「シラート」を観る
今日は盟友N氏とスペイン映画(フランスとの合作)「シラート」を観てきました。製作にはペドロ・アルモドバル監督の名があり、この映画への注目度はがぜん高くなります。疾走した娘を探す父とその子を追ったロードムービーです。
物語の時代背景は詳しく語られませんが、情報の断片からその推測はつくでしょう。タイトルのシラートについて冒頭で説明(よく覚えておいて欲しい)がありますが、中盤までその意図が解らぬまま物語は進んでいきます。そのおかげで常にアンテナを立てて鑑賞することになるのです。
まず特徴的のは米アカデミー賞でも音響賞にノミネートされたSE、音の使い方です。今回鑑賞したシネプラザサントムーンでは臨場感体感上映という志向で音響が強化されたシアターでしたが、冒頭から超重低音が体を突き抜けていきます。ほぼ全編呼吸のように超低重音が使われていました。
物語はルイス親子とレイヴパーティ(踊祭り)を目指す一団の行方が描かれていきます。常にアンテナを立てているせいでちょっと疲れましたけど、その後間隙を突くような出来事が待っています。そこから一気に緊張感は増し、タイトルの意図を思い知らされる事になるのです。
レイヴパーティを目指す一団に四肢の一部を欠損した登場人物がいます。後半以降でのメタファーを多分に感じますし、二極化した世界って、実は数年後の目の前の世界ではないかと勘繰ってしまいました。この映画が描く非情な世界。安心して生きられる、気兼ねせずに歩いていけるのは今だけなのかもしれません。
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