「ハート・オブ・ダークネス/コッポラの黙示録」を観る
今日はU-NEXTで「ハート・オブ・ダークネス/コッポラの黙示録」を観た。1991年公開、フランシス・F・コッポラ監督作品「地獄の黙示録」製作の内幕を追ったドキュメンタリー。コッポラの妻エレノアが共同監督に名を連ね、故に切り込んだコメントや映像、当時の混迷ぶりが赤裸々に描かれる。
ハリウッドで映像化不可能の逸話は少なくない。「地獄の黙示録」の原作「闇の奧」もその一つで、オーソン・ウェルズは頓挫の後に「市民ケーン」を作ったという。原作に魅せられたコッポラは「闇の奧」映画化を思い立つ。共同脚本にジョン・ミリアス、舞台はベトナム戦争、カンボジア奥地に移した。
当時は「ゴッドファーザー」二部作で莫大な富と名声を手にしたコッポラ。製作当初は怖いもの知らず。資金が無くなれば「家や車を売ればいい」と妻エレノア共々余裕なのか、芸術家の誇りかある種の覚悟の表れか。だが次々と現れる難題から徐々に自信を失っていく様が生々しく伝わってくる。
撮影3週間後、ウィラード役がハーヴェイ・カイテルからマーティン・シーンへの交代劇は序の口。ロケ地フィリピン内戦の影響、台風による撮影遅延、セット崩壊。復旧を待って撮影日数はかさみ、200日を超える事になる。だがそれだけに留まらず、その煽りはキャストに伝染していく。
一部キャストの薬物依存があったりマーティン・シーンは心身衰弱、心臓に異常を訴える。やっとシーンは現場復帰したものの、撮影終盤に如何にも場に最悪なデニス・ホッパーが参戦(撮入までは監督と相思相愛だったのに)。そして真打、カーツ大佐=マーロン・ブランドがやってくる。
ブランドは週給100万ドルx3週ながら役作り(体作り)せずに撮入。ホッパー同様、セリフは頭に入らず、即興芝居を強いられるコッポラ。脚本上のプラン等とっくに崩壊。そんな狂気、混沌と混迷こそ「地獄の黙示録」と戦争の持つ負の側面をダブらせずにいられない。
このドキュメンタリー中、コッポラが唯一現在を言い当てたコメントが「大衆向け撮影ビデオ(カメラ)がハリウッドの職業的映画作りをぶち壊す」という点。それでいて映画製作への姿勢は当時から変わらず、私財を投げ売って作られた彼の新作「メガロポリス」が待ち遠しい。
このドキュメントには盟友ジョージ・ルーカスも登場。親友ながら映画製作には何処かクールな点が興味深い。そして愛娘ソフィアは当時4才。フィリピンロケに帯同して「気分はディズニーランドのジャングルクルーズ」とは子供心ながら肝の座り方はコッポラファミリーらしい。
本作は「地獄の黙示録」本編とセットで是非。
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