「ハード・トゥルース 母の日に願うこと」を観る
今日は盟友N氏と伊東市の金星シネマで一本目「ハード・トゥルース 母の日に願うこと」を観ました。ロンドンを舞台に家族や生活の全てに苛立ちを覚える主人公の女性パンジーを通してその背景を描いていく人間ドラマです。
物語冒頭からイライラを爆発させるパンジー。確かに彼女の苛立ちの種は見ていれば判ります。プータローの息子、生活に無関心な夫。気を配ってくれる妹家族がいますが、それさえも不快感を持ってしまう。でも彼女の苛立ちはあらゆる場面で最後まで続くのです。
主人公が涙を流す事、それだけが救い?腰痛で帰宅した夫を介助した同僚も恫喝されてしまいます。ここまで極端なストーリーテリングを見た事はありません。救いの無い作品は嫌いじゃないですが、ここまで平板な物語で一方的に苛立ちを押し付けられるのは正直、堪えました。
確かに後半で苛立ちの根底にパンジー姉妹の母親のエピソードが出てきますが、あくまで行間を読めという事なのでしょう。この作品が評価されているのは、徹底して苛立ちを演じたパンジー役のマリアンヌ・ジャン=バプティストの演技なのだと思います。
個人的に彼女の苛立つ演技がどうしても身近なものに感じ、それもキツかったです。改めて映画の中の世界で我慢できる事、できない事がある事を知りました。
追伸.
あとで作品解説を読みました。マイク・リー監督は即興芝居で撮る人との事。要はシチェーションだけを演者に与え、そこから物語を紡ぎ出すらしいです。(演技の生々しさとか)納得のいく部分もありますが、映画としては平板に見えてしまいました。問題の根幹はシンプルなものだと思います。
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