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2009/05/01

イーストウッド主演最終作?「グラン・トリノ」を観る

 今日は映画の日。盟友N氏と時間を合わせ、クリント・イーストウッド主演(出演)最終作とさせる「グラン・トリノ」を観てきた。朴訥(ぼくとつ)として、時に毒を言い放つ姿にこれまでの主演作が重なるが、そんな彼も今年で79才。「目には目を...」を体現してきたアンチヒーローも年齢には勝てない。しかしただそれを描く事は本作の真意でない。また彼の監督作を観れば、描かれる人生観と懐の深さは伺い知れよう。そんな例に洩れず「グラン・トリノ」もイーストウッドらしさに溢れた作品となった。

 隣人は異人種が当たり前となった街に、妻の死から心が孤独となった男。そこから生まれるコミュニティー、変化がこの作品の鍵となる。イーストウッドの毒を楽しむもよし、師弟関係や友情を楽しむもよし。物語はシンプルだが、深読みしていけば想う事は多い。ただ主人公の言動やケジメをそのまま受け止めては、この作品を楽しむ事ができない。むしろ不快感だけを持つだろう。そこに遺こしたものが大事なのだが、それはひと言で言い表せない。

 例えばエンディング、主人公の手を離れたグラン・トリノが駆け抜けるシーンは特別だ。友情の証でもあるし、新たなコミュニティーへの象徴のようにも取れる。タイトルの「グラン・トリノ」とは、今やビンテージカーとなったフォードの車。無骨で不器用、洗練さとは無関係。そんな「グラン・トリノ」と主人公は同義の存在にある。最後、何処か清々しい気持になるのは、そんな関係が成り立っているからなのだろう。物語の経過から変わらないもの、変わるべきもの、そのコントラストがこの作品の面白さだと思う。

 この作品を楽しむもう一つの要素、それは製作者イーストウッドの姿勢だ。人種差別的な描写もあるが、それは"媚びない"姿勢の表れでもある。むしろ現実のアメリカなのだろう。 そして主人公とイタリア系散髪店主のやり取りをみれば、イーストウッドの考えは十分に伝わる。真摯な姿勢、大人の余裕、「グラン・トリノ」はそんな映画人クリント・イーストウッド、集大成のような作品である。

090501

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