2009/09/13

「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」を観る

 都市部での公開からはや2ヶ月。やっと我が街の映画館にも「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」がやってきた。夏休みシーズン、多くの子供向け作品にほとんどのスクリーンを取られていたが、それも落ち着き、地方部の映画館でやっと公開になったようだ。この間、何度も遠征を考えたが、さすがに妻とまだ小さい子供を残して行く事はできなかった。しかしやっとこの機会に恵まれ、本作を観る事ができて感謝、しかもその出来が良い。

 テレビシリーズの「アスカ来日」から「男の戦い」までを再構築。ただ物語は一見同じ韻を踏んでいるようで、味わいは異なる。まず一つは、新キャラのメガネっ子マリ登場が公言されていた事に加え、サードインパクト、人類補完計画に至るシナリオへの変化。そしてもう一つが、シンジら主要キャラの進む心理的道程である。特にテレビシリーズにあった遠回しな葛藤、旧劇場版のように気恥ずかしくなるシーンはない。その成長はストレートで気持ちよく、その分クライマックスで観る者の心を震わせる。

 そして感じるのは昭和の匂いかもしれない。"手料理"をキーワードに心を通わせ、指先に心境を窺わせる演出が心憎い。しかもレイやアスカ、ゲンドウまでも旧世紀版(世間的に旧シリーズをこう呼ぶらしい)と異なる側面を見せる。基本的に同じメッセージを伝えようとしてはいるが、その饒舌さ、濃密度は対峙する使徒との戦いと相まって、映画らしいカタルシスに溢れている。また音楽はおなじみ鷺巣詩郎によるスコアだけでなく、随所に昭和を感じさせるものも多く、そこに心は「ポカポカ」させられる。

 もちろんエヴァらしく謎解きたる側面も持つが、旧世紀版同様にそれは真意であるまい。あくまで主人公(と観客、そして製作者)の心の葛藤、成長こそがエヴァなのだから。ただ本作の終盤登場した、渚カヲルが駆るMark.06、真のエヴァンゲリオンの存在はいまだ謎ばかり(本編最後のカヲルによる映画「マトリックス」的なセリフもね)。新劇場版による更なる新展開、それがいよいよ次作「Quickening」で明らかとなるのだ。

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P.S.
 映画館に着くと個人的に耳覚えのある曲、映画「太陽を盗んだ男」「YAMASHITA」が流れていた。何故かと思ったら、今回のエヴァで使われていて二度驚いた。エヴァの世界の日常に流れるワンシーン、でも曲はノーカット。ただエンドロールではノークレジットだった(「破」のサントラには入っているようです)。ただそういえば、スタッフの一人である樋口真嗣氏が、「太陽を盗んだ男」の特典DVDに出ていたしね。

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2009/09/05

「96時間」を観る

 今夜は盟友N氏に誘われ、リュック・ベッソン製作・脚本の「96時間」を観てきた。熟年のリーアム・ニーソンを迎えたアクション作。原題は「Taken」で、「取り返す」って事なのだが、何となく隠語を含んだような意味深なタイトルである。元工作員だった主人公が、実生活では離婚し、娘を奪われた中、本当にパリで娘が誘拐され、自ら『取り返し』に向かう姿が描かれる。そのタイムリミットが『96時間』。だが映画自体は約90分とコンパクトであり、ラストまで一気に駆け抜ける。

 監督の持ち味か、あるいはリュック・ベッソンの(共同)脚本の良さか、観る側は全くダレる事が無い。その所以、このオヤジさんはやたら強いのだ。スティーブン・セガールを彷彿とさせるマーシャルアーツの達人ぶり、超人ぶり、一撃必殺。何故そんなに強いのか、なんて説明は物語序盤で一目瞭然。あとはタイムリミットの『96時間』が、そんな疑問を吹き飛ばす。愛娘を奪われ、助け出す動機に、理由や説明は要らない。もしボクが自分の家族を奪われ、助け出さねばならない機会を得た時、その超人ぶりは是非とも欲しいものだ。

 この作品を観ていて、チャールズ・ブロンソンの復讐劇「狼よさらば」、「DEATH WISH」シリーズを思い出させる。奪還劇と復讐劇の違いはあれど、漂う懐かしさ、作品の醸す雰囲気に似た物を感じる。映画ファンは"悩む"オヤジさんに弱い。例え非情であろうとも、主人公に感情移入せざる得ない。そこに現代的なアレンジを加えた面白さはベッソン印。カラオケマシンは説明書を熟読してから購入する頑固さだけに、ハイテクを使いこなす姿も納得。カルフォルニアからパリ、犯人を追い詰める道程に無駄は無い。

 理屈抜き、いや理屈を考えさせないテンポも身上。もちろんフィジカル面だけでなく、迫力あるカーアクション等、見所も多い。ヨーロッパを上手く使った「ボーン」シリーズと同様、パリのロケーションも興味深く映る。「ダークマン」以来のアクションと思うが、温和なリーアム・ニーソンの怒りが爆発。同じオヤジもの、「ダイ・ハード」のようなシリーズ化も期待できるかも。その位、この作品は出来がいい。

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2009/08/23

ブエナビスタの進む道

 凱旋門賞を目指し、G2札幌記念に出走したブエナビスタが2着敗れた。勝ったヤマニンキングリーはローカルとはいえ、古馬重賞で連対を重ねてきた馬。休み明けに加え、マイナス20キロではあったが、内枠と積極的な位置取りで結果に結びつけた。一方、ブエナビスタは今までの最後方待機から、中段を進む位置取り。小回り札幌コースの形状からすれば、当然の騎乗。上がり35秒1も上々。だが勝ち馬とのクビ差は簡単に縮まるものではない。

 シンボリルドルフ、ディープインパクトといった最強馬でさえ、古馬との緒戦で勝てるほど甘くはなかった。今回のケースと異なり、G1戦だった事、また臨戦過程等で違いはあれど、少なくとも古馬から斤量2キロの恩恵は受けており、そこに見えない壁があった事は否定できない。今回のブエナビスタ、斤量52キロを裸同然と取る意見もあったろうが、彼女にとってそれ以上に未知の要素は数多くあった。

 きゅう舎サイドはそれを越えられると判断し、今回の出走に踏み切ったはず。ただ「負けてなお強し」の内容では満足せず、凱旋門賞断念となったようだ。今回の判断はしばらくの間、競馬ファンで賛否両論となるだろう。名を棄てて実を取る、次走は秋華賞との事。しかし凱旋門賞へ進む事も、パスして秋華賞へ行く事も、どちらもブエナビスタにとって高いハードルだ。

 凱旋門賞は言うまでもなく古馬との世界最強馬決定戦。対して秋華賞のほうが圧倒的に容易く思える。しかし今回の敗戦は秋華賞への課題を露呈した。京都内回り、小回りコースへの適性、脚質の限界、また同世代が相手となれば、当然斤量の恩恵はない。最大のライバルはレッドディザイアだが、オークスのレースぶりをみれば、逆転は甘くない。きっと今回のブエナビスタを見て、レッドディザイア陣営も同じ事を感じ取ったのではないか。

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2009/08/20

ペンタックスFA35mm F2.0を使ってみる

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 キットレンズに制約は少なくなく、特に室内撮影では明るさ不足という敵がいる。子供を撮影する際、むやみに照明を使っても不自然だし、できるだけ自然光で撮ってあげたい。そんな欲求を満たすには交換レンズへ、すなわちレンズ地獄へ踏み入れるしかない。元々、交換レンズへの興味、特に短焦点レンズに対する憧れがあった。そこでコストパフォーマンスの高いペンタックスFA35mm F2.0を買ってみた。

 画角の35mmは、被写体との距離に基づいて選定した。K-mはAPS-Cのため、画角は1.5倍となるため、52.5mm。キットレンズの標準ズームを付け、実際に子供に近づき、画角の当たりをつけた。ただしペンタックスは35mm純正短焦点レンズとして、DAシリーズ、FAシリーズを持っている。前者はデジタルカメラ専用、後者はフィルムカメラを含めた交換レンズだが、価格は僅かながらFAの方が安い。両者にF値の違いはあるが、むしろ設計上の性格付けが気になる。一般的にDAシリーズはデジタルカメラに特化、スペックに現れない描写力に重きを置いているとされる。ただ子供の撮影には質感や雰囲気を大事にしたい。そうした点でもFAシリーズの方が最適だった。

 実際、F2.0の威力は室内撮影に表れた。やや暗めの部屋でも、ISO調整と相まって十分に撮れるようになる。キットレンズで気になったノイズ感も、だいぶ改善された気がする。また赤ちゃん向けにやや露光補正をプラスすれば、雰囲気のある写真に仕上げる事ができる。F値開放でのボケの感じもいい。そうして撮った写真は記録でなく、作品の側面を備える。やはり交換レンズはデジイチ購入の欲求を満たしてくれるようだ。しかし俗に言うレンズ地獄に足を踏み入れた瞬間でもあった。

 短焦点レンズは描写力の反面、画角には撮る者のフットワークが要求される。すなわち被写体の表情を狙うのに加えて、如何に上手くフレーミングするかが問われる事になる。その点、FA35mm F2.0を常用するようになってからは、そんな試行錯誤が続いている。しかしながら一眼、カメラは楽しい。実は(交換レンズは)レンズ地獄でなく、カメラ天国の入口なのかもしれないなぁ。

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2009/08/01

「ターミネーター4」を観る

 今夜は盟友N氏を誘い、「ターミネーター4」を観てきた。夏休みの劇場は子供向け作品ばかりで、正直今日観るならこの作品しかなかった。以前、このT4に対する不安を漏らした事があるが、映画の日で千円なら後悔しないはずと思った次第。しかし幕があがってからも、マックGに対する不安は晴れなかった。そして本作でターミネーターの居る未来、ついにパンドラの箱は開かれた。だが今観終えた後の感想は、意外にしっかりできていた作品となっていた事だ。

 まずこの作品に沿って、ジョン・コナーはリーダーの道を辿っていく。母サラの遺した予言を背景に終戦に導く存在。だがその予言を揺るがす者が現れる。本作のキーマンであるマーカスだ。個人的にネタバレしていたために、キャラ的な驚きは無かったが、演じるサム・ワーシントンが中々魅せてくれる。むしろジョンを喰って、ジョン以上に主役といっていい。原題は「Terminator Salvation」、彼はSalvation(救済)の意味する部分を一身に受ける。

 もちろんこの作品の興味は既に描かれた運命、その先あるいは過去の出来事とのリンク。おなじみT-800は、ターミネーターの進化の一つとして登場する。T-800以外にもビジュアルで魅せるアイテムが数々登場、迫力のあるシーンが展開される。そして何よりもジョンの父、カイルがジョンの目の前に現れる事。もう一つのSalvation、ジョンは彼を救う事ができるのか。これら物語を軸にクライマックスへ、ジョン、マーカス、カイルの運命は交錯していく。確かに、確かに物語は良くできている。

 しかしこの作品最大の運命こそ、第一作や第二作T2と比較される事だろう。つい粗探しして観てしまったほど。そんな中で惜しまれるのは、提供されている様々なプロットを活かしきれていないところ、人物相関があっさりしているところ等(配給元を意識して、VAIO Uにソニーのロゴがアップになるのもどうしたものか)。また救済は解るが、シリーズとして運命という最大のテーマにメスが入っていない。ジョンは本当にマーカスを知らなかったのか?最終的にはタイムパラドックスというどつぼにハマってしまう。

 ただおバカ映画監督、改めマックGに対する不安は少なからず晴れた気がする。ついレクターシリーズ三作目「レッド・ドラゴン」を観終えた後と同じ気持ちになった。ブレット・ラトナーに対する不安、意外に上手く撮れていた事等。あれも脚本、名演、音楽に助けられていた気がする。奇しくも音楽は本作と同じ、ダニー・エルフマンだったりして。興行も大成功と言い難い中、果たして予定通り三部作のままか、次作で完結をみるか、今はマックGの運命に最も興味があったりして...

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2009/07/25

やっと、お台場ガンダム詣で

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 妻子を連れてあのお台場、ガンダム詣でへ行って来ました。25日早朝2時半起き、妻の綿密な計画の下、1才になったばかりの息子を起こさず車へ移動。午前4時出発。車が動いてから、さすがに息子も起きてしまったが、寝ぼけて黙っていた様子。休日ETCで混んだ東名、首都高、湾岸線を経て、午前6時にはお台場潮風公園へ着く事ができた。いつもながらカーナビいらず、地図を持った妻のナビのほうが完璧だ。

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 隣接する駐車場から階段を上がると、見えました。30年前から脳みそにインプットされた身長18メートル、あの白い機体。第一話「ガンダム、大地に立つ」...それが今、目の前で現実のものになっている。デカイと思ってはいたが、想像力は1分の1スケールに敵わない。このガンダムが収納される母艦ホワイトベースがあったらと、その大きさに思いやられる。

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 そして目の前のガンダムに近づけば近づく程、その姿に圧倒された。遠くではアニメを彷彿とさせるスリムなガンダム。一方、真下から見た時、まるで戦隊シリーズの巨大ロボットを思わせる。こんなガンダムは見た事がない。その場所、その場所、距離に応じて、このガンダムは顔を変えていく。何処から見ても完璧なデザイン、ポージング。拝む代わりにトータル300枚弱の写真を撮っていた。1年半前、奈良の大仏を撮った時と同じ枚数、いや同じ感動だったかもしれない。

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 早朝、まばらだった観客数も、イベント開始の午前10時には大きな人だかり。その頃ボクは1/144潮風公園限定ガンプラの超長い行列に参戦、お陰様で買う事ができた。買ったばかりの1/100マスターグレードがあるため、作るのは当分先。いや、もしかしたら、作らぬままコレクション行きか。なおオフィシャルショップではイベント用のポスターも売られており、そちらもゲットした。

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 クライマックスは1時間に一度のイベント。本編冒頭に流れるBGM「長い眠り」と共に、首を左右に振り、天を仰ぐガンダム。5分のイベントであったが、僅かながら動くガンダムを見られる感動。1979年の放送開始時、ボクは普通にダイターン3の後番組を観始めた小学生。まさか30年経って、ここまで捉えて離さない存在になるとは。やはりファーストガンダムは永遠のトリコロールヒーローなのだ。

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2009/07/05

ふとっちょ☆カウボーイ、沼津に来たる

 七月、沼津の夏は仲見世の七夕祭りで始まる。そんな中、「あらびき団」でお馴染み、あのふとっちょ☆カウボーイがやって来た。実は前日の土曜日、街を散策していたところ、その情報を入手。妻子を連れて、仲見世名店街の中央特設ステージにて30分前から待機していた。そこには少々お粗末なレッドカーペット。彼の居るであろう控え室を探してみたが、そんなものは最初から無く、開始時間直前、遠くから歩道を歩いて彼はやって来たのだった。

 前座のコンビ、パプア(昨年M-1グランプリ11位?)のつかみから始まり、ふとっちょ☆カウボーイが登場。

「パーン!パン、パーン!」

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のっけからテンション高く、カメラを構える人たちの前に向かって、両手の二挺拳銃(もちろん素手)を連射。さすがプロ!お客様の前では弾切れはない。

「僕の事、レッドカーペットやホワイトカーペットで観た事ある人いますか?」

かなり手が挙がっている。さすがはあらびき団出身者!

「エンタの神様で観た事ある人いますか?」

しーん...

「僕、出たことありませーん」

大爆笑!それなら当然だ。

 そのまま観客を巻き込み、ひとネタ終えて、ふとっちょ☆カウボーイのステージは終演。
最後にパプアと共に「パン、パーン!」。

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ステージを終えたふとっちょ☆カウボーイはファンに取り込まれ、サインや写真に嫌な顔をせず、常に笑顔で応えていた。よく言われる営業のひとコマだが、何とも微笑ましい。そのまま尾行していくと、駅前ビル近くの交差点の横断歩道を超え、まもなく彼はマネージャーと共に駐車場へ消えていった。その手にはファンからもらったであろうのっぽパン(沼津名物!)の姿が。

次の営業への道中、きっとのっぽパンを食べているんだろうなぁ。
ふとっちょ☆カウボーイよ、キミは本当にいいヤツだ!

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2009/06/29

「マイケル・ジャクソン」という時代

 中学時代、レコード店の片隅で、あるレーザーディスクのデモが流れていた事を思い出す。見るもの全てが新鮮で、一時間のビデオを何度も何度も立ち見した。流れていた映像は、マイケル・ジャクソンの「スリラー」だった。当時、アメリカではMTVが始まった頃。そこで驚かされたのは「ビリー・ジーン」のライブアクト。誰が名付けたかムーンウォーク。猫も杓子も、出来ようが出来まいが、足を後に引きずって真似をした。

 ちょうど身近なところでは、レコードレンタルの登場と重なる。思春期、音楽の興味は邦楽から洋楽へ変わった頃でもある。もちろん借りたレコードにも「スリラー」はあった。また借りるばかりでなく、シングルの「スリラー」も買った。ただのシングルではなく、12インチシングル。30センチのLPサイズをEPの45回転で走らせる。当時ダンス系とくれば、全て12インチシングルでリリースされていた。

 90年代、CDが爆発的に普及した頃、マイケルはクインシー・ジョーンズと共同プロデュースによる集大成「BAD」をリリース。当時、CDは3,200円だった。プロモ公開も一大行事。第一弾プロモの監督は、前作のジョン・ランディスからマーティン・スコセッシ。ニューヨークの地下鉄を貸し切っての撮影。マイケルのダンスもさることながら、まだ無名だったウェズリー・スナイプスが印象的だった。今観てもクオリティの高い一篇である。

 社会人になって嗜好の違いから、マイケルの音楽と疎遠になった。この間、漏れ聞こえてくるのはゴシップばかり。そしてレコード、レーザーディスクは世の中から消え、今や音楽はCDから楽曲のダウンロード販売に移り変わろうとしている。先週末のニュースもそんな中の出来事だった。その時、年下の妻にこんな事を言われた。

「マイケル・ジャクソンって黒人なんだって!」

時は流れ、一つの時代は終わった。


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2009/06/15

「超合金の男 -村上克司伝-」を読む

 アニメや特撮番組制作者と玩具メーカーの関係は切っても切れない。富野由愁季氏が、作品製作における両者の軋轢を吐露していたが、それを知って以来、何処かしら、玩具メーカーに対して偏見を持っていた。実際そのように世に出た玩具は少なくなく、現在一人歩きしたガンダムシリーズ等例に漏れず、そこには玩具メーカーの圧力が見えてくる。しかし両者の関係に軋轢でなく、むしろクリエイティブな相乗効果を生み、エポックメイキングな玩具を提供してきた時代もあった。その中心に居たのが、本著の主人公、村上克司氏である。

 バンダイの人気玩具の代名詞、超合金。常に革新的なアプローチの影に村上氏があった。デザインの裏には子供を喜ばせる仕掛け、テレビ画面と玩具を結びつける驚きに溢れている。デザイン重視となれば、変形や遊びに目を瞑るところ。彼にそんな考えは無く、デザイン上成立している事は手元の玩具で実現させる。そんなコンセプトに基づき、番組の企画段階から参画。ただスタッフロールに乗る事も無く、知る人ぞ知る存在であった。「勇者ライディーン」「超電磁ロボコンバトラーV」「ゴールドライタン」「六神合体ゴッドマーズ」等合体、変形、コンビネーション、どれもが革新的な遊びを提供してきた。

 それだけでなくその手腕、デザイナーとしての目線が素晴らしい。特に「宇宙刑事ギャバン」のコンセプトイメージは、当時衰退期にあった東映特撮ヒーローの息をふき返らせる。メタリックヒーロー、デザイン、演出と斬新な作品開拓に一役買った。その渦中での村上氏の言葉、「俺がギャバンだ!」には唸らされる。この本では、同様にそれぞれの作品とエピソードで繋ぎ、村上氏の姿に迫っている。それだけでなく、玩具、アニメ、特撮好きにはたまらないエピソードでいっぱいだ。

 冒頭、玩具メーカーに対する偏見を述べたが、本書でそれを一蹴する熱意と常にクリエイティブである村上氏に圧倒された。もっとも今もマーチャンダイジングありきの戦略は絶えない。しかしその玩具に子供たちの姿が見えた時、村上氏、あるいは村上イズムの継承者たちによるものなのだろう。玩具は遊びを追求する、あるいは遊びを提供するものでなければならないのだ。幼少期、「勇者ライディーン」の超合金を手にした日の事は忘れない...彼の玩具、超合金に育てられた子供たちに捧げられた本である。


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2009/06/12

「スター・トレック」を観る

 今夜は盟友N氏に誘われ、「スター・トレック」を観てきた。最初は明日から始まる「ターミネーター4」とどちらかと天秤に掛けられていたが、迷わず「スター・トレック」を選んだ次第。理由は「T4」には大きな不安がある事(監督とか、監督とか、監督とか。結局、監督の事じゃん!)。それよりも活き若返る「スター・トレック」に興味があったからだ。そこにはシリーズ史上、最も熱い「スター・トレック」が展開されていた。ホント、とにかく熱いのだ。

 ヒットメーカー、J・J・エイブラムスの再構築した本作は、まさに「スター・トレック」ビギンズである。感情をむき出しにする若き指揮官候補カーク。対照的、冷静に物事を判断、遂行するスポック。この二者の対比、のちに友情を交わす二人の若き日の姿。カークの熱さが、そんな"若き"スポックをも動かす。そこが"ビギンズ"と呼びたくなる所以だ。圧倒的VFXも凄いが、何よりもこの熱さには代え難い。冒頭から観客を物語に引き込む動因となっている。

 それと同時にオリジナルシリーズのファンを取り込む仕掛けも嬉しい。おなじみの面々が若返って登場する点にも興味はあるが、中盤「こう来たか!」と驚かされる展開が用意されている。なお"若き"スポックを演じるのは、テレビ「HEROES」のサイラー役、ザカリー・クイント。元々キャラが濃い彼(「HEROES」ではヒゲも濃かったが)が、誰もが知るこのキャラクターを、全く違和感なく演じている。その姿、レナード・ニモイに劣らず。彼なら、オリジナルシリーズのファンも納得するのではないか。

 物心ついた頃に観たテレビ「スター・トレック」は、パッチパチのコスチュームのウイリアム・シャトナーが指揮官席に座り、ゆるーい展開で進む宇宙冒険ドラマだった。矢島正明さんが声を充てたカークは今も耳に残る。対してクリス・パインの演じるカークは、それを叩き壊すかのような熱さ、それが魅力的なのである。公開前、その出来から続編始動の噂は出ていたが、これなら現実味を帯び、是非観てみたいと思わせる。本作は夏向き大画面向き、劇場で観て欲しい作品である。

P.S.
 終演、オリジナルテレビシリーズのテーマがフィーチャーされ、ファンの心をくすぐる。ただできれば、願わくば、御大ジェリー・ゴールドスミスの手掛けた劇場版テーマも、そこに絡めてくれれば100点満点だったのになぁ...と思うのは贅沢かもね。

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