「大きな家」を観る
今夜はドキュメンタリー映画「大きな家」を観て来た。とある児童養護施設に集う子供たちの姿を通して、彼らの日常を映していく。子供たちを取り上げるとなれば慎重になるが、顔をぼかす事はしていない。また子供たちを守るため、劇場公開限定とし配信やパッケージ化の予定はないという。
子供たちの事情はそれぞれ。多くは語られずとも彼らの言葉から今の姿を紐解く。度々親と会う子もいれば、やっと会えると言い続けるも結果やり過ごされる子もいる。そのやるせなさ、一方で夢中なものに取り組む等、子供たちの無垢さが伝わってくる。
子供たちの言葉を介して、彼ら同士の関係性が家族とは違うのかなと感じつつも、ネパールの施設のやり取りを通してそれでも家族と呼べる存在なのだと思う。施設を離れる巣立ちの時、出て行く者と残る者の間に芽生える感情(露わにしようがしまいが)に嘘はない。
この映画はドキュメンタリーにありがちなナレーションを廃し、映像と子供たち、施設の人々の言葉だけで綴られている。また彼らの素の姿が描かれる分、作品として大きな波はないまま終わる。そこが魅力である一方、やや単調になってしまうのはやむを得ないかもしれない。
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