2009/07/05

ふとっちょ☆カウボーイ、沼津に来たる

 七月、沼津の夏は仲見世の七夕祭りで始まる。そんな中、「あらびき団」でお馴染み、あのふとっちょ☆カウボーイがやって来た。実は前日の土曜日、街を散策していたところ、その情報を入手。妻子を連れて、仲見世名店街の中央特設ステージにて30分前から待機していた。そこには少々お粗末なレッドカーペット。彼の居るであろう控え室を探してみたが、そんなものは最初から無く、開始時間直前、遠くから歩道を歩いて彼はやって来たのだった。

 前座のコンビ、パプア(昨年M-1グランプリ11位?)のつかみから始まり、ふとっちょ☆カウボーイが登場。

「パーン!パン、パーン!」

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のっけからテンション高く、カメラを構える人たちの前に向かって、両手の二挺拳銃(もちろん素手)を連射。さすがプロ!お客様の前では弾切れはない。

「僕の事、レッドカーペットやホワイトカーペットで観た事ある人いますか?」

かなり手が挙がっている。さすがはあらびき団出身者!

「エンタの神様で観た事ある人いますか?」

しーん...

「僕、出たことありませーん」

大爆笑!それなら当然だ。

 そのまま観客を巻き込み、ひとネタ終えて、ふとっちょ☆カウボーイのステージは終演。
最後にパプアと共に「パン、パーン!」。

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ステージを終えたふとっちょ☆カウボーイはファンに取り込まれ、サインや写真に嫌な顔をせず、常に笑顔で応えていた。よく言われる営業のひとコマだが、何とも微笑ましい。そのまま尾行していくと、駅前ビル近くの交差点の横断歩道を超え、まもなく彼はマネージャーと共に駐車場へ消えていった。その手にはファンからもらったであろうのっぽパン(沼津名物!)の姿が。

次の営業への道中、きっとのっぽパンを食べているんだろうなぁ。
ふとっちょ☆カウボーイよ、キミは本当にいいヤツだ!

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2009/06/29

「マイケル・ジャクソン」という時代

 中学時代、レコード店の片隅で、あるレーザーディスクのデモが流れていた事を思い出す。見るもの全てが新鮮で、一時間のビデオを何度も何度も立ち見した。流れていた映像は、マイケル・ジャクソンの「スリラー」だった。当時、アメリカではMTVが始まった頃。そこで驚かされたのは「ビリー・ジーン」のライブアクト。誰が名付けたかムーンウォーク。猫も杓子も、出来ようが出来まいが、足を後に引きずって真似をした。

 ちょうど身近なところでは、レコードレンタルの登場と重なる。思春期、音楽の興味は邦楽から洋楽へ変わった頃でもある。もちろん借りたレコードにも「スリラー」はあった。また借りるばかりでなく、シングルの「スリラー」も買った。ただのシングルではなく、12インチシングル。30センチのLPサイズをEPの45回転で走らせる。当時ダンス系とくれば、全て12インチシングルでリリースされていた。

 90年代、CDが爆発的に普及した頃、マイケルはクインシー・ジョーンズと共同プロデュースによる集大成「BAD」をリリース。当時、CDは3,200円だった。プロモ公開も一大行事。第一弾プロモの監督は、前作のジョン・ランディスからマーティン・スコセッシ。ニューヨークの地下鉄を貸し切っての撮影。マイケルのダンスもさることながら、まだ無名だったウェズリー・スナイプスが印象的だった。今観てもクオリティの高い一篇である。

 社会人になって嗜好の違いから、マイケルの音楽と疎遠になった。この間、漏れ聞こえてくるのはゴシップばかり。そしてレコード、レーザーディスクは世の中から消え、今や音楽はCDから楽曲のダウンロード販売に移り変わろうとしている。先週末のニュースもそんな中の出来事だった。その時、年下の妻にこんな事を言われた。

「マイケル・ジャクソンって黒人なんだって!」

時は流れ、一つの時代は終わった。


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2009/06/15

「超合金の男 -村上克司伝-」を読む

 アニメや特撮番組制作者と玩具メーカーの関係は切っても切れない。富野由愁季氏が、作品製作における両者の軋轢を吐露していたが、それを知って以来、何処かしら、玩具メーカーに対して偏見を持っていた。実際そのように世に出た玩具は少なくなく、現在一人歩きしたガンダムシリーズ等例に漏れず、そこには玩具メーカーの圧力が見えてくる。しかし両者の関係に軋轢でなく、むしろクリエイティブな相乗効果を生み、エポックメイキングな玩具を提供してきた時代もあった。その中心に居たのが、本著の主人公、村上克司氏である。

 バンダイの人気玩具の代名詞、超合金。常に革新的なアプローチの影に村上氏があった。デザインの裏には子供を喜ばせる仕掛け、テレビ画面と玩具を結びつける驚きに溢れている。デザイン重視となれば、変形や遊びに目を瞑るところ。彼にそんな考えは無く、デザイン上成立している事は手元の玩具で実現させる。そんなコンセプトに基づき、番組の企画段階から参画。ただスタッフロールに乗る事も無く、知る人ぞ知る存在であった。「勇者ライディーン」「超電磁ロボコンバトラーV」「ゴールドライタン」「六神合体ゴッドマーズ」等合体、変形、コンビネーション、どれもが革新的な遊びを提供してきた。

 それだけでなくその手腕、デザイナーとしての目線が素晴らしい。特に「宇宙刑事ギャバン」のコンセプトイメージは、当時衰退期にあった東映特撮ヒーローの息をふき返らせる。メタリックヒーロー、デザイン、演出と斬新な作品開拓に一役買った。その渦中での村上氏の言葉、「俺がギャバンだ!」には唸らされる。この本では、同様にそれぞれの作品とエピソードで繋ぎ、村上氏の姿に迫っている。それだけでなく、玩具、アニメ、特撮好きにはたまらないエピソードでいっぱいだ。

 冒頭、玩具メーカーに対する偏見を述べたが、本書でそれを一蹴する熱意と常にクリエイティブである村上氏に圧倒された。もっとも今もマーチャンダイジングありきの戦略は絶えない。しかしその玩具に子供たちの姿が見えた時、村上氏、あるいは村上イズムの継承者たちによるものなのだろう。玩具は遊びを追求する、あるいは遊びを提供するものでなければならないのだ。幼少期、「勇者ライディーン」の超合金を手にした日の事は忘れない...彼の玩具、超合金に育てられた子供たちに捧げられた本である。


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2009/06/12

「スター・トレック」を観る

 今夜は盟友N氏に誘われ、「スター・トレック」を観てきた。最初は明日から始まる「ターミネーター4」とどちらかと天秤に掛けられていたが、迷わず「スター・トレック」を選んだ次第。理由は「T4」には大きな不安がある事(監督とか、監督とか、監督とか。結局、監督の事じゃん!)。それよりも活き若返る「スター・トレック」に興味があったからだ。そこにはシリーズ史上、最も熱い「スター・トレック」が展開されていた。ホント、とにかく熱いのだ。

 ヒットメーカー、J・J・エイブラムスの再構築した本作は、まさに「スター・トレック」ビギンズである。感情をむき出しにする若き指揮官候補カーク。対照的、冷静に物事を判断、遂行するスポック。この二者の対比、のちに友情を交わす二人の若き日の姿。カークの熱さが、そんな"若き"スポックをも動かす。そこが"ビギンズ"と呼びたくなる所以だ。圧倒的VFXも凄いが、何よりもこの熱さには代え難い。冒頭から観客を物語に引き込む動因となっている。

 それと同時にオリジナルシリーズのファンを取り込む仕掛けも嬉しい。おなじみの面々が若返って登場する点にも興味はあるが、中盤「こう来たか!」と驚かされる展開が用意されている。なお"若き"スポックを演じるのは、テレビ「HEROES」のサイラー役、ザカリー・クイント。元々キャラが濃い彼(「HEROES」ではヒゲも濃かったが)が、誰もが知るこのキャラクターを、全く違和感なく演じている。その姿、レナード・ニモイに劣らず。彼なら、オリジナルシリーズのファンも納得するのではないか。

 物心ついた頃に観たテレビ「スター・トレック」は、パッチパチのコスチュームのウイリアム・シャトナーが指揮官席に座り、ゆるーい展開で進む宇宙冒険ドラマだった。矢島正明さんが声を充てたカークは今も耳に残る。対してクリス・パインの演じるカークは、それを叩き壊すかのような熱さ、それが魅力的なのである。公開前、その出来から続編始動の噂は出ていたが、これなら現実味を帯び、是非観てみたいと思わせる。本作は夏向き大画面向き、劇場で観て欲しい作品である。

P.S.
 終演、オリジナルテレビシリーズのテーマがフィーチャーされ、ファンの心をくすぐる。ただできれば、願わくば、御大ジェリー・ゴールドスミスの手掛けた劇場版テーマも、そこに絡めてくれれば100点満点だったのになぁ...と思うのは贅沢かもね。

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2009/06/07

名馬の条件

 安田記念のウオッカは圧巻だった。抜群の手応えで向かった府中の直線。だが目の前は壁ができ、判断を迫られる鞍上武豊。そして行き場を失い首を上げるウオッカ。万事休すと思われた瞬間、僅かな間隙をぬって伸びてきた。結果、2着のディープスカイに3/4馬身差をつけて優勝。安田記念連覇に初の10億円牝馬誕生の瞬間でもあった。さすがはダービー馬、天皇賞を勝った馬は伊達じゃない。

 それから遡る事14年前、同じ府中の直線、全く同じように進路を絶たれた馬がいた。それが二才時(当時呼称三才)のエアグルーヴ。オープン戦のいちょうステークスで、致命的ともいえる不利を受けたものの、きっちり1馬身差をつけ勝った。のちにオークス、二千メートル戦となった秋の天皇賞を牝馬で初めて制する事となる。奇しくも手綱をとったのは武豊。少々の不利では負けない、それが女傑の条件なのかもしれない。

 致命的な不利で思い出されるのが、2000年の有馬記念。年内古馬長距離GI(及び出走重賞)完全制覇のかかったテイエムオペラオー。直線の短い中山で進路を阻まれ、悲鳴に近い絶叫の中、壁をこじ開け、着差こそ僅かハナ差だったが、永遠のライバル、メイショウドトウを退けて勝っている。着差やタイムではなく、勝ち続ける事もトップホースに要求された条件なのだ。

 その点、今回の安田記念、ウオッカの2着に敗れたディープスカイは少々だらしない。昨秋の天皇賞以降勝ち星から遠ざかり、春シーズン叩き2戦目に打倒ウオッカを目指したものの、敗戦に陣営はあくまで目標は宝塚と一言。だが正直、安田でのパフォーマンス、走破タイムも平凡。宝塚記念の出走馬はまだ決まっていないが、天皇賞組、その他の重賞組等、けっして侮れないメンバーだ。果たしてディープスカイは「目標は宝塚」を結実できるのだろうか。

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2009/05/31

2009年ダービー生観戦記

 朝、地デジテレビのdボタンを押すと、東京の降水確率20%だった。「これなら天気はもってくれるはず」と思ったものの、その希望は午後になって打ち砕かれた。良馬場、好時計で走った皐月賞組を上位にとっていた予想は、白紙に戻さざる得ない。とは言うもの、簡単にはいかない。直前の芝レースむらさき賞の上がり38秒2、若干でも外から差し脚が決まる馬場を望みに、皐月賞上位組ボックスを中心。さらに皐月賞惨敗で買う事を止めていたロジユニヴァースを、馬体重回復から追加...とそこまでは良かった。

 レースはマイルカップを勝ったジョーカプチーノの果敢な逃げ。外から早々二番手につけたリーチザクラウンがつける。横山典ロジユニヴァースはそれを見た三番手。アンライバルドら皐月賞上位組は中段待機。悪化した馬場、前半ハイラップで進むジョーカプチーノの逃げは、明らかに自殺行為。武豊リーチの位置こそ本来踏むべきラップ。先頭とリーチの位置取り差は徐々に広がり、このレースの主導権は武豊に握られた。

 最後の直線に入ると、ジョーカプチーノは簡単に交わされ、リーチ先頭と思いきや、ロジユニヴァースが内からすり抜け引き離す。後からは何も来ない4馬身差、2分33秒7とまるでヨーロッパ競馬のような勝ち時計。全ての馬が上がり40秒前後にとどまり、序盤の位置取りで決まったダービーであった。生観戦、ウイニングチケットの勝ったダービーから16年。ここまで極悪馬場のダービーは観た事が無い。速い馬アンライバルドら皐月賞上位組の運は尽き、今年は格言通り、運の強い馬が勝った。

 歓声に包まれ、1コーナーをウイニングランする横山とロジユニヴァース。鞍上は信頼に応えたベテラン、やっと届いたダービージョッキーの座。ファンの前で帽子を取り、静かに頭を下げる横山典弘。当然、彼の勝利を喜ばない競馬ファンはいない。リーチを外したため、馬券は当たらなかったが、嬉しい瞬間に立ち会えてよかったと思う。今年のダービー、間違いなく主演は横山典、助演はもちろん武豊だろう。

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2009/05/21

「スラムドッグ$ミリオネア」を観る

 今年の米アカデミー作品賞、ダニー・ボイル監督「スラムドッグ$ミリオネア」を観てきた。オスカー作品ながら、誰一人ハリウッド俳優は出ていない。登場人物は全てインド人であり、物語の前半、多くの部分で英語字幕が現われる。一見、外国語映画賞の対象となってもおかしくないが、青年となった主人公たちは英語のセリフが中心となるため、割合として外国語映画の規定に引っ掛からないのだろう。

 物語は主人公ジャマールを軸に、貧困から悪の道に手を染める兄サリーム、同じ貧困の中育った少女ラティカの運命が描かれる。全世界で放送される「クイズ$ミリオネア」はその糸口の一つであり、重要なのは彼らが育った過酷な環境、半生にある。それはインドの辿った歴史でもある。そこに善を通して生きるジャマール、相反するサリームが重なり、ある意味、インド版の「フォレスト・ガンプ」的な面もある。ただ時にユーモアを交えるも、本作のほうがシリアスな作品だ。

 「クイズ$ミリオネア」のホスト(日本のみのもんた並みに曲者!)、構成は各国独自であるが、番組ルールは共通。もちろんこの作品中、番組テーマやジングルまで同じなのである。それゆえ舞台がインドながらも、物語のとっつき易さを生んでいる。だが個人的には問題を解き続けるよりも、その後に待っていた運命に感動した。やはりこの作品は人間ドラマである。またここで描かれる兄弟関係にも心に来るものがある。この感情は「ラ・バンバ」以来かもしれない。

 舞台はインドながら、映像はスタイリッシュ。それこそダニー・ボイルの真骨頂であり、構図の一つ一つも印象的。もちろん音楽の使い方も上手い。エンドロールに用意されたボリウッド映画らしい演出も憎い。音楽は「ムトゥ・踊るマハラジャ」のA.R. ラフマーン。日本では「インドの小○哲哉」とプロモートされた時期があったが、今となっては随分失礼な話。ちなみに彼は本作で最優秀作曲賞、歌曲賞をW受賞している。本作は物語、画作り、音楽と三拍子揃った傑作だ。

P.S.
 もし本作が外国語映画賞の対象だったら、「おくりびと」と争っていたかもしれない。しかし日本人として「おくりびと」の与えてくれる感慨は、けっして「スラムドッグ$ミリオネア」に勝るとも劣らない。だがこの二作を並べ、評価する事自体、意味の無いものではある。

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ペンタックスk-mを買ってみた

 春先、長崎ハウステンボスで行なわれた、妻の弟の結婚式に出席。この際、手持ちのキャノンPowershotS2iSが活躍...したかに思えたが、様々なシーンでコンデジの限界を味わされた。狙いたいシーンでピンボケ、またはシャッターのタイミングがずれ、いくつかの決定的瞬間を逃した事が大きい。この結婚式に限らず、息子の成長を撮影する中、特にそれを痛感してきた。今しか撮れない瞬間のため、今こそ替え時なのかもしれない。その意を強くしたのは、長崎から帰ってそんなに時間を要さなかった。

 実はボクのPowershotS2iS、去年の終わりにCCD故障で入院している。それがあってなかなか次の一手といかなかった。だが仕事で交流のある業者さんに「k-mいいですよ」と話をしてもらう機会があった。ただその時はPowershotからの流れもあり、「やっぱ一眼はキャノンでしょ」とアウトオブ眼中。ただ長崎帰りを前後して、もらったパンフにはkissX2、Fの他にK-mも含まれていた。ちなみに先の業者さんの影響で、オペルアストラを買った事も付け加えておく。

 ただ一眼に関しては素人。キャノンは幅広く人気は高いものの、使いこなせない恐れもあった。むしろk-mにはそんな敷居の高さはなく、ボディの小ささ、そして何よりレンズキットでも価格の安さが光っていた。これなら失敗してもいいだろうとも。とはいえ、ダブルズームキットで6万円の投資。ただk-mの利点はバッテリが単三電池。S2iSからの資産、エネループを受け継けるのは大きなメリット。お決まりの液晶保護フィルム、レンズプロテクター、除湿保管ケースもあわせて購入している。

 桜の季節に間に合わせ、使い始めて約二ヶ月。コンデジとは違う世界を満喫している。Powershotに比べ、けっして軽くは無いが、持ち出し易さは大事。これは一眼ながらのk-mの利点である。やはりカメラは撮ってナンボだからだ。ただ、まだまだ使いこなしているとは言い難い。そこで愛読しているのが「デジタル一眼」上達講座という新書。オーソドックスだが、ビギナーたる自分に丁度いい。何度も読み返して、次の撮影に反映させる。

「いい写真だ」

そう呟く日が多くなった気がする。

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2009/05/03

波乱の天皇賞・春

 忌野清志郎が亡くなった。日本ロック界の影響は言うまでも無く、その先見性と破天荒な姿が消える事が寂しい。個人的に、いや競馬ファンとして彼の曲「競馬場で会いましょう」は傑作だと思う。清志郎と競馬のミスマッチ感覚を通り越し、独特の世界観に溢れていた。シンプルな曲調は競馬ファンの琴線に触れる。この曲がリリースされた頃、タイマーズとしての活動時期(再結成)と重なるが、何処か郷愁を誘う味わいがあり、両者は似た雰囲気を持っている。今も競馬ファンはこの曲を愛している...合掌。

 そんな週末、春の天皇賞が行なわれた。かつては序盤は淡々と、後半は熱くなる杉本アナの実況が重なり、多くの名勝負を生んできた。メジロマックイーンやテイエムオペラオー、最近ではディープインパクトがこの天皇盾を制している。だが、そんな最強古馬決定戦の趣きがあったのはひと昔前の事。特にここ数年、同じ長距離戦であるクラシックの菊花賞と共に、やや格が落ちた感は否めない。そう思う競馬ファンは少なくないはずだ。

 人気のGIウィナー二頭、アサクサキングスとスクリーンヒーローは、直線見せ場も無いまま、馬群に飲み込まれていった。アサクサは昨年三着だったが、やはり前走のタフな競馬が相当応えたのではないか。スクリーンヒーローは同じ理由も当てはまるが一方、父の活躍距離からすると、今回の三二〇〇メートルはやや長かったかもしれない。また今年のように混戦と言われる年ほど、春天は活きのいい四才馬が活躍するものだが、出走馬自体二頭と物足りなく、勝ち馬の影を踏む事すらできなかった。

 勝ったのはマイネルキッツ。メイショウサムソンと同じ世代、六才馬である。父チーフベアハート、その産駒をみてみると、春天の距離は不向きに思える。しかし本職ステイヤー不在の中、前走日経賞二着の実力から何かしらの可能性はあった。でも勝ち切るイメージまでは至らず。経済コースを通り、アルナスラインを抑えて勝った姿に驚きを隠せなかった。買った馬券は日経賞組、アルナスラインからの馬連数点、アルナス=マイネルからの三連複数点。当然、そのヒモにドリームジャーニーは押さえていた。春天スタートから3分14秒後、買った馬券は勝った馬券になった。本当に久しぶりのロングショット。何を隠そう、そんな自らの姿にこそ一番驚きを隠せなかった。

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2009/05/01

イーストウッド主演最終作?「グラン・トリノ」を観る

 今日は映画の日。盟友N氏と時間を合わせ、クリント・イーストウッド主演(出演)最終作とさせる「グラン・トリノ」を観てきた。朴訥(ぼくとつ)として、時に毒を言い放つ姿にこれまでの主演作が重なるが、そんな彼も今年で79才。「目には目を...」を体現してきたアンチヒーローも年齢には勝てない。しかしただそれを描く事は本作の真意でない。また彼の監督作を観れば、描かれる人生観と懐の深さは伺い知れよう。そんな例に洩れず「グラン・トリノ」もイーストウッドらしさに溢れた作品となった。

 隣人は異人種が当たり前となった街に、妻の死から心が孤独となった男。そこから生まれるコミュニティー、変化がこの作品の鍵となる。イーストウッドの毒を楽しむもよし、師弟関係や友情を楽しむもよし。物語はシンプルだが、深読みしていけば想う事は多い。ただ主人公の言動やケジメをそのまま受け止めては、この作品を楽しむ事ができない。むしろ不快感だけを持つだろう。そこに遺こしたものが大事なのだが、それはひと言で言い表せない。

 例えばエンディング、主人公の手を離れたグラン・トリノが駆け抜けるシーンは特別だ。友情の証でもあるし、新たなコミュニティーへの象徴のようにも取れる。タイトルの「グラン・トリノ」とは、今やビンテージカーとなったフォードの車。無骨で不器用、洗練さとは無関係。そんな「グラン・トリノ」と主人公は同義の存在にある。最後、何処か清々しい気持になるのは、そんな関係が成り立っているからなのだろう。物語の経過から変わらないもの、変わるべきもの、そのコントラストがこの作品の面白さだと思う。

 この作品を楽しむもう一つの要素、それは製作者イーストウッドの姿勢だ。人種差別的な描写もあるが、それは"媚びない"姿勢の表れでもある。むしろ現実のアメリカなのだろう。 そして主人公とイタリア系散髪店主のやり取りをみれば、イーストウッドの考えは十分に伝わる。真摯な姿勢、大人の余裕、「グラン・トリノ」はそんな映画人クリント・イーストウッド、集大成のような作品である。

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