ネタニヤフ調書 汚職と戦争」と繋がるものです。為政者のエゴのために奪われる命が理不尽でなりません。ただその理不尽さも現実。それを知ること、注視していくことも大事なのだと思います。
追伸.
私はこの映画の存在は知っていましたが、ことの顛末は知らない状態でした。それなのに上映前、後ろの席に着いた老夫婦が開口一番、「この少女は….」と大声でネタバレしていました。紹介サイトの一部では触れられている内容なのですが、観客にとって少女の運命を見守ることもこの映画のテーマだったのに、緊張感のないひと言で台無しです。
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