「大いなる陰謀」を観る
今夜はロバート・レッドフォード監督・出演による「大いなる陰謀」を観てきた。メリル・ストリープ、トム・クルーズを主役に据え、配給会社としては好興行を狙いたいところだが、内容はかなり硬派。しかもアメリカお得意のプロパガンダ映画ではない。実際、アメリカ国内の興行は惨敗。それを受けてか、日本公開も地味にスタート。そもそも「大いなる陰謀」という邦題も、興行的に微妙な印象は否めない。ただこれまでのレッドフォードの手掛けてきた作品は手堅かった事を忘れてはならない。
物語は対テロ対策、アフガンへ掃討作戦を仕掛けるアーヴィング上院議員、彼を取材する記者ロス、大学で教鞭をとるマレーを中心に進んでいく。アメリカの抱える正義と平和の価値観を焦点に、作品は90分とコンパクト。先の三者、マレーの教え子たちの立場と行く末も、今のアメリカの現実である。ただ何か、ゴリ押しするような主張を感じなかったのは、レッドフォードのバランス感覚だろう。反面、本作に物足りなさを感じる所以でもある。唯一、マレーと対峙する学生トッドの姿は、部分的に日本人の立場と重なり興味深い。
やはり本作の見どころは、メリル・ストリープとトム・クルーズによる、ガップリ四つの競演だと思う。ストリープの堅実さは言うまでも無く、特にトム・クルーズの政治家ぶりが光る。単独主演ではオレ様演技が目に余るが、名優ストリープが相手となれば、その演技もいい意味でバランスする。年齢的に円熟期にある事もあるが、顔の渋み、論破する姿は、クルーズの政治家転身を妄想させるほど。有名議員たちと同じフレームに収まる姿(たぶん合成)も板についている。
一方、いい男の代名詞だったレッドフォード、今の姿は本作と無関係に痛々しく感じてしまう。別の役者に演じさせても良かった気もするが、この作品興行的な唯一の拠り所ゆえ、自ら豪華スターの一角に座るほか無かったと思うのは、少々勘繰り過ぎか。
能天気なプロパガンダ映画を量産するハリウッド、時にこのような硬派な作品を繰り出すハリウッド。どちらも同じアメリカであり、後者は痛み知る良心、光明でもある。ただ大国の傘の下、理不尽なパワーバランスを否定できない現実。これからもそのジレンマが消える事は無いだろう。
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