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2018/08/18

「悪魔のようなあいつ」を観る

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TBSチャンネル2で録ってあった「悪魔のようなあいつ」を観た。1975年放送の全17回。原作に阿久悠が参加したマンガでそのドラマ化らしい。個人的には金曜ドラマで久世光彦プロデュース、長谷川和彦脚本、そして沢田研二主演という事で記憶される。ただドラマの本放送が自分の幼少期であり、その後の再放送も含め一度もまともに観る事はなかった。

このドラマは1968年に起きた三億円事件がモチーフになっている。事件の時効を待つ主人公可門良。綿密に決行された計画に警察はなす術がなかった。だが執拗に追い掛けていた白戸警部は事件の背景に良の姿を嗅ぎつける。

ドラマの世界観はまさに久世ワールド。水曜劇場で育った身には琴線に触れる演出。例えば音楽の使い方。本ドラマの主題歌はジュリーの「時の過ぎ行くままに」。要所、ラストと彼の歌を重ねる。中でも舞台となるバーではジュリーの弾き語りで聴かせる。加えてデイヴ平尾の歌う挿入歌とその後の水曜劇場での演出が垣間見える。

「時の過ぎ行くままに」は和製「while my guitar gently weeps」だとつくづく思う。似て非なる曲だが、泣きのメロディーにシンパシーを感じる。ちなみにドラマの音楽はジュリーの盟友でもある井上堯之バンド。この曲は大野克夫の手による。昭和の名作ドラマの熱さは彼らだからこそ。

閑話休題。物語はなかなか過激。今ならコンプライアンスで物語の魅力の10分の1も出ない。ジュリーを取り巻く女性たち、そしてベッドシーンも多い。男女が全裸で警察を茶化すくだりもある。だがジュリー、可門良に惹かれる女優陣も魅力的。若き篠ひろ子、大楠道代と肌を重ねる姿は妖艶。ジュリーの姿は美しく、反してタイトル通りに悪魔的である。デスマスク片手にタイトルロールでの微笑は象徴的だ。

配役はのちに関係性が明らかになる藤竜也、同じく兄貴分の荒木一郎、そして白戸を演じる若山富三郎と時に熱く昭和を感じるが、それが懐かしく心地いい。ゴジこと長谷川和彦の脚本は時に緻密、時に大胆に物語を進めていく。この後でジュリーとの再タッグ作「太陽を盗んだ男」(こちらも傑作)との共通性も多い。いや、実にジュリーは犯罪者が似合う。

結末は推して知るべし。だが知ったとして、魅力的な物語である事に変わりない。本作は三億円を巡るファンタジー、実際の三億円事件もファンタジーだったのかも、と思う。だからこそ昭和の都市伝説。そして不世出のスター、沢田研二を知る上で欠かせないドラマなのである。

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