« 「ロボコップ」リブート版を観る | トップページ | 「山田孝之の東京都北区赤羽」最終話を観る(ネタバレあり) »

2015/03/19

再び「鍛えて最強馬をつくる」を読む

 最近競馬本を読み漁る中、昔読んだ「鍛えて最強馬をつくる」をもう一度読みたくなった。この本は故・戸山為夫調教師(当時)の遺稿。第7回JRA賞馬事文化賞を受賞した作品でもある。サブタイトルに"「ミホノブルボン」はなぜ名馬になれたのか”と立てられた通り、馬の調教論を中心に厩舎経営、人材教育、さらに自身の半生を騎手時代、調教師として経験を綴った本である。20数年前と違った感慨を受けただけでなく、その内容は今読んでも全く色褪せていなかった。

 当時脚光を浴びた坂路調教の事ばかりに目が行くが、改めて読んでみると戸山さんの人生が投影された競馬論になっている。それが馬作りであり、人作りでもある。志半ば騎手を辞め、実績のないまま調教師へ転身。人と同じ事をやっていては勝てない。それが強い調教、牧場と連携した強い馬作りへ繋がっていく。先日読んだ「世界一の馬をつくる」にも相通じる点でもある。牧場のあり方は競馬しか見ないファンには新鮮だろう。戸山さんはその先駆者の一人であり、持ち乗り制度の導入も率先した。

 そんな持ち乗り制度導入の経緯も興味深い。限られた人材の活用、もちろんそれも馬のためである。一頭の変化を知る事、運動時間への活用が利点。高コストは掛けられず、垢の付かない若手を登用した。安永調教助手のミホノブルボンへの起用もその流れである。そうした人材を育て自厩舎、競馬界へ還元する。寄稿当時、先に独り立ちした森調教師は戸山イズムの継承者でもある。ただそこに厩舎経営の難しさも垣間見える。

 持ち乗り制度の考え方は小島貞博、小谷内秀夫の二人の所属騎手を主戦とし、普段から調教に乗り、かつ実戦を使う事で馬の能力を引き出す事にも繋がっている。戸山さんが「厩舎のスタッフは家族同然」と述べる通り、ビジネス優先の経営ではない。予算の限られたオーナーに対し、如何に結果を出すか。それに応えた厩舎スタイルなのだ。ただそれだけに、戸山さんだからこその部分も多く見られる。非社台で戦えた頃、ミホノブルボンは最後の輝きだったかもしれない。

 現在、戸山イズムの後継者、森厩舎がビジネス然たるスタイルで成功と思いきや、社台馬の台頭は厩舎間の競争を激化させた。坂路調教、持ち乗り制度、インターバル調教も今や当たり前であり、アドバンテージではない。ただ戸山さんの存在が無ければ、日本競馬は10年遅れていたのかもしれないと思わせた。最後に今本来、愛弟子として戸山さんの後継者であるべき、小島貞博師の姿が無いのは本当に悔やまれてならない。

150319


|

« 「ロボコップ」リブート版を観る | トップページ | 「山田孝之の東京都北区赤羽」最終話を観る(ネタバレあり) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/58265/61305289

この記事へのトラックバック一覧です: 再び「鍛えて最強馬をつくる」を読む:

« 「ロボコップ」リブート版を観る | トップページ | 「山田孝之の東京都北区赤羽」最終話を観る(ネタバレあり) »