「TAR/ター」を観る[オレなりの解釈]ネタバレあり
今夜は映画館でケイト・ブランシェット主演の「TAR/ター」を観てきた。ベルリンフィルのマエストロ、女性指揮者のリディア・ターが成功から転落していくさまを描いた人間ドラマ。例えるならひと言、"凄い"映画(でも一般向けではない)。2時間半を超える作品だが、全くダレるところはなく最後まで見逃せない物語となっている。
監督・脚本のトッド・フィールドがケイト・ブランシェットを当て書きした主人公。長尺の作品でここまで惹きこまれたのは彼女の演技、存在感によるものが大きい。ドイツ語を駆使したセリフに佇まい、演奏に何もかもが音楽家にしか見えない。この作品を観てしまうとケイト・ブランシェットこそ今年のアカデミー主演女優賞に相応しく思えてしまう。
リディアはメディアをも味方につけた音楽界の時の人。だが様々な羨望と嫉妬の中、やがてメディアが彼女を追い込んでいく。きっかけとなるエピソードは山ほど登場するが、あえて明確な相手は設けず観る者に委ねる作り。中でも見せたい点はリディアがどうなっていくか、だ(あのケガも自滅の末の虚言のような気が)。
既に成功を得、物語の八割の彼女は何事も完璧。女性パートナーと同居し、その彼女の娘とは父子の関係。ほとんどの場面でリディアの表情は男そのもの。ケイト・ブランシェットも意識して演技しているのではないか。だが序盤の小さな不安(まさにピアニシモ。車のドアのビビり音が気に障ったり)は終幕に向けたフォルテシモ、どん底へ。
仕事場を失い、流れ着いた先で嘔吐(カイロプラクティックじゃないだろ)とその後の大舞台。引き画が映す再びタクトを振るリディア。観客席の面子を見るとダークさは輪をかけ、悲劇としてキューブリック的な感慨をもたらす(「時計仕掛けのオレンジ」に近いかな)。ちなみに監督のトッド・フィールドは俳優として「アイズ・ワイド・シャット」に出てるみたい。
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