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2014/02/23

「クラウド アトラス」を観る

 先日WOWOWで録画しておいた、兄弟改めウォシャウスキー姉弟による「クラウド アトラス」を観た。そもそも3時間近く上映時間が長い作品。朝5時半から観始めたが、途中起きて来た子供が乱入、2時間目で中断させていただいた。この後ヌードにベッドシーンも登場、R15+なので親として当然の配慮である。さて間が空いた上で観終えた今、この作品を振り返ってみたい。

 トム・ハンクス、ハル・ベリー、ヒュー・グラントらが様々に演じる群像劇であり、6つの時代を同時進行する物語。そして6つの物語は輪廻を表す。劇中「クラウド アトラス六重奏」が登場するが、人種、格差、体制への反乱が描かれていく。6つの物語毎、キャストは異なる役柄を演じさせ、これを輪廻の象徴としている。ただ物語間で善悪に一貫性はなく、善人が常に善人であるような使われ方はしていない。また相変わらずヒューゴ・ウィーヴィングは6つ、どの物語に出てもでも悪役っぽい。

 ウォシャウスキー姉弟のパートと共同監督トム・ティクヴァのパート、担当の違いは何処と無く判る。未来を描くのはウォシャウスキー姉弟。ビジュアル表現では水を得た魚のようだ。単に物語が壮大ゆえに担当を分けたというより、得手不得手を考えての事と思う。トム・ティクヴァが担当した中でも2012年の物語はコメディーパートであり、ウォシャウスキー姉弟には不向きだったろう。

 3時間という長編に大胆な構成ながら最後まで観させる(途中視聴を中断したからかも)。ただ輪廻を描くのであれば、6つの物語に一貫、同じ役者で善の象徴を配しても良かったのではないか。そのため3時間、誰に感情移入してよいか観ていて判らなかった。2144年におけるペ・ドゥナの存在がその代わりとなるべきなのだろうが、やや弱い。そして推測の立つ結末に「マトリックス」シリーズに共通するウォシャウスキー姉弟らしさが感じられた。ただもう一度観たいと思うには少し動機が欲しい作品となった。

140223


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