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2006/01/04

DVDで「砂の器」を観る

 今日は正月休み最後という事で街を散策。そのついでで立ち寄ったレコード店、全DVDが20%OFFのポスター。洋画は元々安いので却下。やはりこういう時は廉価版の出にくい邦画を買うべきと、昨年リマスター版が発売された「砂の器」を購入した。「砂の器」というと、昨年の今ごろからテレビ版でリメイクされたくらいの邦画の名作。そのプロットは映画版「踊る大捜査線」の二作目で安易にパロられていたが、こちらは冗談無用のシリアスな物語である。

 昭和初期、不治とされた病で村を追われた父、そしてその子供。親子は放浪の旅を続けていた。そして昭和46年、東京蒲田の操車場で起こった殺人事件。その被害者が直前立ち寄ったバーに残した「カメダ」という東北弁なまりの言葉。被害者が身元不明なまま、その言葉を頼りに捜査を進める刑事たち。やがて殺人事件と親子の存在が結ばれていく。松本清張の原作を橋本忍、山田洋次が脚本化。テレビ版のプロットもほぼこの脚本に沿っていたが、映画版のほうが約二時間半の枠の中の緊張感が違う。

 前半は事件発生を伝える事よりも、物語はその事件の僅かな断片と被害者を追う事に注力。そこで丹波哲郎、森田健作演じる刑事が少しずつ事件の真相に近づき、親子の存在が浮上する。紙吹雪に対する執着はやや説明不足の気がするが、丹波演じる刑事の人柄、そして被害者、親子の辿った背景を追うその姿に観ている側も力がこもる。そして一番は丸々楽曲「宿命」をバックに綴られる親子の物語に移っていく。この映画の素晴らしいのはその描き方。セリフは最小限に、感情のやり取りは楽曲の起伏に一致する。とにかく後半は芥川也寸志の音楽演出と、描かれる悲しき宿命に胸を打たれる。

 観ていて思ったのは、事件、社会を扱った作品として重く描いている事だろう。それは松本清張の原作に起因する。最近の作品は現実の事件の傾向から、内面を追う一方モラルハザードで幼稚な犯罪ばかりが目立つ(もちろんそればかりでないのだが)。軽薄な殺人、二時間サスペンスが大量量産される中、事件の真相、鑑賞に堪えうる作品がもっとあってもいい。それと言葉の文化はもっと大事にしたいと思わせた程、この作品での松本清張の切り口にあらためて感嘆した。

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コメント

明けましておめでとうございます。
今年もお邪魔させて頂きますね。

投稿: 猫姫 | 2006/01/08 04:40

猫姫さんこんにちは。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いしますね(^^ゞ

投稿: でんでん | 2006/01/08 22:18

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» 砂の器 今年の122本目 [猫姫じゃ]
砂の器   1974年 野村芳太郎   松本清張 の同名小説 を、橋本忍 、山田洋次 が脚色、 原作を越えた、清張納得のラスト数十分、、   何年ぶりで見たのだろう、いや、何十年ぶりか?? 幼心に、親子が放浪するシーンは、痛か....... [続きを読む]

受信: 2006/01/08 04:39

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