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2024/10/12

「ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ」を観る

今日は「ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ」を観てきた。前作大ヒットを受けて作られたホアキン・フェニックス主演、レディー・ガガ共演、トッド・フィリップス監督によるジョーカー単独作第2弾。副題はフランス語で「二人狂い」、または他者への感応と伝染を意味する。先の”二人”とは推して知るべし。

本作製作当時からミュージカル仕立てと公言されていた通り、ホアキンとガガによる歌で紡がれていく物語となっている。ガガのパフォーマンスは言うまでもなく素晴らしく、ヘタウマなホアキンが彼女についていく形。ダークな「リトル・ヴォイス」であり「ザッツ・エンターテイメント」。

二人の怪演に圧倒される反面、その試みは「ハーレー&ジョーカーショー」までがピークのような気がした。物語はアーカム精神病院(刑務所)と裁判所を舞台として入れ替わり進んでいくが、前作のようなアーサーを発端とする底知れない怖さは後退。一方で裁判ショー(ダジャレじゃないよ)では米国社会を映したような描写で皮肉る。

副題が指す「何があっても暴力は決して絶えない」はアメリカだけでなく人類の病。ただ既に社会現象と化したアーサーいやジョーカーとリー(ガガ)の恋愛模様を重視して進んでいくために押しが弱い。さらにミュージカル仕立てな分、暴力的要素やそこに関わる怖さは希薄になった。

演技、音楽、演出に一定のクオリティの高さは感じるものの、想像の範囲で物語は進み、前作ほどの驚きは無い。また歌以外でリーのキャラも物足らない。作品を観終えて米国興行の不評からも窺い知れる。そもそも共感を求める作品でないため、ミュージカル以外に何か別の仕掛けが欲しかった気がした。ちなみにスクリーン上、上映時間のほとんどをタバコの煙で満たされていた。



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