Netflix「アドレセンス」を観る
今日はGW最終日、Netflixのリミテッドシリーズ「アドレセンス」(全4話)を観終わった。ラジオ番組でピーター・バラカンさんやリリー・フランキーさんがトークに採り上げていた作品。その特徴は1話完全ワンカットで撮影されている事だろう。撮影の裏側をよく知り、役者でもあるリリーさんが驚愕するのも少なからず理解できる。
物語は突然殺人容疑で逮捕された13才のジェレミーを巡るサスペンスであり、人間ドラマ。冒頭から漂う緊張感は各話ずっと継続。この事件を通して犯罪の背景、子供たちの作る小さな社会=スクールカースト、親と子の関係等を観る側に問いていく。カメラは常にその話の中心にあり、物語のディテールを紡ぎ出す。
特にワンカット撮影の凄みは感情の起伏を要求される演者に現れている。出来事に翻弄され、感情を露わにする姿は完璧以上でNGは無い。しかも演者は一人で無いので全てに連携が要求される。最終話、事の次第に涙する二人に圧倒された。
またデジタル修正はあるかもしれないがあらゆる映り込みは皆無で、特に第2話、あれだけぶん回したカメラを最後にあのように映すなんて。そのカメラワークを考えたら夜も寝られなくなっちゃう(春日三球・照代、昭和のギャグのパクリですが)。
事の次第もさることながら、最終話ではジェレミーの父親エディにどっぷり感情移入していた。どこまで子供の事を理解できていたのか、まるで自分に問われているような。エディが怒りをぶつける姿に後悔と家族の再生、そのきっかけが切ない。テーマ、クオリティと独特の緊張感は一見の価値ありのドラマだ。
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