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2017/01/24

「沈黙 -サイレンス-」を観る

今日はマーティン・スコセッシ監督作品「沈黙 -サイレンス-」を観た。かつて問題作「最後の誘惑」でキリストを扱ったスコセッシが、遠藤周作の「沈黙」を原作に、キリシタン弾圧の中で渡日した若き宣教師の姿を描く。

17世紀、フェレイラが棄教した事を知らされ、その後を追い確認するため来日したロドリゴとガルぺ。だが布教を妨げるように日本のキリシタン弾圧は凄まじいものであった。苦しみにキリスト教にすがる島民達の支えになろうとするロドリゴ。迫る大名の前、迷いなく絵を踏むキチジローがいた。生か、信仰か、選択が迫られる。

まるで日本映画。物語は本当にスコセッシの作品かと思うほど、小説を読み進めるように淡々と進む。バイオレンス色の強い代表作ばかりだが、先の「最後の誘惑」同様、スコセッシにとってキリスト教を描く事はライフワークなのだろう。それゆえメジャー配給でないのも特徴。目の前に倒れていく島民に心身共苛まれるロドリゴ。神とは?タイトル「沈黙」の意味は救い、信仰、宗教観を問う。

2代目スパイダーマンのアンドリュー・ガーフィールドはその面影無く、極限状態のロドリゴを見事に演じる。カイロ・レンことアダム・ドライバーもSWと異なり、宣教師が似合っていた。それだけでなく気を吐くのは日本人キャストたちだ。目立ったのはイッセー尾形、浅野忠信、そしてキチジローの窪塚洋介。個人的には塚本晋也の心身共の熱演ぶりが凄かった。

この作品の重さは映画館という集中できる空間でこそ成立すると思う。しかもスコア系BGMは充てられていないのも特徴。辛い描写も多く、派手さを好む人々には向かないだろうが、スコセッシらしくない行間を訴える作りに好感、想像力を掻き立てる。そして拠り所を求める人たちへ何らか福音をもたらすであろう作品だ。

170124


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