「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」を観る
今日は仕事帰りに「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」を観てきた。深夜ラジオ界隈(「深夜の馬鹿力」「佐久間宣行ANN0」)で取り上げられた上、クチコミでも評判の作品。タイトルの通り、鬼太郎誕生を巡る奇談が描かれていく。舞台は昭和30年に遡り、龍賀一族の後継問題から惨殺事件が始まる。
「ゲゲゲの鬼太郎」は野沢雅子、田の中勇コンビで熊倉一雄の主題歌の第2シリーズを夕方の再放送でよく観ていた世代。サラリーマンに代表される水木キャラにもちろん妖怪たち、フィルムの味わいに怖さが漂うのを思い出す。それから約50年。今回水木しげる先生の生誕100周年記念作品として作られた。
冒頭登場する猫娘のデザインに隔世の感。加えて龍賀一族の子供たちのキャラデザインも今風。いずれも最新シリーズに合わせたものだが、いざ物語が始まると作画と美術レベルの高さであまり気にならなくなった。連続惨殺事件とその真相。龍賀一族の秘密と現実世界が微妙にリンクしていく。この物語を通して戦中、戦後の混乱に乗じた格差と社会の分断が見え隠れする。
龍賀一族当主に妖怪、Mという存在。まるで今世間を騒がせる与党派閥の源流を遡るメタファーと感じるのは勘繰り過ぎか。当主時貞の真意がまるで「昭和の妖怪」と称すあの人物とその信念が重なり、代を重ねて国益と名ばかりに私欲を尽くすところまでよく似ている。末代「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と言う裏でやりたい放題とは確かに妖怪級だよなと。
まぁそんな点はさておき、主人公水木の目を通して次々に明らかとなる龍賀一族の恐ろしさ。並行して描かれるもう一人の幽霊族、主人公ゲゲ郎の哀しき定め。そこにタイトル通りの鬼太郎誕生に繋がっていく。最大の敵に立ち向かうゲゲ郎の姿、そのスペクタクルとアクションはさすが東映アニメーションと唸る。これはスクリーン級のサイズで観るべき迫力。
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