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2005/03/12

岡部の乗った名馬たち

 電撃的に引退報道された9日の翌日、岡部騎手が記者会見を開いた。「月並みですが、(関係者、騎乗した馬たち)ありがとうございましたと言いたい」と結んでいた通り、岡部の言葉には後悔よりも感謝にあふれていた。ご存知の通り、岡部といえば七冠馬シンボリルドルフと言われそうだが、そればかりでなく数々の名馬(迷馬)に乗っている。筆者的に岡部の乗った、ちょっと変わった馬を回顧してみたい。

 筆者がまず思い浮かべたのが、マチカネタンホイザである。冠名マチカネ(馬主:細川益男オーナー)が初めて本腰を入れた馬?と言われている。そもそもマチカネといえば、オテモヤン、スキヤネン、コンチキチ、オイデヤス他、正直勝つ気があるのか?と思わせる馬名ばかり。しかしタンホイザは違った。馬名九文字の制限に泣かされ、最後の"ー"は省かれたが、父ノーザンテーストで関西のトップトレーナー伊藤雄二きゅう舎の所属。岡部はそんなタンホイザをデビューから騎乗していた。

 しかし相手が悪かった。あの二冠馬ミホノブルボンの年である。朝日杯、皐月賞、ダービーと善戦するもブルボンの後塵を拝し、三冠目の菊花賞では二着に下がったブルボンさえ捉えきれずに三着。名前のように高らかな美酒に酔う事ができなかった。しかしタンホイザの本領発揮は古馬になってからである。岡部を鞍上に重賞を二勝。やがて岡部ラインの柴田義臣にスイッチ。現在表記の五才になってから、重賞実績を買われたタンホイザはGIに出走するも鼻出血で出走回避が続いた。タンホイザときて、鼻出血とイメージするファンも少なくない。でもこの馬のここまでの素質は、岡部が育てたものなのだ。生涯成績、重賞四勝はダテでない。

 地方競馬から挑戦が続く中央競馬だが、昔は転きゅうが少なくなかった。ツーワエースそんなマル地馬で転きゅう後は泣かず飛ばず。しかも父ルセリという地味な血統背景。しかし中央デビュー戦から岡部が手綱を取り、最終的にはオープンクラスまで登りつめる事ができた。ただオープンの壁は容易いものでは無く、準オープンへの降格もあったが、重賞の舞台、中山記念へ進む。この時の鞍上は蛯名正義。ツーワエースは現在表記の七才での出走だった。結果は13着。ただ馬齢を考えれば、しかもここまで現役を過ごせたのは、中央で岡部が育てた功績といえよう。是無事名馬という言葉を体現した一頭でもある。

 一万回を超える騎乗回数の中、GI勝ちや勝ち星ばかりを取り沙汰されるが、岡部の功績は育てるという競走馬の原点にある。競馬で岡部からの乗り替わりは勝負、と言われたのもそうした背景。主戦を務めた藤澤きゅう舎の名馬たちも、岡部が乗ってこそGIの舞台に登りつめた馬も多い。シンボリクリスエス、タイキシャトル、シンコウラブリイ、そしてゼンノロブロイまで枚挙暇が無い。さて何故、マチカネタンホイザとツーワエースを挙げたかといえば、筆者の競馬暦の中で高配当を与えてくれた二頭だからである。そんな二頭を育てた、信頼できるホースマンが現役引退した寂しさを、いろんな意味で強く感じた。

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