「ファーザー」を観る
今日はアンソニー・ホプキンス主演「ファーザー」を観てきた。ホプキンスは本作で二度目のオスカーを授賞。しかも娘役にオスカー女優のオリヴィア・コールマンを迎えた。記憶の混濁が進む老いた父とその娘の物語。
帰宅を急ぐアン。父アンソニーが家政婦を追い出したからだ。理由は腕時計を盗んだからだと言う。しかし置いた場所さえ覚えていないアンソニー。そんなアンは交際相手のいるパリに行きたいと切り出した。ハッとするアンソニーの前にある男が現れる。
物語は未完成のパズルのように進む作り。映画ファンでさえ、一見で全てを理解するのは難しいと思う。ただエピソード、限られた登場人物、エピソードが時系列を超え、アンソニーの混濁ぶりを表していく。セリフやアイテムがさりげなく繰り返され、老いと病の悲しみが伝わる。今どこにいるのか。相対するものが誰なのか、まるで「ビューティフル・マインド」のようで。
アンソニーの悲哀と僅かにみせるコミカルさのコントラスト。さらにアンソニー・ホプキンスの表情の深み。レクター博士から時は経ったのだな。プロローグの雄弁さから子供に還っていくようなエピローグが余韻を残す。
アンソニーの姿を親と重ねるか、20年後いや30年後の自分なのか。幸い健在の両親はいまだコメディーセンスが高く、どちらかと言ったら後者。あくまで物語の視点はアンソニーだし。その変遷をホプキンスと監督が紡いでいく。自分の意志が消えていく生と老いこそ、この映画のテーマかもしれない。
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