2024/02/25

Netflix「マエストロ: その音楽と愛と」を観る

今日はNetflix「マエストロ: その音楽と愛と」を観た。ブラッドリー・クーパーが監督、主演、脚本(共同)を手掛けた世界的音楽家レナード・バーンスタインの半生を描いた伝記映画。今年のアカデミー賞でも作品賞を始め、監督賞、主演男優賞、女優賞などにノミネートされている。

物語はモノクロ映像で若い時代を、中盤でカラーとなり晩年のバーンスタインを描いている。ただ彼の音楽性を追う作りではなく、あくまで彼と妻フェリシアの関係性を軸に進んでいる。前半はシームレスに人生と舞台劇を織り交ぜた音楽映画的な趣き。やがて彼の性的嗜好がフェリシアとの結婚生活へ影を落としていく。

バーンスタインの音楽的偉業は誰もが知るところ。だが音楽制作に関するエピソードはそれ程描かれず物足りなく感じる。敢えて脚本上外したと思うが、人間ドラマを見たい筋なら正解かもしれない。ただ軸となる物語で、バーンスタインの奔放な部分に共感できなかった。一方、彼と名声を享受する妻フェリシアの苦悩が伝わってくる。彼女を演じたキャリー・マリガンが良かった。

もちろんバーンスタインを演じた
ブラッドリー・クーパーも本人の雰囲気を再現。メイクアップ進化の凄みか、冒頭のインタビューシーンからバーンスタインその人になっていた。しかし音楽のほとんどはバーンスタインの楽曲ながら、全編通すと音楽映画的側面は小さく感じた。物語のせいもあるが効果的に融合していないというか。

彼の人生の重要なエピソードにニューヨークフィルでの指揮者起用が挙がっている。もちろん才能あっての出来事だが、彼曰くそこに運があったという。「ナイアド」を観た時も偉業達成に運は不可欠と感じたが、運を引き寄せるのもその人の力なのだと思う。

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2024/02/24

Netflix「ナイアド 〜その決意は海を越える〜」を観る

今日はNetflix「ナイアド 〜その決意は海を越える〜」を観た。アネット・ベニング、ジョディ・フォスター共演、キューバ・フロリダ間の遠泳に挑戦したダイアナ・ナイアドを描いたドラマ。二人はこの作品でアカデミー賞の主演、助演女優賞にノミネートされているが、それも納得の熱演。

とにかく二人の演技が素晴らしい。「老いに抗う」とはイーストウッドの「運び屋」のセリフではあるが、この作品にも当てはまる。ほぼ全編ノーメイク、素を晒し今の自分たちの姿を通してダイアナ、パートナーのボニーを演じている。64才で挑戦するダイアナに虚飾は要らない。心身共々準備、撮影を含めて相当に大変だったであろう。

それが結実するよう物語に表れ、映像からダイアナのタフさが伝わってくる。二人を中心にサポートするプロフェッショナルたち。潮流、サメ、クラゲや海洋生物、医療、船の運行等、この作品を通して様々な見地を知る事ができる。もちろんこの挑戦を通しての友情、ダイアナもチームスポーツと言い表す。特に潮流にコースを見極める役のリス・エバンスの存在感が良かった。

この作品は単にダイアナの挑戦を描くだけでなく、それに至る経緯も明かされる。それはMeToo運動以降の今こそ色濃くなったわけで、ダイアナの胸中に抗う波と共に現れる。30年ぶりのリベンジ、度重なるアクシデントと4年に及ぶ挑戦。偉業達成、心の傷を乗り越えるためにダイアナは前に向かって進んでいく。

キーウェストの海岸線、ふらふらになりながら立ち上がるアネットの姿はダイアナ本人そのものだった。エンドロールでの実際の映像と見比べても二人の再現度の高さは伝わってくる。この作品を通してちょっとだけ元気も貰えたし。それにしても今年のアカデミー賞主演女優賞は混戦だなぁ。

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2024/02/23

Netflix「ポップスが最高に輝いた夜」を観る

今日はNetflixで「ポップスが最高に輝いた夜」を観た。USAフォー・アフリカ「ウィ・アー・ザ・ワールド」収録秘話を綴った音楽ドキュメンタリー。80年代の洋楽シーンを体感した者にとって一つ一つのエピソードが興味深く琴線に触れるものばかり。その映像と相まってあの夜にタイムトリップした。

1985年1月25日の夜、AMレコードスタジオに人気アーティストが集結。音頭取りの一人ライオネル・リッチーのインタビューを中心に経緯と出来事が綴られる。まず何故、あの夜を選んだのか、その理由が腑に落ちる。キラ星の如きスターたちを呼び集める秘策。それ故のトラブルも起きていくが、その名演は歴史的偉業となっていく。

偉業の影に名プロデューサー、クインシー・ジョーンズの存在あり。キャリアと人望でこの人の右に出る者は無し。これ以上無いコラボレーションを整理して導いていく。そしてもう一人の立役者はキング・オブ・ポップ、マイケル・ジャクソン。この曲をコンポーズ(ライオネル・リッチーとの共作)し、かつ録音の一夜も偉業を裏から支える事になる。

80年代のポップスシーンにおけるマイケルのライバルといえば殿下、プリンス。出演への駆け引きの中、結果不在の理由も彼らしい。その点、間に立ったシーラEの気持を察するとちょっと彼女が可哀想。ただ殿下のパートを歌う事になるヒューイ・ルイスのハマりぶりに、当時から違和感は無かったしそれも運命だったのかもと思う。

スティーヴィー・ワンダー、ブルース・スプリングスティーン、ビリー・ジョエル、シンディ・ローパー、ティナ・ターナーら当時の洋楽シーンに欠かせないメンバーが懐かしい。その中でも異彩を放つのはボブ・ディラン。あの歌いっぷりはスティーヴィーとのコラボレーションの中で生まれたのだなぁ。今も「ウィ・アー・ザ・ワールド」は名曲。「ポップスが最高に輝いた夜」のタイトルに異論無しだよ。

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2024/02/18

「スケアクロウ」【午前十時の映画祭13】を観る

今日は盟友N氏と午前十時の映画祭13で「スケアクロウ」を観てきた。1973年公開のアメリカ映画。ジェリー・シャッツバーグ監督でジーン・ハックマン、アル・パチーノ出演のアメリカンニューシネマを代表する一作。ヒッチハイクで意気投合した二人が助け合いつつ人生を模索する姿を描くロードムービー。

名優二人が脂の乗り切った時期にがっぷり四つの共演。社会の底辺で足掻き苦しむ...というにはユーモアに溢れる。ただ作品の読後感は少々ほろ苦い。刑務所上がりのマックス=ハックマンと元船乗りのライオネル=パチーノが目指すそれぞれの目的。だが映画のテーマはそれを達する事でなく、先に進めない歯痒さに思えてくる。

例えば用意周到そうなマックスは妹に「少し抜けている」と言われるし、そんなマックスを支えるライオネルは気が利く奴ながら調子に乗るあまり刑務所でボコられた後、電話のある一言でどん底に突き落とされてしまう。そこで男気をみせるマックスとあるオチが可笑しい。この映画はそんな人間の魅力を描こうとしている。

近年のハリウッド作品の作り物感と異なり、時代を映し出す空気感が心地良い。冒頭の砂塵溢れる道路、場末のバーとか。突然踊り出すマックスに驚き、笑う観客達のライブ感。ここは台本に無い表情を撮っているだろうなと思う。もちろんハックマン、パチーノの演技も素晴らしい作品だった。

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2024/02/17

「お嬢さん」を観る

今日はAmazonプライムビデオで2016年公開の韓国映画「お嬢さん」(スペシャル・エクステンデッド版)を観た。日本統治下の朝鮮半島を舞台に、日本人になりすまして伯爵と名乗る男、男が近づく日本人貴族の姪、そしてその詐欺のために送り込まれた少女らが織り成すサスペンス。物語は突然の展開に戸惑う第一部、疑問が明かされる第二部、その結末を描く第三部で構成される。

そもそもこの作品を観ようと思ったのは、先日観終えたドラマ「二十五、二十一」の主演、キム・テリが出演していたから。そして驚いた事がある。一つはこの作品における彼女の大胆な演技でとにかく凄いの一語。もう一つはこの作品のだいぶ後、「二十五、二十一」で高校生を演じたのが30代であった事を知ったからだ。

「二十五、二十一」では高校生から名メダリストまでの成長を演じ分け、終盤の落ち着き具合はキャリアを経た姿が反映されていると思う。でもドラマを観ていた最中、20代位の人かなぁと思っていたくらい(余談だけど)。反面、この作品の彼女は等身大の姿にあどけなさが残り、その中でのこの作品での演技なのだから驚くしかない。

キム・ミニ演じる秀子との色々な面での対比、大胆な性描写に秀逸なストーリーテリング、憎たらしい配役等、特に中盤以降は画面にクギ付けとなる。唯一、日本人を演じた韓国人俳優が操る日本語にちょっと引っ掛かるが、設定上のエクスキューズもあるので。ちなみにキム・テリの日本語はなかなか上手い。

「ベネデッタ」級の性描写に、騙し騙されの展開にある某ハリウッド産サスペンスの匂いが漂う。秀子とスッキの関係性も何処か似ているし。女性の解放という点で「哀れなるものたち」にも相通じる。とにかくこの作品は映像、美術が素晴らしい。例えば邸宅、裏の舞台となる地下室はザコシショウ級に誇張された広さ。そこで繰り広げられる耽美な世界。その迫力はテレビサイズに収まらない。

「ベネデッタ」も「ワイルドシングス」(つい言ってしまった)に「哀れなるものたち」も、そしてこの作品も大好きです。

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2024/02/11

Netflixで韓国ドラマ「二十五、二十一」を観る

Netflixで韓国ドラマ「二十五、二十一」(全16話)を日本語吹替版で観た。「愛の不時着」のスタジオドラゴンが2022年に製作したドラマシリーズ。コロナ禍の韓国。バレエを挫折した少女が母親の日記を読む中、母親たち5人の青春に遡る90年代後半からの10年を追った群像劇。

きっかけはJFN「スナックラジオ」内でリリー・フランキーさんがこのドラマを推していた事。Netflix観るなら、見たいものが重ならないと勿体無い。昨年末から「ザ・クラウン」ファイナルシーズンの後、思い出したように観始めた。ハマった。週末、1話か2話ずつ少しずつ。いずれ物語に終わりが来るのを判っているから、毎回惜しむように。

まずオープニングタイトルに8ミリビデオの映像が使われているようにガジェットや文化、ファッションと懐かしさに溢れる。IMF危機など韓国を襲った出来事が出てきたり、他のエピソードでは知らない事件もあるけれど、そこは興味深く観た。国内外世界問わず、バブル前後の頃を描くドラマが出ているけど、細かな描写は懐かしく映る。

序盤はフェンシング金メダリストのユリムと彼女に憧れるヒドがライバル、やがて親友となっていく物語。幼い頃に天才と言われたヒドが挫折、ユリムとの交流で再び頭角を表していく。もう一つの主軸は彼ら高校のクラスメートで構成する4人とその先輩イジンとの交流に青春ドラマが繰り広げられ、ヒドとイジンとの間に特別な感情が芽生えていく物語。

仲間の一人、優等生スンワンが放送部に居て、その先輩がイジン。IMF危機で裕福な家庭からどん底に落ちていくイジン。だが少しずつキャリアを高めていく。ヒドとお互い高め合う存在となり、そして....約一ヶ月を要してこのドラマを観てきたが、彼ら登場人物に感情移入してしまい、最終3話はいいオッサンが涙無くして観られなかった。

物語が大きく動くのは第14話。ここでユリムに過酷な試練が待ち受ける。韓国ドラマの琴線に触れるところは必ず家族を絡める点。感情移入しているのは主人公たち4人だけではない。彼らを取り巻く家族との関係性、その描写があってこそ、ユリムの決断が気持ちに響いてくる。ユリムだけではない、ヒドも、イジンも、スンワンも、ジウンも。

このドラマを作りものと言い切ってしまうと悲しいが、最近ドラマ、映画に限らず青春ものを観ていると、懐かしさに憧れと後悔が心を駆け巡る。実はこのドラマのテーマはそこ。その想いを親から子へ繋いでいく事が大事なのだと。演者のビジュアルもあるが、声優陣の10年の成長の表現も素晴らしかった。本当に観終わったのが惜しいな。

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2024/02/10

「夜明けのすべて」を観る

今日は盟友N氏と「夜明けのすべて」を観てきた。「ケイコ 目を澄ませて」の三宅唱監督作品。朝ドラ「カムカムエブリバディ」以来の再共演となる松村北斗、上白石萌音が主演。予告編からもわかる通り、恋愛ものではない。職場で出会った二人は衝突も、互いの悩みを理解しつつ手を差し伸べていく人間ドラマ。

冒頭に困ったちゃん描写はあっても全体的に劇的な演出を設けていない。ここに悪者を出したり、変な事件を作ってしまったら台無しだったろう。そこは三宅監督の前作にも相通じる点でもあり、おかげで二人にスポットがあたって感情移入に導く。二人の持つ悩みはこちら観る側として思うところもあり心に刺さる。

悩みは違っても、悩みを持つからこそ理解のきっかけとなる、松村と上白石の間の空気感、二人のやり取りがとてもリアルで興味深い。

ちょっとした行き違いにクスっとする場面も、二人は交流の中で光明を見出していく。クリームお菓子、洗車の件はほっこりしてしまった。物語の中で一つの仕事を成し遂げていくのだが、その姿が静かな感動を呼ぶ。主役の二人に限らず、周りの人たちの持つサブストーリーの行間を読みつつ、やさしい世界が展開される。本当にやさしい世界。

序盤二人が歩いたある道を、物語の終わりで再び対照的に行く、一つ乗り越えた姿。それがタイトルにも結び付いている気がする。光石研、渋川清彦ら助演陣の存在感も良かった。観終わって本当にいい映画だと思う。

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2024/02/04

「リバー・ランズ・スルー・イット」【午前十時の映画祭13】を観る

今日は午前十時の映画祭13「リバー・ランズ・スルー・イット」を観てきた。1992年公開のアメリカ映画。20世紀初頭のモンタナ、田舎町の兄弟、家族、そして釣りを通して主人公ノーマンの人生が回顧されていく。ブラッド・ピット初期の出演作として知られるロバート・レッドフォード監督作品。

この作品は日本公開時(1993年)に、その後ソフト化された際はレーザーディスクでも何度か観ている。でも20年以上は観ていないので話はだいぶ忘れていた、ただ一点を除いて。それはフライフィッシングだ。この映画で釣りに魅せられた方も多いのでは。今回改めて観てその所作、フライを操る4拍子のリズムを刻む動作を映す映像がとても美しかった。

冒頭から最後まで美しい映像で綴られるのも、米アカデミー賞撮影賞受賞というお墨付きがあってこそ。モンタナの大自然、古き良きアメリカの姿がそこにある。とはいえ、ネイティブアメリカンに対する視線、暗部も僅かだが描かれる。そして最後に控える悲劇。冒頭と同じ、タイトル通りに流れる川の映像とモノローグが重なる。そんな人生論が心に響く。

当時20代後半のブラッド・ピットがこれまたいい。芯の強さと脆さが同居するポールを演じた。レッドフォードの再来と言われた美男子ぶりに「セブン」「ファイト・クラブ」での男臭さは皆無。その後、文芸ものにも出演しているが、彼の代表作に「リバー・ランズ・スルー・イット」を外す事はできまい。

幼少期の主人公を何処かで観た顔と思ったらジョセフ・ゴードン=レヴィット。30年以上前だもの幼くて可愛い。一方、父親のマクリーン牧師が名バイプレイヤーのトム・スケリット。教育は厳しくも釣りをする時に溢れる優しさ、悲しみに暮れる姿が印象に残った。それにしても釣りがしたくなる映画だなぁ(あまり釣りやってこなかったけど)。

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2024/02/03

「ストップ・メイキング・センス4Kレストア」【IMAXレーザー字幕】を観る

今日は盟友N氏と「ストップ・メイキング・センス4Kレストア」【IMAXレーザー字幕】を観てきた。1984年公開、デイヴィッド・バーン率いるトーキング・ヘッズのライブ映画。40年ぶりに劇場公開された本作は4K化され、何とIMAX版まで公開ときた。数分迷ったが、この機会にIMAX版を観る事に(ちなみにN氏は初IMAX)。とにかく映像と音が凄かった。

デイヴィッド・バーンというと「アメリカン・ユートピア」が思い出されるが、原点がこの「ストップ・メイキング・センス」。緻密に構成されたステージ。哲学的な「アメリカン・ユートピア」との大きな違いは若さ溢れるパフォーマンス。意味深な歌詞と刻むビートの中、デイヴィッド・バーンたちが動く動く。観ているこちらまで躍動するビートに引き寄せされる。特に後半以降は圧巻だった。

そして「ストップ・メイキング・センス」と言えばデカジャケット(当時はこの作品のポスター、映像パッケージも皆デカジャケ)。見事に着こなすデイヴィッド・バーン。そのファッションは40年前と古びたどころか、今見ても新鮮。ライティングを活かした彼らのパフォーマンスが影となってバックスクリーンに映る。さらに陰影で表情を際立たせた映像も面白い。

そんな本作の監督は、のちに「羊たちの沈黙」(1991年)を撮るジョナサン・デミ。本作ではトーキング・ヘッズのステージパフォーマンスを流れるようなカメラワークで捉え、かつ編集も素晴らしい。さすが"80年代ライブ映画最高峰の一作"と呼ばれるのは伊達じゃない。

追伸.
冒頭、A24のロゴが登場して観る映画を間違えたかと思ったよ。でも今回の公開、リストレーションは彼らあってのもの。これを機に80年代、90年代のライブ映画が再公開されるといいなぁ。

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2024/01/31

「哀れなるものたち」を観る

今日はエマ・ストーン主演「哀れなるものたち」を観てきた。「女王陛下のお気に入り」のヨルゴス・ランティモス監督作品。昨年のベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞、米アカデミー賞作品賞にもノミネートされている。予告編から相当クセの強い作品と様子をみていたが、サービスデイを利用して観てみる事にした。

一部モチーフはフランケンシュタインだが、決定的に違うあるプロットが強烈。そこを発端とし、エマ・ストーン演じるベラの冒険が始まる。言葉、身のこなし、そして物議を醸す過激な描写をもって、赤子同然から独り立ちした女性への道程が描かれていく。ただR18+指定ゆえに露骨、エログロ共々それなりの覚悟は必要。

物語全般、全てのシーンでアート色が強く凝った映像を打ち出し、時にレトロフューチャー(実際は18世紀末?19世紀初頭?)な箱庭感が楽しい。また「女王陛下のお気に入り」と同様、超広角(魚眼)構図が印象的。加えてモノクロ、ベラが一線を超えた後からの色彩美も素晴らしい。大人のためのお伽話。徐々に重みを増していく物語、独特の音楽共々、劇場体験は必須。テレビサイズでは映像の持ち味は出ないだろう。

進行と共に自我に目覚めていくベラの言葉、本能のまま性と向き合った彼女の変化過程も興味深い。正直、それら描写が人によって許容できるかどうか。単なるエログロに陥らないのはエマ・ストーンの熱演、父親代りのウィレム・デフォーの存在感、まさにハルクばりマーク・ラファロの艶技の賜物。

本当に綺麗でかつ可愛かった「ゾンビランド」、可憐な歌姫「ラ・ラ・ランド」とエマ・ストーンを観てきたが、毎作品違う彼女。特に本作では製作も兼ね、バストトップに留まらない、力の入れ具合は体当たりの演技に表れていた。確かに観る人を選ぶだろうけど、いろんな意味で凄い作品を観せてもらった気がする。

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